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久しぶりの山登り

 今日は、先日来の寒波がうそのような穏やかな暖かい日になったので、久しぶりに山に登ってみたくなった。
 正月早々風邪で体調を少々崩していたので、慣らし運転のつもりで、近くの飯盛山(382m)に登ることにした。自宅から車を20分も走らせれば、もうそこは登山口である。
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 登山道の雪は、もうほとんど溶けていた。時折杉や活葉樹の小枝に積もった雪が、バサッと音を立てて散らばり落ちる。その雪の粉が木漏れ日にキラッ光る。山ならではの美しい光景だ。
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 標高382mといっても、意外に傾斜がきつい山である。
 頂上付近は、いたるところに補助ロープが張ってあって、それにつかまらないと登り辛いほどである。久しぶりだったせいか、心臓の鼓動が激しくなり、しばしば立ち止まって呼吸を整えなければならなかった。
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 頂上からの眺めはすばらしい。眼下に福岡市内を見下ろし、遠く宝満山、三郡山、若杉山を望み、目を北西に転じると志賀島,能古島島更に玄界灘が開ける。
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 山頂から見下ろす福岡市街は、一見静かな箱庭のように見えるが、この中に140万人の人たちが懸命に生きているのだと思うと、一転して躍動する街に見えてくる。
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by matutaka31 | 2009-01-28 21:54 | 思いのまま | Trackback | Comments(2)

邦楽演奏会

 今朝、友人から“邦楽演奏会に行かないか”と突然の電話。
邦楽?と我が耳を疑って聞き直す。
“そう、筝や尺八の・・・の邦楽”
 今まで思ったこともないことをいきなり耳元に突き付けられ、う~んと瞬間返事に詰まる。でも次の瞬間、今日は特別予定もないし、たまには未知の世界に飛び込むのも悪くないなーと思い、“行きましょう”の返事と相成った。

 会場の「福岡シンフォニーホール」に入ると、およそ7~8割は中・高年の女性だったのでチョッピリ場違いみたいな違和感を感じたが、席についてしまうと普通の音楽会と同じ雰囲気だ。

 オープニングは4人の筝(1人は17弦筝)と尺八のアンサンブル。曲目は「キャ二オン・ビユー」。

 生まれて始めて聴く生の邦楽演奏。普通の筝に17弦筝が加わり、今まで聴いたことのない筝の調べに尺八の音色が調和して、次第に私の気持を陶酔させていく。音楽の知識がないのでなんと表現していいのかわからないが、筝と尺八夫々の澄み切った音色、その音色が調和して遠くまで静かに響きわたるような深~い音、そして静かな峡谷の中に引き込まれていくような・・・そんな錯覚を覚える。

 続いて、筝と尺八、筝と三弦、尺八独奏、合わせて5曲の演奏を聞いたが、若者達がギターをエネルギッシュにかき回すような騒々しい耳ざわりな音は全くない。心静かに邦楽の世界に引き込まれるような不思議な感覚を経験した。

 最初は場違いと思った演奏会であったが、音楽音痴の私を、瞬間的とは言えどうやら邦楽の虜にしてしまったようだ。友人の突然の誘いは、私に未知の扉を開けてくれたようだ。感謝・感謝!
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by matutaka31 | 2009-01-27 22:20 | 思いのまま | Trackback | Comments(2)

雪の想い出

 福岡は昨日から珍しく大雪に見舞われた。
市内でも高速道路が閉鎖されるなど、交通機関にかなりの影響が出たようだ。
我が家のベランダも雪に覆われてしまった。
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今日も断続的に降る雪に、猫みたいにコタツではないが、家のなかに閉じこもる一日になってしまった。窓越しに雪化粧した景色を眺めていると、スキーや雪山登りの懐かしい想い出が、つい最近の出来事のように蘇ってきた。
 
●大学の教養課程で、体育実習の出席時間不足を補うため、2年連続して新潟県妙高高原スキー場にスキー合宿に出かけたのがきっかけで、スキーの病み付きになってしまったこと。

●まだ独身のころ、鳥取県の大山に雪山登山に出かけ、テントを張ってキャンプした夜、エアーマットに穴が開き、絆創膏で穴を塞いでもすぐまた空気が抜けてしまい、寒くてほとんど眠ることが出来なかったこと。

●札幌勤務時代、冬になると毎週のように、土曜日午後、日曜日午前と近くの三角山スキー場,藻岩山スキー場、手稲山スキー場へと出かけたスキー三昧の日々。

●福岡に住みついて、冬将軍お出ましを待つかのように、難所が滝へ4年連続して登っているが、今年もその時期到来とばかり心が弾む。
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by matutaka31 | 2009-01-25 22:47 | 思いのまま | Trackback | Comments(0)

柳川を歩く

 大寒の22日、近所の歩こう会のメンバー9名で、北原白秋を生んだ福岡県柳川市の名所・旧跡を訪ね歩いた。
 西鉄福岡駅から特急電車に乗ること46分で西鉄柳川駅に着く。
電車が筑後平野に入ると、辺り一面条状に生え揃った麦畑が広がる。車窓から飛び込んでくる風景は、日本農業の原風景を見るようで、農業の再生をイメージさせるもので、土から生まれ出るエネルギーと温もりを感じさせるものがあった。

 コタツ入りのドンコ船で約70分の川下りを楽しんだ後、白秋生家、松涛園を見物、その後はお堀沿いに白秋道路~壇一雄文学碑~日本の道路百選(水辺の散歩道)~高畑公園~三柱神社~西鉄柳川駅と歩き、水郷柳川の街歩きを存分に楽しんだ。
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 今までに2度柳川を訪れたことがあるが、いずれも川下りと柳川名物ウナギのせいろむし等の柳川名物料理に舌鼓を打ち、せいぜいお花見物をして帰っていたので、街中を歩くのは初めてであった。今回試みたお堀沿いのウオーキングコースは、天候にも恵まれ、街中と思えない静かでゆったりしたた雰囲気で、名所旧跡を巡りながらのんびり歩くことが出来た。

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今回は、西鉄が発行している特盛きっぷ(往復電車、川下り、食事、お花入園料、お土産つき)4,980円を利用したが、夫々個別に買い求めるより割安で便利なきっぷであったと思う。
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by matutaka31 | 2009-01-23 15:25 | 思いのまま | Trackback | Comments(2)

映画「私は貝になりたい」を観て

 先日、仲居正広主演の「私は貝になりたい」を観た。以前フランキー堺主演の映画を観ていたのでストーリーは承知していたが、改めて戦争の悲劇を見せ付けられ、心が傷む思いで劇場を後にした。
 戦争の悲劇という言葉だけでは語りつくせない出来事、軍隊と関係なく普通に暮らしていた男が、ある日突然戦争に加担せざるを得なくなった時代、そしてその軍隊教育によって生まれた悲劇、果たして今の若者に理解できるだろうか。
 ましてや、戦時下の日本とアメリカの価値観の違い、特に捕虜に対する考え方の違いは、戦前・戦中派の者には理解できるが、娯楽番組で埋め尽くされた時代育ちの若者達には、到底理解できないことであろう。

 しかし、過去日本が犯した過ち、そのために多くの尊い人の命が失われた事実を真正面から見つめ、2度と同じような悲劇を繰り返さないためにもこの映画の役割は大きいと思うので、是非若い人たちにも観てほしい映画である。
 
 もう一つ感じたことは、画面に展開される背景の美しさである。福澤監督が特にこだわったのは、「貝と海、美しい日本の風景・四季」だそうである。
 そのため、舞台の高知県の漁港とは関係なく、海岸は隠岐の国賀海岸、雪の里山は奥出雲を選んだそうである。海岸線にの美しさ、深い雪国、四季の移ろいを見事に演出しているが、その美しさがドラマの悲劇性を際立たせていたように思う。
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by matutaka31 | 2009-01-21 11:55 | 思いのまま | Trackback | Comments(0)

14年前の1月17日

 阪神大震災14年の報道を見ながら、つい先日であったたような生々しい震災の状況を思い出した。14年経った今、神戸にその爪痕を見ることは出来ないだろう。ましてや神戸市の人口の3分の1は震災後生まれたり転入下人たちだという。
 当時の悲惨な状況は何時までも語り継ぐべきだ、と思いながら当時の様子を記した社内報(神戸震災特集号)を開いて、改めて当時の被災状況を思い起こした次第である。

 当時私は、全国展開するサイロ・倉庫事業を営む会社の役員として、東灘にある神戸支店の震災状況の把握から施設復旧までの陣頭指揮を取った当時の一部始終を思い出し、感慨深いものがある。
 東京の本社にいた私が地震発生の報道を受けて最初に指示したのは、社員とその家族の安否である。 次に神戸支店の施設と保管貨物の被災状況の把握と同時に食料・医薬品等支援物資の緊急輸送であった。

 幸いにして社員とその家族全員が無事であることがその日の夕刻までに確認できたが、 現地の状況把握は、通信手段の麻痺により断片的にしか把握できない。一刻も早く現地に入り、陣頭指揮をしなくてはならないと思ったが、交通手段が麻痺しているだけでなく、現地のガスタンクからのガス漏れの危険のため、現地立ち入り禁止措置が取られたので、止む無く出発を1日ずらすことになった。

 やっとの思いで19日に大阪までたどり着いたものの、現地への交通手段がなかったので陸路の現地入りを諦め、翌20日工事用の船舶をチャーターして海路神戸を目指し、立ち入り禁止の監視の目を盗んで、強引に当社専用桟橋に降り立っことが出来たのは、3日目の20日早朝であった。

 上陸して、電話報告やテレビ等メデイア報道では想像もできない、被害の大きさに慄然としたことを今でも忘れられない。とにかく今までに見たことも聞いたこともない筆舌に尽くしがたい被害内容であった。私は、10歳の時長崎で原爆の被爆を経験したが、それに次ぐ自然災害の大きさと恐ろしさをまざまざと見せ付けられてしまった。

 私は現状を自分の目で確かめ、とるべき対策は何か、そして何を優先しなければならないかを判断してその場で対策を指示することが出来たと思っているし、そのことがその後の迅速な復旧につながったと確信している。

 一方、被災直後から始まった被災者への支援活動は、地元だけでなく全国から温かい支援の手が差し伸べられたのは、実に感動的であった。この支援活動により、どれだけ多くの被災者が助けられ勇気付けられたことか、決して忘れてはならないことである。私が退職後ささやかなボランテイア活動を続けられるのは、この時実感した感動が支えになっているのかもしれない。

 この大震災で得た経験は、その後各地で発生した同様な災害時の私の行動に活かされたことは言うまでもない。これからも同様な災害はどこかで必ず起きるものだと心得、常に防災意識を高めておかなければならないのである。神戸の震災に遭った人、そしてその復旧に携わった全ての人は、この記憶が風化しないよう、いろんな機会を通じて語り継ぐべきだと思う。
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by matutaka31 | 2009-01-17 22:20 | 思いのまま | Trackback | Comments(0)

菜園はもう春の装い

 今日は久しぶりに晴れ上がった。
このところ寒さと天候不良で菜園にいる時間が少なくなっていたので、久しぶりに畑作業を行った。風は冷たいが、青空の下で体を動かすのはいいものだ。
 昨年暮れに植えた玉ねぎ、空豆、グリーンピース、春菊、キャベツ等、この寒さに耐えながら、これからの成長に備えじっくりエネルギーを蓄えている様が、葉っぱの色にはっきり見て取れる。

 一方、雑草は一足早く、ほとんど寒さの影響を受けないような勢いでもうどんどん成長している。特に冬至を過ぎると日照時間が増えるためだろうか、その成長には目を見張るものがある。 いよいよ雑草との闘いが始まるのか、との印象強くした。

 そんな菜園に、一際悠然とのどかな雰囲気を醸し出しているのが、菜の花である。この菜の花、実は食用の菜花である。自家消費だからほんのわずかで足りるのに、作りすぎて旬の時期を過ぎて花が咲いてしまったと言う次第。

 この花、殺伐とした冬景色の中に元気一杯咲いて、春の使者として人の心を和ませている。刈り取ってもいいのだが、当分このままで、周りの人達に楽しんでもらうことにしよう。
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by matutaka31 | 2009-01-15 22:00 | 思いのまま | Trackback | Comments(0)

火事か?

 今日夕方、何気なく窓越しに目を向けると、西の空が真っ赤に燃えていた。
珍しい光景だと思って、急いでシャッターを押した。
パソコンに取り込んで開いた瞬間、火事か火山の噴火かと錯覚しそうな夕陽であった。
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by matutaka31 | 2009-01-14 21:33 | 思いのまま | Trackback | Comments(0)

離島で聞いた定額給付金の話

 11日、父の7回忌の法事で、博多から高速船で1時間ほどの離島へ行った。時折小雪が舞う寒い朝で、島内は人通りも少なく寒々とした風景が展開する。
バスの運行時間が合わないので、タクシーに乗った。

気さくな運転手さんに、最近の景気はどう?と問いかけると、
“イヤー悪いですね。我々の業界は、景気の影響をもろに受けますからね”

そうかねー、ここは農業と漁業が中心で大きな企業がないのだから、直接的な影響はあまりないのではないの?と問い返すと。
“農産物、漁獲物共に島外への移出が急激に減り、おまけに観光客まで少なくなってしまった。島民にはそうした動きが敏感に響くので、みんな財布の紐を締めていますよ”
“カネの動きが悪くなると、タクシーが一番先に影響を受けますからね”

そうだとすると、今度の12,000円の定額給付金は、みんな心待ちしているんじゃないの?支給されれば、少しは景気が良くなるんじゃないですか、と水を向けると、
“それは期待できませんね。何故なら、島の皆さんは、そこそこに小金を持っているんですよ。
明日の食事代に困るような人はいませんよ。 お金は持っているけど、さしあたり買いたいものもないし、これから先もっと景気が悪くなるだろうと心配になるので、じっと我慢しているんですよ”
“だから、給付金が出ても、みんな財布の中にしまいこむだけで、使う人は少ないでしょうね。みんなそう言っていますよ”

そうかね~とうなずくと、
“2兆円もあれば、もっと効果的な景気刺激策があるんじゃないですかね~”と逆に質問されてしまった。
 政府の国会答弁より、はるかに現実的な声を聞いたような気がする。
 定額一時金支給は、離島でも想像以上に不評のようであった。

今朝(13日)、朝日新聞は定額給付金についての世論調査結果を、次のように報じていた。
       配った方が良い28%、 止めた方が良い63%
       景気対策として有効だ18%、有効でない71%  
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by matutaka31 | 2009-01-13 14:57 | 思いのまま | Trackback | Comments(0)

間もなく7年目を迎えるパソコンクラブ

 かっての職場OB仲間で立ち上げたパソコンクラブが、もう間もなく7年目を迎えようとしている。このクラブの活動日は毎週土曜日。パソコンには慣れない素人集団であったので、自らを“スズメの学校”だと言い合った。全員が生徒で全員が先生だと。
 活動していることと言えば、パソコン活用術全般の習得とMLを通じた親睦を深めることである。

 1月10日は今年の活動初日。いい機会だから最近クラブに入った4人を対象にしたオリエンテーションを行う機会に、6年間を振り返って、設立の動機と目的、その後の経過、現在の運営内容等を、改めて参加者全員で確認し合った。6年も過ぎると、多くの出来事は忘却の彼方へ遠のいているので、たまには原点を振り返って、今の姿を見直す機会になったと思う。

 そのクラブが、6年を経過した今、それなりの運営ノウハウを積み上げ、当初想像できなかったほどのパソコンのレベルに達し、MLによる幅広い情報交換も盛んになるなど、活動基盤が次第に固まってきたように思われる。
 とは言え、その間いろんな問題に直面してきたのも事実である。中でも特筆すべき2つの節目を挙げてみよう。

 その一つは、インターネットを接続したパソコンを常設する場所の確保である。現在4台のPCとプリンターを常備しているが、この場所の確保は我々の活動の生命線である。これまで紆余曲折があり存続の危機に直面したこともあったが、現在その場所を提供していただいている会社のご厚意には感謝の極みである。

 次に、クラブ会員のPC操作技術レベルの違い、ならびにパソコンの活用の考え方の違いが大きいため、運営方法を巡って幾度となく行き詰まりそうになったことである。
 この会員間の技術と意識のギャップを埋めながら、なるべく大勢の方が楽しめる運営とはどんなものか試行錯誤の連続であったが、PC操作実力の差は今だけの問題ではなく永遠に付きまとうことで、それを承知で運営すればいいのであって、さほど問題ではないとの認識を共有することが出来たと思っている。

 こうしていろんな問題を都度乗り越えながら、ここまで続けることが出来たのは、クラブ会員の知恵と協力・努力の積み重ね、そしてその活動場所を提供していただいた会社のご支援の賜物に他ならない。
 ともあれ、お互いの考えや知恵を出し合いながら、会員の絆を深め合ってきた甲斐あって、第1期生はもう6年生になった。そして7月には中学生になる。

 今、最も大事なことと思うのは、今までに培ったノウハウを活用しながら、みんなが心を一つにして、日々、心豊かなパソコンライフを送ることが出来る素地を固めて行くことだと思っている。
 そしていつの日か全国に広がるOB仲間に、この触れ合いの輪が広がることを期待しつつ。

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1月10日今年の活動初日に集まったメンバー

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by matutaka31 | 2009-01-12 17:38 | 思いのまま | Trackback | Comments(2)