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パソコンでラジオを聞く 無料の通話も・・・

 パソコンで通話料が無料で何時間でも話が出来ることは以前から知っていたが、無料でラジオが聞けることは、つい最近まで知らなかった。
 ウインドウズでは、ラジコ(radiko.jp)という無料のソフトを使えば、インターネットでその地域の主な放送局の番組を選んで、パソコンでラジオが聴けるサービスがある。
 スマートフォンでも利用することができるらしいが、私はスマホをやらないので、試したことはない。

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 パソコンの操作をしながらラジオが聞けるし、特に音楽番組を選んで音量を小さくしておけば、BGM としての効果もあり、便利に利用できるソフトである。
 時にはパソコン操作の手を休めて、ラジオを聞くこともできるので、思いのほか便利である。


 

 ただこのラジコは「Adobe AIR」で開発されたアプリケーションのため、ラジコをダウンロードする前に「Adobe AIR」をインストールする必要がある。


 この外にも、インターネットに接続すれば世界中どこへでも無料で通話できるスカイプ(Skype)があるが、通常の電話回線と全くそん色のない通話が無料で楽しむことが出来る。 カメラが付いているパソコンなら、お互いの顔を見ながら通話を行うことも可能。

 私はもう長い間このスカイプを利用しているが、インターネットに接続したパソコンを持っている特定の仲間と楽しい有意義な通話を楽しんでいる。
 このスカイプの良さは、受話器を持つ必要がなく両手が自由に使えるので、パソコン操作の勉強をするときなど、お互いのパソコンの画面を確認しながら話が出来るので大変便利である。

 パソコンは使いようによっては、日ごろの生活に活力を与えてくれる、よきパートナーになる。

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by matutaka31 | 2017-09-11 21:21 | 思いのまま | Trackback | Comments(6)

ホウキグサ(コキア)を今年も植えたが・・・

 ホウキグサ(コキア)を昨年試験的に植えたところ、ごく普通の管理で特に問題なく育つと思ったので、今年はひょうたん池花壇に人目を引くようなホウキグサをたくさん植えるつもりだった。
ところが花壇の空き地が思いのほか狭くて、植えたのは20本余り。
このホウキグサ(コキア)を植えようと思ったのは、昨年、ブログ仲間の hibochanさんのブログで拝見したコキアの紅葉の美しさに触発されたのがきっかけ。

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こんもりした丸みも足りず、イメージとはだいぶかけ離れた出来になった

 出来が悪いのは、移植の時期がずれたのが最大の原因のようだ。
 後で分ったことだが、このコキアは移植に弱い(適さない)ということ
 雨不足で乾燥しがちな環境の中で、しかも移植の時期が遅くなったのがいけなかったのだろう。更にやや密植したため、こんもり茂りきらなかったのだろう。来年への反省としよう。
 でも、鮮やかな緑と柔らかい葉並びは、それなりに見ごろになっている。 秋には、一斉に紅葉し、ひときわ目立つ存在になることだろう
 
 我が菜園の道路側にも、人目を引くようなコキアを植えるつもりにしていたが、今年の異常な旱魃で、移植のタイミングを逃して、こちらも計画倒れになってしまった。来年こそは、道行く人の足が止まるようなコキア畑にしようと、思いを新たにしている。102.png

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菜園の道端には、こぼれ種の実生苗が、異常旱魃にも耐えて元気に育っている

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ホウキグサは和名で一般にはコキアと呼ばれる。
私たちの世代では、乾燥した茎を「帚」として使っていたので、ホウキグサの呼び名がなじみ深い。


 我が家では昨年植えたホウキグサを乾燥させて帚を作ったが、今でも庭の掃除に一役買っている。ご近所さんでも使い勝手が良いと、評判がいい。


 今年はこのホウキグサの栽培の特性を良く調べず、簡単に育つと思い込んだのがいけなかったので、来年改めて出直すことにしよう。
 何事も基本を忘れてはいけない。奇をてらうつもりはないが、変化・進化を目指し、ひょうたん池の新しい顔になるようにしてみたいのだが、果たして・・・。

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by matutaka31 | 2017-09-08 13:36 | 思いのまま | Trackback | Comments(11)

「終戦の日」を知らない小学生

 私は小学校の平和学習に、原爆の語り部として招かれることがある。話す相手は主に、小学校5・6年生。

 私は自分の体験を話す前に、「8月15日を何の日か知っていますか」と、生徒に聞くことにしている。

 知っていると手を挙げる生徒の数は、学校や学年によっても異なるが、総じて10%程度と 少ないのに驚く。
手を挙げた生徒に「では何の日ですか」と聞くと、自信をもって「終戦の日」と答えられる生徒さんは更に少なくなる。

 私たちの世代では知っているのが当たり前の8月15日を、何の日か知らない生徒が多いことに正直、ショックを受けている。

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 語り部を始めて4年目になるが、私の感覚では、4年前と今では、そのことを知らない生徒が、年々多くなっているような気がする。

 この現象を、どう受け止めたらいいのだろうか。
 戦後72年、平和に過ぎてきた今、風化するのはやむを得ないことなのだろうか。
  仕方ないこととして済ませていい問題だろうか。 (画像はネットより引用)

 先生は当然教えているはずだから、生徒が覚えていないということだろう。もしそうだとしたら、教わったことを多くの生徒が忘れてしまうのは、どうゆうことだろうか。果たしてどのような教育がなされているのだろうか、とつい考えてしまう。

 今や両親も学校の先生も、戦争を知らない世代。まして核家族化しているため、戦争を体験したおじいちゃん、おばあちゃんから家庭内で戦争のことを聞く機会は少ないだろう。

 また8月と言えば、子供たちにとっては夏休みを楽しく過ごしたい一心。そのうえ高校野球やその他のスポーツも花盛りだから、想像できないような過去の悲惨な戦争のことなど関心がわかないのかもしれない。 でもかって日本が犯した過ち、そして多くの犠牲者を出した戦争のことは、知らないで済む問題ではないはずだ。

 NHKが全国の18歳と19歳を対象に行った世論調査で、日本が終戦を迎えた日について、14%が「知らない」と答えた、との報道がある。今の小学生が成人になる頃、この数字はさらに引き上がるかもしれない。教育の危機を感じてしまう。

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 改めてカレンダーを見た。
 8月15日の所に「終戦の日」などと書いているのは希で、月の行事に「終戦の日」、「終戦記念日」と記されているのがほとんど。

 そもそもこの日は、1982年4月、戦争を知らない世代に戦争の経験と平和の意義を伝えるため、この日を「戦没者を追悼し平和を祈念する日」とすることが閣議決定された、とある。
(画像はネットより引用)

 

 この「終戦記念日」という表現は、若者にはどんなイメージで受け止められるのだろうか。
 太平洋戦争のことを全く知らない世代の人が、「記念日」の響きから、約230万人の兵士と約80万人の一般人合わせて約310万人もの尊い命を失った悲惨な戦争を、果たしてイメージすることが出来るだろうか。
 むしろ敗戦・平和祈念日とした方がピンとくるのではないだろうか、ふとそう思うことがある。

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by matutaka31 | 2017-09-04 17:53 | 思いのまま | Trackback | Comments(8)

日本一周ウォーキング、ただ今八戸から三戸へ

インターネトバーチャル日本一周ウォーク、ただ今八戸から三戸に向かっている。三戸を過ぎると間もなく岩手県二戸に入る。
 8月に歩いた距離は、116㎞、一日平均3.74㎞。目標の4㎞には及ばなかったが、連日の猛暑日にあって、無理をしないことを優先した結果なので、結果オーライとしよう。

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 八戸には東京に勤務中、仕事でよく出かけた。 しかしほとんどとんぼ返りで、さしたる思い出はないが、一度だけ十和田湖と奥入瀬(おいらせ)に行ったことがある。


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 日本一美しい渓谷と言われる奥入瀬、十和田湖を源に国道102号線に沿って流れる約14キロメートルの渓谷は、苔むした岩を縫うように流れる悠久の大自然は聞きしに勝る景勝地で、いつまでもその場にいたくなるような、強い印象を受けた記憶がよみがえる。


 上の地図では八戸から一気に三戸、その先には二戸・一戸と続く。 この珍しい「戸(へ)」のつく地名は、確か一戸から九戸までの地名があるはずだが、地図上では四戸から七戸が抜けている。 以前から私は、この地名の由来はなんだろう、と思っていた。

 その疑問を解くいい機会だから、ネットを通じて調べてみたところ、その由来がよくわかった。


 青森県庁のホームページ等で検索してみると、「平安時代後期に、現在の青森県東部から岩手県北部にかけて糠部郡(ぬかのぶぐん)がおかれた時、郡の中を9つの地区にわけられ、一戸から九戸まで地名がつけられたのが始まり」とか。この「戸」は、「○○地区」や「○○地方」の意味。
 地区割は 「お城があった三戸を中心に、東西南北の4つにわけ、さらに南を一戸、二戸、西を四戸、五戸、北を六戸、七戸、東を八戸、九戸とした。」とある。

 四戸という地名が消えたことについては、詳しいことはわかっていないそうだ。

 地名の由来も、その地方の歴史の一端を覗くことができて面白い。インターネットバーチャルだからこその楽しみ方だろう。
 その青森県とは、まもなくお別れになる。

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by matutaka31 | 2017-09-02 09:23 | 思いのまま | Trackback | Comments(10)

菜園仲間と過ごす楽しいひと時

 大きな葉っぱに隠れるように、控えめに咲いている可憐なこの花。通りすがりに畑の中を覗いてみても、多分目に留まることはないだろう。

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 この人目につかない可憐な花は、実は、のちに日本の正月にはなくてはならない一品「丹波の黒豆」を稔らせる。

 先日、この「丹波の黒豆」作りに挑む3人衆が共同で、放って置けない害虫、カメムシ・ハスモンヨトウの防除を行った。

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この「丹波の黒豆」作りに挑む3人衆とは、菜園に井戸を掘り本格的に菜園を楽しむ先輩を中心に、同じ思いの、技術畑の出身で何かにつけ研究熱心なもう一人と私の二人が加わった3人のこと。
 素人の私にとって、栽培方法の指導をしていただきながら、水不足の心配をすることなく丹波の黒豆作りを楽しめるので、このお二人の存在は大変ありがたい。

 この丹波の黒豆は、普通の黒豆と違って、気難しいお豆さん。 普通の黒豆作りは、私の技術と経験でも難しいことはないが、この丹波の黒豆は一筋縄ではいかない難しさを、素人の私に突き付けてくる。

 今年の雨不足時にも、井戸水を潤沢に使わせてもらえるので、ひでり知らずに順調に生育している。もし自分の菜園で、この丹波の黒豆を作っていたら、今年の雨不足では収穫は見込めないだろう。
 
 お陰様で、趣味が取り持つ縁で、これまでの家庭菜園では味わえなかった新たな一面に挑戦することができ、これまでに増して楽しいひと時を過ごすことができて本当に有難い。感謝!

 実はこの3人衆とは別に、現職の頃は全く縁のない人たち3人と一緒に、私は家庭菜園を楽しんでいる。
 どちらのグループの皆さんも同じ思いで菜園を楽しむ人たちだから、もっぱら野菜を作る楽しさ、収穫の喜びを味わいながら、時には鍬を持つ手を休めての菜園談議に花を咲かせて、お互いの健康増進に一役買っている。 
 菜園仲間の素晴らしい人生に 乾杯!

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by matutaka31 | 2017-08-29 15:41 | 思いのまま | Trackback | Comments(8)

被爆72周年長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典に参列

 平成29年8月9日11時2分、長崎の鐘が鳴り響く「被爆72周年長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典会場」の遺族席に私は、今年もいた。

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式典会場の様子 児童合唱


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  長崎に原爆が投下された11時2分、会場を埋め尽くした参列者は1分間の黙とうを捧げた。その1分の間に私は、爆心地から3.5キロの地点で体験したあの悲惨な72年前の出来事を、つい昨日のように思い出した。

 テレビで実況が放映されることだし、この暑い中わざわざ長崎まで出かけるまでもないのでは?との思いがかすめるが、多くの被爆者の思いが共有できる感動が忘れられなくて、行かずにはいれない気持になり、自ずと足が向いて連続12回目の参列になった。



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 被爆者の平均年齢も81歳を越え、毎年被爆者の数は減っていく。会場の参列者も、被爆者らしい年齢の人の割合が年々少なくなり、代わって若者の数が多くなった。
 核廃絶を求める平和活動の主体が、すでに被爆者から時代を継ぐ若者にバトンタッチされて行く姿が見て取れ、今後の運動の盛り上がりを予感する一面を見るようだった。


私自身も、日ごろ何かとせわしない日を送っていると、被爆したことを、つい頭の隅から抜けてしまうことがある。

  今年の長崎平和宣言は日本政府に対し、「核兵器を持つ国々と持たない国々の橋渡し役を務めると明言しているにも関わらず、核兵器禁止条約の交渉会議にさえ参加しない姿勢を、被爆地は到底理解できません」と鋭く指摘し、私たち被爆者の思いを率直に代弁してくれた。

 88歳の被爆者 深堀好敏さんの「平和への誓い」に心を打たれ、被爆者の合唱「もう二度と」、児童合唱「子らのみ魂よ」、「千羽鶴」も感動的で、参加者が追悼と平和を希求する思いを共有する瞬間でもあった。

 この感慨は、その場にいなければ実感出来ない。だから私は体力と気力を失わない限りきっと、来年もこの地に立つことだろう。いやぜひそうしたい。

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by matutaka31 | 2017-08-09 20:52 | 思いのまま | Trackback | Comments(0)

父の日のプレゼント

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6月18日(日)父の日、娘がいつものように、 私の足にぴったりフィットする軽いウォーキング兼用シューズをプレゼントしてくれた。 このところ父の日のプレゼントは、このタイプのシューズが定番になっている。




 私は正直なところ、飲食品や趣味のグッズより、このタイプのシューズのように毎日私の活動に役立つ実用的なものが嬉しい。飲食品はそれを味わうときだけに終わってしまうし、趣味のグッズも好みに合わないこともあるし・・・。
 去年もらったシューズが1年間フルに使ったので、そろそろ買い替え時が来たな~と思っていた矢先のプレゼントだったので、日ごろ私の暮らしぶりを心に留めてくれている娘たちの気持が、殊の外嬉しい!

 最近、私は外出する時、革靴はめったに履かず、もっぱら軽いウォーキング兼用シューズを愛用している。
 この兼用シューズは軽くて履き心地も良く、少々歩き回っても疲れないし、外出先で時間に余裕があるときは地下鉄の一駅区間くらいは気軽に歩けるから運動にもなるので重宝している。

 
 プレゼントされた靴を私は、お出かけ用、ウオーキング用、畑仕事用と3通りの使いまわしで、なるべく無駄にしないように使い切ってしまう。
 初めは主に外出用に履く。電車や車で出かけるのは週3回くらいだから、あまり傷まない。
 次はウォーキング専用に。ほぼ毎日履くので傷みも激しくなる。でもまだ使える。
 最期のお役目は、土まみれになる家庭菜園用。少々形が崩れていても畑仕事には十分役立つ。
こうして2~3年めいっぱい働いてくれた靴は、さすがにもうボロボロ。

「なんでそこまで・・・」の声が聞えそうだが、終戦前後の品不足時代に育った私は、このように「使えるだけ使う」という習慣が身に沁みついていて、今更「使い捨て」の文化にはなかなか馴染めない習性になってしまっている。
 この靴も私の手に渡ったのが縁で100%役立つことが出来て、プレゼントしてくれた娘同様満足してくれていると思う。101.png

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by matutaka31 | 2017-06-19 06:59 | 思いのまま | Trackback | Comments(12)

心を和ませる一言

 JR九州筑肥線「周船寺駅」のホームから改札口に行く階段の左右に、「おつかれさまでした」と小さくさりげなく書かれたねぎらいの文字が、列車を下りた私の心をいつも和ませてくれる。

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 きっと私だけではなく、列車を降り立った多くの方の目に入っていることだろう。そしてわずか9文字のねぎらいの文字が目に入った瞬間、口にはしないが私と同じように「 ホッ」とするに違いない。

 いつも改札口で「おはようございます」「ありがとうございます」と元気な声をかけてくれる駅員さんの、普段の声かけだけでなく、少しでも乗客の疲れを和らげようとする心遣いが伝わってくる。
 最近「ご苦労様」と「お疲れ様」の使い分けができない人が増えているが、「おつかれさまでした」とした駅員さんの気遣いもまた、それとなく伝わってくる。

 列車に乗る人も降りる人もみな夫々、楽しいことや悲しいこと、あるいは嬉しい思いやつらい思い、疲れ切ってしまったなどの思いを胸に秘めているに違いない。そんな思いでホームに降り立った時、何気なく目に飛び込んだ「おつかれさまでした」の文字は、一瞬であってもちょっぴり気持ちが和らぐようで嬉しい。

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JR周船寺駅(すせんじえき)ホーム西側の階段

 筑肥線(ちくひせん)と言ってもご存じない方が多いと思うが、福岡空港から博多駅経由で福岡市西区姪浜までの地下鉄空港線と相互乗り入れしている、姪浜駅から佐賀県唐津市の唐津駅まで走るローカル線。

 この周船寺駅界隈は福岡市の西端に位置し、九州大学の伊都キャンパスへの移転に伴い、最近急速に都市化が進んでいる地域である。その九大キャンパスに最も近い駅でありかつ糸島観光の入り口でもあるこの「周船寺駅」界隈は、なぜか開発が遅れてしまっている。

 それに引き換え周船寺駅の東側の田んぼの中にポツンとできた新駅「九大学研都市駅」周辺は、この十数年間に、あれよあれよと言う間にマンションが林立する街に成長している。それとは対照的に、時流に乗り損ねてしまった寂しい町の中に取り残された格好の周船寺駅は、旧態依然の佇まいを残していて、乗降客は年々増えているにもかかわらず施設の面では、決して乗客にやさしい駅だとは思えない。

 そんな町の小さな「周船寺駅」であるが、窓越しに改札口を見守るようなよくある駅の光景とは異なり、そこで働く駅員さんの精いっぱいのサービスで、いつも暖かい雰囲気に包まれている。そうした日ごろの心掛けが、冒頭に書いた小さな空間を無駄にしないで「おつかれさまでした」と乗客をねぎらう行動に繋がったのだろう。

 「ななつ星in九州」や都心のマンション開発など富裕層を対象にした経営戦略が目立つ昨今のJR九州であるが、この小さな駅の駅員さんが示すささやかなサービスが、一般乗客の利便性に富んだ駅の施設改善や列車運行へとつながっていくことを願ってやまない。

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by matutaka31 | 2017-06-11 11:18 | 思いのまま | Trackback | Comments(6)

「あなたの動脈の硬さは?」

 私は年2回、必ず被爆者健康診断を受けている。
先日、今年度1回目の健康診断を受けた。
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 検診内容は、身長、体重、視力、聴力、握力などの基礎体力測定から、血圧、腹部エコー、心電図、血管年齢、胸部レントゲン、検便、尿検査、血液検査で、日常の健康管理に必要な検査を一通りしてもらった。
 そのうえで日ごろ気になっていることを相談することもでき、被爆による放射線の影響が脳裏から消えぬ私にとって、大変ありがたい検診でもある。


 国民健康保険の健康診断の受診率はあまり良くないと聞くが、私はどちらかと言うと、検診推奨派だと思っている。それは検診の結果が、自分の体の今の具合を数値で示してくれるから、自分の体調と言うより、自分の体の弱い部分や丈夫な部分が、標準に照らして知ることが出来る。

 結果が、標準より良ければそれでよし、悪ければ日ごろの生活で気を付けなければならないことだと、自分に言い聞かせればいいのだから。

その検診の中で、私が半年前と比べて改善していることをちょっぴり期待したのは、血管年齢だった。
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 このところ自分の血管年齢がが実年齢より10歳も多い90歳台と高いのが気になっていた。
 ブログタイトル「心はいつも青春」に似つかわしくない血管年齢。これでは心と体がアンバランスであることを、自ら証明するようなもの。

 


 なんとか若返り方法はないものかと思っていたとき、今年2月、NHKの「つら~い冷え症が改善!血管若返り術」 を見たとき、少しでも血管年齢が改善できれば幸いと思い、血管若返りのための〝血管のばし”体操を日頃のストレッチに取り入れてみた。
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 左図は、いくつかある血管のばし”体操の一例

 この体操は、簡単で短時間にできる内容だけど、自宅で毎日2回励行するのは、言うべくして難しい、と言うより続かない。 でもできるだけ、思い出しては少なくとも一日1回はやってみるように努めてみた。

 
 まだわずか3カ月でその効果を期待するのは気が早すぎると思いながらも、少しでもその結果が表れないかと期待していた。

 その測定結果が、タイトルの「あなたの動脈の硬さは?」で、その内容はおおむね次のような内容だった。

 まず左腕、右腕、左足首、右足首夫々の血圧値と脈拍数が、前回と比較して表示されるので、半年前と比較して血圧の傾向を知ることが出来る。

 次に血管の硬さ(baPWV)が右・左と、数値で前回と比較して表示され、「あなたの推定血管年齢は、〇〇歳以上に相当します。」と知らされる。

私の血管年齢は前回同様「90歳以上」とであったが、その根拠となる数値は右・左ともに前回より改善されていたので、期待した若返りはできなかったが運動の成果は少し現れていたのかな~と少しばかり喜んでいる。考えようによっては、前回より悪くなっていなかっただけでもラッキーと思えばよいのだから。102.png
 次回検診(半年後)で80台をめざして、〝血管のばし”体操を続けよう105.png
 

 次は足の血管の詰まり(ABI)は?

右足・左足の状態が、数値と血管の輪切り状態の図で前回と比較して表示され、「今回の検査結果は正常範囲にあります。」とあった。年相応にしていれば、血管がパンクする心配はなさそう。(^◇^)\(^o^)/

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by matutaka31 | 2017-06-07 11:28 | 思いのまま | Trackback | Comments(6)

日本一周歩こうかい、ただ今「長万部」

 インターネットバーチャル日本一周ウォーキングの2周目は、今、北海道の長万部から八雲に向かっている。
昨年3月松前に渡って広い北海道を一周し、今月中に函館にたどり着けると思うので、ほぼ1年4カ月かかることになる。
 やはり北海道は広い!でっかいどう!だ。

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長万部から八雲に向かって・・・


 5月に歩いた距離は120㎞、一日平均3.9㎞で、計画の4㎞をわずかに下回った。頭の怪我やボランティアその他野暮用が要因。

 この調子で計画どおりに歩けば、来月は青森県下北半島に入るだろう。

 地図上とは言え、多分、北海道を歩くのはこれが最後になるだろう。
そう思うと、これまでに書かなかった北海道での足掛け4年間勤務した当時のことが、懐かしく思い出される。仕事上の泣き笑い、冬の土日は連日スキー、そして春から秋の釣り三昧等々、きりがない。

 初めて北海道に転勤したのは、もうかれこれ50年前の昭和43年のこと。でもつい2.3年前の出来事のように思い出される。まさに人生「光陰矢の如し」を実感!

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 札幌に赴任したのは2月初め、零下10度前後に冷え込む寒さに、九州育ちの身にはこたえた。
 当時はまだ石炭ストーブの時代。
 火の用心とばかり、ストーブの火を消して寝たところ、寒くて夜中に目が覚め、布団を頭から被っても眠れなかった。札幌の初夜は完全に寝不足に!         ⇒写真は札幌大通り公園 
 
 翌日聞いたところ、石炭をストーブに一杯詰めて火を消さないで寝るのが習慣だと。燃え尽きた後は余熱で朝まで暖かい、と。102.png
                                                
 翌日、滑り止めのついた靴を買うため、初めてススキノの商店街に出かけた。
女子店員に「これはどうだろう」と相談をしたつもりだったが、店員はにこりともせず一言「これかい?」(これですか?)で終わり。欲しかったらさっさと買ったら・・・と言わぬばかりの素振り。
女子店員は愛嬌よく相談に乗ってくれるものと思い込んでいた私は、ただ唖然とするばかり。105.png
 北海道の女性は強い。そして言葉が男性と同じ(当時はそうだった)。かといって女らしさ(色気)がないわけではない。101.png
 女性も男同様に働かざるを得なかった北海道開拓の厳しさを物語るような、歴史的文化の一端を垣間見る思いだった。

 さていろんな思い出が残る北海道の生活で、もう一つ思い出に残ることがある。
それは地名の呼び名を覚えるのに苦労したこと。初めてお目にかかったとき、すんなり読める地名は正直少なかった。
 今歩いている「長万部(おしゃまんべ)」然り。
アイヌ語の意味を漢字にあてた地名が多く、漢字の棒読みでは通じない地名が多いから。
書き出せばきりがないので、思い出すまま幾つか挙げてみる。
愛冠(あいかっぷ)、 忍路(おしょろ)、 倶知安(くっちゃん)、 神居古潭(かむいこたん)、 雄武(おうむ)、大楽毛(おたのしけ)、 班渓(ぱんけ)、 占冠(しむかっぷ)、 妹背牛(もせうし)、 弟子屈(てしかが)、 留辺蘂(るべしべ)、 音威子府(おといねっぷ)等々。

 想い出多い北海道の旅も今月で終わろうとしている。
 来月は、津軽海峡を隔てただけで北海道と全く異なる「ズーズー弁」に悩まされた、想い出多い青森をスタートに東北地方の旅になる。 楽しみだ!
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by matutaka31 | 2017-06-04 10:37 | 思いのまま | Trackback | Comments(6)