12月8日

 12月8日、69年前の今日未明、日本が太平洋戦争に突入した日だ。
 今日の新聞もテレビも、私が目にした範囲では、ジョンレノンの30年前の命日のことに触れこそすれ、その後44ヵ月に及ぶ悲惨な歴史の出発点に触れようとしない。
 終戦記念日のことは全てのメデイアがこぞって取り上げるが、戦争に突入したこの日のことには触れようとしない。
 何故?
 確かに複雑な問題だと思うが、この現象は奇異に思えてならない。

 今朝の朝日新聞「天声人語」の一文を引用してみる。
 
69年前のきょう、日本は太平洋戦争に突入した。真珠湾から広島、長崎に至る44ヵ月、日本人だけでも300余万の命が失われ被爆者の苦痛は今も続いている。どこかで戻る道はなかったのかと、いまさらながら思う。
 陸軍は米英と戦う決意を夏に固め、陸相の東条英機が首相になると開戦内閣だと喜んだ。海軍も覚悟を決める。「戦うも亡国かもしれぬが、戦わずしての亡国は魂までも喪失する永久の亡国である」(永野修身軍令部総長)
 民のあずかり知らない「亡国覚悟」の戦いに、新聞や知識人も加担した。
 この戦争責任は、極東軍事裁判で裁かれた。
 しかしそれは、「勝者の裁き」と批判される、戦勝国の立場での軍事裁判に過ぎず、日本自らによる裁判ではないのだ。
 そのまま69年経過してしまった現実を我々はどうみればいいのか。
 このままでは、不本意ながら命を落としてしまった、300余万の御霊が浮かばれない。
 日本国として、この「亡国覚悟」戦争の本質は何だったのか、回避する道はなかったのか、歴史的な検証をするべきであるし、そのことによって初めて本当の終戦処理が終わったといえると思うのだが、・・・。
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by matutaka31 | 2010-12-08 21:45 | 思いのまま | Trackback | Comments(4)
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Commented by dojyou38 at 2010-12-09 00:56
そうですね。ジョンレノンの話題は出ても開戦のことは聞かれません。
開戦は東条一人の責任で無いかもしれないが、
陸軍大臣、参謀総長も兼務し、政務も天皇の統帥権すらも手中の納めていた。
そして良心的な政治家は軍部の横暴に嫌気がさし黙って去ってしまった。

敗戦後、日本国としての歴史的検証・反省をしていないから、
中国その他被害を与えた国から何時までも責任を追及されるのではないだろうか。
Commented by hibochan at 2010-12-09 08:21 x
偶然私も開戦の話題がないのに気付きました。
平和を謳歌してますが戦後処理は 終わってないような気がいたします。
Commented by matutaka31 at 2010-12-09 18:03
dojyou38 さん
閣僚の靖国神社参拝が、近隣諸国から都度問題視される。
普段参拝している人が、閣僚になると参拝を止める、・・・
なんとも奇妙なことですね。

また被害を与えた国から戦争責任を指摘される度に、時の首相が遺憾の意を表明する・・・。

このようなことが戦後65年も経過した今も続いているのは、
情けないことです。
Commented by matutaka31 at 2010-12-09 18:10
hibochan さん
日本国内での戦後処理が終わっていないから、被害を与えた国から、何時までも追求されるのだと思います。
国も国民も、この問題から目をそらしているように思えてなりません。


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