叶うことなら、こうありたいと願う

 かっての職場の大先輩が、この夏97歳で他界された。
先日、その大先輩のご子息からご鄭重な77日忌のご挨拶を頂戴した。
その中に記されていた大先輩の最後は、出来ることなら自分もかくありたいものだと、心に刻まずにはおれないものであった。

 手紙には、次のように記されていた。

「父は老いてなお自活することの誇りを失わす、歩けなくなりましたのはつい2ヶ月前のこと、亡くなる数日前まで俳句を書き写し、また当日も午前には歌を口ずさみ、昼過ぎにふとこときれる大往生でございました、・・・・」

 他にも、自分の生命力の限界を見極めて見事に旅立った、偉大な先輩の大往生を知らされてきた。私には到底出来そうにも無い大往生を!

 人は、元気なうちは「PPK(ピンピンコロリ)で逝きたい」とよく口にする。
私もそうありたいと願う。
でも、元気な時には皆そう思っていても、そのとおりにならないのがこの世の常だ。

 何時のことだか知る由も無いが、早かれ遅かれ必ず訪れるエンディング。
その今際の時に、自分は果たしてきちっと立ち向かうことができるだろうか。
いつの日か、私にも、人生の最初で最後の大仕事が待っているのだ。
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by matutaka31 | 2008-11-24 21:53 | 思いのまま | Trackback | Comments(0)
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