「ひもじい」は死語?

私は、食べ残し現場を見るたびに、子供の頃何度となく感じた「ひもじい」思いをしたことを思い出す。
戦中・戦後の食糧難を生き抜いた人々にとっては、骨の髄まで沁みこんだ感覚に違いない。

 正月に帰ってきた中1と小3の孫に、「ひもじい」という言葉知っている~?と聴いたら、浮かぬ顔して「知らない」と答え、「何のこと?」と聞き返されてしまった。
 じゃ~「お腹すいた」とか「お腹へった」と言うのは分かるでしょう~?と聴きなおすと、「うん 分かる」と答える。

 「ひもじい」は、広辞苑によると「空腹で食べ物が欲しい」「ひどく腹がへっている」とある。

 我々が戦中・戦後に経験した「ひもじい」思いと、現代の「お腹すいた」とは、何か食べたい気持ちには変わりないが、本質的に大きな違いがあると私は思っている。
 「ひもじい」思いは、お腹がすいてどうしようもないとき、そこに食べるものがないか、あるいはそう簡単に食べるものが手に入らない状態にあるときに出る感情を表す言葉で、「お腹すいた」と云うのは、そこに食べるものがあるか工夫すれば簡単に手に入る状態にあるときの感覚だと思うから。
正に「ひもじい時のまずい物なし」で、戦中・戦後に経験した「ひもじい」は、食べられるものは何でも口にした、そうゆう飢餓状態に追い込まれたときの感覚である。

 私は孫達に私は話を続けた。
 「お腹がすいて、何か食べたい」と思っても食べるものが何も無かったんだよ!だから食べられるものが手に入ったら、なんでも食べたんだよ。そうしなければ生きていけなかったんだよ」・・・て。 でも、飽食の現代に育つ子供達には、実感が湧かないのは当然だろう。
 「じゃ~アレルギーの人はどうしたの?」と、小3の孫が聞き返す。
 私は「そのころはアレルギーなんてのはなかったんだよ」と答えるしかなかった。

 ある人にこのことを話したところ、「妹がひもじいと云うと、母が凄く怒っていたことを思い出す。母は「ひもじい」と云われる度に、十分に食べさせてあげられないのが辛くて心が痛んだのだと思う。」と語ってくれたが、当時のお母さん達の気持ちが痛いほど分かる話として印象に残っている。

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ところが今はどうだろう。 ひもじいなんて言葉を知る人は、60才台を境に、今の小・中学校の子供の親もその言葉を知らない人が多くなり、もはや死語になっているのではないかとさえ思いたくなる。
 


 日本は、食料自給率40%なのに、世界の食品廃棄物大国。年間約1900万トンの食品が廃棄され、その内まだ食べられるのに捨てられてしまう「食品ロス」が500万から900万トンもあるという。
地球上では、多くの子供達が餓死し、あるいは栄養失調に苦しむ子供たちが多いというのに、・・・。

 
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by matutaka31 | 2013-01-13 11:15 | 思いのまま | Trackback | Comments(12)
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Commented by sacromonster at 2013-01-14 10:41
突然ですがお邪魔します。
戦争中の辛さ、情けなさを充分に知っている昭和一桁生まれです。
ひもじいと、、お腹がすいたの違いは、よく説明してくださったと
感心しました。
孫たち、経験のないものは、理解しがたいようですね。

時々読ませていただき、、どの記事にも同感しています。感謝!!!
Commented by matutaka31 at 2013-01-14 17:59
sacromonsterさんへ
ようこそ!お立ち寄りいただき有難うございました。
飽食に慣れきった子供達に、ひもじいを教えるのは至難のことですね。
でも、そんな時代があったことだけは、伝えなければならないと思っています。
Commented by taminamikawa1 at 2013-01-14 21:37
確かに、「ひもじい」は死語ではありますが、懐かしい言葉です。
戦後の食べ物がない時代は、イナゴをフライパンで炒って食したことや、片栗粉と寒天で煮たきしたり、だご汁で空腹を満たしてきた年代です。
現代の飽食の時代では理解できないことかも知れません。
Commented by kiyotarou at 2013-01-14 22:09 x
私は、「ひもじい」時は、カボチャ・さつまいも・トウモロコシを食べ、空腹を満たしました。
昨年、四国遍路をして、食事の前に「一粒の米にも万人の労苦を思い、
一滴の水にも天地の恩徳を感謝しありがたく頂きます」と祈りました。
Commented by matutaka31 at 2013-01-14 23:22
taminamikawa1さんへ
子供が食べ残しても叱らない親、その親も兵器で食べ残す・・・そんな変な社会になってしまいましたね。
私は食べられそうなものは何でも食べたせいか、胃腸が弱くなっています。
だご汁、懐かしいですね。
Commented by matutaka31 at 2013-01-14 23:27
kiyotarouさんへ
子供の頃ご飯を粗末にしたら、目がつぶれるよ!って叱られたものです。
カボチャやさつま芋が、腹一杯食べられたときは、本当に幸せでした。
日本の水は、近い将来、世界的に貴重な資源になると思いますが・・・。
Commented by hibochan at 2013-01-15 08:06 x
飽食の時代 ひもじい 死語かも知れません
孫たちには 残さないように話ししてます
先日チーズアレルギーで給食で死亡のニュースわけのわからないことばかり
Commented by dojyou38 at 2013-01-15 11:04
ひもじいと腹が減ったの違い、matutakaさんの解説、全くその通りだと思います。
敗戦後、食べ物に苦労した記憶はありますが、田舎だったのでひもじかったのかどうか判然としません。
ただ、遠浅の干潟へ毎日のように貝や魚を採りに行きました。
母の里の里山にも山菜を良く取りに行きました。
やはり、ひもじかったのでお腹の足しにしようとしたのでしょうね。
Commented by matutaka31 at 2013-01-15 14:55
hibochan さんへ
死語になったまま、生き返る時代にならないことを願うばかりです。
最近、アレルギーが大人の間にも出始めていることに、何かしら
不安を感じます。
Commented by matutaka31 at 2013-01-15 15:05
dojyou38さんへ
子供の頃、ひもじい思いをしましたので、幸か不幸か、自然界にある食べ物を手当たり次第に食べることを経験しました。
今後、そんな経験が役立つ時代になってほしくないですね。
世界の人口の伸びと食糧増産の可能性を考えると、日本への食糧輸入の道が閉ざされる時期がこないとも限りませんので・・・。
Commented by sacromonster at 2013-01-15 18:40
輸入に頼る食糧事情ですから、非常に不安定な気がしています。
あまりの円安になると、食料の値段が上がるでしょうし
二度と食糧不足の苦労は孫にも子にも
ひ孫にもさせたくありません。
Commented by matutaka31 at 2013-01-16 09:28
sacromonsterさんへ
円安が続くと、輸入食料品の値上がりは避けられなくなりますが、それより怖いのは、輸出国が輸出制限を発動しかねないことです。
かってアメリカが大豆の輸出制限をして、日本がパニックになったことがありましたね。


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