アサギマダラに出合う

 昨日はひょうたん池花壇の管理ボランティアの日で、朝9時にひょうたん池にでかけた。 水辺の花壇にフジバカマが咲いていたので、もしかしたら・・・と淡い期待で傍に行ってみると、なんとアサギマダラが2匹懸命に密を吸っているではないか。 よく見ると間違いなくアサギマダラ! やったー!やっと出会えた。
 前日、ブログ仲間 taminamikawa1さんのアサギマダラの写真を見たばかりで、私も一度見てみたいと思っていた矢先の出来事!
 踊るような気持を抑えて、カメラを構える。 近づくと次の花に移動する。風もあって枝が揺れて、なかなかシャッターチャンスが捉えれれない。 フェンスからはみ出している花は、風にあまり揺れない。そこにとまった瞬間をやっとのことで撮ることが出来たのがこの写真。
 
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ひょうたん池畔のフジバカマの花の蜜を吸うアサギマダラ


2時間後、ボランティア活動が終わって、再びフジバカマの所へ行ってみたが、すでにその姿はなかった。

 アサギマダラは渡り鳥のように季節によって長距離を移動する習性を持つ「旅する蝶」として有名で、春から夏にかけて南から北へ移動し、秋になると南下するという。
 その移動距離は驚異的で、信州松本でマーキングされた個体が、海を渡り1300キロ近く離れた沖縄で確認されたり、大阪府生駒山でマークされたアサギマダラが、沖縄の与那国島まで1680キロを飛んだ記録があるなど、その実態はまさに神秘的だとも思われる。
 昨日出会ったアサギマダラは、いったいどこから飛んできて、何処へ飛んで行ったのだろうか。 今朝(21日)同じ場所に行ってみたが、アサギマダラの姿はなかった。

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フジバカマの花

 昨日偶然出会ったアサギマダラは今頃、何処を飛んでいるのだろうか。どこを目指しているのだろうか。
 その行く先には超大型台風が迫っている。そのことに気付いていいるだろうか。
 安全な場所に避難して、無事に目的地についてくれればいいのだが・・・。

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# by matutaka31 | 2017-10-21 11:08 | 思いのまま | Trackback | Comments(8)

72年前長崎で被爆した稲の子孫は今

 私は12年前、長崎で被爆した稲の種を譲り受け、その後毎年欠かさず庭先で栽培し続けている。

 被爆後72世代目になる「物言わぬ生き証人」被爆稲の子孫は、今年もいつもと同じように成長し、稲穂が頭を垂れた。しかしその稲穂は軽そうで、よく見かける田んぼの稲がずっしり重みに耐えている姿と比べると、垂れ方が少ない。

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稲の穂先の垂れ方に重みが感じられない

 それもそのはず、稲穂をよく見ると黒色の籾や空籾が目立つ。去年までとちっとも変わることがない。
 今年も「やはりそうか」と、改めて遺伝子の損傷を裏付ける現実を目の当たりに見せつけられる。

 72世代経っても元に戻れないことは、被爆よって稲の遺伝子が損傷(変化)し、もう元の遺伝子には戻れない、収穫が少ない劣悪な別の代物(品種)になってしまったと見るべきだろう。

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よく見ると空籾(しいな)や黒ずんだ籾が目立つ

今、私は被爆稲の遺伝子損傷を目の当たりに体験しているが、稲だけに限定されているという保証はない・・・。
もし人の遺伝子に損傷があるとなると、どうなるだろう。人は被爆後まだ3世代目になったばかり。今後世代交代が続く中で、全く影響が出ないと言い切れるのだろうか。また外の植物や動物はどうだろう?もしかしたら我々が気がついていないところで、ほかの植物、昆虫、野鳥などの生態系が変わっていないのだろうか。そう考えると、恐ろしくなる。

 この被爆稲が示す放射能がもたらす恐ろしい現象を、この稲に限ったことだとして見過ごして良いものだろうか。
私の疑問は解けない。

福島の原発事故から6年半経過した今、国内では原発の再稼働が始まっている。
福島では、長崎の被爆稲に見られるような現象は起きてはいないだろうか、胸騒ぎがする。
単なる杞憂に過ぎないことであれば良いのだが・・・。

原発廃止を訴える人たちが多いにも関わらず、原発再稼働の動きは止まりそうにない。新聞・テレビでは、福島原発事故の悲惨な現地の状況はあまり報道されなくなった。しかしインターネットの上では、今でもびっくりするような悲惨な現実があふれている。その一例を挙げると放置された豚が、建物の中に侵入して食べ物を漁って居たり集団で道路を徘徊する光景など、被害地が置き去りにされている姿が生々しく映し出されている。

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福島第一原子力発電所事故の模様(インターネットより引用)

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福島第一原子力発電所事故による放射能除染廃棄物の山(インターネットより引用)

風評被害を恐れて、異常現象に目をつぶっているのではなかろうか。
真実を覆い隠してしまうようでは、後世に大きな禍根を残してしまう。

私たちが今最も恐れなくてはならないのは、「隠ぺい」「風化」である。

           私の原爆体験

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# by matutaka31 | 2017-10-18 10:34 | 思いのまま | Trackback | Comments(6)

秋ナスで学んだ野菜作り

 ー育つものではなく、育てるものー
 今年は、私が菜園を始めて以来経験したことがない、高温かつ雨が少ない夏を経験した。
 そんな厳しい環境にもかかわらず、10月半ばになった今でも、美味しい秋ナスが収穫できる。この秋ナス作りを通じて私は、私なりの野菜作りのコツを確信するようになった。そのコツとは、冒頭の「育つものではなく、育てるもの」。

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身の丈以上に伸びたナス 毎日秋ナスを収穫中(10月中旬)

 家庭菜園を始めた頃、夏野菜作りと言えばナス、トマト、キュウリが定番だった。そのナスを作るとき、「ナスにあだ花はない」(花が咲けば必ずナスが生る)ということをよく耳にしていたので、簡単に作れるものだと思っていた。
 ところがそのナスが、どうしても上手くできない。 確かに花は咲き実は生るが、形が小さい、硬い.市販品と比べると、明らかに見劣りした。
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収穫最盛期7~8月ごろのナス この後順次枝を剪定する

 野菜作りの講習会にも参加し、専門書物にも目をとおしたので、それなりの知識を備えたつもりだったから、 当然「育つものだ」と思い込みがあり、出来ない方がおかしい、との思いが先走っていた。トマトもキュウリはそこそこに収穫できる。ナスだって出来ないはずがない。そう思いながらも、現実そうならない・・・。
 終いには、畑の環境が悪いのではないか、気候のせいではないのか・・・と自分の下手さを棚に上げ、他に原因があるのではないかと考える始末。今思うと恥ずかしいことだけど、そこにあるのは「おごり」以外の何物でもなく、何故?と基本に立ち返る謙虚さを失っていた。
 表面ずらの知識や経験だけでも駄目で、時には何故?と振り返る努力をしなければ成し遂げられないのだ。

 野菜は雑草と違い、美味しくて多収穫そして作り易さを求めた、究極の改良品種である。雑草は放っといても育つが、野菜はその品種に最も適した栽培条件を与えなければその能力を発揮出来ないのは言うまでもないこと。分かっていたことだけど、実際行動に結びついていなかったのだろう。
 よく野菜作りも子育てと同じで愛情をもって育てなければ・・・と言われるが、愛情が必要なことは共通しているが、野菜は100%終始手を加えなければうまく育たない。この点が子育てと大きく違う。

 つまり野菜は「育つもの」ではなく、「育てるもの」だと言うこのシンプルなことを忘れずに、その育つ条件を最後まで100%満たしてやる。これが私の失敗から生まれた、私流の野菜作りのシンプルな秘訣だと思っている。

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枝を選定した後、新たに伸びてきた枝(8月中旬)

 その経験から生まれた秋ナス作りのシンプルなコツば、①7~8月ごろナスを収穫する傍ら、ナスの生り具合を見ながら順次古い枝を腋芽の強そうな部位を残して思いっきり剪定(切り戻し)する。②乾燥を防ぐため水遣りを怠らない。③追肥、畝上げ・土寄せ(根切り効果も図る)をおこなう。④倒伏防止の支柱を補強する等々。いずれもナスが必要と思われる条件を、すべて満たしてあげれば良いことだ。きわめてシンプルなこと。

 収穫した秋ナスは、ご近所さんへおすそ分け。「秋ナスは嫁に食わすな」の言い伝えがあるほど、昔から美味しい旬の味として珍重されてきたが、今でもご近所さんに喜んでいただいている。

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 私の次なる挑戦は、せっかくできた秋ナスの美味しい食べ方だ。
 毎日同じような料理では、折角の旬の味とは言え飽きてしまうので、インターネットで紹介されているレシピを見ながら2種類の秋ナス料理を作ってみた。まだレシピを公表するほどのものではないが、少しずつ腕を磨いてみようと思っている。
 ☞写真は秋ナスの浅つけ 試作品

 

 ちなみに「秋なすは嫁に食わすな」のことわざの意味には「美味しいので嫁に食べさせるのはもったいない」や「秋なすには種が少ないので子宝に恵まれないから嫁には食べさせないという縁起」、「なすは体を冷やすのでお嫁さんの体に良くないという思いやり」エトセトラ諸説あるが、ことわざが残るほど、秋ナスは美味しい野菜だということだろう。

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# by matutaka31 | 2017-10-14 06:58 | 思いのまま | Trackback | Comments(6)

福岡市に野村望東尼の墓が

 野村望東尼の墓が福岡市にもある、と聞けば多くの人がえっ?と思うかもしれない。
 福岡市の幕末史に触れたことのある人なら、望東尼と言えば「勤王歌人」「平尾山荘」「姫島」「高杉晋作」そしてその墓は山口県防府市と思うだろう。

 先日縁あって、福岡市東区吉塚にある大宝山明光寺(みょうこうじ)「明光禅寺・曹洞宗九州管区教化センター」を訪ねたとき、境内に勤王歌人「野村望東尼」のお墓があることを知り、和尚さんにお話を聴くことが出来た。

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明光寺本堂(この左手に望東尼の墓がある)

(野村望東尼は、高杉晋作の死を看取った後、山口県三田尻でこの世を去った。お墓は山口県防府市にある。)
 5年前このブログで私は、野村望東尼についてのあらましを投稿したが、このことには気がつかなかったので、境内の案内板に書かれていたのを基に、望東尼の生涯に改めて触れてみよう。
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望東尼は40歳の時、夫貞實と共に、花鳥風月を友に自適の生活を送るため、今の福岡市平尾に山荘を作り(平尾山荘として現存 右写真)隠居したが、そこでの平穏な日も長く続かず、54歳の時夫と死別する。





 夫の初七日が済むと、博多の明光寺で得度剃髪し、修行をして「招月望東禅尼」という法名を授かった。この時の遺髪を葬ったのがこの明光寺にあるお墓である。 (得度剃髪とは、出家して仏門に入る者が髪や髭を剃ること)

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望東尼の墓(円筒形) 墓碑に「望東禅尼墓」と刻まれている


 その後上京した望東尼は愛国精神の自覚を強め、福岡に帰った望東尼の山荘には平野國臣初め筑前の勤王の志士たちが集まるようになり幕末の志士たちの隠れ家となった。長州の高杉晋作も一時難を逃れてこの山荘に潜伏したという。

 1865年6月幕府の圧力により、藩主黒田長溥(くろだながひろ)の命で筑前勤皇党の藩士は捕縛拘束され,家老加藤司書以下7名切腹、月形洗蔵以下14名斬首、その他流刑、謹慎は100名以上という処罰者を出した。(乙丑の獄)

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 その時望東尼は、糸島沖の玄界灘に浮かぶ孤島「姫島」へ流刑となるが、10か月後、高杉晋作が救出の手配をして望東尼を脱獄させた。

(写真は姫島に現存する望東尼の牢屋)





その後望東尼は下関で病床の高杉晋作と再会を果たすが、翌年、晋作の死を看取ることになる。

病床で新作が「面白き こともなき世も おもしろく」と詠むと、望東尼が、「住みなすものは 心なりけり」と下の句を詠むと、新作は「おもしろいのう」と笑って29歳の生涯を閉じたと言われている。

 勤王の道を歩んだ望東尼が残した歌の中に、若い女性に贈る歌がある。
 「ひとすじの 道を守らば たおやめも ますらおのこに おとりやはする」
    (一途に信念を貫けば 女性も男性に劣りはしない)

 今の時代にあっても、女性を勇気づける歌に違いない。

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# by matutaka31 | 2017-10-09 22:17 | 思いのまま | Trackback | Comments(8)

今年も「丹波の黒豆」栽培に挑む

 私の十数年に及ぶ家庭菜園経験の中で、最も難しかったのが「丹波の黒豆」栽培。
 一般に栽培されている枝豆は、こともなく人並みの収穫が出来るのに、何故か「丹波の黒豆」だけは収穫できない。 いろんな情報とこれまでの大豆栽培経験をもとにしても、茎葉は立派に育ち、花もいっぱい咲き莢もたくさんできるが、肝心の豆が稔らない。思い当たることに注意して栽培してもなお失敗することが何年も続いた。

 その気難しい「丹波の黒豆」栽培に、近くの先輩菜園家Uさんから、井戸水を潤沢に使える畑の一部を貸していいただき、栽培指導をしていただいたおかげで、昨年はそれまでのうっ憤を一気に晴らす収穫ができた。

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黒豆畑の様子

 その先輩のご厚意で今年も昨年同様、もう一人のメンバーTさんも加わり3人共同で「丹波の黒豆」を栽培している。共同作業と言っても、畑と水の提供をしていただくU さんをリーダーに、耕運機による畝つくりはTさん、病害虫防除の作業は3人の共同作業で、その外の苗作りから定植、その後の土寄せ、水遣り、倒伏防止の支柱等々の管理は、夫々が思い思いに栽培することにしている。そのため播種日、定植も少しづつ異なる。

 共同作業の時、お互いの栽培管理の情報を交換し合い、この先の管理の注意点などを話し合い、情報を共有している。

3人で共有している丹波の黒豆の栽培の要点

1、排水良好の状態を保ちながら、過度の乾燥時に怠りなく潅水を行う
2、畝の間隔と株間を十分にとり、通風と採光を良くする
3、根粒菌が窒素同化するので窒素肥料は控えめに、花と実の充実に必要なリン肥を
4、倒伏防止の土寄せと綱張りを適宜に
5、病虫害の防除は早めに

私の今年の「丹波の黒豆」作りは、6月28日の播種から始まった。

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6/28:ポット播種 
7/7:摘心
7/13:畝つくり(共同作業)雨が多く作業が遅れた
7/17:定植
8/2:支柱
8/28:共同防除(カメムシ、ハスモンヨトウ)
9/13:台風対策(倒伏防止の綱張り)
10/4:共同防除(カメムシ)


この間、乾燥状況に応じ、随時潅水。すぐそばに地下水くみ上げのポンプがあるので、大助り!
心配した台風18号の直撃も避けられ、病虫害防除も早めにできたので、今年も豊作間違いなさそう。
 
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 莢の数も多く、順調に大きく膨らんできたので、そろそろ枝豆で食べられる時期が近い様だ。
 これまでの失敗の謎も、ほぼ解明できたように思う。原因さえ究明できれば成果はついてくるものだ。途中で諦めてはいけないことを、今更ながら思い知らされたような気がする。

 枝豆で秋の味覚を堪能した後は、11月の収穫で目的の丹波の黒豆の収穫となる。




 一口に野菜作りと言ってもそう簡単でないことが、実際やってみるとその難しさがよくわかる。
 作物の栽培は、日照、空気、雨、そして地力等々自然の力を借りなければ成り立たない生業。しかしその自然の恵みだけでも駄目で、作物が育つ条件を人が満たしてあげないと、美味しい野菜や果物はできない。またその自然が、ある時は牙をむく。その牙をむく自然に対し、どう立ち向かうかも、良い野菜や果物を作るための試練でもある。
 人は自然との関りなしには生きては行けない。私は家庭菜園を通して、自然とのかかわりを日々実感し、そこで元気に育つ野菜たちから元気を貰い、自分の健康の有難さを実感している。

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# by matutaka31 | 2017-10-07 17:06 | 思いのまま | Trackback | Comments(10)

習い事に終りなし

 先日太宰府市で行われた、日本健康太極拳協会福岡県支部主催の研修会に参加した。
 研修会の内容は、日本健康太極拳協会理事長による、太極拳技法の解釈と実技講習。
 この種の研修会は、協会の最高レベルの話とその実技講習を受けられるだけでなく、多くの教室からいろんなレベルの人が大勢参加するので、自分のスキル度合いを知る機会でもある。そのため私は、なるべく参加することにしている。

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楊 進理事長による実技指導の一コマ

 参加後の感想は、太極拳の奥の深さを改めて実感!!自分の未熟さを再確認!!この一言に尽きる。

 習い事に、終わりはない。
 全てのことに通じることだが、習い事の基本を身につけることは容易ではない。私が長年続けている健康太極拳についても、今更ながらそのことを痛感している。

 その太極拳でも外のスポーツと同じように、一つ一つその動作には夫々の意味がある。その動作の意味は頭で理解できても自分の体が思うように動かなければ、本当にその動作の目的や効果を身につけたことにはならない。
 なんとかものにしよう! そう思いながら、くり返し練習を重ねることの連続。

 やっとのことでクリアーできたと思っても、次々に新たなハードル、難しい技が立ちはだかる。
 それをなんとかクリアーしようと、また集中する。
 目の前に美味しいニンジンがぶら下がり、なんとしてもそれを食べたいと追い求める・・・、そんな心境かも知れない。

 頭では解っていても体が反応しない。実感が伴わない日が続く。

 こんな難しいことは、どだい俺には無理なことだ! そう思いながらも、なんとか身につけたいものだと、追い求める。うまくできたときの快感がそうさせるのだろう。

 追い求めた結果、自分なりに実感するものがあれば、それは私にとって達成感でありかつ健康に役立っているに違いないことだとの確信につながる。 そのことが楽しさにもつながる。
 この繰り返しがエンドドレスに続く・・・。

 私が目指す太極拳は、ただ太極拳が上手になることだけではなく、自分の健康に良い効果をもたらす健康太極拳だから、健康でありたい気持ちが失せない限り続くことだろう。


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# by matutaka31 | 2017-10-04 22:37 | 思いのまま | Trackback | Comments(8)

インターネットバーチャル日本一周ウォーク,盛岡通過

 インターネットバーチャル日本一周ウォーク、ただ今盛岡から花巻に向かっている。

 9月に歩いた距離は、135㎞、一日平均4.5㎞。連日の猛暑日が9月に入り思いのほか涼しくなって、久しぶりに目標の4㎞を越えた。 年間一日平均4㎞の目標に、一歩近づいたような気がする。

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 日本一周2回目の挑戦中、9月末で2,787㎞の地点、8,955㎞の33%に相当。先はまだ長~いな~101.png

 盛岡そしてその周辺は、現職の頃よく通った思い出の多い地。
 新規事業を始めるにあたって、候補地の絞り込みからその土地取得、地元との公害防止協定の締結、建築業者の決定、建築開始・・・、その間多くの関係者との折衝の連続、いろんなしがらみ(柵)にぶつかり、本当に胃の調子が狂うほどの難問続出で、私が手掛けた幾つかの新規事業の中で、最も思い出に残る難事業であった。
 工事を始められる状態になったとき私は、達成感がそれまでの苦労をかき消し、遣り甲斐を体いっぱい感じたことを想いだす。
 頭の毛が薄くなったのは、多分この頃からだろうか・・・(^◇^)

 盛岡の近くに小岩井農場がある。そこにも何度か訪れた。
 自然に囲まれた広大な牧場は、この地ならではの世界が広がる。

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石割桜 盛岡市ホームページより引用

 盛岡地方裁判所の敷地内にある石割桜にも驚かされた。
 巨大な花崗岩の岩の狭い割れ目から突き出た樹高11.0メートル, 樹齢が350~400年といわれるエドヒガンザクラで,国の天然記念物に指定されている。

 名物「わんこそば」は、もう一度食べてみたい・・・それほどの印象は残っていない。

 そしてお酒の味は・・・、どちらかと言えば、苦いお酒の場合が多かったような・・・109.png。(決して盛岡のお酒が美味しくないということではありません)

 様々な思い出が蘇る盛岡、いまこうやってバーチャルの世界で再び盛岡を訪ねると、不思議なもので心地よい思い出に変わる。

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# by matutaka31 | 2017-10-01 10:21 | 思いのまま | Trackback | Comments(8)

小さい秋

 今日は朝から10日ぶりの雨が降り続いた。
 週末に打ち合わせ予定のボランティア関係の資料作りで少々頭が疲れたので、雨上がりの午後、気晴らしに田園地帯をカメラ片手にのんびり歩いた。
 歩いた距離は約9,000歩、およそ5.6㎞。暑い夏に比べると、5~6割伸びた。

 辺りは田園地帯で、もう深まる秋の気配が立ち込める。
 童謡、「小さい秋見つけた」の歌詞を借りると、こんなふうになるのだろうか。
     matutakaさんがmatutakaさんが見つけた♪
     小さい秋 小さい秋 小さい秋みつけた♪

 道端のお寺の庭には、たわわに生った柿が、ほんのり色づいていた。
 渋柿だろうか、それとも甘柿だろうか。
 誰も手を伸ばして採った気配を感じさせないところを見ると、多分渋柿だろう。
 子供の頃、道端の柿木によじ登って、失敬した柿の美味しかったことを懐かしく思い出す。あの頃はよかった!
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枝も折れんばかリ鈴なりの柿

 萩の花がきれいに咲いていた。
 先日、平尾台で見た萩の花より、ずっと綺麗!
 秋のお彼岸に食べるのは、萩にちなんで「おはぎ」、春の彼岸はボタンにちなんで「ぼたもち」、先日おはぎを食べたばかり。おはぎが美味しく感じるのは、年のせい?それとも日本人のせい?

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満開の萩の花

道端にはススキが、風に揺れていた。
子供の頃には、この茅の根もとあたりで鈴虫が鳴いていたものだが、今ではそんな風流はなくなってしまった。
もう自然の鈴虫の音は、聞けなくなってしまったのだろうか。

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ススキの穂が風になびく

 田んぼでは、すでに早生の稲は刈り取られていた。
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刈り取った後の切り株が秋を彩る
 
 晩生種はまもなく刈り取りの時期が近い様子。
 思い出すのは、「稔るほど 頭をたれる 稲穂かな」。自分に当てはめてみる。
 頭がすでに空けているのだろう、ちっとも重さを感じない。
 頭が高い!と、叱られないように注意しよう。

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刈り取り間近の稲

 ひょうたん池では、オオイヌタデの花が、水際で咲き誇っていた。
 水辺に似合う花。来年もまたたくさん咲くことだろう。

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オオイヌタデの花
 
近くの公園にたどり着くと、そこには「福岡海軍航空隊跡記念碑」がある。碑には「福岡海軍航空隊は昭和十九年六月一日海軍甲種飛行予科練習生の教育隊として開隊され・・・」と記されている。
 ここは終戦間際、海軍航空兵の訓練飛行場があった所。
 今はこうしてのんびり秋の散策を楽しんでいるが、当時この地で訓練した若い航空兵は、どんな思いで訓練に励んだのだろうか。
 青春を無駄にし、その挙句命まで失ってしまった航空兵の気持を思うと、複雑な気持になってしまう。
 戦争をしてしまった責任は、だれが負うのか。いまだに吹っ切れない気持ちが胸に刺さる。
 心地良い秋の散策が、ここで止まってしまった。
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福岡海軍航空隊跡記念碑
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# by matutaka31 | 2017-09-27 20:01 | 思いのまま | Trackback | Comments(8)