福岡市原爆被害者の会(福岡市折鶴会)を訪ねる

 昨日、中央区荒戸「福岡市市民福祉プラザ」内にある、「福岡市原爆被害者の会」を訪ねた。
 私は、「被爆体験を風化させてはいけない」との思いをなんらかの形で実行したいと思い、私のホームページに「戦争・原爆体験を語り継ぐ」と題するページを設け、お寄せいただいた意見をインターネットで発信してきた。

 そしておよそ1年半を経過した現在、お寄せいただいたご意見は20通に達したが、その反応の鈍さから、もっと多くの方から意見を出していただき、それを一人でも多くの方に読んでいただくため、何か今までのやり方を変える手段はないものかと思い、「福岡市原爆被害者の会」を訪ねた。

 「福岡市原爆被害者の会」では、体験談が立派な冊子として保存されているものを何冊か見せていただいた。
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 これらの冊子は非売品であり、私は初めてみる冊子ばかりでああった。
 多くの人たちが被爆体験を書き綴っている、中にはもう他界した人もいらっしゃるそうだ。

 被爆者の会では、被爆者の高齢化が進み、今までのように体験を語り継いでくれる人が次第に減っていくのを、たいそう懸念されていた。
 また、小学校・中学校・高校等から、被爆体験の証言依頼が寄せられけれど、語り部が少なくなって、学校の要請に応じるのに苦労している、苦しい現状を事務局の方にお聞きした。


 私がどのような形で役立つことが出来るのか、新たな宿題を背負ったような気がしていたところに、折しも昨夜のテレビ番組で、広島・長崎両市で二重被爆した93歳で他界された方の話題が放映されていた。
 自分の息子を突然ガンで亡くしたのをきっかけに核廃絶の運動に取り組み 、ついに国連本部まで出かけて体験談を演説する姿、そして「国内で声を上げているだけでは駄目だ!」「世界に向けて発言しなければ駄目だ!」という旨の発言をされていたのが、強烈に私の胸に突き刺さった。
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by matutaka31 | 2010-01-15 14:36 | 思いのまま | Trackback | Comments(6)
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Commented by ヒロピー at 2010-01-16 21:03 x
私も仕事から 帰り、偶然にも その映像に出くわしました。広島の
被ばくにあって 川に多くの死体が浮かんでいて、その上を
因幡の白ウサギ みたいにふんで 向こう岸に逃げ延びた。といわれ その時の模様を人間いかだ という 自作の句をよみ 当時おもいだし、感極まって胸をつまらせてありました。それにしても 2度も被ばくされ ほんとうに 長生きされたことは アメリカの映画監督(キャメロンという名だつたようです)が あなたは 原爆被害の生き証人として いかされていたんですよ。あなたの意志は 私がたった今 受け継ぎました。やすらかな 心でおやすみください。といわれました。この人の 核兵器禁止の映画が全世界に
みられるように、待っています。今でもその映像ははっきりおもいだされます、涙がでます。アメリカに行き学校等で 英語で訴えられました。相当の努力でした。使命をおびた方に天が言葉の壁をこえさせました。
Commented by matutaka31 at 2010-01-16 21:44
アメリカで高校生にたどたどしい英語で話をされる真剣な姿、それを聞いて涙を流す高校生、本当に衝撃的な場面でした。世界で唯一の被爆国日本で、あのような感動的なシーンが見られただろうかと、ふと思いました。

>使命をおびた方に天が言葉の壁をこえさせました。

ヒロピー さん、まさにそのとおりでしたね。
私は今、「福岡市原爆被害者の会」から借りた「被爆者の自分史」を、自分の体験を重ねながら読んでいます。
Commented by よここはまT at 2010-01-16 22:37 x
どうやって相手に届けようか…
こう云った想いは、伝えたいものが大きいほど苦しく、また使命感に押しつぶされそうな葛藤の中にあるものですね。

2つの地で被爆なさった「山崎つとむ」さんのTV私も見ました。
「伝えたい」これこそが、すべての源―芸術もそうですね。
想いは、matutaka31さんも変わらぬものをお持ちなのでしょうね。
表現方法や手段は違ったとしても。
Commented by dojyou38 at 2010-01-17 22:21
matutaka31さんは被爆者だったんですね。
原爆は私には遠い存在ですが、広島・長崎の資料館を見学して、
むごたらしい惨状に立ちすくんだことを覚えています。

それにしても、唯一の被爆国としての日本の非核三原則も政治にもてあそばれて、
アメリカえの配慮から毅然とした行動が出来ないのは情けない限りです。

オバマ大統領になってから、核軍縮が進むかに見えましたが・・・
大統領には是非早く長崎・広島を訪問してもらいたいものですね。
それが改めて世界に原爆の非人間性を訴える大きなきっかけになると思います。
Commented by matutaka31 at 2010-01-18 09:12
よここはまT さん そうなんです。思いを伝えるということは、本当に難しいことですね。言葉にうまく表せない、ましてやそれを文章化するのが如何に難しいかを、最近になって実感しています。(ちょっと遅いですけどね)
すべての思いが相手に素直に伝われば、世の中、諍いもなくなるのですけど・・・。
それでも、語り継ぐ努力は、これからも続けるつもりです。
Commented by matutaka31 at 2010-01-18 09:22
dojyou38さん 私は10才野時、長崎で被爆しました。あの忌まわしい体験を二度と繰り返さないために、原爆被爆体験を語り継ぐ活動を地道に続けています。
最近「ナガサキ消えたもう一つの原爆ドーム」という本で、浦上の天主堂が取り壊された経緯を読み、長崎市長及び長崎市民は、取り返しのつかない事をしてしまったものだと悔やまれます。

私も、オバマ大統領は自分の信念を貫くためにも、広島・長崎に来て、自分の目でその爪痕を見るべきだと思います。


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