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藤棚の散髪

 今頃の藤棚は,新しい蔓が縦横無尽に伸び放題になり、そのまま放置しているとザンバラ髪のように荒れ放題になり、見苦しくなってしまう。

 私たちがボランティアで管理しているひょうたん池の蔓棚も御多分に漏れずこの時期、管理を放置したのではないかと思われるほど若い蔓が威勢よく伸びてきた。

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 このまま放置していると、花芽がつく短い枝は威勢よく伸びた蔓と葉っぱに覆われ、陽当たりが悪くなり、7~8月にかけて分化する花芽の成長を妨げてしまう恐れがある。

 そのため、今年伸びた徒長蔓(この新しい蔓には花芽はつかない)をこの時期に切り取り、花芽の形成を助けると同時に、見かけを良くするための剪定をすることにした。
 この時期の剪定はあくまでも花芽の分化を促すためのもので、本格的な剪定は、葉が落ちた冬の間に花芽を確認しながら、不要な部分を切り取ったり、棚にまんべんなく広がるように蔓を棚に固定するなどの整枝剪定を行うことにしている。


 藤の剪定作業は、脚立上で体のバランスを取りながら棚の下から上向きに作業をするので、首の運動を越えるきつい作業になるので、たわいもない会話をして気を紛らしながら作業を進める。

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 藤はマメ科だから豆がつく。
 「このままにしておくと、種に栄養が持っていかれるので、早い時期に摘み取ってしまうのだが、この豆、食べられないかしら?」
 「試しに食べてみては!102.png

 「藤蔓は左巻き?それとも右巻き?」
 「そう言えば子供の頃、左巻きとかなんとか言ってたことがあったよね(^◇^)」
 ちなみに野田フジは右巻きで、ヤマフジが左巻き。

 ところが、蔓の右巻きか左巻きかについて最近、正反対の見方があるという。
例えば朝顔は「左巻き」と言う今までの常識に対し「右巻き」という異論が出て、蔓の巻き方についての考えが混乱しているらしい。
 そのあたりの事情については後日、改めてご紹介することにしよう。

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 作業をしていたとき、茂った蔓の中から鳩がびっくりして飛び去った。
見るとそこには鳩ノ巣が・・・。
ここは安全とばかり子育てをしていたのに、突然の外敵襲来?にさぞ驚いたことだろう。
人に目につかないところで自然の営みが行われているのを偶然見かけてしまったが、鳩の子育てを妨げてしまった。
無事戻ってきて、新しい命を育ててほしいものだと、巣の周りはそっとしてあげた。


かくして1時間半ほどの藤の剪定は無事終わり。
ザンバラ髪みたいな風貌もスッキリ!イケメンならぬイケフジに変身101.png

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きっと来年春には、見事な藤の花が咲くに違いない。

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by matutaka31 | 2017-07-07 14:43 | 思いのまま | Trackback | Comments(8)

日本一周歩こうかい、津軽海峡を渡って青森へ

 インターネットバーチャル日本一周ウォーキングの2周目は、長かった北海道を後にして、津軽海峡を渡って青森県下北半島の「大間」から「むつ」に向かって歩いている。これからしばらくの間、想い出多い東北地方の旅となる。

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 6月中に歩いた距離は、126㎞。一日平均4.2㎞で、目標の4㎞を少し上回ったので、結果オーライ!101.png

 現職の頃東北での勤務経験はないが、東京にいた頃仕事の担当エリアだった関係で、度々訪れたところである。東北地方特有の忍耐強い人柄に加え海の幸山の幸も豊富で、仕事上で大変お世話になった方々も多く、話題には事欠かない地域である。

 仕事のことはさておき、その後の酒席でまず洗礼を受けたのが、珍味「ホヤ」の刺身とズーズー弁

 
 ご存じない方も多いと思うが「ホヤ」は、海のパイナップルと言われるほど東北地方では珍重されている海産物。とりわけ左党にとってはなくてはならない酒の肴。でも慣れない人にとっては、ちょっととっつきにくい代物。
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 海産物には目がない私だが、この「ホヤ」の刺身に出会ったときは正直なところ、箸がに動かなかった。「何故?どうして?」と問われても、なんとも言いようがなく、姿格好と匂いが本能的に抵抗を感じてしまっただけのこと。言うなれば〝食わず嫌い”の感覚に近いことかも知れない。

 仕事の関係で度々お世話になる方々との酒席だから、喜んで食べれるようにならなければと努力したが、その後東北を訪れる度にご馳走になったが、残念ながら進んで注文する気にはなれなかった。103.png
                 写真は、インターネットから借用した「ホヤ」



もう一つは、ご存じ「ズーズー弁」
 ズーズー弁はご存じのとおり、「し」と「す」、「ち」と「つ」およびその濁音「じ」と「ず」「ぢ」と「づ」の区別がない方言。
 今では日本中のどこに行っても、標準語と方言をうまく使いこなされるので、会議などでは何も困ることはない。 でもいったんお酒が入り座が砕けてくると途端に方言が飛び出す。
 方言を黙って聞いていると「それ日本語?」と言いたくなるほどの違いがあり、日本語と外国語を流暢にしゃべっているかのような印象を受けてしまうこともある。このことは多くの地方で経験することであるが、青森もその一つである。

 東北地方とりわけ青森県では、いったんお酒が入ると、このズーズー弁に津軽特有の方言が混じるので、私はもうほとんど聞き取れない別世界になる。

 みんな楽しそうに談笑しているが、何の話かさっぱり分からない。
 私一人が「蚊帳の外」的存在に。
 するとみんなが私の方を向いて、笑顔で語りかけてくる。
 最初は「何ですか」的な表情で応対するが、もう酒が回るとそんなことは関係なくまくしたてられる。
 そうなると、座を白けさせるわけにもいかず、私は訳もなく「作り笑い」でその場をごまかしているうち、何となく溶け込んだ気になってしまう。
 方言丸出しで屈託なく笑い合える雰囲気は、傍で見ていて気持ちが良く羨ましく思えてくる。素晴らしいことである。
 お陰様で私まで楽しい思いをした酒席だったことを今でも思い出す。

 もう40年近くも昔の思い出!

 仕事はハードで辛いことも多かった。でもその辛さを打ち消すような成果を出してくれた方々にも恵まれた。忘れることのできない思い出がいっぱい詰まった、なつかしい東北地方。その東北の旅がしばらく続く。
 あの頃お付き合いいただいた方々は、今も元気でお過ごしだろうか。それとも黄泉の世界だろうか。
 もう年賀状も途絶えて久しい。

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by matutaka31 | 2017-07-04 16:34 | 思いのまま | Trackback | Comments(10)

私のブログ

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 定年後始めたパソコンライフを少しでも楽しみたいと思い、ブログを始めたのが2005年2月。
 その動機は、50代半ばから思い描いていた「現役時代やりたくても出来なかったこと、これからやってみたいと思うことを悔いを残さないよう追い続ける」定年後の人生を、何等かの方法で記録しておきたかったから。


 シニアネット福岡のパソコン教室で手法を教わり、ブログを開設したまではよかったが、いざ投稿しようと思うと、ネタはあってもどう書けばよいのか要領がつかめないまま、月に1~2回投稿するのがやっとという期間が2年間続いた。長~い助走期間みたいなもの。
 そんな中途半端なブログを、ただ何となく、だらだらと2年続けていたが、何がきっかけだったか思い出せないが、2007年9月から、月9~10回投稿するようになった。 この時期が私のブログにとって、一つの転機でありかつ実質的にブログを始めた時期になる。
 そしてそのブログタイトルは「70代の青春」サムエル・ウルマンの「青春とは心の持ちよう」に共鳴してのことだった。

 その後80歳代になったことをきっかけに、あれこれ考えた末、今の気持をそのままぶっつけようと思いタイトルを、厚かましく「心はいつも青春」改めた。

 日ごろ感じたことを中心に月平均9~10回程度のペースで投稿し続けてきたが、始めた頃は訪問者(閲覧してくれる人)はほとんどなかった。でも投稿を続けているうち訪問者は少しづつ増え続け、最近では1日平均170人ほどでこの6月30日、延べ200,062人に達し、20万人の大台を超えた。
 何の変哲もないブログに多くの方々が訪問してくださったことは、私にとって大変ありがたいことで、訪問してくださった方々に「ありがとうございました」と心からお礼を申し上げるとともに一つの区切りとして私の心に留めておきたい数字である。


 私の定年後の人生目標は、趣味の家庭菜園や探訪、地域のボランティア活動、健康増進の太極拳やウォーキング等を通じて、生き甲斐を感じる日々を過ごすことであり、「今日やること」、「今日行くところ」が多くて時間が足りないと感じるような毎日を過ごすことである。

 私にとってのブログは、そのような日々の延長線上にあり、「何を書くか」「どのように書くか」を考えることが頭の体操になり、ボケ防止につながると思っている。
「特別の主義主張もなく、特別の活動を誘うこともない」、ただ単に日ごろ感じたことを思うがまま書き記すだけのブログだが、これからも3~4日おきに、ボチボチ投稿するつもりにしている。

 その中で心に留めていることが一つある。
それは仲間がそれとなくアドバイスしてくれた、「もっとやさしい表現にしたら、もっと読みやすくなるのでは・・・」である。 これからは出来るだけわかり易い表現に努めて、訪問してくださる方々に楽しく読んでいただけるよう工夫したいと思っている。

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by matutaka31 | 2017-07-01 11:35 | 思いのまま | Trackback | Comments(12)

ジャカランダの花に出会った

 ブログ友dojyou38さんのジャカランダの花の写真を見て、一度見てみたいものだと思いながらも宮崎や長崎の小浜まで行くには遠すぎると諦めていたところ、ふとした話のきっかけで家内から「○○クリニックのジャカランダの花が咲いていた」と聞き、えっこの近所で見られるのか!と我が耳を疑った。


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dojyou38さんが紹介されたジャカランダの花そのもの

 早速カメラ片手に散歩がてらに行ってみた。
 国道202号線沿いのこの「○○クリニック」の入り口に植えられている5mくらいの樹高でまだ若い木に、少し盛りを過ぎていたが、写真で見た通りのジャカランダの花が咲いていた。
 諦めていたところに思いがけなく目にすることができ、「初めまして」と少し興奮を覚えながら写真を撮らせていただいた。
 夢中に写真を撮っていると、病院に来らたご婦人が「この花は何ですか、葉っぱはネムの木に似ていますが、花は珍しいですね」と、気さくに声をかけt来られた。
 「九州では沖縄や宮崎の日南で見られる花ですが、福岡で見られるとは思いませんでした」と、しばし一夜漬けのジャカランダ談義を。
 このジャカランダの花は、世界三大花木に数えられるらしい。
 大きくなると樹高15mにもなる落葉の高木。葉はネムノキに似ている。
 花の色は藤色。

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 このクリニックの前はよく通る道なのに、この花に気が付かなかったとは。
 私は外を歩くとき、周りの様子がいつもと変わっていても、その変化にほとんど気がつかない変な性質。
 家族が部屋の模様替えをしていても、全然気がつかないほど。むべなるかな!103.png
 今に始まったことではなく、今更変わりようがない。
 かといって長年の職業の影響か、「周りの空気が読めない」ことはないと思っている。101.png

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by matutaka31 | 2017-06-25 10:20 | 思いのまま | Trackback | Comments(10)

空梅雨に恵みの雨が

 梅雨入り後約2週間ぶりに、昨日午後から今朝にかけ、すこし雨が降った。
 まさに、干天の慈雨!

 昨日午後からしとしと降り出した雨は今朝まで続き、それまで乾ききった周りが一夜にして潤いを取り戻し、庭のアジサイもミカンもそしてハマボウや蝋梅も、花木すべての新葉が大切に水滴を抱え込んでいるかのようにみえてくる。

 真っ白だった地面の色も、今朝はしっとり湿り気を含んだ潤いのある色に変わっている。

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アジサイもやっと雨に出会って、生気を取り戻した様子

 これまでせっせと潅水してきた時には見ることがなかった光景が、一夜の雨で、生き返ったように活き活きしてくる様を見ると、自然の力に改めて驚かされる。天から与えられる水で生きている植物にとって、まさに命の水に巡り合ったようなもので、「慈雨」そのものに違いない。

 昨夜来の雨が何ミリ降ったかは、我が菜園にとってこの際問題ではなく、地層のどの辺まで雨が行きわたったかだ。 早速菜園をのぞいてみた。
 スコップで土を掘ってみると、深さ10㎝程まで水は行き渡り、なんとか当面の乾燥は解消されたようだ。

野菜たちは一様に、どんより曇った雰囲気の中で、これまでの喉の渇きが癒え、ゆっくり休んでいるような雰囲気が伝わってくる。これまで被害を最小限にとどめようと潅水を続けてきた私は、なんだか救われる思いだった。
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ゴーヤの花も元気よく咲いていた

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里芋も勢いを取り戻して・・・

 天気予報では、この雨も午後から一休みのようだが、とりあえずギリギリの旱から抜け出せたのではなかろうか。
この慈雨が、ほどほどに続いてくれればいいのだが、時が移り梅雨末期に牙をむくことが心配される。そんな事態がないよう、いつまでもその名の通り慈雨であってほしいのだが、そんな願いが通るわけもないので、天気の移り変わりに一喜一憂の日が続くことだろう。

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完塾目前のトマト、タイミングを見計らったかのような襲撃
 
雨で元気が出たのだろうか、早速天敵が現れた。
この食いっぷりでは、どうやらカラスか野鳩だろう。一難去ってまた一難!休む時もない。
 今年の梅雨は何となく、旱魃あるいは豪雨どちらとも予測がつかない不穏な予感がする。
 どちらにしても少々大げさだが、供給カロリーベースの自給率39%、主食用穀物自給率60%の日本の食糧事情に直結してくる重大な問題につながるかも知れない。
戦後の食糧難で、「飢え」、「ひもじい」を体験した私にとっては、その再来がないことを心の中で願っている。
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by matutaka31 | 2017-06-21 19:10 | 思いのまま | Trackback | Comments(8)

父の日のプレゼント

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6月18日(日)父の日、娘がいつものように、 私の足にぴったりフィットする軽いウォーキング兼用シューズをプレゼントしてくれた。 このところ父の日のプレゼントは、このタイプのシューズが定番になっている。




 私は正直なところ、飲食品や趣味のグッズより、このタイプのシューズのように毎日私の活動に役立つ実用的なものが嬉しい。飲食品はそれを味わうときだけに終わってしまうし、趣味のグッズも好みに合わないこともあるし・・・。
 去年もらったシューズが1年間フルに使ったので、そろそろ買い替え時が来たな~と思っていた矢先のプレゼントだったので、日ごろ私の暮らしぶりを心に留めてくれている娘たちの気持が、殊の外嬉しい!

 最近、私は外出する時、革靴はめったに履かず、もっぱら軽いウォーキング兼用シューズを愛用している。
 この兼用シューズは軽くて履き心地も良く、少々歩き回っても疲れないし、外出先で時間に余裕があるときは地下鉄の一駅区間くらいは気軽に歩けるから運動にもなるので重宝している。

 
 プレゼントされた靴を私は、お出かけ用、ウオーキング用、畑仕事用と3通りの使いまわしで、なるべく無駄にしないように使い切ってしまう。
 初めは主に外出用に履く。電車や車で出かけるのは週3回くらいだから、あまり傷まない。
 次はウォーキング専用に。ほぼ毎日履くので傷みも激しくなる。でもまだ使える。
 最期のお役目は、土まみれになる家庭菜園用。少々形が崩れていても畑仕事には十分役立つ。
こうして2~3年めいっぱい働いてくれた靴は、さすがにもうボロボロ。

「なんでそこまで・・・」の声が聞えそうだが、終戦前後の品不足時代に育った私は、このように「使えるだけ使う」という習慣が身に沁みついていて、今更「使い捨て」の文化にはなかなか馴染めない習性になってしまっている。
 この靴も私の手に渡ったのが縁で100%役立つことが出来て、プレゼントしてくれた娘同様満足してくれていると思う。101.png

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by matutaka31 | 2017-06-19 06:59 | 思いのまま | Trackback | Comments(12)

梅雨入りは名のみの旱(ひでり)、気になる夏野菜の不作

 6月6日例年より2日遅れで梅雨入りした九州北部は、梅雨入りの日の夜、雀の涙ほどの雨が降ったきりその後は曇り又は晴れの日が続いている。多くの方々は、鬱陶しい梅雨から解放され、爽やかなこの好天続きを、心から歓迎されていることだろう。

 昨日この好天に誘われ、とある県下でも有名な森の中のアジサイ園に行った。雨が似合う満開のアジサイを見たかったが、この旱ではそれも叶わず、緑の木々に囲まれた森の中にあっても水滴のかけらもなく、ほこりを冠ったような生気のないアジサイを見ることになってしまった。 代って木漏れ日が差し込む森林の中で図らずも森林浴を楽しむことができたが、森を出て周りの乾燥状況を見るにつけ、雨不足による様々な影響が頭をよぎってしまった。

 天気予報では向こう1週間は雨の気配がなさそうだから、降雨量が異常に少なかった5月に続き、当分雨が降らない空梅雨が続きそうだ。この空梅雨を喜ぶ人がいる反面、天気予報を眺めながら雨を待ち望む人も少なくない。 特に自然を相手にして生業を営む農家の方々の水不足は深刻だと思われ、作物の生育に対する不安・心配はいかほどかと心が痛む。

 わずかばかりの家庭菜園を楽しむ私は、毎朝雨の予報が出ない天気予報を見てはため息をつき、1.8lポリタンク3個に水道水を満タンにして車で菜園まで運んでいる。乾燥しきった土壌を潤すには効き目のない「焼け石に水」同然と思いながらも、出来ることなら救ってあげたいと願いながら、せっせと水やりに励む日が続く。

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 開花・結実の一番大切な時期を迎えているスイートコーンは葉が垂れ下がり、これから房がおおきくなる時期だが、果たして実が大きく成長できるかどうか心配。





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枝豆は莢が一杯できているが、果たして豆が大きくなりきるのか、これもまた心配。








既に収穫を始めているナス、キュウリ、ピーマン、ズッキーニ等は、まともな形まで成長することが出来ず曲がったり変形したり、・・・、
 

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葉に元気がないキュウリ  土は乾燥して真っ白

「ナスは千に一つのあだ花はなし」と言われるが、そのナスに異変が出始めた。花は咲き、実がつくが、大きくなりきらないばかりか、変形した硬いナスになってしまう。味は悪くないのだが、本来のナスの形とは大きくかけ離れた物になってしまっている。

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掘り起こしたジャガイモ:紅あかりとキタアカリ

 ジャガイモは、土壌の乾燥が著しくひどくなったので、早めに収穫してしまった。そのためやや小粒のジャガイモになってしまったが、何とか、そこそこの収穫が出来たと思っている。


 このまま旱が続くと、農作物に大きな被害が出るかも知れない。
 昨年北海道を襲った台風で甚大な被害を被ったジャガイモ、さらに西九州で病気発生による大きな被害が出た玉ねぎ等、自然災害による農作物需給の混乱を思い出すような被害に繋がらなければ良いのだがと、陰ながら気になる空梅雨である。


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by matutaka31 | 2017-06-15 11:34 | 思いのまま | Trackback | Comments(10)

心を和ませる一言

 JR九州筑肥線「周船寺駅」のホームから改札口に行く階段の左右に、「おつかれさまでした」と小さくさりげなく書かれたねぎらいの文字が、列車を下りた私の心をいつも和ませてくれる。

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 きっと私だけではなく、列車を降り立った多くの方の目に入っていることだろう。そしてわずか9文字のねぎらいの文字が目に入った瞬間、口にはしないが私と同じように「 ホッ」とするに違いない。

 いつも改札口で「おはようございます」「ありがとうございます」と元気な声をかけてくれる駅員さんの、普段の声かけだけでなく、少しでも乗客の疲れを和らげようとする心遣いが伝わってくる。
 最近「ご苦労様」と「お疲れ様」の使い分けができない人が増えているが、「おつかれさまでした」とした駅員さんの気遣いもまた、それとなく伝わってくる。

 列車に乗る人も降りる人もみな夫々、楽しいことや悲しいこと、あるいは嬉しい思いやつらい思い、疲れ切ってしまったなどの思いを胸に秘めているに違いない。そんな思いでホームに降り立った時、何気なく目に飛び込んだ「おつかれさまでした」の文字は、一瞬であってもちょっぴり気持ちが和らぐようで嬉しい。

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JR周船寺駅(すせんじえき)ホーム西側の階段

 筑肥線(ちくひせん)と言ってもご存じない方が多いと思うが、福岡空港から博多駅経由で福岡市西区姪浜までの地下鉄空港線と相互乗り入れしている、姪浜駅から佐賀県唐津市の唐津駅まで走るローカル線。

 この周船寺駅界隈は福岡市の西端に位置し、九州大学の伊都キャンパスへの移転に伴い、最近急速に都市化が進んでいる地域である。その九大キャンパスに最も近い駅でありかつ糸島観光の入り口でもあるこの「周船寺駅」界隈は、なぜか開発が遅れてしまっている。

 それに引き換え周船寺駅の東側の田んぼの中にポツンとできた新駅「九大学研都市駅」周辺は、この十数年間に、あれよあれよと言う間にマンションが林立する街に成長している。それとは対照的に、時流に乗り損ねてしまった寂しい町の中に取り残された格好の周船寺駅は、旧態依然の佇まいを残していて、乗降客は年々増えているにもかかわらず施設の面では、決して乗客にやさしい駅だとは思えない。

 そんな町の小さな「周船寺駅」であるが、窓越しに改札口を見守るようなよくある駅の光景とは異なり、そこで働く駅員さんの精いっぱいのサービスで、いつも暖かい雰囲気に包まれている。そうした日ごろの心掛けが、冒頭に書いた小さな空間を無駄にしないで「おつかれさまでした」と乗客をねぎらう行動に繋がったのだろう。

 「ななつ星in九州」や都心のマンション開発など富裕層を対象にした経営戦略が目立つ昨今のJR九州であるが、この小さな駅の駅員さんが示すささやかなサービスが、一般乗客の利便性に富んだ駅の施設改善や列車運行へとつながっていくことを願ってやまない。

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by matutaka31 | 2017-06-11 11:18 | 思いのまま | Trackback | Comments(6)

「あなたの動脈の硬さは?」

 私は年2回、必ず被爆者健康診断を受けている。
先日、今年度1回目の健康診断を受けた。
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 検診内容は、身長、体重、視力、聴力、握力などの基礎体力測定から、血圧、腹部エコー、心電図、血管年齢、胸部レントゲン、検便、尿検査、血液検査で、日常の健康管理に必要な検査を一通りしてもらった。
 そのうえで日ごろ気になっていることを相談することもでき、被爆による放射線の影響が脳裏から消えぬ私にとって、大変ありがたい検診でもある。


 国民健康保険の健康診断の受診率はあまり良くないと聞くが、私はどちらかと言うと、検診推奨派だと思っている。それは検診の結果が、自分の体の今の具合を数値で示してくれるから、自分の体調と言うより、自分の体の弱い部分や丈夫な部分が、標準に照らして知ることが出来る。

 結果が、標準より良ければそれでよし、悪ければ日ごろの生活で気を付けなければならないことだと、自分に言い聞かせればいいのだから。

その検診の中で、私が半年前と比べて改善していることをちょっぴり期待したのは、血管年齢だった。
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 このところ自分の血管年齢がが実年齢より10歳も多い90歳台と高いのが気になっていた。
 ブログタイトル「心はいつも青春」に似つかわしくない血管年齢。これでは心と体がアンバランスであることを、自ら証明するようなもの。

 


 なんとか若返り方法はないものかと思っていたとき、今年2月、NHKの「つら~い冷え症が改善!血管若返り術」 を見たとき、少しでも血管年齢が改善できれば幸いと思い、血管若返りのための〝血管のばし”体操を日頃のストレッチに取り入れてみた。
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 左図は、いくつかある血管のばし”体操の一例

 この体操は、簡単で短時間にできる内容だけど、自宅で毎日2回励行するのは、言うべくして難しい、と言うより続かない。 でもできるだけ、思い出しては少なくとも一日1回はやってみるように努めてみた。

 
 まだわずか3カ月でその効果を期待するのは気が早すぎると思いながらも、少しでもその結果が表れないかと期待していた。

 その測定結果が、タイトルの「あなたの動脈の硬さは?」で、その内容はおおむね次のような内容だった。

 まず左腕、右腕、左足首、右足首夫々の血圧値と脈拍数が、前回と比較して表示されるので、半年前と比較して血圧の傾向を知ることが出来る。

 次に血管の硬さ(baPWV)が右・左と、数値で前回と比較して表示され、「あなたの推定血管年齢は、〇〇歳以上に相当します。」と知らされる。

私の血管年齢は前回同様「90歳以上」とであったが、その根拠となる数値は右・左ともに前回より改善されていたので、期待した若返りはできなかったが運動の成果は少し現れていたのかな~と少しばかり喜んでいる。考えようによっては、前回より悪くなっていなかっただけでもラッキーと思えばよいのだから。102.png
 次回検診(半年後)で80台をめざして、〝血管のばし”体操を続けよう105.png
 

 次は足の血管の詰まり(ABI)は?

右足・左足の状態が、数値と血管の輪切り状態の図で前回と比較して表示され、「今回の検査結果は正常範囲にあります。」とあった。年相応にしていれば、血管がパンクする心配はなさそう。(^◇^)\(^o^)/

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by matutaka31 | 2017-06-07 11:28 | 思いのまま | Trackback | Comments(6)

日本一周歩こうかい、ただ今「長万部」

 インターネットバーチャル日本一周ウォーキングの2周目は、今、北海道の長万部から八雲に向かっている。
昨年3月松前に渡って広い北海道を一周し、今月中に函館にたどり着けると思うので、ほぼ1年4カ月かかることになる。
 やはり北海道は広い!でっかいどう!だ。

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長万部から八雲に向かって・・・


 5月に歩いた距離は120㎞、一日平均3.9㎞で、計画の4㎞をわずかに下回った。頭の怪我やボランティアその他野暮用が要因。

 この調子で計画どおりに歩けば、来月は青森県下北半島に入るだろう。

 地図上とは言え、多分、北海道を歩くのはこれが最後になるだろう。
そう思うと、これまでに書かなかった北海道での足掛け4年間勤務した当時のことが、懐かしく思い出される。仕事上の泣き笑い、冬の土日は連日スキー、そして春から秋の釣り三昧等々、きりがない。

 初めて北海道に転勤したのは、もうかれこれ50年前の昭和43年のこと。でもつい2.3年前の出来事のように思い出される。まさに人生「光陰矢の如し」を実感!

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 札幌に赴任したのは2月初め、零下10度前後に冷え込む寒さに、九州育ちの身にはこたえた。
 当時はまだ石炭ストーブの時代。
 火の用心とばかり、ストーブの火を消して寝たところ、寒くて夜中に目が覚め、布団を頭から被っても眠れなかった。札幌の初夜は完全に寝不足に!         ⇒写真は札幌大通り公園 
 
 翌日聞いたところ、石炭をストーブに一杯詰めて火を消さないで寝るのが習慣だと。燃え尽きた後は余熱で朝まで暖かい、と。102.png
                                                
 翌日、滑り止めのついた靴を買うため、初めてススキノの商店街に出かけた。
女子店員に「これはどうだろう」と相談をしたつもりだったが、店員はにこりともせず一言「これかい?」(これですか?)で終わり。欲しかったらさっさと買ったら・・・と言わぬばかりの素振り。
女子店員は愛嬌よく相談に乗ってくれるものと思い込んでいた私は、ただ唖然とするばかり。105.png
 北海道の女性は強い。そして言葉が男性と同じ(当時はそうだった)。かといって女らしさ(色気)がないわけではない。101.png
 女性も男同様に働かざるを得なかった北海道開拓の厳しさを物語るような、歴史的文化の一端を垣間見る思いだった。

 さていろんな思い出が残る北海道の生活で、もう一つ思い出に残ることがある。
それは地名の呼び名を覚えるのに苦労したこと。初めてお目にかかったとき、すんなり読める地名は正直少なかった。
 今歩いている「長万部(おしゃまんべ)」然り。
アイヌ語の意味を漢字にあてた地名が多く、漢字の棒読みでは通じない地名が多いから。
書き出せばきりがないので、思い出すまま幾つか挙げてみる。
愛冠(あいかっぷ)、 忍路(おしょろ)、 倶知安(くっちゃん)、 神居古潭(かむいこたん)、 雄武(おうむ)、大楽毛(おたのしけ)、 班渓(ぱんけ)、 占冠(しむかっぷ)、 妹背牛(もせうし)、 弟子屈(てしかが)、 留辺蘂(るべしべ)、 音威子府(おといねっぷ)等々。

 想い出多い北海道の旅も今月で終わろうとしている。
 来月は、津軽海峡を隔てただけで北海道と全く異なる「ズーズー弁」に悩まされた、想い出多い青森をスタートに東北地方の旅になる。 楽しみだ!
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by matutaka31 | 2017-06-04 10:37 | 思いのまま | Trackback | Comments(6)