大刀洗平和祈念館を訪ねる

 地元仲間の「歩こう会」10月例会で、かって「東洋一」と謳われた日本陸軍航空拠点だった、大刀洗飛行場跡地に整備された、「筑前町立大刀洗平和祈念館」と近くの「キリンビールコスモス園」を訪れた。
 大刀洗平和祈念館の説明書には「そこでは多くの若者たちが「大空への夢」を目指して青春の熱き血をたぎらせながら汗を流し、・・・」とある。
b0008825_11475286.jpgb0008825_1148994.jpg







(館内で唯一撮影が許可された展示物)

 館内に入ると、世界で唯一現存する零戦32型の雄姿が、日の丸も鮮やかに目に飛び込んでくる。
 「零戦」といえば、「零式艦上戦闘機」の略で、航続距離・重武装・戦闘性能に優れ、当時の連合国軍パイロットから「ゼロファイター」として恐れられた戦闘機であるが、この事実を知る年代層は、昭和一桁生まれの人たちまでだろう。

 鹿児島県の知覧特攻平和会館でもそうであったが、私が釘付けになったのは「遺された言葉と思い」の展示だった。
「死を覚悟した若い兵士達が、愛する家族へ残した手紙や遺書」は、一様に凛々しく写った写真と達筆で、涙なしには読めない。
 この手紙や遺書に書かれた内容とは別に、本心は生き延びたい!、死にたくない!無念さを必死でこらえて書いた気持を慮ると、さぞや無念だったに違いないと思うと言葉を失ってしまう。
 教育が与える影響の恐ろしさを、改めて考えさせられる。

 団体で見学に来ていた中学生に「君達はこの内容を実感できるかね?」と聞いてみた。
 答えは「出来ません」の一言。正直な気持ちだろう。

 同行仲間の一人が、方々で目につく看板の「大刀洗」と「太刀洗」の、「太」と「大」の違いに気がついた。
誰も分からなかったので、後刻町役場に問いわせたところ、町村合併前の町名は「大刀洗」で、その中の小字名に「太刀洗」があったことから、小字に由来するところの名称は「太刀洗」を踏襲しているとのこと。
従って駅名は「太刀洗駅。

 キリンビール福岡工場内のコスモス園」は、1千万本ともいわれるコスモスが満開で、大勢の見物客で賑わっていた。b0008825_1150382.jpgb0008825_11502090.jpg
[PR]
by matutaka31 | 2011-10-13 12:04 | 思いのまま | Trackback | Comments(8)
トラックバックURL : http://matutaka.exblog.jp/tb/16432584
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
Commented by hibochan at 2011-10-14 07:07 x
平和祈念館知覧は 有名ですが大刀洗初めて知りました。
我が家近くの予科練記念館時々訪れますが
遺品で涙が誘われ平和の尊さが実感できます。
Commented by matutaka31 at 2011-10-14 08:43
hibochanさんへ
大刀洗飛行場から、鹿屋・知覧へ特攻隊が飛び立ったそうです。
そういえば、子供の頃、予科練の歌を良く歌いました。
「若い血潮の予科練の七つボタンは桜にイカリ・・・」だったように覚えています。
Commented by sibuya at 2011-10-15 08:50 x
北海道の田舎マチに住んでいて ゼロ戦・特攻隊は映画でしか
知りません。祖国のために命を投げ出す・・本人は元より家族の
悲しみは計り知れない出来事でしたね~ 現在イラクで行われている
自爆行為と同じですね~ そんな教育とは恐ろしいものです・・・
Commented by matutaka31 at 2011-10-15 09:31
sibuya さんへ
二十歳前後で、自分の本心は胸に秘め、祖国のため散った青年とその家族の心情を考えると胸が詰まります。
当時を偲び、現在・将来の日本を考えることも大切だと思います。
Commented by taminamikawa1 at 2011-10-15 19:57
大刀洗平和祈念館には行った事はありませんが、
福岡県内にありますので、機会があったら、是非、尋ねたい。
知覧記念館も同じでしょうが、
若い命を国のために捧げた思いを手紙に遺こしておられるのを、
この目で確かめたい。
そして、若くして散っていった特攻兵のためにも、
二度と戦争をしない社会にしたい。

Commented by matutaka31 at 2011-10-15 22:47
taminamikawa1さんへ
原文の写しが展示されていますので、本心を思い遣りながら読むと、胸が締め付けられるようで、涙なしには読めなくなります。
機会があれば、何度でも訪れたくなります。
Commented by dojyou38 at 2011-10-16 16:18
太刀洗には行ったこと有りませんが、知覧・江田島(呉)に残された当時の若い戦闘員の手記は本当に涙無しには読めません。
太刀洗へは来年私が世話役をしている歩こう会を是非連れて行きたいと思います。
Commented by matutaka31 at 2011-10-18 22:21
dojyou38 さんへ
遺書や手紙の数は知覧ほどではありませんが、本当に涙なくしては読めません。
見学には、約1時間ほどかかりました。ご参考までに。


<< 津波で水没した自衛隊戦闘機 そばの芽の蕎麦屋 >>