被爆稲を作り継ぐ

 今年も間もなく暑い夏、被爆者にとって65回目の暑い夏がやってくる。
我が家の庭で今年も、65年前の惨禍を生き抜いた逞しい稲が何事もなかったかのように、元気に育っている。
 福岡市在住の被爆者の方から種子を譲り受け、作り続けて今年で5年目になる。
 日本が世界で唯一の被爆体験国であること、そしてあの悲惨な被爆体験を絶対風化させてはいけない!命ある限り、被爆証人として、被爆体験を後世に語り継がなければならない。
 そんな思いを込めて、被爆稲が育つのをこの目で毎日見守っている。

 この被爆稲作り、今年はピンチの連続であった。
 籾を蒔いた後、いつまでも芽が出ないので不審に思ってよく見ると、中の玄米がもぬけの殻になているではないか。不覚にも、雀に美味しい部分を食べられてしまっていた。
 種籾の残りを再度蒔き直して、今度は網をかけた。しばらくして発芽するのを確認して、やれやれと思っていると、ある朝、網の上から胚の部分だけ食べられてしまった。
 またしても、早朝のすきを狙われた格好だ。

 まさかの時に備えて少しばかり残していた種籾を、絶対途絶えさせてはいけないと、祈るような気持ちで蒔いて育てたのが今生育中の3株である。
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間もなく8月9日、あの忌まわしい原爆の日がやってくる。
被爆稲に負けないよう元気で、65回長崎原爆犠牲者慰霊式典に、今年も参加する予定である。
         「私の原爆体験」
          「被爆・戦争体験を語り継ぐ」
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by matutaka31 | 2010-07-24 15:10 | 思いのまま | Trackback | Comments(6)
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Commented by prince_6381 at 2010-07-25 12:58
毎年受け継がれる被爆稲に感動してます。
Commented by matutaka31 at 2010-07-25 14:42
prince_6381 さん 日本は世界で唯一の原爆被爆国であることすら忘れ去られようとしています。残念でなりません。
Commented by taminamikawa1 at 2010-07-25 20:12 x
継続することに価値あると申しますが、
被爆稲を継続しておられることにこそ価値があります。
まさに原爆の火を消さないためにも。
私は5歳まで諫早に住んでおりましたが、
戦火がひどくなりましたので、5月頃、
実家の佐賀に帰省しました。
そういう経過もあって、長崎の原爆は
平和のためにも、語り継いでいきたいものです。
被爆稲栽培もそのひとつだと思います。
Commented by matutaka31 at 2010-07-25 21:42
taminamikawa1 さん ありがとうございます。
一人でも多くの方に伝わるよう、原爆の火を消さないためにも、努力してまいります。
 戦争を体験していない世代に、体験談を伝えることは本当に難しいことですね。
 でも、決して風化させてはならないことですから、地道に語り継がねばならないことだと思っています。
Commented by dojyou38 at 2010-07-26 11:23
私は四国の田舎育ち、社会に出るまで原爆は教科書でしか知らなかった。
社会に出てから、広島や長崎の爆心地・原爆資料館などを見学して、
初めて原爆の悲惨さ・非人間性などを痛感すると共に、
被爆して生き残った方々には何十年も苦しめていることを知りました。

最近、広島や長崎の原爆平和祈念碑などが、
心無い者によって傷つけられたと報道されることがあります。
これが被爆者や原爆廃絶活動をしている方々の心を
どんなに苦しめているかと、腹立たしく情けない気持ちになります。

そんな中で、matutakaさんが被爆者として、その体験を語り継いでいることに、
何の協力も出来ませんが何時までも続けられるよう心からエールを送りたいと思います。、
Commented by matutaka31 at 2010-07-26 14:41
dojyou38 さん ご支援、心から感謝いたします。
被爆の事実や実態は視聴覚教育である程度知ることができますが、爆発の瞬間起きた現象は、その場に居たものでなければ表現できないことだと思います。
 そうゆう意味では、被爆者自身がもっと語らなければならないことだと思います。
 でも、そうゆう私も、若いころはあまり話したくなかったのです。今でも、語りたくない、思い出したくない、という人が大勢いらっしゃる現実は、被爆者の心の傷が如何に大きかったかを物語るものだと思います。
 核爆弾の恐ろしさを知ってもらうことが、核廃絶につながることだと思いますので、これからも地道に続けてゆきたいと思っています。


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