被爆62周年長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典に参加 [2007-08-10 ]

この時計の針が指しているのは、11時02分。
長崎市原爆資料館に展示されている被爆時計である。
b0008825_1425785.jpg
 被爆から62年目の今日、8月9日11時02分、「被爆62周年長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典」会場では、原爆死没者143,124人(私の父母を含む)御霊に、6千人を超す参列者が一斉に黙祷をささげた。

 62年前の8月9日も、今日と同じように真夏の日差しがじりじり照りつける日だった。
会場の周りの木々は何事もなかったように緑を蓄え、周りには立派な建物あ立ち並ぶが、62年前の今日のこの時間、この場所は一瞬にしてこの世の地獄と化したのだ。
 この緑に囲まれたなかで静かに黙祷をささげていると、62年前の被爆瞬間のこと、そして瓦礫と化した死の街でみた地獄のような光景が思い出され、被爆者の悲鳴が足元から伝わってくるような戦慄を覚えた。

 今年の式典は、政治家の核使用を容認すがごとき発言が問題になったあとだけに、60周年祈念式典の時とは違った、張り詰めた空気がみなぎっていた。

吉原長崎市議会議長は式辞で、
 私達は「長崎は最後の被爆地でなければならない」という決意を新たにし、被爆体験を若い世代に継承し、被爆の実相を後世に伝え、・・・・と強調した。

田上長崎市長は長崎平和宣言で、
 今日、被爆国のわが国においてさえも、原爆投下への誤った認識や核兵器保有の可能性が語られるなか、単に非核三原則を国是とするだけではなく、その法制化こそが必要です。 と静かな口調ながら政府に太い釘をさした。

被爆者代表の正林氏は、
 あの、一発の原子爆弾は、空前の破壊力で放射線を浴びせ、一瞬にして、無差別大量殺戮をやってのける地球の人類の悪魔でした。と自らの被爆体験を語り、核兵器のない世界の恒久平和を願って微力を尽くすと力強く誓い、会場は一際大きい拍手に包まれた。

b0008825_1517472.jpg

 今年の大会は、会場だけでなく、原爆資料館その他の場所で若い人の姿が多く見られた。
被爆者の高齢化が進み会場まで足を運ぶことが出来ない人が増えていることもあるだろうが、若い世代の人たちが被爆の実態に関心を寄せている証だと考えると、これからの日本が目指すべき核兵器のない恒久平和実現に一筋の明るい光が見えるような気がしてきた。
b0008825_1527097.jpg


会場に向かう人々の列
b0008825_1620324.jpg


6000人分用意された会場の周りには、中にに入れない人達の人垣が出来ていた
b0008825_6201860.jpg


拙文私の原爆体験」をご一読いただければ幸いです

[PR]
by matutaka31 | 2007-08-10 16:40 | 思いのまま | Trackback | Comments(2)
トラックバックURL : http://matutaka.exblog.jp/tb/7273532
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
Commented by asazae at 2007-08-13 23:11 x
はじめまして 「私の原爆体験を読ませていただきました」 日ごろ忘れていますがテレビで式典の様子を見るとき涙するときがあります
このようにリアルに記憶をたどって記録されたことはこれからの若い方たちにも戦争の悲惨さを伝え得る貴重なものと思います
どうぞお元気で人生をお楽しみください 私も登山は山ほどしました
見も心もさわやかにすごせると信じます
Commented by taminamikawa at 2007-08-14 10:28 x
matutaka31さん、こんにちわ。
ご無沙汰しています。
私の原爆体験を拝読させていただきました。
被爆という大変な思いで過ごしてこられたんですね。
今、こうしてお元気な姿を見ますと、
生かされているという言葉が分かります。
戦争のない日本、世界でありたいですね。


<< 一足早い秋の気配 [2007-... 暑気払い [2007-07... >>