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関門トンネル&シーサイド ウオーク

 近所の気の置けない10人で6月に立ちあげた「イッペー歩こう会」3回目の例会は、関門人道トンネルを歩いて下関に渡り、壇ノ浦から赤間神宮・日清講和条約記念館を経て唐戸市場に隣接の「カモンワーフ」へのコースを選んだ。
 前日の天気予報では生憎の弱い雨、う~ん、どうするかな~と考えたが、気の置けない仲間同士だから臨機応変の対応が出来るので雨を覚悟の上で出かけることにして、念のため連絡をしたところ、躊躇う人は一人もなく全員OKの返事。

 当日は予報に反し朝からかなり強い雨、やめるべきかと一瞬迷いが出たが、パソコンで下関の局地予報を確かめると「曇りのち雨」。 よし、大丈夫だ。こういう時、パソコンは便利だ。
集合駅に着くとみんな笑顔で挨拶を交わす。
お互いに「あんたが雨男いや雨女」と言わんばかりに!
道中は何時もと変わらぬ賑やかで明るい雰囲気、この雰囲気がたまらなく好きだ。

 門司港に着くと、傘なしでも歩ける程度の雨、みんな気をよくして関門海峡の眺めを楽しんだ後、いざ全長780m関門海底トンネルへ。
先ほど観た関門海峡の下を歩いているのかと思うと不思議な感じがする。

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 下関側では、壇ノ浦公園~赤間神宮~日清講和条約記念館見物して回ったが、ほとんど忘却の彼方に行ってしまっていた史実を絵巻物や展示品で思い出しながら散策するのも楽しい。

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 昼食は、予め下関名物「ふく料理」(下関では“ふぐ”を福にちなんで“ふく”という)を食べることにしていたので、ふく専門店「やぶれかぶれ」へ直行、一人当たり3,150円也のふく定食とヒレ酒を味わった。 ウオーキングにふく料理とヒレ酒とは、何事だ!と言われそうだが、そんなことは気にしない。
決して無理をしないで、身の丈にあった方法で思いっきり楽しむのが「イッペー歩こう会」なのだから!
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 帰りは、海峡を船で渡り予定どうり無事帰り着いたが、帰り着いてからの反省会の楽しかったこと、・・・次回が待ち遠しい。
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by matutaka31 | 2008-08-30 14:34 | 思いのまま | Trackback | Comments(2)

オリンピックをテレビで観て、独り言

 第29回オリンピックは、8月24日、17日間の熱闘の幕を閉じた。

 日本選手の活躍については、全ての競技を見たわけではないので偏った見方になってしまうが、テレビを通して見た競技の中で感じたことを、敢えて一言で表現してみよう。

「最も」と言う文字をつけると、
  最も感動したのは、女子ソフトボール決勝戦で米国の4連覇を阻み優勝
  最もすばらしいと思ったのは、
    世界新記録と五輪新記録で2冠達成した水泳の北島選手
  最も失望したのは、野球 
     (次いで、1回戦、敗者復活戦で、アッと言う間に敗退した柔道100k級の鈴木選手)
 
「よく頑張った」と言う文字をつけるなら、  
  男子400mリレーと女子レスリング

「天晴れ」という表現をするなら、
 男子体操個人総合で逆転銀メダルの内村選手とフェンシング銀メダルの大田選手

閉会式
 開会式と同じで、これでもかこれでもかと物量作戦と言うか人海戦術の連続で、中国の国威高揚が強調されすぎていたためだろうか、あるいは舞台裏での過剰警備の情報のせいか、華やかさの裏に中国の二つの顔が透けて見えるようで、爽やかさに欠け、少なくとも私に感動を与える内容ではなかった。
 そのせいか、時間が経つにつれ開会式と同じように疲れてきた。テレビ解説者は、これ以上ないと言わんばかりの賛辞を送っていたが、会開式の時と同じように、途中で観るのを止めようと思ったくらいである。

 そんな矢先、次期開催地ロンドンの紹介の場面に移った。
この紹介はシンプルで且つ明るい雰囲気を醸し出す内容で、観ている人の心を和ませる演出で、ホッとさせられた。

 でも、何時ものオリンピック同様、閉会式を見ている限り、文字通り世界は一つになれたという雰囲気に包まれ、政治が絡まなければ地球上から紛争がなくなり、世界平和が実現できる希望を抱かせるものであった。 そういう意味では大成功だったと思う。
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by matutaka31 | 2008-08-26 10:33 | 思いのまま | Trackback | Comments(2)

被爆稲は何もなかったかのように元気

 作り繋いで今年3年目となる被爆稲、63年前何事もなかったかのように、我が家の庭で元気に育っている。 
 誰が見ても、そこいらの田圃の稲と変わらないように見えるだろう。誰かがこの稲の由来を言わなければ、何も気付くことのなく見過ごされてしまうだろう。

 去年はスズメの被害で危うく途絶えるのではないかと思ったが、防鳥網のお陰で、なんとか種籾を確保した。
 今年はスズメ対策のことも考え、昨年より減らして2ポットにした。今のところ順調に育っているので、来年へ作り繋ぐことが出来そうである。
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by matutaka31 | 2008-08-20 10:16 | 思いのまま | Trackback | Comments(0)

長崎原爆犠牲者慰霊平和記念式典」に参加して思うこと

 私にとって3回目となる「被爆63周年長崎原爆犠牲者慰霊平和記念式典」に参加して感じたことを、そのまま記しておくことにしよう。

 この暑い最中、わざわざ長崎まで行かなくてもと考えたが、やはり参列することが原爆死没者名簿に書き込まれている両親の慰霊になるだろうという気持が強かったことと、自分の被爆体験を風化させないよう自分自身の心に焼き付けておきたいという思いがあり、残された人生に自分の被爆体験をどう活かせばいいのか、その答を探す機会でもあると考えたからである。

 3回の式典参加を通じて感じることは、この式典が慰霊式典であれば、厳粛な雰囲気のなかで執り行われる式典そのものに言うことはないが、平和祈念式典という一面では、私の心に今ひとつ響くものがないのである。
 今回だけではなく毎回そう感じるということは、式次第の一つ一つの中身は変わっているけれど式典そのものはちっとも変わっていない同じパターンで継続されているということに他ならない。
 何かが式典の雰囲気にそぐわない。いや何かが欠けている。そのことを私なりにずっと考えていた。

 式典で何時も感動するのは、被爆者代表の「平和への誓い」と児童の合唱である。一方、市長の平和宣言にしても、総理大臣の挨拶にしてもしかり、みんな原稿の棒読みだから、その決意の程が参加者の心に響いてこない。 慰霊の部分はしめやかに語りかけるのはいいとして、世界の恒久平和を訴える部分は、口調を変え抑揚ををつけながら熱く語りかけなければ、参加者だけでなくテレビ等視聴者の心に響かないのではないか。
 かって、さる総理大臣が答弁に対する質問に対し、「議事録が全てだ」と言い放ったことを記憶しているが、この式典では文章の中身の問題だけではないのではないかと思う。

 会場入り口の両サイドに被爆状況の写真が展示されているが、枚数も少なく、狭い通路だからゆっくり見れる状態ではない。
もっと展示数を増やし、ゆっくり閲覧できるようなスペースを確保するか、あるいは展示コーナーを入り口とは別の場所に設けるなど、被爆の様子を生々しく展示する等の工夫が足りないように思う。

 それともうひとつ、会場の雰囲気の問題あがる。
会場周辺は豊かな緑と近代的な建物に包まれ、焼け野原と化した被爆当時の惨状を思い浮かべさせる遺産が残されていないことである。わずかに浦上天主堂の建物の一部が移設されているが周りの緑に包み込まれて小さな存在に見えて、当時の惨状を連想するのは難しい。
 とりわけ平和記念像の背後には高層マンションが見え、祈念像そのものの存在が風化しているような印象さえ与えているのは残念である。しかもその屋上には、式典当日警備の警官が動き回る姿が終始目線に入り厳粛な雰囲気に水を差していた。

 総じていえることは、万事そつなく無難に終わらせたいという形式を重んじた官製の式典との印象が強い。もっと核兵器の恐ろしさをと核兵器の廃絶を全国民に訴え続けるような式典してほしいものだ。
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by matutaka31 | 2008-08-16 10:42 | Trackback | Comments(0)

被爆体験を語ることについて思うこと

 8月9日、「被爆63周年長崎原爆犠牲者慰霊平和記念式典」に参加した。
今年は、親子孫3代揃っての参加だった。
 孫はまだ小学4年生と幼稚園の子供だから式典参加は多分退屈するだろうと思い、いろんな写真や展示品を見せて視覚を通して原爆の恐ろしさを少しでも判ってもらえればいいと思って、原爆落下中心地から原爆資料館へと足を運んだ。

 特に幼稚園の子供がどの程度関心を示すか気になっていたが、「被爆当時の地層」を見て、“どうしてこんなところに茶碗があるの?”といきなり質問され、意表を突かれた思いがした。
そして原爆資料館の中に入ると、次々に、
原子爆弾ってなーに?
どうしてこんなになったの?
これはなーに?
もう矢継ぎ早の質問攻めに合い、それに答えるのに大忙しであった。

 そして極めつけは、出口に近いところにある世界の国別核保有数と核実験を示す地球儀のところで、“この国は何処?”と繰り返し、地球儀の上でその位置を一々説明させtられたことだった。 あまりの熱心さ?に、外人がその様子をカメラに収めていたが、彼らの目にはどのように映ったのだろうか。

  資料館の中で、女子高生にアンケートの記入を頼まれた。
「広島と長崎に原爆が投下された日時」を書く欄のところで、当然のことながら長崎は1945年、8月9日11時02分と書いたが、広島の欄には1945年8月6日までで、その先が書けない。
私は不意を突かれた感じがした。
 私がこの原爆資料館を訪れるのは3回目であるが、果たして子供達の目線を意識して見ていただろうか?、そして今、子供達の質問に判りやすく説明できるだろうか?今までただ漠然と子供の頃の記憶を辿りながら被爆の様子を見てきたが、自分の曖昧な知識や知らないことがあまりにも多すぎることを改めて思い知らされた。

 戦争を知らない、ましてや爆弾や兵器の恐ろしさを概念的には判っていても、何事もなく平和な時代に育った世代の人達に、どのようなことをどうゆうふうに語り継げばいいのか、考えれば考えるほど難しい課題だ。

 でも、8月6日と8月9日がどうゆう日か知らない子供が増えている現実、そうして一方では被爆体験を語れる人が年々少なくなり、もう間もなくそれを語れる人がこの世にいなくなってしまうことを考えると、この課題の重さを改めて考えさせられた一日であった。

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原爆資料館前で、記念撮影
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平和の積み木に自分の思いを書く孫達
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式典会場でこの鐘を合図に全員が黙祷をささげる

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by matutaka31 | 2008-08-10 23:16 | 思いのまま | Trackback | Comments(3)

多良岳とオオキツネノカミソリ

 8月6日、友人とオオキツネノカミソリの群生地で知られる多良岳(標高983m)に登った。
多良岳は佐賀県と長崎県にまたがる山で、古くから霊場としても知られる山である。久しぶりの山登りだ。
 丁度満開のオオキツネノカミソリの群生地は山頂に近い沢沿いにあった。
わずかな木漏れ日が射す雑木林の沢沿いに広がるオオキツネノカミソリのお花畑は、その広さと言い花の数と言いスケールの大きい見応えのある群生地であった。
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 私達は中山キャンプ場から登ったが、登山道はよく整備され、登りやすい山であった。石段も苦になるほどでもなく、頂上付近にある鎖場もそれ程きついものではない。
 途中オオキツネノカミソリを見ながらゆっくり登ったので2時間近くかかってしまったが、普通の行程では1時間10分程度で登れる山である。
 山頂はそよ風が吹き上げ、天然の低温倉庫にいるような冷涼感にしばし浸ることが出来た。
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 遠くに諫早湾干拓地が見えたが、テレビで見るとおり、水門を隔てた有明海側と干拓地側の水の色が極端に違うのを見ることが出来た。(写りが良くないが中央左側が有明海)
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by matutaka31 | 2008-08-07 16:23 | 思いのまま | Trackback | Comments(0)

暑い昼間の読書もいいものだ

 年をとると本を読むのが苦手になる、と言うことをよく耳にする。
私もその通りで、本を読み始めると眠くなり、活字を追うのが段々苦手になったように思う。
でも、果たして年をとると本を読むのが本当に苦手になるのだろうか。

 そうではないと思う。
本を読むのが苦手になったと言うのは、読まなくなったことの言い訳の一つであって、実は読んでみたいと思う本や記事、つまり関心をもてるものが少なくなっているからではないのか。言い換えると、読んでみたいと思う目的意識が少なくなっているかあるいは失せてしまっているからに違いないと思う。
 その証拠に、必要にせまられるもはちゃんと読みこなしているし、興味がある内容であれば知らず知らずのうちに引きずり込まれていることに気がつく。
要するに、目的意識と知りたいと思う「知識の吸収意欲」の問題だろう。

 先月、ある人から3冊の本を借りた。
さりげない会話の中で、ある人物の話題になったのがその本を借りるきっかけであった。
話題になった人物とは、「白洲次郎」である。
私は白洲次郎については断片的な知識しかなかったので、もう少し詳しく知りたいと思っていた。
借りた本は、「白洲次郎 占領を背負った男」と「下山事件」(最後の証言)ともう1冊である。

 白洲次郎と下山事件、いずれも同じ時代背景で、当然のごとく登場人物も重なるところが多く、下山事件に関係したとされる組織にかわりのある人物中に白洲次郎の名があるくらいだから、両方を関連させながら読んでいくと面白い。

白洲次郎については、一度じっくりその人物像に迫ってみたいと思っていたので、私は珍しく貪るように一気に読んでしまった。
勿論、「本を読むのは苦手だなー」と思うようなことはなかったし、読み始めた夜など夜中まで読みふけってしまったくらいだ。
そして読み終わったとき、私の体の中を爽やかな風が吹き抜けるのを感じた。

 「下山事件」は、思ったとおり重たい本だった。
下山事件は、私が中学生の頃の出来事で、当時大騒ぎになったことを覚えている。
この本を読むと、当時の政治・社会の闇の部分を垣間見ることが出来、下山事件の真相にせまるような興奮さえ覚える。

 最近本を読むのが億劫になっていた私だが、借りた3冊の本のお陰で、真夏の昼間アウトドアを避けて部屋を涼しくしての読書三昧は、忘れかけていた読書の大切さと面白さを、改めて思い出させてくれたように思う。
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by matutaka31 | 2008-08-03 23:09 | 思いのまま | Trackback | Comments(0)