被爆70周年 長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典に参加

 被爆70年目を迎えた8月9日、今年も「長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典」に参加するため、思いを同じくする仲間と長崎市を訪れた。 2005年以降10回目の自費参加。

 この日、長崎の空は70年前のこの日を思い出すような青空が広がり、じりじりと照りつける猛烈な暑さが会場を包んでいた。
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入り口で足止めされた人々 満員の立て札が恨めしい!

 今年は、被爆70年目の節目の年に日曜日が重なったこともあり、開会30分前くらいに会場に到着した時、既に満員で入場口に近づくことさえ出来ない程大勢の参列者が会場の平和公園を埋め尽くしていた。混雑の中を潜り抜けるように会場を目指したが、「平和の鐘」の側までたどり着くのがやっとで、会場の中の様子が見えるところまで行き着くことは出来なかった。
 こんな大勢の人が集まったのはこれまでになかったこと。会場に入れなかった大勢の人は、汗だくだくで、着ているものがびっしょり濡れるのをじっと耐え、式典の成り行きを見守っていた。
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会場の外にあふれた人々  強い日差しの中じっと耐えている  正面のテントが会場


 11時2分、「長崎の鐘」に合わせて、参加者全員が1分間の黙祷を捧げた。
 70年前の被爆の瞬間が、つい昨日の出来事のように鮮明に思い出され、今、自分が立っている地面の下には多くの犠牲者の魂が眠っているのかと思うと、改めて・原爆の残虐性・非人間性を思い起こす。

 長崎の原爆死没者名簿登載者数は、この1年間に3,373人増え、合計168,767人に達した。
 被爆者の平均年齢は80歳を超え、被爆体験を語り継ぐ人たちは年々減少していくさまが、会場に集まった人々の風貌からも伺え、原爆の悲惨さが風化していくことへの危機感を切実に感じる。 しかしながら、一方では、若年層の参加者が目立つようになり、恒久平和を願う若者が増えていることへの期待と安堵感も膨らむ。

 長崎市長は「平和宣言」で、世界で唯一の被爆体験国としての思いを込め、「戦後に生まれた世代が国民の多くを占めるようになり戦争の記憶が私たちの社会から急速に失われつつあります」と、危機感を表し、被爆の記憶を語り継ぐ必要性を強調した。また、 「私達一人ひとりの力こそが、戦争と核兵器のない世界を実現する最大の力です。市民社会の力は、政府を動かし、世界を動かすのです」と。
 更に今国会で審議されて安全保障関連法案については「70年前に心に刻んだ誓いが、日本国憲法の平和の理念が、今揺らいでいるのではないかという不安と懸念が広がっています・・・・英知を結集し、慎重で真摯な審議を行うよう求めます」と述べ、大きな拍手がうねりのように会場の内外に広がった。宣言終了後も、拍手は鳴り止まず、祈念式典は、平和を望む人々の熱い思いに包まれた。

 被爆者代表の谷口稜曄さんは「平和への誓い」の中で、「たった一発の爆弾で、人間が人間でなくなり、たとえその時を生き延びたとしても、突然に現れる原爆症で多くの被爆者がいのちを落としました」と原爆の悲惨さを訴え、「核兵器禁止条約の早期実現に、被爆国である日本は、世界のリーダーとして先頭に立つ義務があるのに、その役割を果たしているのでしょうか」と、不満・疑問を投げかけ、満場の拍手に包まれた。

 それに引き換え安倍総理の挨拶は、広島市では触れなかった「非核3原則」を急遽盛り込んだものの、何時ものとおり美辞麗句の羅列で、現政権の姿勢とは相容れない空ろな内容に思え、心に響くものは何もなかった。儀礼的な拍手が瞬間起きただけで、「平和宣言」と「平和への誓い」の時とは対照的であったことを見ても、そのことが伺える。場内に入れなかった何百人もの参列者は、拍手することもなく、政権への不満を顕にしていたのが印象的だった。
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式典終了後、やっと祭壇に近づき、お参りすることが出来た


 今では原爆の惨禍を想像する事さえ出来ないほど綺麗に整備された爆心地の地下に、今なお眠る多くの御霊に、「安らかにお眠りください」と哀悼の誠を捧げて会場を後にした。

 式典終了後私たちは毎年、被爆関連施設を訪ねることにしている。
 今年は「国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館」を訪ねたが、そのことは別の機会に譲ることにしよう。

 
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by matutaka31 | 2015-08-12 07:17 | 思いのまま | Trackback | Comments(6)
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Commented by hibochan at 2015-08-13 08:36 x
戦後七十年記念の年
平和な世界が望まれます
九州の地福岡で降りて初めての観光が長崎実際体験された方の悲惨さは 想像できません
Commented by matutaka31 at 2015-08-13 09:37
hibochanさんへ
広島には原爆ドームが残されていますが、長崎には残念ながら、
大きな遺構が残されていません。
そのため緑豊な爆心地では、原爆の恐ろしさを感じることが出来ないのです。
浦上天主堂が、ある市長の時、急遽撤去されたのですが、その訳が
分らないのです。
Commented by tenpai8 at 2015-08-13 10:33
熱烈な平和と原爆排斥への熱意に感服です。我々の就学直前の政治の動きに似たような、昨今の政治動向に心底不安の毎日です。
原爆と原発のない清貧の生活哲学を再考の時期を痛感します。
Commented by matutaka31 at 2015-08-13 17:05
tenpai8 さんへ
世界で唯一の被爆国日本が、何時までも核廃絶の態度を明確にしないので、世界の笑いものになっています。
オーストリアの原発禁止、ドイツの原発廃止と、世界の動きは次々に
核廃絶の方向に向いています。
今の日本は、私達が子供のころ経験した社会への道を、確実に歩いているように
思えてなりません。
Commented by dojyou38 at 2015-08-14 06:58
今年は70年の節目であり、安全保障関連法案の審議中であるだけに、
核兵器廃絶・戦争反対の機運が盛り上がっているようです。
長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典の日は私は移動中だったので実況をTVでも見ることは出来なかったが、
広島の式典ではTVの前で黙祷させてもらいました。
安倍さんが発表する70年談話の内容と国民の反応が気になります。
Commented by taminamikawa1 at 2015-08-15 21:36
2005年以降、連続して10回目の参列されたんですね。
一見、核兵器廃絶・戦争反対の機運が盛り上がっているようですが、現政権の言動をみますと、?マークが付きますね。


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