被爆稲が今年も稔った

 長崎で被爆した稲が、69年目の収穫時期を迎えた。この被爆稲は、69年前原爆で焦土となった長崎の爆心地浦上で生き残った被爆稲である。

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 5月17日に播種、6月13日に鉢に植え変えて育てた被爆稲が、間もなく刈り取りが出来そう。 我家の庭で作り続けて9年目になる。我ながらよくこれまで続けられとものだと思う。




 何故、作り続けるのか? よく質問される。
 私がこの稲を作り続けるのは、原爆の被害を受けた「物言わぬこの生き証人」を大事にしたいという気持と、平和な生活に慣らされ、ややもすると原爆の悲惨な体験が自分の心の中で薄れがちになるのを戒めるためでもある。 決して、何かを追い求める研究目的ではない。

 更にもう一つ、特別な思いがある。
 この被爆稲は、実が入らないいわゆる空籾が多いという事実。稲の遺伝子が何らかの損傷を受けたためだと思われ、その現象がいつまでも続くのかどうかを見守りながら、核の恐ろしさを示す大切な証拠だとの思いが強い。

 
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by matutaka31 | 2014-09-29 18:06 | 思いのまま | Trackback | Comments(4)
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Commented by dojyou38 at 2014-10-03 11:42
69年目の今年も立派に稔りおめでとうございます。
でも、原爆の影響は何時までも消えないようですね、
来年も変わらずレポートできるように頑張ってください。
Commented by  taminamikawa1 at 2014-10-03 12:57 x
被爆稲を作り続けて9年ですか、
よく枯れずに、育っておりますね。
いつまでも後世に残して生きたいですね。
Commented by matutaka31 at 2014-10-03 23:18
dojyou38さんへ
有難うございます。
物言わぬ原爆の生き証人を、これからも大切にしようと思っています。
放射能の影響を考えると、実に恐ろしい事実が隠されているように
思います。
Commented by matutaka31 at 2014-10-03 23:22
dojyou38さんへ
早いもので、アッという間に9年が過ぎてしまいました。
あと何年続けられるか・・・。
出来る限り作り続けるつもりです。


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