カテゴリ:思いのまま( 1122 )

ボランティア初め

 毎週金曜日を花壇管理日としている私たち町内のボランティア活動は、1~2月は雑草もあまり伸びないし、植えている花たちも冬眠に近い状態なので、管理作業は月2回にしている。

b0008825_10133544.jpg
ひょうたん池の今、ピンクの花は花期が長い魚竜梅


 そのボランティア初めは、この冬一番の寒波襲来もあり、参加者がいつもより少なかったが、中でも体調不良で休まれた方が3名いたのが、高齢者で支えられているグループだけに気がかりになった。002.gif

 普段は毎週金曜日になると、疲れて気が進まないときがあってもその時が来ると、それほど抵抗もなく体が動くような習慣になっている。
 ところが通常は月4~5回の作業日が2日と半分になると、わずか1時間半か2時間の作業であっても、解き放たれたような気分になって、ほっとする。003.gif
学生の頃、苦手な科目が突然休講になると、一瞬解放された気分になりパッと笑顔になった頃を思い出し、そのころとちっとも変っていない小さな自分に気が付く。026.gif

b0008825_10144076.jpg
池の畔では日本水仙が花盛り


 普段はやりたい活動内容のボランテアだから、参加することは負担になっていないつもりだけど、休みとなると、正直(´▽`) ホッとする。言いようのない解放感を感じることは、心のどこかでなにがしかの負担になっていることに気付かされる。

 同じ思いで参加していると思われるグループの人たちも、日ごろあまり不平不満を顔にも口にも出さないけれど、きっと同じ思いだろう。いやもっとその開放感の度合いが大きい人もいるかも知れない。
 ボランティアに関わる以上、特にそのリーダーは、ただただ使命感だけでグループの運営をするだけでなく、参加している人たちの心情を察知し思いやりの心を忘れてはいけないこと、そしてそのグループを包んでいる空気を読むことの大切さを、改めて思い知らされる。

b0008825_10162652.jpg
ユリオプスデージーの静かな佇まい

お・わ・り

[PR]
by matutaka31 | 2017-01-15 10:23 | 思いのまま | Trackback | Comments(6)

八朔の収穫

 庭先に植えた八朔が、収穫できるようになって早10年目になる。
b0008825_1422991.jpg
植えて十数年になる八朔の木 今年もたくさんの実をつけてくれた

 趣味で植えた八朔にしては、毎年コンスタントに実を生らせてくれるので、今年はどれくらい収穫できるか、また味はどうだろうかと、この時期になると楽しみが膨らむ。017.gif
 私が住む福岡市周辺での八朔の収穫時期は、1月10日前後が適期と言われ、それを過ぎ寒さが厳しくなると苦みが増すと教えられているので、毎年この時期に収穫することにしている。
 当たり前のことであるが、同じ木であっても生った八朔が一斉に同じように熟すことはないので、今年は一斉に収穫するのを止めて、一部を残し、木になったまま熟成させ2~3月にかけ収穫する、いわゆる「木なり八朔」を味わうことにした。
 一斉に収穫すると、中にはまだ未熟なものもあるので、熟成の為の保存をしてもなお酸味が強いものが出るので収穫時期に少し工夫が必要だと気が付いたため。

 b0008825_14164259.jpg
 まず収穫時期が来たかどうかは、熟してくると「触れなば落ちん」の言葉通り自然落果することに注目した。その年によって気温の変化が異なるので、適期と言われる1月10日前後を目途にしながら自然落果が始まるのを観察した。
 すると予想通り1月になると、自然落果が始まった。、3~4日おきに1個また1個と落果して、10日現在、すでに3個落果したので、やはり言い伝え通り1月10日前後が収穫適期だということを再確認!(自然落果の八朔にはへたが取れている)


b0008825_14153584.jpg

 そして今日(1月11日)天気は晴れ、一気に収穫してしまうのではなく、3分の1位残して収穫した。
 収穫した八朔は、数日冷暗所に保存し、その後1個づつ新聞紙にくるんで段ボール箱に入れ涼しい部屋に2週間以上保存しておくと、八朔独特の味が出て食べごろになる。(専業農家は、定湿・低温倉庫で保管するという)

 ミカン大好きな私にとって、八朔の独特な味を、しばらくの間楽しめる幸せに浸っている。そして東京にいる孫たちやご近所さん、また親しい仲間にも、この自然の恵みのおすそ分けをしたいと思っている。003.gif
 猫の額みたいな狭い庭で、いろんなことを試しながら、好きなように趣味の園芸を楽しんでいる。このように自然を相手に趣味と実益を兼ねた楽しい日々を送れることに感謝!そして今の健康に感謝!001.gif
お・わ・り

[PR]
by matutaka31 | 2017-01-11 14:40 | 思いのまま | Trackback | Comments(12)

賀状を今年限りにするという挨拶に思う

今年も多くの方々から、丁重かつ心温まる年賀状をいただいた。
 1年ぶりに元気であることが分かって ホッとするもの、元気であれこれ頑張っているもの、病気と闘っているものなどそれぞれの近況が分かり合える、私には大切な文通手段。
b0008825_1142725.jpg
虚礼だとかいろいろ意見が絶えない年賀状。でも私にとっては日ごろのご無沙汰を詫び、尚且つお互いの近況を知り合う機会になるので、年一度挨拶できるありがたい風習だと思っている。

 毎年年末になると、なるべくオリジナルなデザインにしたいと思いながらもいいアイディアが浮かばないし、どんな文面にするかあれこれ考えても名文が書けるわけがない凡人だから、とどのつまり時期が迫ったら、自分の近況と今年にかける願いを込めた内容に落ち着いてしまう。
 それだけでは心が通じ合わない型通りの賀状になるので、親交があった相手が、その後どのようにお暮しだろうか、お元気だろうか、何か変わったことはないだろうか等々を思い浮かべながら、別々に一言加筆することにしている。
 これが私流の年賀状のスタイル。003.gif

 今年いただいた年賀状の中に、気になる3枚があった。
002.gif書き方は様々だが、 「年賀のご挨拶を今年限りとさせていただきます」、「本年を持ちまして賀状をご遠慮いたします」の挨拶。
 あ~みんなお互いにそんな年ごろになったのかと、改めて相手の状況を考えさせられる瞬間ではあるが、親しくしていた相手から突然絶縁状を突き付けられたような印象は否めず、一抹の寂しさに包まれてしまう。わずか1~2行の文章であるが、新たな気持ちに浸っている新年早々、寂しい現実に引き戻されるような気になってしまうので、正直お目にかかりたくない文面でもある。
 でも考えようによっては、突然賀状が届かなくなったら、相手に心配をかけることになるので失礼にならないようにとの気遣いでもあるので、これも一つの礼儀だとも考えられる。
 年を重ねると、こんなところにまで気を遣わなければならないのかと、改めて世の礼儀の在り方について考えさせられてしまった。

 人夫々の考えがあることだから、それはそれでよしとしなけばならないが、敢て来年のことを書かなくても、その時になって出すのを止めてしまっても失礼にはならないと思う。それでも敢えて書くならば、例えば、「年を重ねるにつれ、手元が覚束なくなりました。」、 「年とともに、書くことが不自由な身となりました。ご健勝を陰ながらご祈念させていただきます」などと書いて、その後は賀状を出さなければ阿吽の呼吸で分かり合えるのではないかと思うのだが・・・。
   終活も難しいですね。001.gif
 
お・わ・り

[PR]
by matutaka31 | 2017-01-08 11:55 | 思いのまま | Trackback | Comments(8)

ちょっと違う私のウォーキング

 2016年のウォーキングは、2月に患った思いがけない病で、前半かなりペースダウンしてしまったが、少しずつペースを取り戻し、年間歩いた距離:1,455km、一日平均:4.04㎞になり、年間通じておおむね一日平均4㎞の目標に到達出来た。
 今年は、「インターネットバーチャル日本一周」2回目の挑戦2年目になる。その2回目の日本一周は、12月末現在北海道の根室から厚岸に向かって歩いていることになる。

b0008825_211667.jpg
12月に歩いた距離は126㎞、一日平均4.1km

 この2回目の日本一周の計画達成は何時になるかわからないので、まず5年後に福岡を通過することを、とりあえずの目標にしてスタートした。とは言え、4年後のことはあまり意識せず、まずはできるだけコンスタントに歩くことに心掛けたいもの。

 今年の目標は、一日平均4㎞。この4㎞の目標は、自分の歩行能力を年相応に維持するためには、これまでの経験でこれくらいは歩かなくってはいけないのではないかと思う目標であって、特に理論的な根拠があってのことではない。003.gif

 私のウォーキングの目標は、どんな形にせよ一日に歩いた全ての歩数=距離としている。だから、一般によく言われるウォーキングとはちょっと違う。つまり一般的なウォーキングの他に、家庭菜園で働くときや、方々へ出かるときの歩行も加え、とにかくその日に歩いたすべての歩数が、私の一日のウォーキングなのだ。
 出かけるときは、近場だと自転車や車を使わないで歩くように務めるし、また街中を移動するときはエスカレーターには乗らないで、階段を上り下りるする。008.gif
 だから万歩計代わりに歩行距離測定機能が付いた携帯電話は欠かさず持参する習慣になっている。
 その筋の指導者からみれば変則的で、多分異論があろう。でもそれが私流の健康法だから、それでよいのだ。

 ウォーキングも、同じコースを繰り返し歩くのは変化がなくて飽きるだけでなく疲れるので気分が乗らないこともある。そのため私は、出来るだけ知らないところを訪ねることにている。
 一度行ったことがあるところでも、季節によってその良さが改めて発見できるので、好きなところは何度でも訪ねたくなる。 そのためには好奇心と行動力を失わないことだらう。
 幸いなことに、交通費も訪問先の入場料・閲覧料なども、シルバー割引をしてくれるところもあるので、そうした社会の割引制度を大いに活用させていただこうと思っている。そうした社会の手助けのお陰で自身の活動が活発になれば健康にもいいだろうし、ひいては医療費の負担軽減につながることになるだろう。001.gif

 昨日、天気が良かったので、近くの田園地帯を歩いた。
 田んぼでは二毛作の麦が緑のレールを作り、菜園では菜花の花が咲き、春の近づきを感じさせる光景が飛び込んできた。
b0008825_21125577.jpg


b0008825_21131457.jpg

お・わ・り

[PR]
by matutaka31 | 2017-01-05 17:52 | 思いのまま | Trackback | Comments(8)

今年、身に染みて感じたこと

 私にとって2016年は、八方塞(ふさがり)の大厄にまつわることからから始まった。
 初詣での住吉神社の境内で厄年一覧を見た仲間に、「八方ふさがり」だと言われてびっくり!
 八方塞(ふさがり)が自分の厄歳であるとは、思ってもみなかった。

b0008825_21373880.jpg

 東・西・南・北、北東・北西・南東・南西全ての方位・方角、つまり八方が厄により塞がってしまう最悪の年だということ。それまでそんなことを気にすることはなかったが、聞けばやはり気になり、何か普段と違うことが起きてしまうと、やはりそうかと考えてしまうから、人間なんて弱いものだと思ってしまう。
 

 そんな厄年に始まる2016年だったが、そのせいか今年は殊の外、身に染みて感じたことがいくつかあったので、そのことを今年の締めくくりとして記しておこう。

 その第一に挙げたいのが、「自分自身が主治医」であるということ。

 2月のある日の就寝前、パソコンを終えて椅子から立ち上がりざま転倒した。何時もとは違う異変を感じた私は、かかりつけの医者に相談することもなく、翌朝何の迷いもなく生まれて初めての脳神経外科へ行った。
 MRI検査の結果、「慢性硬膜下血腫」と診断。その場から即総合病院へ緊急転送、同日午後手術で9日間入院という人生初めての長期入院。

 あまりにも急な出来事に私も家族も戸惑ってしまったが、振り返ってみれば、実はそれらしい気になる兆候を私自身感じていた。
 どんな兆候かと言えば、ウォーキングの時なぜか躓きそうになる、太極拳で片足立ちするとふらつく、パソコンで文字の誤入力が頻繁に起きる、風邪に似た頭痛が続く、言うなれば運動機能障害が出ていたのを、いつもと何かが違うな~という程度に感じていた。でもたまたま風邪に似た症状があったので、風邪をこじらせてしまったと思い込んでいたのがいけなかった。 
 自分の体調の変化を言葉で表現することは大変難しい。でも微妙な体調の変化は、自分自身が一番感じていることである。微妙な変化を察知するのは、他でもない自分自身なのだ。
 もし自ら感じた前兆を我慢して脳外科に行くのをためらっていたなら、取り返しのつかないことになっていたかもしれないと思うとぞっとする。

 太極拳を続けているとその一つ一つの動作が、自分の体に体にどのような変化をもたらすかが、自分なりに感じるようになる。具体的に表現するのは難しいが、何となく体に効いていることを実感できる。
 そのことを意識しながら練習を重ねると、その効果がじわじわと現れるような実感が伴う。まさに「自分自身が主治医」を実感する瞬間でもある。
 もう1年以上腰痛で整形外科や整骨院に通うことがなくなった。 太極拳を始めて11年目にして、その新たな魅力を体感!目から鱗が落ちる瞬間でもあった。
 
 もう一つ、「心が通じ合うボランティアの喜び」 を、語り部の活動を通じて実感する機会に恵まれたことは大きな喜びであった。それは私のボランティア精神を奮い立たせると同時に、大げさだが生き甲斐を感じさせる出来事であった。
 ボランティアにとって、心が通い合うことがいかに大切であるかは言うまでもないが、語り部として3年目になる今年、今までにない心が震えるような感動を経験した!

 そうした「心が通い合う」ボランティアとは対照的に、一方では「打てど響かない、心が通い合わない」ボランティア活動に失望させられる局面も嫌というほど体験した。
このことは私のホームページに記しているが、これ以上活動を続ける意味を見出せないので、潔く身を引くことにした。

 今年の八方ふさがりの一角をこじ開け、来年はもっと健康で楽しい日々にしようと思って、初夢宝くじを買ってきた。003.gif
b0008825_2241058.jpg
1等1億5千万円前後賞合わせて2億円!

 私にはそんな大吉は当たらなくてもよいから、塞がっている八方のせめて一方だけでも開けてほしいと願いつつ。残りの七方は、自助努力でぼちぼちこじ開けようという気持だけど・・・。本音はやはり1等003.gif
そんな夢を見ながら、今年の締めくくりをすることにしよう。001.gif
お・わ・り

[PR]
by matutaka31 | 2016-12-30 15:44 | 思いのまま | Trackback | Comments(10)

1枚のXmasカード

 契約しているサーバーJcom が2017年1月末で、ホームページサービスを打ち切ることになったので、他のサーバーへ引っ越しをしなくてはならなくなった。
b0008825_9585379.gif
 
 引っ越しの準備に、これまで作成したフォルダ・ファイルを、パソコンの年末大掃除を兼ねて見直しをしていたら、その中から懐かしい1ページが出てきた。

 
 2008年に作った、クリスマスカード。hpにアップしなかったのでもうすっかり忘れていた。
 その頃、シニアネット福岡愛宕浜教室で教わったことを素材にして、自分たちのパソコンクラブ(メダカの学校悠遊クラブ)で、メンバーと一緒に、好きなようにカードを作って楽しんだのがこの1ページ。
           懐かしいXmasカード

 この懐かしい思い出をブログにアップしようかな~と思案していた矢先、社会福祉のボランティアをしている仲間から昨日、難病に苦しみ悩み続けていらっしゃる方の話を聴いた。
 本当にお気の毒で慰める言葉も見つからない。ただ最近の医術と己の自然治癒力を信じて治療に専念され快癒されることを祈ることしかできない。
 数日前私も治療のため総合病院へ行ったが、年齢を問わず患者の多いのに驚く。そして、今ある健康のありがたさをつくづく感じる。

 稚拙な1ページですが、癒される方が一人でもあれば・・・との思いで、当時の懐かしさを思い出しながら、アップすることにしました。
 ご笑覧いただければありがたいです。
お・わ・り

[PR]
by matutaka31 | 2016-12-25 09:26 | 思いのまま | Trackback | Comments(10)

ザボンが思うように生らない

 今年もザボンの実が4個しか生らなかった。
 今年こそは・・・と意気込んで剪定や施肥の手入れしたつもりだったが、それが逆効果だったのか、長年園芸を趣味して植物に携わっていながら未だにはっきり答えを出せないのが、我ながら不甲斐なさを感じるし恥ずかしくもなる。002.gif
b0008825_142548.jpg
中央上方にザボンが1個見える。左下は柚子の実


 15年くらい前に、一緒に苗木を植えた八朔は毎年たくさん実をつけてくれるというのに、このザボンは何故か思うように生ってくれない。子育てにも同じようなこともあるようだが・・・。001.gif
b0008825_1426525.jpg
鈴なりの八朔 、来年1月に収穫する


同じ年に、同じ園芸店から買った2本の接ぎ木苗。
1本は八朔、もう1本は柚子。
庭先の日当りの良い場所に、同じ方法で植えた。

ただ、育て方に決定的な違いがある。
八朔は特別に手を加えることもなく普通に育てたのに、一方の柚子の木には植えて2年後くらいにザボンを芽接ぎした。柚子とザボンを収穫しようと欲張った思いで、1本に二役を背負わせた。
 その結果、ザボンだけが枝がどんどん伸び、柚子の枝は借りてきた猫のように下の方に、ひっそり枝を伸ばすだけになって、実もなかなか生らない。柚子にしてみれば、まさに「庇を貸して母屋を失う」の有様。

 二足の草鞋を履かせたのが、柚子もザボンにも負担になっているのか?
 それとも去年、ザボンの枝が茂りすぎたので、思い切って枝を剪定したのが良くなかったのか、あれこれ考えてみても素人の悲しさで、訳が分からない。

 柚子は、「桃栗3年柿8年、柚子の大馬鹿18年」の例えのとおり、なかなか実が生らないのは知っていたので、殊更気にはしていなかったが、2~3年前から生りはじめ、今年も9個生った。そのうち3個は冬至の柚子湯にめでたくデビューしてくれた。003.gif

b0008825_1430641.jpg
 一方のザボンは今年もたったの4個しか生らなかった。しかもあまり大きくならない不肖の子。
 近所で見かけるザボンの木には、同じような木の大きさなのに「鈴なりに生っている。樹形からみても、我が家のザボンには、少なくとも十数個は生っていいはずなのに・・・。
  何故我が家のザボンは成績が悪いのだろうか。謎が解けないまま今年も過ぎようとしている。

 ザボンの枝を切り払って、元の柚子だけに戻すか。いやいやあくまで二兎を追う初志貫徹か。
 たかがザボン1本のことだが、思案のしどころ。
 ここで止めてしまったらこれまで追い求めた二兎の夢が消えてしまう。
 もう1年育て方を工夫をして、気長に結果を待つことにしよう。それもまた楽し、である。009.gif

お・わ・り

[PR]
by matutaka31 | 2016-12-23 14:32 | 思いのまま | Trackback | Comments(8)

そら(空)豆の手入れ

 私は今年も、菜園でそら(空)豆を栽培している。
 そら豆は連作を嫌ううえ栽培期間が11月から翌年6月まで約9カ月と栽培期間が長いのに、旬の味を楽しめる収穫の期間は短いので、沢山は植えない。
 今年は24本だけ。その24本でも1本から側枝を6~7本育てるので、収穫するのは150本程度になる。

 手入れの内容は、雑草の除去と中耕が主な作業だけど、序でにリン(P)とカリ(K)を補うため発酵鶏糞(ペレット状)を少し施した。008.gif
b0008825_1530212.jpg
12月18日の状況(10月ポット20日播種、11月7日定植)


b0008825_1537253.jpg


 主枝は本葉5~6枚の頃予め芯止めしているので、既に4~5本の側枝が伸び始めている。芯止めした主枝はその後枯れる。この側枝は、これから先どんどん増えるが、弱いのを切り取り強いものだけを6~7本残す。


 
 そら豆の莢はその名のとおり、成長期は空を向いているが、収穫適期になると下向きになる。下向きになっても、早すぎると実が柔らかくて、味がよくない。かと言ってのんびりして収穫適期を逃すと皮が固くなって、味も落ちてくる。収穫の時期は短いうえ、しかも莢ごとに収穫の適期があるので、そんな収穫適期を見逃さないように収穫する。そこに旬の味を味わえる楽しみがあるというもの。
b0008825_1644135.jpg
昨年のそら豆の莢の状況


 しかもそのそら豆のおいしさは、採りたてに限る。収穫直後に煮て食べるのが最高!同じような取り立ての旬の味を味わえるのに、スイートコーンがある。
 収穫して時間を置けば、置くほどに味がちてしまう。
 そんな旬の味を楽しめるのも、家庭菜園の醍醐味と言うもの。003.gif

 半年先の初夏に、旬の味を味わえることを夢見て、今、せっせと手入れに勤しんでいる。001.gif
お・わ・り

[PR]
by matutaka31 | 2016-12-19 15:43 | 思いのまま | Trackback | Comments(10)

太極拳11年生修了

 私が太極拳を始めてこの12月で丸11年になる。健康のためとは言え傍目には、よくもま~続いたものだと言うことになるかも知れないが、私にとっては始めた動機からすれば続くのが当たり前のこと。001.gif
   私のホームページ私の健康と太極拳」

b0008825_10393523.jpg
 11年経った今考えることは、「太極拳を選んで良かった」そして「続けてきてよかった」が実感!。なにが良かったかと言えば、一口で言うのは難しいが強いて言えば、運動機能が自分が期待した通り維持できていることだろう。例えば、20年前頸椎変形で医者に言われた「このままだといずれ運動機能障害に見舞われる」が、今現在、その障害を免れていること、また腰痛で度々整形外科や「整骨院」通っていたのが、この1年半一度もお世話にならなくなっている。

 太極拳の一つひとつの動作が、自分の体調にどのように影響しているかを具体的に表現するのは難しいが、先に書いた運動機能の維持強化だけでなく、内臓器官の強化や免疫力の強化等につながっていることを密かに実感するこの頃である。
 2月に罹った慢性硬膜下血腫は思いがけないアクシデントだったが、それ以外は年相応の健康を維持できていることが何よりの証だろう。その証拠に、練習の後の昼食が、いつもよりお腹がすくし、食事もことのほか美味しい。008.gif


b0008825_10403694.jpg 太極拳と言えば、ゆっくり、“舞うが如き運動”のイメージがあるが、その演舞には24式の型がある。上手な人の演舞は、観ていて美しいし躍動感がある。この美しさや躍動感は、それを構成する24式の型の技を極めれば極めるだけ増すものだろう。
 しかし駆け出しの私にとっての太極拳は、自分自身の健康を維持し、これから老い先短い人生を一日一日楽しく過ごすための支えであり、不健康な日を一日でも一時間でも短くするための体力維持策と心得ているので、演舞を構成する一つ一つの動作についても、「体にいい結果をもたらす動き方とは?、どんな動き方がいいのか?」が、今の私のテーマである。009.gif
 
 先週のNHK太極拳教室で先生が、稽古の心得として、江戸時代の俳人 滝瓢水(たきひょうすい)の句「浜までは 海女も蓑着る 時雨かな」を、我々受講生に紹介された。
 これから海に入って仕事をする海女が、急に降り出した雨をさけるために蓑を着て浜まで行った。どうせ海に入れば濡れるのだから蓑など着る必要はない のだが、浜までは濡れずにいきたい、つまりわずかな間と言えど油断しないで大切にしなければならないとの思いを詠んだ句で、以前どこかで聞いた記憶が残っているが、味わい深い句である。

 私にとって、浜までは老い先短い人生であり、蓑はまさに太極拳そのもの、そして時雨は加齢現象に置き換え、これからの練習もその時その時を大切にしたいと思っている。003.gif
お・わ・り

[PR]
by matutaka31 | 2016-12-14 21:31 | 思いのまま | Trackback | Comments(8)

ひょうたん池でのボランティア活動

 クラブ発足以来丸12年間続けてきた地元でのボランティア「ひょうたん池花クラブ」の活動は、花壇の植え替え作業を終え、今年の主な管理作業はひとまず終了。残る作業は、立木の剪定や池周りの草取りとそして年末の大掃除で、今年もお陰様で、事故もなく無事終わろうとしている。
b0008825_13214085.jpg
ひょうたん池入り口

 ひょうたん池のシンボルツリーせんだんは今、枯れ葉も落ち、せんだんの実が寒風に吹きさらされ、ヒヨドリの餌になり方々へ子孫を増やす機会を待ちながら、静かな眠りにつこうとしている。
 その傍ら池の周りの花壇では、越冬の花に衣替えをして、陽だまりを求めて訪れる人々を待ち受けている。

b0008825_13225327.jpg
エントランス:プランターの花がお出迎え!


b0008825_13241214.jpg
せんだんの木の根を囲むのはハクチョウゲ(白丁花)


 このひょうたん池はこの地域の憩いの場として整備された水辺空間で、地域の皆さんがここでゆったりした一時を過ごせる憩いの場にふさわしい環境を作りだすのが、私たち「ひょうたん池花クラブ」の活動目標である。
b0008825_13264242.jpg
和気藹々の花壇の植え替え作業


b0008825_13282541.jpg
植え替えを終わった花壇(1)


b0008825_13285067.jpg
植え替えを終わった花壇(2)

b0008825_17341552.jpgb0008825_17344519.jpg

 
 私たちのクラブはこのひょうたん池を舞台に様々なボランティア活動をおこなっている。その内容は、年間を通じた花壇の維持管理、池周りの清掃、植木の剪定等の作業の外、「ひょうたん池まつり」や独居高齢者を対象にした「せんだんふれあい会」、「グリーンカーテンコンテスト」等、地域の皆さんとの触れ合いを通じて、元気な町づくりの支援活動である。

 このボランティア活動は、地域の皆さんに喜んでもらえるだけでなく、目的を共有した仲間との触れ合いも楽しく、私の日々を豊かにしてくれている。
 体調を見ながらとは言え、活動を続けられることに感謝!感謝!

b0008825_13302585.jpg
池の畔では、早くも水仙の花が咲き始めた

お・わ・り

[PR]
by matutaka31 | 2016-12-11 13:32 | 思いのまま | Trackback | Comments(8)