知覧特攻展

 b0008825_15131452.jpg

 新聞記事の中に「北九州市制50周年記念 知覧特攻平和会館 北九州展」が目に付いた。

 もう数十年前、鹿児島県の知覧特攻平和会館に展示されている特攻隊員の手紙(遺書)を見たとき、涙なくしては見ることが出来ない強い衝撃を覚えたことを思い出した。
 
 

 

 
 そして4年前だったと思うが、大貫健一郎・渡辺考著「特攻隊振武寮」(証言 帰還兵は地獄を見た)を読み、元特攻隊員が背負った知られざる一面を知ることができた。

 特攻隊員として命令を受け、どのように考え、どのように決断し行動したのか、その心情は想像を絶する。もし自分が5~6年早く生まれていたら自分にも降りかかることになったかも知れない、そのとき自分はどうしただろうか・・・と考えると、身の毛がよだつ思いだった。

b0008825_15174797.jpg 特攻隊のことを出来るだけ知り且つ心に刻んでおきたいと思い、仲間を誘って開催中の北九州市の展示会に出かけた。
 展示品の中で特に注目を集めたのは、福岡県出身の特攻隊員のパネルと出撃を前に親・兄弟・子供宛てに残した手紙(遺書)で、その内容は死を直前にした者が書いたものとは思えないものばかりで、涙なくしては読むことは出来ない内容であった。


 しかしながら遺書に残された内容とは別に、死への恐怖、戦争に対する使命感と不信感、命令への服従、親兄弟・子供・恋人への思い、そして惜別・・・そうした心情は如何ばかりであったと思うとき、戦争の残酷さと今次大戦の不条理を改めて考えさせられてしまう。

 特攻隊員の心情を知るうえで貴重な証言である「特攻隊振武寮」の一説を引用しよう。
 知覧飛行場から特攻機で沖縄の海に向かって飛び立ちましたが、待ちかまえていた米軍のグラマン戦闘機に迎撃され命からがら徳之島に不時着しました。
  特攻の帰還者は、収容所に軟禁されてしまいました。
 収容所では
 「貴様らは逃げ帰ってくるのは修養が足りないからだ」
 「卑怯者。死んだ連中に申し訳ないと思わないのか」
 「おまえら人間のクズだ。軍人のクズ以上に人間のクズだ」
 と、怒鳴られ、竹刀でめった打ちにされ・・・・・。

 また、特攻隊員を告げられたときの心情を次のように語っている。
 
「編上靴のコツコツいう音がだんだん近づいてきます。私の扉が叩かれ、緊張した面持ちの週番下士官、いわゆる「死刑宣告人」から、「大貫大尉殿、部隊長殿がお呼びです」と告げられたのです。
 来たな、と思いましたね。・・・・・・・
 腹の底からの震えがとまらず、鼻の奥がきな臭くなって、頭の中が空っぽになりました。
 未練だぞ、しっかりしろ、と別の声が私を叱咤する。


 かくして退路を断たれた多くの有能な若者が、軍神とまつりあげられ、無念さを押し殺して特攻隊員として尊い命を落としてしまったのである。
 戦争の虚しさ惨たらしさ、命の大切さ、平和の尊さを今一度考え、後世に正しく語り継がねばならない責任を改めて痛感している。

b0008825_15224517.jpg
特攻機となった艦上零式戦闘機の模型

[PR]
by matutaka31 | 2013-08-13 12:02 | 思いのまま | Trackback | Comments(4)
トラックバックURL : http://matutaka.exblog.jp/tb/20848476
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
Commented by hibochan at 2013-08-14 08:55 x
霞ヶ浦航空隊一角に予科練記念館があり
時々遠来のお客様ご案内しますが
やはり涙が誘われます
平和の有難さが実感できます。
Commented by matutaka31 at 2013-08-14 14:15
hibochan さんへ
平和の尊さを、語り継ぐことの難しさを感じています。
戦争時代の社会状況を今と比較しながら伝えないと、
子供達はなかなか理解しにくいようですね。
Commented by dojyou38 at 2013-08-16 09:53
私も何十年か前知覧で、そして昨年太刀洗の平和記念館で
特攻隊員の手記を読んだとき涙が止まらなかったのを覚えています。
このような悲惨さを繰り返さないためにも、和平への努力が求められています。
にも拘らず、現政権は戦後積み重ねてきた努力を無にするような行動をしています。
そして、アジアだけでなく米国の信頼も失おうとしています。
残念でなりません。
Commented by matutaka31 at 2013-08-16 11:06
dojyou38さんへ
平和が当たり前の現在、“平和って何だろう”と、改めて考えてみるべき時だと思われます。
戦前戦後の時代を知らない世代が大半を占める今、戦争の真の悲惨さを知らないまま、日本の将来を論じることの怖さを感じます。


<< 太宰府天満宮へ合格祈願 被爆68周年 長崎原爆犠牲者慰... >>