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被爆72周年長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典に参列

 平成29年8月9日11時2分、長崎の鐘が鳴り響く「被爆72周年長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典会場」の遺族席に私は、今年もいた。

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式典会場の様子 児童合唱


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  長崎に原爆が投下された11時2分、会場を埋め尽くした参列者は1分間の黙とうを捧げた。その1分の間に私は、爆心地から3.5キロの地点で体験したあの悲惨な72年前の出来事を、つい昨日のように思い出した。

 テレビで実況が放映されることだし、この暑い中わざわざ長崎まで出かけるまでもないのでは?との思いがかすめるが、多くの被爆者の思いが共有できる感動が忘れられなくて、行かずにはいれない気持になり、自ずと足が向いて連続12回目の参列になった。



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 被爆者の平均年齢も81歳を越え、毎年被爆者の数は減っていく。会場の参列者も、被爆者らしい年齢の人の割合が年々少なくなり、代わって若者の数が多くなった。
 核廃絶を求める平和活動の主体が、すでに被爆者から時代を継ぐ若者にバトンタッチされて行く姿が見て取れ、今後の運動の盛り上がりを予感する一面を見るようだった。


私自身も、日ごろ何かとせわしない日を送っていると、被爆したことを、つい頭の隅から抜けてしまうことがある。

  今年の長崎平和宣言は日本政府に対し、「核兵器を持つ国々と持たない国々の橋渡し役を務めると明言しているにも関わらず、核兵器禁止条約の交渉会議にさえ参加しない姿勢を、被爆地は到底理解できません」と鋭く指摘し、私たち被爆者の思いを率直に代弁してくれた。

 88歳の被爆者 深堀好敏さんの「平和への誓い」に心を打たれ、被爆者の合唱「もう二度と」、児童合唱「子らのみ魂よ」、「千羽鶴」も感動的で、参加者が追悼と平和を希求する思いを共有する瞬間でもあった。

 この感慨は、その場にいなければ実感出来ない。だから私は体力と気力を失わない限りきっと、来年もこの地に立つことだろう。いやぜひそうしたい。

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by matutaka31 | 2017-08-09 20:52 | 思いのまま | Trackback | Comments(0)

父の日のプレゼント

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6月18日(日)父の日、娘がいつものように、 私の足にぴったりフィットする軽いウォーキング兼用シューズをプレゼントしてくれた。 このところ父の日のプレゼントは、このタイプのシューズが定番になっている。




 私は正直なところ、飲食品や趣味のグッズより、このタイプのシューズのように毎日私の活動に役立つ実用的なものが嬉しい。飲食品はそれを味わうときだけに終わってしまうし、趣味のグッズも好みに合わないこともあるし・・・。
 去年もらったシューズが1年間フルに使ったので、そろそろ買い替え時が来たな~と思っていた矢先のプレゼントだったので、日ごろ私の暮らしぶりを心に留めてくれている娘たちの気持が、殊の外嬉しい!

 最近、私は外出する時、革靴はめったに履かず、もっぱら軽いウォーキング兼用シューズを愛用している。
 この兼用シューズは軽くて履き心地も良く、少々歩き回っても疲れないし、外出先で時間に余裕があるときは地下鉄の一駅区間くらいは気軽に歩けるから運動にもなるので重宝している。

 
 プレゼントされた靴を私は、お出かけ用、ウオーキング用、畑仕事用と3通りの使いまわしで、なるべく無駄にしないように使い切ってしまう。
 初めは主に外出用に履く。電車や車で出かけるのは週3回くらいだから、あまり傷まない。
 次はウォーキング専用に。ほぼ毎日履くので傷みも激しくなる。でもまだ使える。
 最期のお役目は、土まみれになる家庭菜園用。少々形が崩れていても畑仕事には十分役立つ。
こうして2~3年めいっぱい働いてくれた靴は、さすがにもうボロボロ。

「なんでそこまで・・・」の声が聞えそうだが、終戦前後の品不足時代に育った私は、このように「使えるだけ使う」という習慣が身に沁みついていて、今更「使い捨て」の文化にはなかなか馴染めない習性になってしまっている。
 この靴も私の手に渡ったのが縁で100%役立つことが出来て、プレゼントしてくれた娘同様満足してくれていると思う。101.png

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by matutaka31 | 2017-06-19 06:59 | 思いのまま | Trackback | Comments(12)

心を和ませる一言

 JR九州筑肥線「周船寺駅」のホームから改札口に行く階段の左右に、「おつかれさまでした」と小さくさりげなく書かれたねぎらいの文字が、列車を下りた私の心をいつも和ませてくれる。

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 きっと私だけではなく、列車を降り立った多くの方の目に入っていることだろう。そしてわずか9文字のねぎらいの文字が目に入った瞬間、口にはしないが私と同じように「 ホッ」とするに違いない。

 いつも改札口で「おはようございます」「ありがとうございます」と元気な声をかけてくれる駅員さんの、普段の声かけだけでなく、少しでも乗客の疲れを和らげようとする心遣いが伝わってくる。
 最近「ご苦労様」と「お疲れ様」の使い分けができない人が増えているが、「おつかれさまでした」とした駅員さんの気遣いもまた、それとなく伝わってくる。

 列車に乗る人も降りる人もみな夫々、楽しいことや悲しいこと、あるいは嬉しい思いやつらい思い、疲れ切ってしまったなどの思いを胸に秘めているに違いない。そんな思いでホームに降り立った時、何気なく目に飛び込んだ「おつかれさまでした」の文字は、一瞬であってもちょっぴり気持ちが和らぐようで嬉しい。

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JR周船寺駅(すせんじえき)ホーム西側の階段

 筑肥線(ちくひせん)と言ってもご存じない方が多いと思うが、福岡空港から博多駅経由で福岡市西区姪浜までの地下鉄空港線と相互乗り入れしている、姪浜駅から佐賀県唐津市の唐津駅まで走るローカル線。

 この周船寺駅界隈は福岡市の西端に位置し、九州大学の伊都キャンパスへの移転に伴い、最近急速に都市化が進んでいる地域である。その九大キャンパスに最も近い駅でありかつ糸島観光の入り口でもあるこの「周船寺駅」界隈は、なぜか開発が遅れてしまっている。

 それに引き換え周船寺駅の東側の田んぼの中にポツンとできた新駅「九大学研都市駅」周辺は、この十数年間に、あれよあれよと言う間にマンションが林立する街に成長している。それとは対照的に、時流に乗り損ねてしまった寂しい町の中に取り残された格好の周船寺駅は、旧態依然の佇まいを残していて、乗降客は年々増えているにもかかわらず施設の面では、決して乗客にやさしい駅だとは思えない。

 そんな町の小さな「周船寺駅」であるが、窓越しに改札口を見守るようなよくある駅の光景とは異なり、そこで働く駅員さんの精いっぱいのサービスで、いつも暖かい雰囲気に包まれている。そうした日ごろの心掛けが、冒頭に書いた小さな空間を無駄にしないで「おつかれさまでした」と乗客をねぎらう行動に繋がったのだろう。

 「ななつ星in九州」や都心のマンション開発など富裕層を対象にした経営戦略が目立つ昨今のJR九州であるが、この小さな駅の駅員さんが示すささやかなサービスが、一般乗客の利便性に富んだ駅の施設改善や列車運行へとつながっていくことを願ってやまない。

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by matutaka31 | 2017-06-11 11:18 | 思いのまま | Trackback | Comments(6)

「あなたの動脈の硬さは?」

 私は年2回、必ず被爆者健康診断を受けている。
先日、今年度1回目の健康診断を受けた。
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 検診内容は、身長、体重、視力、聴力、握力などの基礎体力測定から、血圧、腹部エコー、心電図、血管年齢、胸部レントゲン、検便、尿検査、血液検査で、日常の健康管理に必要な検査を一通りしてもらった。
 そのうえで日ごろ気になっていることを相談することもでき、被爆による放射線の影響が脳裏から消えぬ私にとって、大変ありがたい検診でもある。


 国民健康保険の健康診断の受診率はあまり良くないと聞くが、私はどちらかと言うと、検診推奨派だと思っている。それは検診の結果が、自分の体の今の具合を数値で示してくれるから、自分の体調と言うより、自分の体の弱い部分や丈夫な部分が、標準に照らして知ることが出来る。

 結果が、標準より良ければそれでよし、悪ければ日ごろの生活で気を付けなければならないことだと、自分に言い聞かせればいいのだから。

その検診の中で、私が半年前と比べて改善していることをちょっぴり期待したのは、血管年齢だった。
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 このところ自分の血管年齢がが実年齢より10歳も多い90歳台と高いのが気になっていた。
 ブログタイトル「心はいつも青春」に似つかわしくない血管年齢。これでは心と体がアンバランスであることを、自ら証明するようなもの。

 


 なんとか若返り方法はないものかと思っていたとき、今年2月、NHKの「つら~い冷え症が改善!血管若返り術」 を見たとき、少しでも血管年齢が改善できれば幸いと思い、血管若返りのための〝血管のばし”体操を日頃のストレッチに取り入れてみた。
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 左図は、いくつかある血管のばし”体操の一例

 この体操は、簡単で短時間にできる内容だけど、自宅で毎日2回励行するのは、言うべくして難しい、と言うより続かない。 でもできるだけ、思い出しては少なくとも一日1回はやってみるように努めてみた。

 
 まだわずか3カ月でその効果を期待するのは気が早すぎると思いながらも、少しでもその結果が表れないかと期待していた。

 その測定結果が、タイトルの「あなたの動脈の硬さは?」で、その内容はおおむね次のような内容だった。

 まず左腕、右腕、左足首、右足首夫々の血圧値と脈拍数が、前回と比較して表示されるので、半年前と比較して血圧の傾向を知ることが出来る。

 次に血管の硬さ(baPWV)が右・左と、数値で前回と比較して表示され、「あなたの推定血管年齢は、〇〇歳以上に相当します。」と知らされる。

私の血管年齢は前回同様「90歳以上」とであったが、その根拠となる数値は右・左ともに前回より改善されていたので、期待した若返りはできなかったが運動の成果は少し現れていたのかな~と少しばかり喜んでいる。考えようによっては、前回より悪くなっていなかっただけでもラッキーと思えばよいのだから。102.png
 次回検診(半年後)で80台をめざして、〝血管のばし”体操を続けよう105.png
 

 次は足の血管の詰まり(ABI)は?

右足・左足の状態が、数値と血管の輪切り状態の図で前回と比較して表示され、「今回の検査結果は正常範囲にあります。」とあった。年相応にしていれば、血管がパンクする心配はなさそう。(^◇^)\(^o^)/

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by matutaka31 | 2017-06-07 11:28 | 思いのまま | Trackback | Comments(6)

日本一周歩こうかい、ただ今「長万部」

 インターネットバーチャル日本一周ウォーキングの2周目は、今、北海道の長万部から八雲に向かっている。
昨年3月松前に渡って広い北海道を一周し、今月中に函館にたどり着けると思うので、ほぼ1年4カ月かかることになる。
 やはり北海道は広い!でっかいどう!だ。

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長万部から八雲に向かって・・・


 5月に歩いた距離は120㎞、一日平均3.9㎞で、計画の4㎞をわずかに下回った。頭の怪我やボランティアその他野暮用が要因。

 この調子で計画どおりに歩けば、来月は青森県下北半島に入るだろう。

 地図上とは言え、多分、北海道を歩くのはこれが最後になるだろう。
そう思うと、これまでに書かなかった北海道での足掛け4年間勤務した当時のことが、懐かしく思い出される。仕事上の泣き笑い、冬の土日は連日スキー、そして春から秋の釣り三昧等々、きりがない。

 初めて北海道に転勤したのは、もうかれこれ50年前の昭和43年のこと。でもつい2.3年前の出来事のように思い出される。まさに人生「光陰矢の如し」を実感!

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 札幌に赴任したのは2月初め、零下10度前後に冷え込む寒さに、九州育ちの身にはこたえた。
 当時はまだ石炭ストーブの時代。
 火の用心とばかり、ストーブの火を消して寝たところ、寒くて夜中に目が覚め、布団を頭から被っても眠れなかった。札幌の初夜は完全に寝不足に!         ⇒写真は札幌大通り公園 
 
 翌日聞いたところ、石炭をストーブに一杯詰めて火を消さないで寝るのが習慣だと。燃え尽きた後は余熱で朝まで暖かい、と。102.png
                                                
 翌日、滑り止めのついた靴を買うため、初めてススキノの商店街に出かけた。
女子店員に「これはどうだろう」と相談をしたつもりだったが、店員はにこりともせず一言「これかい?」(これですか?)で終わり。欲しかったらさっさと買ったら・・・と言わぬばかりの素振り。
女子店員は愛嬌よく相談に乗ってくれるものと思い込んでいた私は、ただ唖然とするばかり。105.png
 北海道の女性は強い。そして言葉が男性と同じ(当時はそうだった)。かといって女らしさ(色気)がないわけではない。101.png
 女性も男同様に働かざるを得なかった北海道開拓の厳しさを物語るような、歴史的文化の一端を垣間見る思いだった。

 さていろんな思い出が残る北海道の生活で、もう一つ思い出に残ることがある。
それは地名の呼び名を覚えるのに苦労したこと。初めてお目にかかったとき、すんなり読める地名は正直少なかった。
 今歩いている「長万部(おしゃまんべ)」然り。
アイヌ語の意味を漢字にあてた地名が多く、漢字の棒読みでは通じない地名が多いから。
書き出せばきりがないので、思い出すまま幾つか挙げてみる。
愛冠(あいかっぷ)、 忍路(おしょろ)、 倶知安(くっちゃん)、 神居古潭(かむいこたん)、 雄武(おうむ)、大楽毛(おたのしけ)、 班渓(ぱんけ)、 占冠(しむかっぷ)、 妹背牛(もせうし)、 弟子屈(てしかが)、 留辺蘂(るべしべ)、 音威子府(おといねっぷ)等々。

 想い出多い北海道の旅も今月で終わろうとしている。
 来月は、津軽海峡を隔てただけで北海道と全く異なる「ズーズー弁」に悩まされた、想い出多い青森をスタートに東北地方の旅になる。 楽しみだ!
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by matutaka31 | 2017-06-04 10:37 | 思いのまま | Trackback | Comments(6)

福岡市恵光院境内にある菩提樹の花

  福岡市東区筥崎宮そばの「 恵光院」境内に、有名な樹齢150年程の菩提樹がある。
 私の知る限りでは、これほど立派な菩提樹があるのは、福岡市内ではここ「 恵光院」だけ。

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咲き始めた菩提樹の花(わずかに黄色い花びらが見える程度)

 お釈迦様と「菩提樹」はよく知られるが、実際に菩提樹を見る機会は少なく、私が実物にお目にかかったのは4年前、この「 恵光院」の菩提樹が初めてのこと。
その菩提樹の花がそろそろ咲くころではないかと思い、先日、太極拳教室の後病院での要件を済ませ、仲間を誘って観に行ったが、まだ咲き始めとあって黄色い花がちらほら見える程であった。でも近寄ると、ほのかに芳香が漂ってくる。
 この菩提樹の花が満開になるのは、例年6月初旬の頃で、黄色い花が樹全体を覆い、辺り一面芳香が漂う。

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4年前に撮った満開の菩提樹の花の様子


 菩提樹の香りは、言葉で言い表せない不思議な香りで、心が和むようないい香り!
どう表現すればいいのかと思ってネット検索すると、「フローラルな香り」だという。そのフローラルとはジャスミンやバラなどの花の香りのことらしいが、私にはいい香りであれば、名前などどうでもよい。

 さて恵光院では菩提樹の花の見頃にあわせて6月4日、宗祖弘法大師様の誕生を祝う「菩提樹(青葉)まつり」が開催されるという。そのときは、本堂内で秘蔵の釈迦の涅槃図も開帳される。

 境内には、「燈籠堂」と云うお堂がある。元は、慈眼院と称して筥崎宮の参道脇に在ったお堂で、明治三年に当院に移されたという。
 承元二年(1208)の創立と伝えられ、 天正十五年(1587)六月、豊臣秀吉公が箱崎にて宿陣の折、千利休居士が茶を奉ったところとして歴史を想わせるお堂という。

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千の利休が大公秀吉にお茶を奉じたと言われる「燈籠堂」
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by matutaka31 | 2017-06-01 15:06 | 思いのまま | Trackback | Comments(8)

家庭菜園 ただいま順調!と言いたいが・・・

 あれこれ気がついた野菜を植えつけた家庭菜園、収穫最盛期のものもあれば、目下生長中のものもあり、菜園はまさに季節の移ろいとともにその姿を変えている。
 私は体調を気にしながら毎日、暇さえあれば菜園に顔を出し野菜たちのご機嫌を伺っているが、野菜たちは今のところ、主の体調とは関わりなしに、順調に生育中。

 野菜たちの気持ちを忖度すると、そろそろここを卒業したい(収穫してほしい)と訴えているジャガイモ、玉ねぎ、にんにくの声は、もう待ったなしのようだ。ニンニクは今日にでも収穫しよう。

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少し堀り起こしたニンニク、ま~ま~の出来

ニンニク焼酎をつくろうかな~、1年分は十分作れそう・・・101.png
ゆっくり熟成させたニンニク焼酎は、臭みも和らぎ、チョコ1杯はまさに百薬の長!

生育真っ最中の野菜たちから、「水が欲しい」と、異口同音に聞こえてくる。

5月は雨が少ない時期とは言え、今年は少な過ぎる
畑はカラカラに乾ききって、水を欲しがる野菜の悲鳴に似た声が聞こえてくる。
雨が多すぎても困るが、少なすぎても困る。
そこそこに降ってくれれば良いのだが・・、自然任せの露地栽培の家庭菜園にとっては、期待する方がむりというもの。


今最も大事な成長盛りの野菜にとっては、水分不足は収穫に大きく影響するが、お天気任せの家庭菜園の宿命みたいなもので、如何ともしようがない。

そんな雨不足に耐えて健在なのが、乾燥に強いトマト。

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ミニトマト10本、中玉トマト10本、大玉トマト6本計26本が順調に生育中

 トマトが色づくと医者が青くなる!という。そうなることを期待して、トマト料理三昧といこう。
 せっせと毎朝、トマト味噌汁を作ろうかな~105.png


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⇐大玉トマト
品種は桃太郎










ミニトマト⇒






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長ナス

焼ナスも、塩もみも、・・・、最盛期には、毎日ナス攻めになるかも103.png
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ゴーヤも豊作予想! 蔓の芯を止めたので、子つる、孫つるが伸びてきた。そろそろ雌花が付き、結実するだろう。
ゴーヤチャンプル、ゴーヤジュース、・・・あと何があるかな~・・。

スイカやカボチャは、マルチしているので雨不足はあまり感じないが、ズッキーニはもう元気がない。

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        スイカ(マダーボール)、見る見る大きくなっていく                         
 
 このスイカを、陰で虎視眈々と狙っている輩がいる。同じ瓜仲間のかぼちゃには見向きもしない。
去年も半分食われてしまった。一昨年は全滅だった。
今年こそはその手に乗るものかと、闘志満々だけど、残念ながら今のところ策無し。
ハクビシン対策を誰か伝授してくれないかな~。

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 スイートコーン
 美味しく熟れたスイートコーンを食害する、大敵アワノメイガが忍び寄る時期が近付いている。専守防衛、そろそろ防除策を施さねばなるまい。こればかりは無農薬と言うわけにはいかない。
 普通1本立ちにするのだが、今年は欲張って、一部を2本立ちにしてみた。うまくいくかどうか興味津々!
     
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by matutaka31 | 2017-05-28 13:35 | 思いのまま | Trackback | Comments(8)

ズッキーニ受粉の手助け


 私の家庭菜園ではこの時期、ズッキーニが定番作物の一つで、作り続けてもう10年位になる。
 ズッキーニは「カボチャ」の1種で、見かけはキュウリに似ていて、生の食感はくせがないので生食の他、油炒め、天ぷら、煮物等、利用範囲が広いポピュラーな食材。
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   「ズッキーニ」

   別名:つるなしカボチャ

   原産地:生産地南アメリカ
   分類:ウリ科カボチャ属   

この写真は前年のもの:収穫前のズッキーニ


我が家ではこのズッキーニが好評で、ご近所さんや知人にも比較的好評なので、今年も8本植えているが、そろそろ雌花が開き始めた。

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雌花が咲いた様子(花の基部(子房)に実になるズッキーニがついている)

ズッキーニは雌雄同株であるが、数年前までは、ミツバチがやってきて受粉してくれたので、何も手を加えなくても立派なズッキーニがたくさん収穫できた。
 ところが最近、ミツバチが来てくれない。
 そのため何もしないで自然に任せておくと、受粉の可能性が少なくなり、多くの雌花が果実に成長しないまま、あえなくその生涯を終えてしまう。
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この2本のズッキーニは、未受粉の為これ以上大きくなることなく、腐ってゆく

 菜園の周りが宅地になったためミツバチが近寄らなくなったのか、ミツバチそのものが少なくなってしまったのか、いずれにしてもミツバチを見かけなくなり、その他の受粉を助ける昆虫もあまり見かけなくなってしまった。

 こうなると、人が受粉の手助けをするしかない。

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雄花が咲いた様子
 今日初めて、その受粉の手助けをした。
 雄花を摘み、おしべの葯の先端についている花粉を、めしべの柱頭につけてやるこの受粉作業は、ズッキーニの他スイカにも必要で、これから日課になる。
しかもその作業は、雌花が萎んでしまわない時期にしなくてはならないので、朝早い時間帯を選ぶことに。
勿論早朝の菜園出勤は、健康に良いので苦になることはないのだけど・・・。

こんな身近なところにも、自然の繁殖行為が壊されつつある姿を目の当たりにすると、自然の植生がこれからもどんどん変化して行くことが予想され,、壊されていく自然現象を見るようで怖いような気がする。

 今日受粉したズッキーニは、10日後当たりには立派に収穫出来るようになるだろう。
 そして収穫最盛期には多分、ご近所さんや知人におすそ分けできる程、毎日収穫できるようになるだろう。
 楽しみが膨らむ。
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by matutaka31 | 2017-05-24 14:54 | 思いのまま | Trackback | Comments(8)

初夏の風物詩「麦秋」

 我が家から西に向かって約20分くらい歩くと、そこはもう糸島の田園地帯が広がる。そして今、まさに初夏の風物詩「麦秋」が目に飛び込む。

都市に育った方々にはこの麦秋のイメージは想像しにくいかもしれないが、私が子供の頃、農村ではこの時期になるとごく当たり前のように見られた光景。

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目の前に広がる麦畑 後方は可也山(糸島富士とも呼ばれる)

「麦秋」の表現は、麦の穂が実って薄茶色に染まる初夏の麦畑が秋の稲田の光景と似ていることから、この5月中・下旬から6月上旬をさす季語として呼ぶようになったという。

 この時期はまさに風薫る5月、一般にはのんびりした初夏の風物詩と思われがちだが、農家にとっては短い期間だけど気のもめる時期でもある。
 何故かと言えばこの時期農家にとっては、稔った麦を梅雨入り前に収穫してしまわなければならない大事な時期である。もしこの時期に雨の日が重なると、折角実った麦が畑の中で芽を出してしまう「穂発芽」になってしまいかねない。
 その一方では、麦を収穫した後すぐに田植えをしなくてはならないので、雨が必要になる時期でもあり、まさに晴れ後雨を期待しなければならない、気のもめる時期と言えそう。

この辺で栽培されている品種は、二条大麦のようだ。

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 二条大麦は、隣県佐賀県が日本一の産地で、全国の32%の生産高を誇るが、佐賀平野や筑紫平野(つくしへいや)の今頃は、まさに麦秋そのものだろう。

二条大麦と言えばビール&焼酎の原料等に使われる。
そう聞けば、ビールも焼酎も日ごろ愛飲しているお酒だから、この麦がいつしか私の口に入る時があるかも知れないと思うと、なんだか近親感が湧いてくる。


 収穫した後の麦わらは昔、麦わら屋根の材料に使ったり、野菜の敷き藁に使ったりもしたが、最近はコンバインで収穫するので、麦わらは小さく刻まれて麦藁細工の品々が消えてなくなった。

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 子供たちは麦わらで虫かごを作ったりもした。
 お馴染みのスボ蒲鉾も消えてしまった。
 
 そして何よりも素朴な思い出は、夏にはなくてはならない麦わら帽子だ。
 その麦わら帽子も今では、名ばかりで材料は合成繊維。

素朴さがどんどん消え失せてしまう。

さて「麦秋」で思い出すのは、小津安二郎監督による映画。
若い頃観た映画で、筋書きは覚えていないが俳優「笠智衆」の独特な演技が印象に残っている。
 また、麦と言えば火野葦平の小説「麦と兵隊」、次元は違うが最近ではオヨネーズの「麦畑」 等々、麦にまつわる話題を思い出す。
 また、当時の池田大蔵大臣が言い放った「貧乏人は麦を食え」は今でも語り草になっている。

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by matutaka31 | 2017-05-22 16:23 | 思いのまま | Trackback | Comments(8)

救急車の有難さを知る

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外に出て動き回る限り、いつ何時災難に遭うか怪我をするかわからい。
 いつもそんな思いで用心していたつもりだが、先日、ちょっとした一瞬の不注意で怪我をして、思いもしなかった救急車のお世話になってしまった。

 危ないので近づかないよう注意されていたのに、自宅のリフォーム用足場の出っ張りに、不注意で頭をガツンとぶっつけてしまった。
前頭部から血が噴き出して、止まらない。顔を流れるのが分かる。

家族が救急車を呼ぼうという。
でも出血が止まれば自分で病院に行けると思ったので、救急車を呼ぶのを一瞬ためらった。

だが出血は止まりそうにない。傷口を抑えたタオルが真っ赤に染まる。

 昨年患った病がまだ完治していない経過観察中の身で、主治医に「頭にショックを与えるようなことがないように注意しなさい」ときつく言われていたので、一瞬、再発の不安がよぎる。
家族が近所の脳神経外科医に電話したが、折悪く休診中。

出血が止まらないので、ほっておけないとの判断で救急車を呼ぶことにした。


 以下は私が身をもって知ることが出来た、救急車の現場での活動の実態と、その有難さである。
救急車は7~8分で到着。
到着までの間も、走行中の救急隊員から、氏名・年齢・既往症・今の状況等々患者の状況の聞き取りの電話が入る。なるべく簡潔に答えるのが、その後の適格な処置に役立つことは容易に想像できる。
搬送中も隊員が、生年月日・氏名などを聞き、意識状況を確認し、血圧を計ったり、運動機能の麻痺がないかどうかのチェックをてきぱきと行う。


搬送先では、医師と看護士が待機していて、救急隊員が要点を医師に伝える様子が聞き取れる。
一方で看護士が四肢の麻痺はないか、意識は正常か矢継ぎ早に質問しながらチェックする。

医師・看護師の質問に一通り答えられたので、四肢の運動機能や言語障害がないことを確認する様子が伺われ、内心 ホッとする。

傷は、前頭部約4㎝の裂傷。

傷口を縫合(と言っても医療ホッチキスで)6~7ヵ所縫合するので髪を切りましょうかね・・・伸びるまで少し目立ちますが・・・と。
私は、髪は少なくなっているとはいえ、(正面だから目立つので)髪は切らないで・・・と答えると、顔は見えないが、含み笑いが伝わって雰囲気が和む。
医者が少し痛いけど我慢してくださいね、と、麻酔なしで医療ホッチキスで7ヵ所縫合(7針の縫合相当)、アッという間に処置が終わる。応急処置の速さに驚く。
その後CT検査。

CT検査の結果、新たな硬膜下の出血もなく、頭蓋骨の損傷も見られないことが判明。でも1~2カ月後に症状が出ることがあるので、まだ安心するのは早い!要注意とのこと。異常な症状があればすぐに連絡するように言い渡され、入院を免れてよかった。

これが今回救急車のお世話になった一部始終。

 救急隊の迅速かつ適切な処置と救急病院のお陰で、大事に至らず私も家族も本当に助かった。今の救急体制の見事さとその活動内容に、ただただ感謝の気持で一杯。
 だが一夜明けて静かに考えると、入院する程の怪我ではなかったのに救急車を呼ぶ必要があったのだろうかと、少し後ろめたい感じがしている。でも、あの場面でもし救急車がなかったなら・・・と考えると、救急車の存在の大きさを改めて思い知らされてしまう。


消防庁は、安易な救急出動要請に、一考を呼び掛けている。

 症状に緊急性がなくても「交通手段がない」「どこの病院に行けばよいかわからない」「便利だから」「困っているから」と救急車を呼ぶ人がいます。・・・「救急車や救急医療は限りある資源です。」と。この呼びかけは、救急車の出動を要請した者の一人として、重く感じてしまう。

 今回の経験を通じて、大切なことをいくつか学んだ。これから先もあり得ることだから、心しておきたい。

救急車を呼ぶ時に、こんなものを用意しておくと便利(消防庁のHPより)
 
保険証、診察券、お金、靴、普段飲んでいる薬(お薬手帳)

 またこんなことを伝えてください、とも。
  事故や具合が悪くなった状況
  救急隊が到着するまでの変化
  行った応急手当の内容
  通常の血圧、アレルギー症
  具合の悪い人の情報(持病、かかりつけの病院、普段飲んでいる薬、医師の指示等)
  希望する搬送病院
  生年月日、年齢 等々

 本人が答えられないこともあるので、家族の個人情報を共有しておくことが大切。また、救急隊が目に付きやすいところにメモを置いておくことも大切なこと。


      救急車を上手に使いましょう。(消防庁)
         ~救急車必要なのはどんなとき~

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by matutaka31 | 2017-05-19 14:28 | 思いのまま | Trackback | Comments(9)