幸せと思う瞬間

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 これはよく知られた、孔子の言葉である。
子曰く、
 これを知る者はこれを好む者に如かず。 これを好む者はこれを楽しむ者に如かず。

『あることを知っている人は、それを好きな人には及ばない。 あることを好きな人は、それを楽しんでいる人には及ばない』
 一歩踏み込んで、「何事においても、知るだけではなく、好きになり、そして楽しめるようになれば、それが幸せに繋がる」とでも言えようか。

 さて前置きはこれくらいにして、今、自分の人生を振り返って、いや現在進行形の自分にとって「幸せ」と感じる瞬間とはは何だろう・・・と考えてみた。
 自分は今、第3の人生真っ最中。
 第1は社会人として自立するまで、第2は組織人として働いた時代、そして退職後の第3ステージは、第1・第2と違い、これと言った制約を受けず、遣りたいと思うことを自分の意思で出来る残された最後のチャンスである。

 そんな恵まれたチャンスだから、自分なりに悔いることなく楽しみながらいろんなことに挑戦している毎日であるが、果たして楽しいと思いながらやっていることが幸せと感じる瞬間に繋がっているだろうか、と考えてみた。
 私にとって「幸せだな~」と感じる瞬間は、家族が健康で且つ楽しく団欒できることは言うまでもないが、その他の幾つか挙げてみよう。 
○ 目的を意識しながら趣味に熱中しているとき、そしてその結果に満足したとき
○ 思いを同じくする人(達)と一緒に考えたり行動したりしているとき、そして一杯飲みながら歓談するとき
○ ボランティア活動に遣り甲斐を実感するとき
○ 健康であることを実感したとき


 何はともあれ、物事をやるからには楽しくなくてはならない。嫌々ながらやるのは楽しい筈がない。楽しいと思いながらやれば、自ずとやり甲斐を感じるし長続きもする。
 心から楽しさが実感できることが幸せと感じる瞬間に繋がる、と私は思う。
 要は気持ちの持ちようであろう。
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by matutaka31 | 2012-08-21 22:53 | 思いのまま | Trackback | Comments(4)
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Commented by hibochan at 2012-08-23 07:25 x
制約がなくなりく゜うたらな毎日ですが
仲間との共同作業蕎麦打ちその他が今では 楽しみ
個人ですとあきらめが早いのですが仲間のためにと頑張れます。
畑は 砂漠一雨欲しい
Commented by matutaka31 at 2012-08-23 15:20
hibochan さんへ
そろそろ蕎麦の播種時期ですね。
同じ思いの仲間がいることは、素晴らしいことです。
こちらは思いがけないゲリラ雨で、適当に潤っています。
Commented by taminamikawa1 at 2012-08-23 21:06
幸せとは「知る<好き<楽しむ」境地で過ごすことですね。
古代インドでは人生を4つに区分しております。
「学生期」(がくしょうき) 0~24歳
「家住期」(かじゅうき)  25~49歳
「林住期」(りんじゅうき) 50~74歳
「遊行期」(ゆぎょうき)  75~90歳
今は林住期で自由な身で、好きな事ができる時代ですね、
そして、「遊行期」を迎え、生涯を終えたいですね。

鴻巣山は標高100mで片道5kmで森林浴もでき、
福岡市内では手ごろな遊歩道です。
往復では10kmですが、片道5kmの終点から
バスに乗って帰ることもできます。
また、別のコースとしましては、
福岡市城南区小笹バス停を下車し、マルキョウ前をスタート→平尾霊園を通り→約20~25分も歩けば鴻巣山頂上(展望台)です。

Commented by matutaka31 at 2012-08-24 14:02
taminamikawa1さんへ
「遊行期」(ゆぎょうき)を出来るだけ長く満喫したいものです。
同じ思いの仲間は、得がたいことなので大切にしたいです。
鴻巣山へのルート、有難うございました。
今秋、是非歩きたいと思っています。


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