被爆65周年長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典に参列

 65年前の晴れ上がった被爆当日の天気と違い、小雨が降る中で式典は始まった。
 開式に先立って被爆者歌う会「ひまわり」による合唱「もう二度と」は、詩に「もう二度と作らないで わたしたち被爆者を」と被爆者の悲痛な願いが込められ、式典の雰囲気を今までになく厳粛なものへと導いたのが印象的であった。
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会場の様子

 この他、今年この式典に参列して特に印象付けられたことが、二つある。
 その一つは、被爆者の平均年齢が76才となり、年々存命の被爆者が減少し続ける中、被爆体験を伝える人が年々少なくなる現実である。遠からず被爆の悲惨さを若い世代に伝えることができなくなり、広島・長崎が世界で唯一の被爆国であるということすら風化してしまうのではないかという危機感が漂っていたことである
 その二つは、この式典に世界32か国の代表者が参加者し、若い外国人参列者の姿が目立つ等世界的に核廃絶の機運が高まっていることを印象付けたことである。

 そのような世界の流れの中、田上市長は長崎平和宣言で、“核保有国の皆さん「核兵器のない世界」への努力を踏みにじらないでください”と力強く全世界に向けて訴え、政府にも核の傘に頼らない安全保障体制の確立を強く求め、場内は大きな拍手に包まれた。
 会場は立錐の余地もないほどの参列者で埋め尽くされていたが、式が終了してもすぐに席を立つことはしないで、この式典の意義を強く噛みしめているかのようであった。
 
「平和の泉」の噴水とその碑文
(水を下さい・・と水を求めながら死んでいった犠牲者を悼んで作られた)
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のどが渇いてたまりませんでした
          水はあぶらのようなものが一面に浮いていました
          どうしても水が欲しくて
          とうとうあぶらの浮いたまま飲みました


          あの日のある少女の手記から
 
 私はこれまで5回続けて参列したが、この会場の雰囲気は「何かが足りない」と思い続けていたが、今回その答えを見つけることができたように思う。その答えは改めて後日投稿することにしよう。

 式典の前後、今まで何回か訪れているにも関わらずこう一度見ておきたいところや見落としているところもあると思い、何時もより時間をかけて原爆資料館、平和公園、浦上天主堂を訪れた。そして今まで訪れる機会がなかった「永井隆記念館」と「如己堂」も訪ねた。
 記念館の正面に掲げられた「如己愛人」 (汝の近きものを 己の如く愛すべし)は、氏の生涯を物語る博士直筆の書である。
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        私の原爆体験
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by matutaka31 | 2010-08-10 12:08 | 思いのまま | Trackback | Comments(6)
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Commented by papahapon at 2010-08-10 23:37
自ら被爆体験をお持ちのmatutaka31 さんに
私どもが申し上げる言葉はありませんが
中学生のころ永井博士の本を読んで感銘したことを覚えています。
永井博士は冷徹な科学者と経験なキリスト教徒の合体した
思想の方だったような気がします。
私は原子力発電の仕事をする中で
原子力の平和利用と核兵器の完全分離がいかに難しいかを
いやというほど知らされました。
核兵器全廃は非常に困難な目標ですが
それに向って努力するしかないのでしょうね。
Commented by matutaka31 at 2010-08-11 10:56
papahapon さん 私は今回、改めて永井隆博士の生涯を教わりました。とにかく凄い人ですね。
式典そのものから得たものも多いですが、永井隆記念館で学んだことは言葉にならないほど貴重なものでした。

papahapon さんは原子力関係の仕事に携わっていらっしゃたことは、それとなく感じておりました。その経験から、原子力の平和利用と核兵器の完全分離がいかに難しいかを実感されていることから見ても、核廃絶の目標がいかに遠いものかがうかがえます。
 被爆100年後即ち2045年までには、この地球から核が無くなるかあるいは核廃絶のめどが立つことを期待したいですね。次世代の人々の幸福のために。

Commented by dojyou38 at 2010-08-11 11:57
オバマ大統領のプラハ演説以来、国際的な核軍縮・核廃絶への動きがそれまでとは違って、核廃絶に向かって動きかけているように思われますが、決して予断も楽観も出来ないようですね。
プラハ演説以降も北朝鮮など核開発を着々と進めている国も有るようですね。

日本にしても、非核三原則を宣言して佐藤も元首相はノーベル平和賞を貰っていますが、
本当に日本の米軍基地に核は無いのでしょうか?
沖縄には密約によって、核兵器の施設があるとも言われていますが・・・

広島・長崎の平和祈念式典だけでなく、継続的な広範な市民運動とともに、
被爆国として内閣に核廃絶・軍縮・平和に関する補佐官置くことも必要なのでは・・・
そうは言いながら何も活動していない私ですが。
Commented by papahapon at 2010-08-11 13:48
変換ミス修正させてくださいm(_ _)m

経験なキリスト教徒→敬虔なキリスト教徒
Commented by matutaka31 at 2010-08-11 21:28
dojyou38 さん 世界の動きが変わりつつあるとはいえ、広島の祈念式典に参列した駐日米大使が終始硬い表情で一言も語ることなく会場を後にしたこと、そして長崎には欠席したこと等、アメリカが今後どのような具体的な行動をとるか、楽観はできないと思います。

 問題は、世界で唯一の被爆国である日本の指導者の核廃絶に対する信念と世界におけるリーダーシップだと思います。
 口先だけの核廃絶では、国民の心は動きませんし、もちろん世界の先頭に立つこともできないでしょう。
 
 被爆体験を風化させない活動を、今まで以上に強化させないと、いずれ日本は何もできない国だと世界の笑いものになってしまうでしょうね。
Commented by matutaka31 at 2010-08-11 21:30
papahapon さんご丁寧に恐れ入ります。
判読しておりました。


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