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健康ウォーキング

 昨日(27日)、地元公民館主催の史跡めぐりウォーキング大会に参加した。
 コースは元岡公民館→飯氏二塚古墳→舟つなぎ石→三界万霊塔→兜塚古墳→飯石神社→丸隈山古墳→伊覩神社→公民館の約8km。
 コースの案内役は、西区よかとこ案内人の松本昭紀・川島貞雄両氏。
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出発前、案内人の説明を聞く参加者

 コースに選ばれたこの福岡市西区周船寺一帯は、「魏志倭人伝」に記される古代国家「伊都国」が栄えた地の一部と伝えられ、遺跡の多い地区である。 (伊都国は現在の福岡県糸島市前原を中心に近隣の二丈町、志摩町、福岡市西区の一部まで含む糸島地方に存在したと考えられている)

 史跡・遺跡めぐりのウォーキングは、その存在を漠然と知っていても詳しいことはほとんど知らないので、案内人なしでは味気ないものになってしまう。
 案内人の簡潔な巧みな説明で変化に富んだウォーキングになり、これまで知らなかった地元の史跡・遺跡を改めて知る機会となった。

 飯石神社で案内人がこの神社の由来を説明した際、古事記の面白い一面を説明された。
 <一部引用>
「イザナギは黄泉の国の穢れを落とすため、禊を行い、左目を洗ったときに天照大御神(アマテラスオオミカミ)、右目を洗ったときに月読命(ツクヨミノミコト)、鼻を洗ったときに須佐之男命(スサノオノミコト)を産む。
これら三神は三貴子(みはしらのうずのみこ)と呼ばれ、神々の中で重要な位置をしめるのだが、月読命に関してはその誕生後の記述が一切ない。」

私は古事記をまともに読んだことがないのでそのうち読んでみようと思うが、果たして読み続ける気力が残っているかどうか?

 私がこれまで知らなかった遺跡を紹介しよう。
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<飯氏二塚古墳>
6世紀初頭~前半にかけて築かれた前方後円墳で、国指定。墳丘の大きさは全長約48m、高さ約5m、前方部の幅は約33mと推定されている。

  飯氏二塚古墳の説明に聞き入る参加者




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<舟つなぎ石>
昔、この辺まで海だったため、船を繋いだ石との言い伝えがある。別名夫婦岩とも言われている。
高さ約1,9m、幅約80cm、厚さ約60cm




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<三界万霊塔>
 江戸時代中期、享保17年(1732年)「享保の大飢饉」で、多くの農民が飢えに苦しみ多数の餓死者が出たという。
 福岡藩は救援米の放出をしたが、米倉に辿り着くまでに倒れた人が多かったと言う。
 その人達を供養するために村人が建てたと言い伝えられている。

b0008825_10205975.jpg    <兜塚古墳>
 5世紀後半に築かれた前方後円墳で、国指定。墳丘の大きさは全長約53m、後円部の高さ約6m、径約43m。
 後円部の頂上付近から平安時代の経筒が発見されており、高さ41cm、直径10cm、2枚の銅版を合わせて作られており、全国的にも類例が少ないという。
 古墳の説明に聞き入る参加者
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by matutaka31 | 2011-02-28 22:54 | 思いのまま | Trackback | Comments(14)

土筆採り

 2月には珍しい陽気に誘われ、昨日糸島市の山手方面に土筆採りに行った。
 みんな同じ思いとみえ、方々に土筆採りの人影が見られた。 
 まだ少し時期が早いのか、毎年行き慣れた場所ではほとんど取れなかったので、別の場所に行ってみた。
 イチゴの手入れをしていた農家のおじさんに聞いたところ、まだ時期が早いので、南向きの斜面を探せばいいよ、と親切に教えてくれた。
 教えられたとおり南側の日当たりの良い法面を探したところ、形は小さいけれどおじさんが言ったとおりかなり生えていた。
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 採るときは夢中になってしまうが、持ち帰って「はかま」取りが大変だから、家内と二人分くらいの量で止める事にした。
 この「はかま」取りは、根気がいる上、灰汁が強くて指先や爪の中まで色がついてしまうので、あまりやりたくない作業。
 特に女性は嫌がるので、あまりたくさん持ち帰らないほうが賢明。
 
 
 持ち帰って「はかま(節の周囲に輪生する葉)」を取り除き、茹でて灰汁をとり除き、我が家の季節の山菜料理「卵とじ」の出来上がり。
 ほろ苦い独特の味が、晩酌の焼酎のお湯割りの肴にもってこい。
 この時期、必ず2~3回は我が家の食卓に上がる、季節の旬の味の定席になっている。
(^^♪

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 土筆は所によっては食べる習慣がないところもあるようだが、ここ福岡では春の山菜料理として人気があり、この時期、スーパーにも1パック100円で売られている。


 
 実は子供のころ、私はこの土筆を食べた記憶がない。
 春になると「つくしの坊や」ともてはやしていた記憶があるが、我が家では食べる習慣はなかったと思う。
 その証拠に、あの終戦前後の食糧難のときでさえ食べた記憶がないから、・・・。
 それなのに何時のころからか食べるようになっていた。
 多分転勤族であちこち廻っているうち、子供達と野外に遊びに行くようになってからだろう。
 食習慣はそう簡単に変るものではないが、このような特殊な料理は何かのきっかけで、その家の定番になることはある。
 
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by matutaka31 | 2011-02-27 16:16 | 思いのまま | Trackback | Comments(12)

菜の花畑がなくなった

 あの黄色い絨毯の菜の花畑が見たくなって、糸島方面に車を走らせた。
 最近、菜の花畑をほとんど見かけなくなっていたので、無理かな~と思いながらも淡い期待を持ちながら、ハンドルを取られないように注意しながら目を皿のようにして探したけれど、目指す菜の花畑は残念ながら見つからなかった。
 菜種の国内自給率は、なんと0.04%だというから無理もない。
 国内の菜種生産量は、昭和30年代には30万トン台まであったものが、安い輸入菜種に押されて、今ではわずかに1,000トンに満たない有様だという。
 「菜の花畠に入り日薄れ~♪」あの懐かしい歌から思い起こす春の風物詩、黄色い絨毯の菜の花畑が広がる農村風景はもう見られないと思うと、一抹の寂しさがある。
 日本の農地は荒廃する一方なのに、あの美しい農村風景を取り戻す手立てはないものか。
 

 帰り道、通りかかった農家の畑に食用菜花が満開になっていた。
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 早速、この菜の花を素材にして、幼い頃の思い出の懐かしい曲「朧月夜」をBGMに入れて、ホームページの「季節の花」を更新することにした。
  「菜の花」
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by matutaka31 | 2011-02-23 22:54 | 思いのまま | Trackback | Comments(12)

空豆の手入れと春ジャガイモの植え付け

 ここ2~3日の陽気で、家庭菜園の作業が急に気ぜわしくなってきた。
 一番乗りは空豆の手入れ
 これまでじっと寒さに耐えて来た空豆が、一気に生長し始めたからだ。
 株の分けつも順調で、多いのは既に10本の側枝が出て、平均すると8本くらいになって日に日に伸びる勢い。
 この時期に必要な手入れは、追肥と土寄せ。

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 追肥は化成肥料(窒素8:燐酸8:加里8)を株周り施した。
 土寄せするのは、根元をしっかり支えて倒伏を防ぐのと、側枝に広がりをもたせて日照と風通しを良くして頑丈に育てる狙いがある。




次は春ジャガイモの植え付け
 この辺ではバレンタインデー前後が春ジャガイモ植え付けの適期とされている。
 しかし今年は寒さが厳しかったので、芽が出た後の遅霜の被害の恐れがあるので、何時もより10日ほど遅らせた。
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 植えた品種は男爵・メークイン・キタアカリ・ベニアカリの4品種。
 大きい根芋は3個に、中くらいのものは2個に夫々切り割りして、腐敗防止のため切り口に木灰をつけ、1日乾 燥させた。
 種ジャガイモは切り口を横乃至上に向けて植える。(ものの本には、切り口を下にして芽を上にして植えると書いてある)



 あれこれ品種を植えるのは、品種の違いを見る楽しみがあるから。
 昔はジャガイモと言えば男爵とメークインであったが、最近いろんな品種が出回り、夫々に収量・味に特徴があるので、夫々の違いをそれとなく比べてみる楽しさがある。
 家庭菜園ならではの楽しみとでも言おうか。

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by matutaka31 | 2011-02-22 22:03 | 思いのまま | Trackback | Comments(10)

都市高ウォーキング

 福岡市都市高速5号線が今月26日(土)開通するのを記念して今日、「都市高ウォーキング」として一般に開放された。
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 高速道路の様子やそこから見える景色は、運転しながらではじっくり見ることが出来ないので、この際と思い野芥~福重間往復5,6kmを歩いてみた。
 想像したとおり老若男女(特に家族連れ)が大勢詰めかけ、景色を眺めたり、写真を撮ったり、パネルを見たり、パトカー・特殊車に試乗したり・・・ウォーキングというより思いおもいに楽しんでいる歩行者天国の雰囲気であった。

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 この5号線の開通により、福岡市街地を囲む外環高速道路が完成することになり、市内の道路網が一段と整備され、更に福岡市西部の西九州自動車道から大宰府市の九州自動車道への走行時間が20分短縮されることになり、福岡市西区に住む私にとって待ち望んだ福音である。
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高速道路から見た風景 
室見川の向こうに市営地下鉄七隈線の車両基地、その奥に見える山は飯盛山

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by matutaka31 | 2011-02-20 18:32 | 思いのまま | Trackback | Comments(12)

サラリーマン川柳

 某生命保険会社恒例の「サラリーマン川柳」、応募総数26,686句の中から選ばれた優秀100句が公表された。
 これから一般のファン投票でベスト10が選ばれるという。
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 私は川柳を読むのは好きだが、あれこれ文言を考えるのが面倒だし、そんなセンスも持ち合わせないから、俳句だとか川柳を自ら作ろうとは思わない。
 今年の優秀100句を見ると、なかなかの名作・迷作ありで、読んでいると面白い。
 その中から、私が選んだお気に入りの1句
「久しぶり~ 名が出ないまま じゃあまたね~」
 この句を見た途端、自分の今と重なり、思わずニヤリ(^。^)

優秀100句               23回第1位作品
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by matutaka31 | 2011-02-18 21:58 | 思いのまま | Trackback | Comments(10)

日本一周の旅

 昨年11月26日福岡を出発して、徒歩による日本一周の旅に出た。
 と言っても、ブログ友のdojyou38さんに教えて頂いた、インターネットバーチャルの世界。

 ただ今日本海側を北上中で、年末年始に体調を崩して一休みしたものの、毎日歩き続けること82日、昨日までに歩いた距離は388km、一日平均4,73km。

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 昨日「出雲大社」を過ぎたところだが、日本一周の目標を掲げてからは、不思議に元気が出たようで天候の如何にかかわらず毎日歩き続け、一日4~5kmとそれまでよりやや長い距離を歩いている。
 「出雲大社」は、縁結びの神・福の神としてよく知られているが、最近ではパワースポットとして若者に人気の場所でもある。
 私には縁結びの神様はお呼びでないので、パワースポットの側でパワーをいただきながら、そっとやり過ごして次のポイント松江に向かっている。

 日本一周完歩まで残り8,567km、これまでと同じペースで一日平均4,73km歩いたとして、ゴールは約5年後になる。
 完歩するまで死ぬわけにはいかない、頑張って歩こう!
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by matutaka31 | 2011-02-17 10:16 | 思いのまま | Trackback | Comments(12)

オーケストラ

 先日本当に久しぶりにオーケストラの演奏会に行った。
 最近クラシック音楽を聴くことは、テレビで見る以外、めっきりと言うよりほとんどなくなっていたので、最後に行った演奏会は何時だったか思い出せない程久しぶりの演奏会だった。

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「フィルハーモニア福岡」の創立10周年記念演奏会。
演奏曲目:  モーツワルト交響曲第36番「リンツ」
         ハイドン交響曲第94番「驚愕」
         ベートベン交響曲第5番「運命」
会場:アクロス福岡 シンフォニーホール
         固定席1,867席が満席の盛況


 若い頃はよく演奏会に出かけもし、レコードを買っては家で聴いたりしたものだが、今ではアウトドアー中心の生活のためか、すっかりクラシック音楽とは縁がなくなりレコードもプレーヤーも処分してしまった。
 でもアウトドアー活動が鈍るこの時期や梅雨時等、思い出したようにクラシックを聴きたくなりテレビ演奏を見ることがある。
 最近街中で演奏会の広告を見たり話を聞く度に、生の演奏会に行ってみたい思いが募っていた所に、ふとしたきっかけでその機会に恵まれた。
 「フィルハーモニア福岡」は創立10年の若いオーケストラで、料金も全席自由席で千円と手頃で、しかも直前でもチケットが手に入る演奏会だったのが、私みたいな素人でも気軽に入場できる機会に恵まれたというわけ。

 私はクラシック音楽を批評するような知識も何もないが、演奏を聴いていると、自分が勝手に想像する世界に引き込まれ、現実の生活を忘れてしまう、・・・そんな不思議な魅力を感じる。
 日頃は自然相手の趣味に明け暮れしている人間だが、たまには音楽の世界で命の洗濯をするのも悪くないと思えた演奏会であった。
 またの機会が楽しみだ。

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by matutaka31 | 2011-02-14 23:01 | 思いのまま | Trackback | Comments(12)

血管年齢

 「足は第2の心臓」をテーマに、福岡市で日本フットケア学会が開かれたのを機に、市民向け公開講座が市内「アクロス イベントホール」で開かれた。
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 私も気になることがあったので、「足の検査と相談コーナー」に行ってみた。
 足の心配ごとを抱えている人が如何に多いかを物語るように、場内は老若男女でごった返していた。

 私が気になるのは、昨年12月に血管年齢を測定したところ、なんと推定90歳と異常に高いショッキングな結果が出たこと。
 測定は両腕・両足首の血圧を同時に計って、血管の硬さと足の血管の詰まりを推定する方法である。
 その測定結果を見ると特に足首の血圧が高いので、この足首の血圧を何らかの方法(例えば運動等)で下げる方法はないものか、と言う相談であった。

 結果は、腕・足首共に血圧が標準より高いので、「降圧剤を服用するしか方法はない」であった。
 今までなるべく降圧剤を服用せず、生活習慣で血圧を低位安定させる努力をしてきたつもりであったが、どうやら限界点にきているようである。
 あまり無理をせず素直に降圧剤を服用するのが、身のため、家族のためだと気持ちの整理が出来た一日であった。
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by matutaka31 | 2011-02-13 22:54 | 思いのまま | Trackback | Comments(10)

亡き父の一言

 この時期、なぜか思い出す、亡き父の一言
 終戦直後の昭和20年夏(もう66年も前のこと)、国内に収容されていた連合軍の捕虜が帰国のため、臨時列車で長崎に集結したときがあった。
 鉄道沿線に住んでいた私たちは、その臨時列車が通るのを線路沿いに待ちうけ、一斉に手を振る。
 そして車窓から投げられるキャンディーやチュウインガム、砂糖等いろんな食べ物を争って拾う。
 最近テレビで放映される、開発途上国でよく見られる光景と同じこと。
 
 当時は極端な食糧難でお菓子等嗜好品はめったに手に入らない時期だから、子供たちは争ってそれを拾い集める。
 惜しげもなくどんどん投げる彼らの思いは何であったか、子供の私達に推し量ることが出来るはずもない。
 あるとき小箱に入った砂糖を、喜んでもらえると思って、得意顔(戦利品のつもり)で家に持ち帰ったときのこと。
 それを見た父が凄い剣幕で怒った。
 そんなものを拾って来るなっ!捕虜たちはお前達が拾うのを写真に撮っているんだぞ” 
 当時10歳だった私には、思いもしなかった一言だった。
 
 その後、そのことについて父と話をした記憶はないが、軍人上がりの父の気持ちは「戦争に負けたとはいえ、賎しいことはするな。日本人の魂・心は捨てるな・・・」と言いたかったのだと思う。
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by matutaka31 | 2011-02-12 11:06 | 思いのまま | Trackback | Comments(8)