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長崎被爆60周年

8月9日11時02分。
60年前のその時と同じようにジリジリと照りつける陽射しの中、私は、「被爆60周年長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典」会場にいました。

あの時もこんな暑い日だったな~、と当時を思い出しながら会場に近づくと、60年前にタイムスリップしたように、原爆が炸裂した当時の様子が生々しく思い出されました。

隣接する「原爆資料館」で、改めて被爆当時の状況を見てまわり、その後式典に参加しましたが、被爆者代表 坂本フミエさんの「平和ヘの誓い」を聞くにつれ、世界で唯一の被爆国の一国民として、原爆被爆体験を風化させてはならない、と改めて心に誓った次第です。

1時間の式典は型どおりに進行しましたが、何故か、私の心を揺さぶるような、核廃絶のうねりのような盛り上がりを感じることは出来ませんでした。

それは、寸分違わぬ進行を余儀なくさせられる儀式なるが故か、原爆の悲惨さを感じさせない緑に囲まれた会場のせいか、それとも自分自身の意識の問題なのか、いずれにせよ、60年の歳月を経た今、核廃絶運動のあり方について、一つの問題を投げかけているように思われました。

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式典会場の「平和記念像」
式典には6,000名が集い、犠牲者へ祈りと平和への誓いを新たにした

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原爆落下中心地の「慰霊塔」
多くの折鶴と生花に包まれた慰霊塔の前には、祈りをささげる人が絶えなかった

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無残に壊れた浦上天主堂の残骸

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原子雲
長崎に投下された原爆は「ファットマン」(太っちょ)と名付けられたプルトニウム爆弾(長さ3.25m、直径1.52m、重さ4.5t)であった。
爆発力はTNT2kt相当、地上500mで炸裂し、一瞬にして15万人余を死傷せしめた。

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現在の、爆心地松山町周辺

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平和公園、式典会場入り口にて

「私の原爆体験」はこちら
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by matutaka31 | 2005-08-10 10:47 | 思いのまま | Trackback | Comments(2)

田植えが出来ない 

 各地で田植えが出来ない渇水被害がでているが、私の住いから車で5分程度の距離に広がる水田地帯(福岡市西区の太郎丸地区(糸島半島の入り口)を尋ねてみた。
 最近、このあたりでは、「何時になったら梅雨入りするのかな~」の挨拶が流行っていて、気象庁の梅雨入り宣言が空々しく思い出される。

 用水路を点検していた農家に尋ねると、この地区では今なお60haの水田が田植えが出来ない状態だということであった。雨が期待できなくなった今では、上流からの配水を今か今かと待つしか方法がないという。そんな追い詰められた農家の話を聞いていると、その苦悩がひしひしと私の胸に伝わってきた。
 

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   隣接の泉地区にある農業用溜池
点在する溜池は、このように干上がり揚水ポンプも止まったまま。

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   水がなくて田植えが出来ない田圃
いつもなら、一面緑と化している時期なのに、このような田圃が延々と広がっていた。

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   主客が訪れない用水路
カラカラに乾いた状態は、空梅雨・渇水を如実に物語っている。

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   開けたままの堰きとめ板が物寂しい。

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   出番を待つ稲の苗
時期を失した苗は、黄色く変色しかかって、待ちくたびれた哀れな姿に見え、ここでも農家の苦悩が痛いほど感じられた。

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   とりあえず植えたものの
やっとの思いで田植えが出来たところでも、その後水が廻らず、根が活着していないのに既にひび割れ状態になっていた。

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   植えて間もない苗
本来なら、たっぷり水に浸かった状態でなければならないのに、あ~あ~・・・、農家のため息が聞えるようだ。

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   それでも懸命な作業は続く
上流の水源地から、順々に水が回ってくるのを待って、今日も懸命の田植えが進んでいた。私はしばし止まり、心の中で拍手を送った。

     2005.6.29 記
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by matutaka31 | 2005-06-29 22:41 | 思いのまま | Trackback | Comments(0)

悠遊クラブ花見

今年の悠遊クラブ花見は 場所を南に移し 大宰府政庁跡公園に12名が勢ぞろいした

写真をクリックすると大きい画面に変わります

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西鉄大牟田線「都府楼前」で下車 約一キロのところに かての遠の朝廷の中心・大宰府政庁跡がある  
石碑と礎石


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公園の桜は満開 正に春爛漫!

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満開の花に近づくと 否応なく気分が盛り上る

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先発組が既に出来上がり寸前?歓迎のポーズ!

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隣りではダンスクラブらしきグループが最高潮

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楽しい宴の始まり

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尽きぬ話題でどんどん盛り上る

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暑気払いは また 長さんの自然庭園でやりましょうか

b0008825_21362999.jpgいっそのこと、南九州あたりまで遠征しょうか ML会員も誘って一大イベントといきましょうか

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そろそろフィナーレを嗅ぎつけた清掃屋軍団が忍び寄ってきた
気が付けば 周りに花見の人影はなく(・o・)

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なんとなく 今年の夏は南阿蘇か高千穂あたりで 
1泊2日の”のんびり避暑”をやりたいな~という
ムードのなかで 3時間余の楽しい宴もお開きに
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by matutaka31 | 2005-04-07 22:02 | 思いのまま | Trackback(8) | Comments(0)

福岡沖地震

 2005年3月20日午前10時53分、マグニチュード7の地震がおき、私が住む福岡市西区も、震度6弱の揺れを観測した。

 福岡は地震が少ない地域だと言う常識を打ち破る、けた違いの地震で、1890気象庁が観測開始以来最大の地震となった。

 近くの公園の花壇管理作業をしていた私は、ゴーッという地鳴りと共にドーンと突き上げるような縦揺れが来たと思った瞬間、激しい横揺れがして、フェンスにつかまり立っているのがやっとであった。

 周りの直後の被害状況は、外見上大きな被害はないように思えたが、時間が経つにつれ個々の被害状況が明らかになりつつあるが、特に目立つ被害は家屋の損壊である。
 最近の建築法による家屋は、外見上殆ど被害を受けていないように思えるが、日本建築独特の寄棟瓦葺屋根の損壊が特に目立つ。
中でも、最近建築した大形の家屋に損壊がひどいのは何故だろうか。

 家具の被害は個々まちまちのようであるが、話を聞いていると、建具や収納方法によって、被害の差が出ているようにも思える。
 これは日頃の地震に対する認識の差が一因であるとするならば、お互いに反省しなければならないことではなかろうか。

ここに掲げる写真は、私が住む町周辺の被害状況の一端と、直後の我が家の2階の状況である。


家屋の屋根の損壊状況

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余震が繰り返し起きる中、紺碧の空の下、早くも翌朝修復作業が始まっていた
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瓦葺屋根の家屋を改造したレストランの屋根
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落下した瓦の破片


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我が家の寝室のテレビ

 ベッドの上にのしかかっていた. もし夜中だったらと思うと、・・・


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乱雑になったパソコン周り

あっちこっち気ままな状態で座っていた


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土俵際に追い詰められたテレビ、プリンター、等 触れなば落ちん、・・・


  



b0008825_16535788.jpg階段に散乱する花瓶の破片





お暇でしたら、「松ちゃんの気ままなページ」も覗いてください。
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by matutaka31 | 2005-03-22 14:45 | 思いのまま | Trackback | Comments(0)