先日、ボランティア活動に参加した後、仲間と市内舞鶴公園の牡丹・芍薬園の芍薬を見にいった。
まずはその見事な芍薬園の様子を、youtubeにアップしたスライドショーでご覧いただこう。
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陸上競技場と隣接の大濠公園との間に、木々に囲まれた静かな牡丹・芍薬園はある。今、芍薬の花が満開で、かすかな芳香が漂い訪れる人々の心を癒してくれる。
芍薬と言えば、まず思い浮かべるのは
「立てば芍薬 座れば牡丹 歩く姿は百合の花」 である。
この言葉の例えは、日本の女性が和服を着た時代に育った者は、「美人の姿や立ち振る舞いを花の形に見立てて言い表す言葉だと、おそらく想像するだろう。
すんなりと伸びた茎の先に綺麗な花が咲く芍薬
★芍薬はすんなりと伸びた茎の先に綺麗な花を咲かせるところから、美しい女性が立っているいる姿を想像し、
★牡丹は横に伸びた枝の先に花を咲かせることから、美しい女性が座っている姿を想像し、
★百合の花は風に揺れることから、美しい女性がしなやかに歩く姿を想像する・・・というもの。なんとも優雅な表現である・・・。
ところが別の説もあるという。
芍薬は茎が長いので立って見るもの・・・、牡丹は横に出た枝にやや下向きに咲くので、座って見るもの・・・、百合は風に揺れるので、歩きながら見るもの・・・という説である。
でもこの説は、美しい花の例えにしてば少々無理があるように思う。
美しい花の例えは、いろんな説があっていいけど、
着物を着た美人の立ち振るまいを想像するとの説が、日本古来の文化そのもので、夢があって楽しい! でも、こんな言葉も、今の若い女性には似合わないのかも知れない。