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日本一周ウォーキング

 インターネットバーチャル日本一周ウォーキングは、北海道の襟裳岬から192㎞の長い道のりを地図上で歩いて、想い出多い北海道苫小牧港にやっとたどり着き、今、室蘭に向かって歩いている。 

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苫小牧港は、私が札幌勤務していたころ仕事でよく通った、世界初の内陸掘込港湾で有名。
 
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当時は西港の掘り込みが進行中で、大型貨物船の接岸バースの建設が進んでいた

 この苫小牧港での仕事は、外国からの飼料用穀物の輸送、サイロ保管、配合飼料製造という一連の業務を経験したところで、一言では語り切れない思い出があるので別の機会に譲るとしよう。

 さて4月に歩いた距離は124㎞、一日平均4,1㎞で、長雨や菜園の作業で滞りがちのウォーキングであったが、目標の4㎞をなんとかクリアーできてよかったと思っている。

 そのウォーキングについてこの頃私は歩く距離以外に、一つの工夫と言うかある目的意識を持つようにしているのだが、そのことを内心これでよし!と納得していることがある。
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 こういえば少々大げさになってしまうが、ウォーキングに励んでいる人にとっては基本的な歩き方のことであって、今頃そんなことを!と笑われそう。
 でも私にとっては遅すぎたと言われてもしょうがないけど、一つの大切な進化で、何故今まで気が付かなかったのだろうと今更ながら恥ずかしくなってしまう。

 


 歩くとき、かかとから着地し、親指の付け根に向かって重心を移動させ、その後親指から小指の5本の指で土をつかむようにして重心を移動させ、腰を前に出すように意識して歩く。
 この動作を殊更意識して歩く。
 ただそれだけのことだけど、脚の内側にある筋肉がしっかり使われるため、足がよく伸び姿勢も良くなる。また、足の裏全体を使うため、自然と足の裏と足全体の血行が良くなるはずである。
 私は健康診断のたびに血管年齢が高い(血管壁が固くなっている)と指摘されるので、この歩き方を改めることによって、血行の改善と血管の若返りが少しでも実現できればと密かに期待しているのだが・・・。

 なぜこんな単純なことに気が付かなかったのか、その原因はどうやら一日の歩く距離だとか歩数の目標に意識がかたより過ぎていたためだろう。まず目標とした距離を歩くことが優先し、基本となる歩き方をよく考えていなかったのは迂闊であったとしか言いようがない。

私が毎週通う日本健康太極拳教室では「意念」と言う言葉を使って指導される。
 「意念」とは:考え。おもい。意識。

ただ単に動作をするだけではなく、動作の意味やその効果をよく考え・意識することが大切だという教え。

 ウォーキングについて私は、これまで目標距離の達成と呼吸法に気を取られていたが、血管を若返らせるストレッチの方法をテレビで見て、歩き方にも応用すればその効果は大きいのではないかと思ったのがきっかけで始めたという次第。
 今更ながらこの「意念」の大切さを実感し、反省させられている今日この頃である。

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by matutaka31 | 2017-05-06 20:09 | 思いのまま | Trackback | Comments(8)

吉祥寺(きっしょうじ)の大藤を見てきた

 この時期、なるべく近隣の藤の名所を訪ねるようにしているが今年は、北九州市八幡西区の「吉祥寺(きっしょうじ)」の大藤を仲間と見に行った。

 北九州市にもう一か所有名な藤の名所があるが、そこは旅行業者が観光バスツアーを組むほど観光地として宣伝が行き届いている有料の藤園で、静かに藤の花を楽しむ雰囲気にならないのではないかと思い、静かに藤の花を楽しめそうな吉祥寺を選んだ。

 JR黒崎駅前からバスに乗り「明治町団地」で下車、徒歩約7分で吉祥寺に着く。
 着いたとたん新緑の森に包まれた吉祥寺の境内が目に入り、その静かな環境に触れ、やはりここを選んでよかったと内心ほっとする。

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 吉祥寺は、浄土宗の開祖「法然上人の弟子「鎮西上人(ちんぜいしょうにん)」の生家があった場所に、難産のために亡くなった自分の母親を弔うために800年以上前に建てられたお寺といわれている安産祈願のお寺。


 石段を上り詰めて山門をくぐると、「野田藤」と呼ばれる樹齢160年程(市の保存樹)の他、白藤、紅藤、等が枝を広げる見事な藤棚が広がり、感嘆の声を出したくなるほどの藤の花のスダレが視界を遮る。

山門の左手にピンクの紅藤が出迎えてくれる。あまり見かけない藤の品種。

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そして右手には、紫の野田藤の花スダレが連なる圧巻の光景が。
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 それほどの人込みもなく、甘酸っぱい香りに酔いしれながらゆっくり藤の花のスダレを潜り抜けると、雑念も消えまさに桃源郷そのもの。
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さらに奥に進むと白色の藤の花が・・・。独特の香りがあたり一面に漂う。
黒い大きなくまばちが、蜜を求めてぶんぶん飛び回っている。人の存在を全く気にしない様子。
このくまばちは、いたずらしない限り人を襲うことはないという。

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 藤棚の隙間を透して青空が見える。
 時間にせかされることもなくのんびりと、藤の花の美しさとその香りを心行くまで楽しむことが出来た。

 
 藤の花は人気の少ない静かな雰囲気が似合う花だと思う。でも見ごろになると大勢の人が集まるのはしかたのないこと。早朝か雨の日に訪れると、その趣は一変するだろう。
 昨年筑紫野市の武蔵寺の藤を観に行ったとき、たまたま雨の日で人が少なく、小雨降る静かな雰囲気で藤の良さを満喫した記憶がよみがえってくる。

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 ところで藤は、マメ科フジ属のつる性落葉木で、蔓が右巻きと左巻きの二種類がある。(上から見て右巻きか左巻きか)
 右巻きの藤が「ノダフジ(野田藤)」と呼ばれ、 左巻きの藤は「ヤマフジ(山藤)」と呼ばれている。
 
吉祥寺の野田藤 右巻き⇒



蔓の巻き方以外に花の特徴からも、おおよそその違いが分かる。

花の大きさ: ノダフジは 一つ一つの花が小さいが、 ヤマフジは 一つ一つの花が大きい。

花穂(すだれ): ノダフジは 花穂が長いが、 ヤマフジは 花穂が短い。

 このように花木の特徴にも注目して見て回るのも楽しい。蔓の根っこ辺りの巻き方を、右巻き?左巻き?とあれこれ談笑しながら見ていると、時の経つのを忘れてしまう。

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by matutaka31 | 2017-05-03 15:05 | 思いのまま | Trackback | Comments(6)

なんじゃもんじゃの花が今年も咲いた

 なんじゃもんじゃ(ヒトツバタゴ)の花を見たければ「ひょうたん池に行きなさい」と言えるほどに大きくなった、この人目を惹く純白の花は、ひょうたん池の風物詩。
 遠くから見ると白い雪を被ったように見えるこの「なんじゃもんじゃ」の花は、今年も青空を背景にあふれんばかりのエネルギーをみなぎらせて堂々と咲き誇っている。
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 このなんじゃもんじゃの木は、10年ほど前、ひょうたん池花クラブの会員の方から提供された苗をこの地に植えたものだが、年々大きくなり、剪定には大型の脚立が必要になるほどに大きくなった。
 日ごろ観察している私たちにとって毎年咲く花の模様は、年ごとに姿を変える樹形の様子が良く目につき、成長の速さと自然のエネルギーを実感させられる。

     花の様子をアップすると、こんな感じ。
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ズームで撮ると、ご覧の通り手振れで画像がぼやけて、残念ながら花弁の細かいところが良く見えないが、ご覧の通り。⇒ ⇒ 








 ひょうたん池のシンボルツリー「栴檀(せんだん)」も、 冬の間はすっかり葉が落ちて枯れ木のように見えるが、今では若葉が萌えはじめて、よく見ると小さな蕾が鈴なりに生っている。
 間もなく池全体を緑で覆ってしまうような、自然豊かな景観が出現する。

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 栴檀と言えば「栴檀は双葉より芳し」の諺を思い浮かべるが、ここでいう栴檀は白檀(ビャクダン)のことで、私たちが日ごろ目にする栴檀(せんだん)とは異なることを知っていないと、香りがない栴檀からはその「芳し」意味が理解されないだろう。

 栴檀はわが国をはじめアジア各地の暖地海辺に自生する木であるが、白檀(ビャクダン)は、インドネシア原産で香科植物として栽培されている。
 ちなみに広辞苑では、「栴檀は双葉より芳し」の栴檀は、この白檀のこと、と書いている。

       matutaka31のホームページ(あれこれ気ままに)
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by matutaka31 | 2017-04-29 21:25 | 思いのまま | Trackback | Comments(10)

日本の歌をうたう

 先月の九州市民大学の講座、作曲家青島広志氏による「日本の歌を見直しましょう!」で、歌は人の心を豊かにしてくれることを、改めて思い知らされたことを、先月ブログに書いた。
「大きく口を開いて一緒に歌うと、集まっている皆さんが元気になてくれる。とりわけ、歌の情景を思い浮かべながら、ジェスチャーを入れて大きな声で歌うと一層元気になる」という講師の話は、強く印象に残った。


 その青島広志氏の話をヒントに、私たちが行うボランティア活動、一人暮らしの高齢者の集い「せんだんふれあい会」で日本の歌をみんなで歌ってみようと思い、早速4月の例会でやってみた。

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 何を歌うか(選曲)、伴奏はどうするか、リードは誰がするか等、考えていたらそれなりに課題がありそうだが、要はみんなで歌って楽しむのが目的だから、単なる思いつきに終わってしまうのではなく、まずは挑戦してみよう、と。
 やってみて参加した皆さんが、〝楽しかった”と実感してくれれば第一回目としては成功だし、次回からどんな曲が良いのか、何曲歌えばいいのかなどなど、一つ一つ工夫して行けばいいのだから・・・。
 こんなやり方がまかり通るところが、自由な雰囲気の集まりの「せんだんふれあい会」の良さでもある。

というようなわけで早速、春にちなんだ歌10曲を独断で選んだ。
荒城の月、四季の歌、春が来た、春の小川、早春賦、茶摘み、朧月夜、ここに幸あり、ふるさと、花は咲く

合唱するには伴奏が必要だ。アカペラで歌ったんでは、みんなが声を張り上げる雰囲気にはなれない。
そこでとりあえずYoutubeから歌をダウンロードしてCDに取り込むことにし、歌詞は家にあった歌集からコピーを作った。 
「なるべくお金をかけないで手作り」が我がクラブのモットー。
これでひとまず最低限の準備はできた。
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どの歌を何曲歌うかは、その時の雰囲気で決めればいいこと。
問題は誰が歌をリードーするか。私は音痴だから、リードすることはできない。
かといってクラブのメンバーにこの種の経験者がいるかどうかも分からないので、結局、歌の上手い民生委員のNさんにリードをお願いした。



用意した10曲のうち9曲までうたった。
皆さんは気持ちよく声を出して歌ってくれた。中には控えめに歌っている人もいたが、・・・。
皆さん楽しそうだった。
準備不足の誹りは免れないが、ひとまず出足は成功!だったと思う。104.png


多くの方から、歌は楽しい、また次回も・・・とのリクエストが・・・。

歌った曲が多すぎると疲れるという意見もあるので、次回から数曲にしてみるのも一案かな~と思っている。

 せんだんふれあい会は、身近なの話題を材料にした雑談に始まり、座ったままの体操、クイズ、紙芝居、と馴染んだパターンで過ごしてきたが、新たに春にふさわしい新風を吹き込むことが出来たのではないかと思っている。
 この「日本の歌をうたおう」の試みが、せんだんふれあい会に集まる皆さんの心の中を、爽やかに吹き抜ける憩いの風になることを願っている。

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by matutaka31 | 2017-04-26 14:43 | 思いのまま | Trackback | Comments(8)

そら豆(空豆)の芯止め

 昨年10月20日にポットに種を播いて11月7日に苗を畑に定植したそら豆、播種後5カ月以上経た今、下の方は実になっているが、上の方はまだ花盛り。そら豆は下の方から上の方に順次花が咲き上がる。
 そのそら豆、普通に栽培すればそれなりのそら豆が出来るが、スーパーなどで見かけるあの大きな形の良いそら豆を作ろうと思うと一工夫と言うよりそれなりの栽培技術が必要になる。


 畑に定植したそら豆は1ヵ月もすると、伸び始めた主枝の側からたくさん側枝がのぞいてくる。
その側枝を大きく育てるために、側枝がが5本くらい見えた頃に、最初に伸びた主枝を途中で芯止め(切り取る)してしまう。
 主枝を切り取るのは多少勇気がいるが、これをやらないと丈夫な側枝を延ばすことが難しくなるので、思い切って切り取る。
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主枝の芯を切り取った様子
主枝を切り取るときの心配をよそに、周りから勢いよく側枝が伸び始める。
一段高いのが芯を切り取った主枝(後ほど枯れる)





 空豆の花は3月になると、下の方の節から上の節へと順次節ごとに咲き上がるる。この頃畑に出かけると、日毎にその成長ぶりが見えるので、私はほとんど毎日菜園に出かけてその成長ぶりを見て楽しんでいる。


 この開花時期のそら豆の栽培管理で大切なことは、弱い側枝の切り取りと残した全ての側枝の芯止めである。

 主枝の芯を切り取った後、側枝は旺盛な成長を続けるのをそのままにしていると養分が不要な部分にとられてしまい、そら豆が大きくなりにくくなってしまう。そのため側枝は6本~7本に絞ってその外の弱そう側枝は切り取ってしまう。
それでもなお旺盛な成長を続けて盛んに新たな側枝が出てくるので、余分な側枝は気が付くたびに切り取ってしまう。

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切り取った弱い側枝、1回でこれくらい切り取ってしまう。











 元気に伸びる側枝は、伸びすぎると倒れやすくなるばかりか花は咲いても実が大きくならないので、私は花が5~6節ついた場所を目途に芯止めをしてしまう。
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 芯止めする前の状態、高さは1m位まで伸びてい  る。







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芯止めをした後の様子

  








 
芯止めした枝の先端はこれまで捨ててしまっていたが、菜園仲間から、てんぷらにすると美味しいと聞いたので、早速試しに食べてみた。
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切り取った芯(先端)

味は美味しいともまずいとも言えない複雑な味
ま~季節の味とでも言おうかな!
てんぷらだけでなく、おしたしにしてもまんざらでもない。






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莢が空を向いているので「空豆」
大きくなって下を向いてくると収穫

黒いのは、花柄がかぶっている。
(自然にとれてしまう)




一番早く咲いた花はもう実が生っているので、およそ40日後の5月初めには収穫できるようになる。
スーパーに並ぶそら豆に負けない、大きなそら豆の味を楽しめるのも、もう間近!
   楽しみがさらに膨らむヽ(^。^)ノ
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by matutaka31 | 2017-04-10 21:35 | 思いのまま | Trackback | Comments(6)

仲良し猫ちゃんのお出迎え

ボランティアの帰りに立ち寄った、とあるお寺の境内で・・・・
猫はあまり好きではないが、物怖じしないごく自然な振る舞いに、思わず心が和んでしまった。

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みんな揃って、「いらっしゃいませ!」

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by matutaka31 | 2017-04-01 10:36 | 思いのまま | Trackback | Comments(10)

少し早すぎた

 福岡の開花予想日22日をもとに、1週間後の29日の満開を予想して仲間と計画した小倉城花見は、気候のいたずらで、見事にタイミングを狂わされてしまった。104.png
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天守閣の周りが桜の花で囲まれる小倉城をイメージして行ったのだが・・・・


 映像では度々目にする小倉城だが、北九州市は度々訪れていながら何故か小倉城を訪ねる機会がなかったので、一度は行ってみたかった場所の一つ。
 桜の名所でもあるのでこの時期を選んだのだが、平年より開花が遅れて、桜の花はまだ咲き始めたばかり。

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堀端でちらほら咲き始めた桜、満開は4~5日後だろうか。


 小枝の先で咲き始めた花や木の幹から可憐な蕾を出している生命力の素晴らしさを感じながら、気持を小倉城見物に切り替え、その築城以降の歴史を改めて知ることが出来た。
 北九州市の歴史・観光への取り組みの素晴らしさを目の当たりにし、市民の誇りになっているに違いない、素晴らしい環境整備に感心させられてしまった。
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天守閣よりの眺望、勝山公園一帯から小文字山方面を望む


 この小倉城の雄姿を見ながら、今も残る立派な福岡城址に何故天守閣が復元されないのかと、日ごろからもやもやする福岡市政に対する気持ちが、怒りに似たものに膨らむのを覚えてしまった。


松本清張記念館
 ここも一度訪れたかった場所の一つ。

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 まだ若い頃私は、松本清張の小説「点と線」の舞台になった香椎の海岸や香椎駅に近いところに住んだことがあってか、松本清張には関心があり、是非一度見ておきたかったのが実現できて大満足。!!
 清張の幼少時代から82歳でこの世を去るまでの足跡が記録され、まさに見応えのある内容が盛り沢山で、松本清張の業績の偉大さに圧倒されてしまい、時間が経つのを忘れてしまっていた。

小倉城庭園
城主小笠原氏の別邸であった下屋敷跡を復元したところ。
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庭園から眺める小倉城

 花見は今一つだったが、それにも勝る小倉城、松本清張記念館、そしてこの小倉城庭園を訪れることが出来たので、十分心が満たされるひと時だった。むしろ桜の花が少なかっただけこの3つの施設見学に十分時間を割くことが出来ので、かえって良かったのだと思っている。


元気でいろんなところへ出かけることが出来る幸せを、身に染みて感じた一日に感謝!





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by matutaka31 | 2017-03-30 11:11 | 思いのまま | Trackback | Comments(4)

菜の花畑

 私の家庭菜園は今、菜の花畑になっている。

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 通り過ぎる人も菜園仲間の連中もこぞって、私の菜園の菜の花を見て、綺麗ですねと喜んでくれる。
調子に乗って私も、どうぞ春の風物詩「菜の花」をゆっくり楽しんでください・・・と愛想を振りまいている。

ターサイの花
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 畑の近くの奥さんに、菜の花をみて「種を取るんですか」と言われてしまった。
「かなり野菜に詳しい人」と思ったので、ジョークのつもりで「きれいな花を皆さんに楽しんでもらうために、こうやって花を咲かせているんですよ」と冗談で返した。

 すると奥さんは「綺麗ですね・・・ところでこの花は何の花ですか」と??。
 さりげなく、「菜の花です」と答えるとけげんそうに、「菜の花ですか」ときた。
 すると、少し離れたところにブロッコリーの花が咲いているのを見て、「あれは何の花ですか」と。

                     ブロッコリーの花

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「あれも菜の花です」と言ったものの、奥さんはけげんそうな顔をする。
 もう少し説明しないと答えにならないと思い、とっさにアブラナ科の名前を思い出さず「十字花科植物」はみんな「菜の花」と言うんですよと言ったところ、奥さんは「ジュウジカって、あの十字架?」と、一層不思議そうな顔をされる。
  相手の知識の度合いを推しはかりながら説明するのは難しい・・・。003.gif

(子供の頃、4枚の花弁が十字架のように見えることから、十字花科と教わってきたので、つい今でも十字花植物と言ってしまう。)(十字花植物の呼び名は誤りではないのだが・・・)

 さて菜の花(なのはな)はアブラナ(油菜)科アブラナ属の花の総称であるが、一般的には油を搾る菜種の花を「菜の花」と言い、主として花を食するものを「菜花」と使い分けているのが通例。

 菜花の花

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 さて3月に入ると冬野菜は一斉にトウが立ち食用にならなくなるので、どの家庭菜園も春夏作物の植え付け準備のために引き抜いてしまうので畑の眺めは殺風景になる時期だけに、この黄色い菜の花は遠くからも目立ち、畑の側を通る多くの人も多分心が和んでいるのではないかと、内心勝手に想像している。

 ところが実のところ、作った野菜が消費しきれずに残ったものを、抜き取らずそのまま放置していたため花が咲いてしまっただけのこと。003.gif

 その結果を皆さんが喜んでくれているのだが、そんなことがあっても良いのではないかと、自分に都合のいいように考えている。
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by matutaka31 | 2017-03-25 20:36 | 思いのまま | Trackback | Comments(6)

歌は心を和ませる

 九州市民大学3月講演は、作曲家青島広志氏による「日本の歌を見直しましょう!」

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青島広志氏は、作曲家であるばかりでなくピアニストや指揮者としても活躍中で、最近ではコンサートやイベントのプロデュースも数多く手掛けている、知る人ぞ知る音楽家。

 



 
 講演は「お話とピアノ青島広志」、「テノール小野つとむ」両氏のコンビで進められたが、青島広志氏のユーモアたっぷりでテンポの良い解説とピアノ演奏、そして小野つとむ氏の澄み切ったきれいな歌声でで、日本の歌を心行くまで楽しむことができた。

 受講生はほとんどシニア。
子供のころから親しんで来た「花」に始まり、「早春賦」「春が来た」「村祭り」と懐かしい歌が、青島氏の流暢な話(立て板に水)でテンポよく紹介される。

会場を埋め尽くした人たちも、つい誘われるように声を上げて一緒に歌う。ある時は手拍子で、ある時は身振り手振りで。私もついつられて歌って楽しんだ。音痴だけど周りの声に消されてしまうので、全然気にならない。
そんな和やかな雰囲気で講演が進む。


 歌とトークで紹介された歌は「村祭」「ゆき」「からたちの花」「待ちぼうけ」、時代は変わり「高原列車は行く」「いぬのおまわりさん」と続く・・・、この辺りまでは、ごく自然に口ずさみたくなる歌だが、その後の時代の作「鉄腕アトム」「手のひらを太陽に」「さんぽ」辺りになると、知らないわけではないが進んで口づさむ程の親しみはない。
まさに歌は世につれ・・・で、時の移り変わりを否が応でも実感させられてしまう。


 日頃音痴と言うより音楽無知を自認する私だが、今まで全く知らなかったと言うより気が付かなかったことを聞かされ、改めて音楽無知を思い知らされたことを一つ紹介しよう。、

それは、「早春賦」と「知床旅情」がモーツアルトの「春への憧れ」に似ているという話題。

 モーツアルトの「春への憧れ」は記憶にないが、「早春賦」と「知床旅情」はもう何回聞いたか分からないくらい耳に残っている歌。

 中田章作曲、吉丸一昌詩の「早春賦」と作詞・作曲森繁久彌の「知床旅情」がメロディーがそっくりだと言われ、はっと思った。譜面がどのように違うのかは知る由もないが、「早春賦」のメロディーに合わせて知床旅情を歌うと素人の私には、その違いが全く分からない。驚き!
 もう何十回も歌っていながら、全く気が付かなった私の迂闊さと言うより「音楽音痴」を図らずも思い知らされてしまった。
専門家には盗作云々の話題になるのだろうが、その歌詞が私たちの心に響くものであればそれで良いので私にはどうでもいい話題であるが、当事者にとっては著作権に関わるだけに深刻な問題。

 今日の講師のお二人は、料人ホーム介護施設でも歌うそうだが、大きく口を開いて一緒に歌う、施設に入所されている皆さんが元気になてくれると、心を豊かにしてくれる音楽の良さを教えていただいた。とりわけ、歌の情景を思い浮かべながら、ジェスチャーを入れて大きな声で歌うと、みんな元気になるという。

 日頃何気なく聞き流していた日本の歌を、時代背景や人々の心情を紐解いてその素晴らしさを教えていただき、心行くまで楽しませてくれた1時間30分間の講演は、最近の九州市民大学の「ヒット企画」。
 またこのような機会があったら是非参加したいものだ。
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by matutaka31 | 2017-03-22 23:02 | 思いのまま | Trackback | Comments(12)

自らの自然治癒力を実感!

 先月、自らの「慢性硬膜下血腫」による手術の体験による「健康に勝る幸せはない」の一文をアップしたが、その後の経過観察の結果を診断するCT検査(術後7回目)を先日受けた。

 それまでに至る1年間の養生生活は、病魔と言うより己との闘いだったように思える。80年余生き長らえてきた中で体験したこの1年間の生きざまを、これからも続く健康管理の糧にしたいと思い、再び投稿することにした。


 b0008825_22284955.png今回の脳のCT検査の結果は、退院後およそ1年間の治療と自らの養生の結果が示される判決みたいなもので、私にとって長い長い1年間の自己管理の集大成でもある。
 検査の結果主治医が下した判断は、今後症状に変化が出たら直ぐに診断を受けることを前置きし、「血腫の色も少し薄まり、脳のシワの状態も快方に向かっているので、定期的な検査は止めて暫く経過を見ることにしましょう」であった。


 この診断結果に私は、言いようのない喜びと体内に湧き出るようなエネルギーを感じ、心から主治医に「ありがとうございました」と、深々と頭を下げた。

 振り返れば、術後約半年間継続して服用した薬の適格な効果が見られないことから主治医は、9月以降投薬を中止し、日常の注意事項を指示したうえで、しばらく血腫の変化の推移を見ることにした。このことは、長年の治験に基づく判断だとは言え、薬に頼る治療から私の自然治癒力を頼りにする治療に変える処置であった。

 手術直後完全に除去されたはずの血腫が再び溜まり、その血腫がいつまでも脳を圧迫し続けることによる障害が不安な私は、再手術も選択肢の一つかなと内心覚悟しながらも、出来れば頭蓋骨に再び穴をあけることはしたくなかった。
 いつまでも脳を圧迫し続ける血腫を取り除く特効薬はないものかと新たな薬の処方を内心期待もしたが、場所が場所だけに治験みたいな薬漬けになるのは嫌だったので、自分の再生力(治癒力)を試す良い機会を与えられた思いで、素直に医者の診断に従うことにした。

b0008825_22334918.jpg 東洋医学では、「三分吃薬、七分養」と言う考えがあるということを、太極拳の先生に教わったことがある。
意訳すると、病気を治すには薬を飲むことが三分で、あとの七分は養生することであるという意味で、薬に頼ることよりも自分自身で治していくことが大切だと言うことに他ならない。
 このことは、全ての病に通じることではないにしても、局面によっては今でも十分通じる考えで、薬漬けの今の治療法に患者みずからが考え直さなければならないことだと思うし、日ごろからできることなら薬に依存しないでも直せるようにしたいものだと、気になっていたことでもある。

 今になって考えると、その主治医の処置は、医者がそこまで気をまわしたかどうかは別として、私自身が努力しなければならない自身の自然治癒力を引き出す動機付けになり、更にやる気を引き起こさせる大きな原動力になったのは言うまでもない。 
 日常生活の中で自己管理の治療を続けることは、まさに「自分自身が主治医」になることを意味する。
自分が主治医である以上、例え結果が悪くても、人のせいにすることはできないのだ。
 場合によっては、再手術の道へ逆戻りすることになる。
 一方結果が良ければ、自分自身の今後の健康管理に大きな財産を得ることになる。
そう考えると、なんとしてもいい結果を出してやろう・・・と、開き直りみたいな闘争心が湧いてきたのを忘れない。 

b0008825_22383870.gif少々大げさだけれど、日常の思考力・行動力すべてを司る中枢「脳」の働きに関係する部位の回復を自分自身で管理するということだから、見方によっては随分危険きわまる「賭け」に見えるかもしれない。

 でも生まれて初めて経験するこの大きな試みに、実はあまり不安を感じなかった。それには若い頃から自然に親しむ中で度々目にしてきた、植物や動物の自然治癒力・再生力の素晴らしさが脳裏に焼き付いているので、同じように人間にも、それ以上の自然治癒力があることを信じていたから。

 要は、その自然治癒力をどうやって養うか、自然治癒力を養う体力と免疫力をどうやって強化するか、私が自ら答を出さなければならない課題であった。
  投薬が中止になった9月以降はとりわけ、免疫力の強化に繋がりそうな毎日の運動(太極拳、ウォーキング、家庭菜園)を中心に、野菜を欠かさない栄養のバランスを意識した食事に最大の注意力と努力を、それまで以上に気を遣うようになった。

 b0008825_20365598.gif 中でもとりわけ私に自信を与えてくれるのが「健康太極拳」で、免疫力強化のための運動が仕組まれた一つ一つの動きは、これまで以上に、その動きの効果を追い求めるように意識が変わった。
 どうすれば、どのようなものに心掛ければ、目的に近づけるかを意識すれば、自ずから運動の内容も食事の内容にも私なりの答え(自分なりのメニュー)が出てくる。

   「意識が変われば考えも変わる。
   考えが変われば行動も変わる。
   行動が変わればその結果も自ずと変わる」というもの。
   それが私流の主治医の処方箋かもしれない。



頭に振動を与える過激な運動はご法度、好きなお酒も急ブレーキ!
後は、自分の免疫力を強化し体内に潜む自然治癒力を引き出す自分自身との闘いの一年間。

勿論このような養生生活は、自分一人だとついつい楽な生活に流されてしまうので、自分だけで成し得ないことは百も承知の上。家族の協力と私を支えてくださるクラブ活動・ボランティア活動の方々の支援があればこそである。
わがままを許していただき、やさしく見守っていただけることの有難さを、生涯忘れることはできない。

 
 今回の検査結果は、これから先の私の健康管理の一通過点に過ぎない。
 先々、どんな試練が待ち受けているのか皆目見当もつかない。
 でも、今回の体験は少なからずこれからの試練に向き合う、一つのヒントを与えてくれたように思う。
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by matutaka31 | 2017-03-17 21:30 | 思いのまま | Trackback | Comments(9)