被爆者の懇親会で思うこと

 私は今、「福岡市原爆被害者の会」活動のお手伝いをしている。
 先日、私が担当している地区の被爆者の懇親会を開いた。現状では年1回しか出来ないが、せめてもの機会に、楽しい一時を過ごしてもらいとの願いを込めて幹事一同心を一つにして準備を進めた。
 一人でも多く参加してもらいたいと思ったが、被爆者の平均年齢は78歳と高齢化が一気に加速していることもあり、今回は会員数の約24%の参加率に止まった。
 案内状を発送した後、会員の方々に懇親会へのお誘いを兼ねて今の健康状態等をお尋ねすると、病気で通院中、体体の具合が良くなくて出かけるのが不自由になった等々、高齢化特有の事情を訴える方が多くなった。

  <当日の主なプログラム>
 福岡記念病院の先生の健康講話
 「被爆稲を作り続ける思い」体験報告
 みんなで楽しむビンゴゲーム
昼食を挟んで3時間の懇親会であったが、和気藹々の中で終了することが出来た。

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懇親会の模様(健康講話中)

  被爆者の高齢化が進み被爆体験者が年々少なくなる現状は客観的に理解しているつもりでいるが、実際に被爆者の個人ごとの事情を聞いたり、懇親会への参加者が減少していく現実に直面するにつけ、今後、被爆の実相をどのように後世に伝えていくかが深刻な問題であることを痛感する。
 福島の原発事故からわずか1年半を過ぎたばかりだというのに、早くも原発廃止機運が後退しかかっているのではないかとさえ思われる現象を見るにつけ、67年前の原爆被害の実相を後世に伝えるには余程しっかり語り継がないと、どんどん風化していくのではないかとの危機感が募る。

 私が報告した「被爆稲を作り続ける体験」は、8月9日長崎原爆忌当日、式典会場から放映されたNBC長崎放送の 「原爆忌特集」で紹介された「被爆稲を作り続ける人の思い」の部分について、もう少し詳しく報告した。特に7年間被爆稲を作り続けてきた動機とその思い、更にそのことから何を学んだか、等々である。 
 これからも被爆稲を作り続けるつもりでいるが、出来ることなら作り続ける運動の輪を広げる方策を模索してみよう、と思っている。
 仲間を募って、種籾を配布したり、稲苗を作って配布する等々。

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by matutaka31 | 2012-10-17 11:18 | 思いのまま | Trackback | Comments(4)
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Commented by hibochan at 2012-10-19 07:20 x
戦後67年高齢化が進みます
語り部としてご活躍お祈りします。
先日新米が届きました 豊作のようです。
Commented by matutaka31 at 2012-10-19 13:44
hibochan さんへ
ご声援有難うございます。
誰かが遣らなければならない・・・そんなプレッシャーを感じますが、宿命だと思っています。
今日は素晴らしい秋晴れです。いろんな花が鮮やかです。
Commented by dojyou38 at 2012-10-20 16:35
「福岡市原爆被害者の会」の高齢化とそれに伴う会合への参加者の減少、深刻な問題ですね。
核兵器廃絶・原発全廃も目処が立ってないだけに余計にそう思います。
原爆稲、協力したいのはやまやまですが、マンションでは難しいですね。
夜露も雨も殆んどあたらないので。
Commented by matutaka31 at 2012-10-20 23:31
dojyou38さんへ
戦争・原爆被害を知らない世代が増え、被爆体験者がいなくなったときのことを考えると、恐ろしいような気がします。
でも、若い人達の認識が次第に深まっているようにも感じられ、心強く思うこともあります。
被爆稲栽培は、やはりマンションでは無理でしょうね。


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