お寺の墓地にも核家族化の影が・・・

先日、親戚の法事で、福岡市の「崇福禅寺」に行った。
崇福禅寺は臨済宗のお寺で、案内掲示板によると「大宰府に創建された後、岩屋城の合戦により消失し、1600年福岡藩初代藩主黒田長政によって現在地に再建され、黒田家の菩提寺となる・・・」とある。
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 本堂での読経の後、墓地に入る。
 入り口に近いところの区画は広く墓石も大きい。これは建立当時から有力な檀家が支配していた名残だろう。奥の方にいくにしたがって、区画は狭く墓石も小さくななる。これは限りある墓地をなるべく多くの檀家に提供しようとするお寺の考えなのか、入り口に位置を占めていた檀家の分家が本家に遠慮して小さくしたのか、今更知ろうとも思わないがなんとなく違和感を感じる。
それでも、次代の分家が入る余地はもう残されていないが、核家族化が進む現在、その必要はなさそうである。

 黒田藩のお墓は、今の時代になっても一般の人は立ち入り出来ないようになっている。
 仕切りの垣根越しに見る限り、黒田家の歴代煮お墓は威厳は保っているとはいえ、最近参りをする一族の人々が少ないのか、かなり荒れ果てた様相であった。
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 その一方、墓地の外に永代供養の施設が建立されているが、お水を手向けた後が残っていて、墓地と違ってお参りをする人が多いように感じられた。
 私はこの永代供養の施設が印象的であったが、その訳はまたの機会にすることにしよう。

 法事でこの古いお寺を訪れたのであるが、図らずも最近のお墓事情の縮図を見るようであった。
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by matutaka31 | 2010-01-25 22:05 | 思いのまま | Trackback(1) | Comments(0)
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Tracked from 平太郎独白録 親愛なるア.. at 2011-01-20 16:01
タイトル : 年の初めの東京de黒田長政の墓探訪記 前編
親愛なるアッティクスへ 昨日も申しましたとおり、昨一昨日と、ちと東京まで行っておりました。 で、そうなると、ご多分に漏れず、いつものように業務に追われております。 暫時、手抜きをお許しください。 で、東京に行ったついでに、年末に出版したばかりの拙著、「黒田家三代―戦国を駆け抜けた男達の野望」(←ここからも買えます。どうぞ、宜しくお願い致します(笑)。)で描いた筑前福岡藩初代藩主・黒田長政の墓が東京にもあると聞き、一応、行ってきました。 それが、渋谷区広尾5丁目の祥雲寺(↓)です。 ...... more


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