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天神ガイドウォーカー

 知らなかった天神の魅力を感じるプチ旅、「天神ガイドウォーカー」に、先週、地元歩こう会のメンバー10名で参加した。
 
 福岡市の中心街天神について、私が知っているのは表通りの一部だけで、一歩中に入ると意外と知らないことが多い。特に歴史的なものはほとんど知らない。
 月1回の歩こう会の6月行事は、梅雨時の雨をあまり気にしなくて済むウォーキングコース選び、ついでに天神界隈をもっと知ろうと思い立った次第。

 この「天神ガイドウォーカー」は3コース設けられているが、今回我々が参加したのは、その一つ 「天神パワースポット巡礼コース」。
 コースは、①福岡市観光案内所(天神)→②警固神社→③新天町商店街→④神屋宗湛茶室跡→⑤赤銅御殿の赤レンガ→⑥関帝廟→⑦少林寺→⑧勝立寺・・・の7箇所。

その一部を記録に留めて置こう。
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②神功皇后による三韓征伐の際、皇后の船団を守護し勝利に導いた警固大神を祀ったという「警固神社」
 天神のビル群に囲まれた大楠の緑豊な境内は、喧騒を離れた憩いの場所として史tが親しまれている。

④信長死後に天下人となった豊臣秀吉に気に入られ、豪商としての特権を与えられて以後は博多商人の第一人者として栄華を極めた神屋宗湛の茶室跡

⑤筑豊の炭鉱王と言われた伊藤伝右衛門の天神にあった別邸・赤銅御殿(あかがねごてん)の赤煉瓦の一部。余程注意しないと見逃してしまう。
 白蓮のために大改装したが、完成したのは離婚劇以後のことで、白蓮はこの豪邸に住むことはなかったという。
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⑦福岡藩初代藩主・黒田長政の夫人である栄姫の遺髪を埋葬して菩提所となった少林寺。山号も栄姫の法名である大涼院にちなんで大涼山と改められた。
 福岡藩3代藩主・黒田光之の子である黒田綱之の墓塔がある。

 初代藩主・黒田長政墓は崇福寺、なのに夫人の墓は少林寺。三代藩主黒田光之の墓は東長寺、なのにその子綱之の墓は少林寺にある。
 その辺の事情をもっと知りたかったが、時間が少なくて出来なかったので、別の機会に尋ねてみようと思っている。また、山門を入って左側に月形家の墓石があり、幕末の福岡藩士・月形洗蔵もここに葬られている。

 私は福岡市に移り住んで15年になるが、このコースのうち警固神社→新天町商店街以外は全くはじめての見聞であった。どうやら他の人もそうだったみたいだから、このコースを選んだのはま~ま~良かったことにしよう。

 案内人の巧妙な説明を聞きながら、急ぎ足で巡回するこのウォーキング企画、狙いは良いがもう少し時間がほしい。何しろ疑問に思っても質問する時間的余裕がない。
 多分いちいち質問に答えていたら、計画時間内に終えることは出来なくなるし、中にはある程度知っている人もいるだろうから止むを得ないことである。
 でも少林寺の黒田藩のお墓の件については、もう少し詳しく知りたいので、後日日を改めて訪ねることにしよう。
 この日は暑い日でしかも人混みの中のウォーキングだったせいか、正味2時間のウオーキングにしてはすごく疲れた。
 今回は梅雨時の企画だから止むを得ないが、やはりウォーキングは自然歩道に限る。7月は涼しい自然歩道を歩くことにしよう。
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by matutaka31 | 2011-06-30 15:31 | 思いのまま | Trackback | Comments(6)

富山県を過ぎて糸魚川市に

 昨年11月26福岡を出発したバーチャル日本一周あるこう会、丸7ヶ月経った今日6月27日、新潟県糸魚川市に辿りつく予定だ。
 その間213日、歩いた距離は1096km、一日当たり平均約5km歩いたことになる。
 日本一周するには、残り7859kmあり、今までのペースで歩いたとして後4年3ヶ月かかる計算になるので、健康管理に心を配りながら、想い出や新たな発見を楽しみながらウォーキングを続けたいと思っている。

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 富山県は素通りした感があるが、実は想い出多い場所がある。立山黒部アルペンルートだ。
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 19年前の夏、東京から高速道路を走り宇奈月温泉に1泊、翌日トロッコ列車に乗って一路黒部ダムへ。
 その途中の景観の素晴らしかったことが印象に残っている。
 アルペンルートの最高所「室堂」での散策も素晴らしかった。
 そして目的の黒4ダムに到着、そのスケールの大きさに圧倒される。
 その後、扇沢を経て安曇野で一泊、今NHK朝ドラ「おひさま」の舞台になっているところ。
 後に石原裕次郎の「黒部の太陽」を見て、改めて感動した記憶が甦る。

 明日から、しばらく南下して善光寺の長野を経て、いよいよ新潟県を北上する。
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 長野・新潟共に、色々想い出に残る場所や出来事が沢山ある。苦い想い出は捨て去り、楽しかった想い出を辿りながら、新たな発見を夢見つつ信濃・越後路を歩くことにしよう。 
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by matutaka31 | 2011-06-27 15:07 | 思いのまま | Trackback | Comments(10)

芋ジージの独り言

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 昨日、梅雨の晴れ間に、さつま芋苗をやっと植え終えた。
 今年は苗の育ちが悪いうえ雨が多くて、一気に植えることが出来なかった。
 昨年収穫した芋を保存しておいた種芋を3月に伏せこみ、育てた自作の苗150本と市販(1本32円)の苗30本あわせて約180本。

 終戦前後(昭和20年前後)の食糧事情を体験した人にとって、このさつま芋、数々の思いがこもっていることだろう。苦いそして懐かしい・・・想い出が。
 当時私は、長崎県長与国民学校4・5年生のころ。
 空襲が激しくなる中、学校から鍬を担いで大村湾を一望できる原野の開墾に連れて行かれた。
 大村飛行場が敵機の爆撃を受ける、それを迎え撃つ日本軍、・・・そんな光景を遠くに見ながらせっせと開墾した記憶がある。さつま芋を植えるために。
 家にいる時は、長崎市を一望できる高台の一角を借りて開墾した畑に、母親に連れられさつま芋作りの手伝い。そこでは母が必死でさつま芋を作る姿を見て育った。だからさつま芋作りはお手のものだ。

 何しろ、身近にある食べ物と言えば、さつま芋。それも潤沢ではない。出来るだけ自ら増産しないと空腹地獄が待っているので、勉強そこのけで子供ながらに必死だった。

 さつま芋、それは私の命綱そのもので、オヤツ感覚は今もって無い。芋ご飯が主食の食卓・弁当のお芋・・・等々当時の食糧事情を克明に思い出させる、語り部そのものだ。 

 自家消費だけだと50本も植えれば十分なのに、何故そんなに沢山・・・? 
 私にとってさつま芋は、子供の頃の大切な思いが一杯詰まった大地の恵みそのもの。
 そんな大地の恵みを可能な限りおすそ分けしたくなる。
 遠くに住む子供たちや近くの親戚に、ご近所さんに、そして親しい人たちに。
 また、気のおけない仲間・知人達と芋掘りを楽しむ。
 もう一つ大切なことが・・・。子供の頃お世話になった長崎の大家さん親子に、当時の感謝とお詫びの気持を送り届ける。


 育てる楽しさ、収穫の喜び・・・そのうえ贈った人や芋掘りを楽しむ皆さんの笑顔を見るのが何よりも嬉しい。
 だから、畑を借りられる間は、何時までも作り続ける。
 

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by matutaka31 | 2011-06-25 10:33 | 思いのまま | Trackback | Comments(8)

初夏の風

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今朝6時30分、車で家を出た。目的地は某CC。
この時期、雨の日のドライブは鬱陶しいが、今朝は久しぶりの晴天で爽快。
 糸島峠にかかる頃、カーラジオから「歌の無い歌謡曲」が流れてくる。軽快なメロディーに乗せられ、ハンドルさばきも軽やか。

 峠までの上り坂に差し掛かると、視界に入るのは全て鮮やかな新緑。
 カーブを曲がると正面から朝日が差し込み、まぶしいが心地よい。
 次のカーブに差し掛かると、両端に生い茂った木立から木漏れ日が降り注ぐ。
 窓を全開にすると、爽やかな風が車内を吹き抜ける。
 朝の新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込む、まさに走りながら森林浴だ。


 昨日の朝日新聞「天声人語」で読んだ、詩人川上澄生の「初夏(はつなつ)の風」の1節がふと脳裏をよぎる。「かぜとなりたや はつなつのかぜとなりたや・・・・」 

 峠を越えると、山間の集落の家々には、紫陽花・グラジオラス・タチアオイなどの梅雨時ならではの花が咲き誇っている。
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 とりわけ私の関心を引くのは、タチアオイ。私の好きな花の一つ。
 凛とした佇まいに原色鮮やかな花の形に、何故か心がひかれる。
 その「タチアオイ」、「梅雨に入ると花が下から咲き始め、頂点の蕾が咲き終るころには梅雨が明ける」という先人の言い伝えがあり、梅雨葵の別名がある。b0008825_1722228.jpg

 今年のこの花の咲き具合は、もうかなり上まで咲き上がっているので、先人の言い伝えだと、今年の梅雨明けは案外早いかもしれない。

 

初夏の風に洗われた今日一日、心身ともに爽快であっただけに、スコアーはまずまずなんてことを言うようだと罰が当たるかも知れない。
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by matutaka31 | 2011-06-23 16:07 | 思いのまま | Trackback | Comments(8)

父の日に戦没者合同追悼式参加

 父の日に、福岡市民会館で行われた市主催「戦没者合同追悼式」に参加した。
 この追悼式は、多くの犠牲者を出した福岡大空襲があった6月19日に毎年行われるので、この日がたまたま父の日と重なっただけのこと。
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 毎年父の日に、遠くにいる子供達がプレゼントを贈ってくれる。
 今年は、涼しげな夏用のシャツが届いた。
 そろそろ新しいのが欲しいな~と思っていた矢先のプレゼント。
 嬉しい! 
 何時も気にかけてくれる子供達に、心配や苦労をかけないよう何時までも健康でなくてはいけない・・・そう考える昨今である。

 そんな父の日に福岡市「戦没者合同追悼式」に、初めて出席した。
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 戦争について若い世代に語り継ぎ、戦没者、戦災・引き揚げ死没者を追悼すると共に平和を願う気持ちを新たにするため、と福岡市が昭和45年から毎年福岡大空襲があった6月19日に行っている。

 私は、被爆体験を風化させない活動の具体的行動の一つとして、福岡市原爆被害者の皆さんと行動を共にした。

 式は何時もと同じだったようだが、高齢化が進むにつれ、参加者が年々少なくなるという。
 当初考えられた「戦争について若い世代に語り継ぎ、・・・」というねらいは、このような年一度の行事では果たせるわけがなく、年々減り続ける参加者のこの追悼式は、戦争が風化している現代社会の象徴のようにも思える。

 帰りに通った天神街は、いつもと変わりなく若者で賑わっていた。

 戦争や原爆について、若い人、いや自分の子供や孫たちに、これからどのように語り継げばいいのか、またどう向き合ったらいいのか、自身のこれからの生き方を改めて考えさせられた父の日であった。
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by matutaka31 | 2011-06-20 09:13 | 思いのまま | Trackback | Comments(8)

トマトが色付きはじめた

 菜園で今年初めて植えた「フルーツトマト」が色付き始めた。
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 我が菜園では、この「フルーツトマト」以外に、大玉の桃太郎、中玉のフルティカ、それにミニトマト2品種、合せて5品種20本余りが元気よく育っている。
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 「トマトが赤くなると医者が青くなる」という諺があるほど、トマトは健康によい野菜、とりわけ抗酸化作用がある「リコピン」の含有量が多いことでも知られ、老化を防ぐ作用や、肌や皮膚を若々しく保つ美容作用、がん予防に効果があるなど、日本人に馴染み深い野菜の一つである。

 ウォーキングの途中、多くの家庭菜園や庭先に植えたトマトを、必ずと言っていいほど見かける。
 まだ目にしたことはないが、最近ではマンションのベランダでプランター栽培している人も多いようだ。
 それほど多くの人たちが手軽に作れるトマト、苗が育つにつれ黄色い花が咲き、小さな青い実が生り、日に日に大きくなるのを見守るのが楽しい。
 
 苗が育つとやがて黄色い花が咲き、青い小さな実が生る。
 その頃になると、「何時になったら赤く色付くのだろうか」、そして色付き始めると「何時ごろ食べられるだろうか」、「味はどうだろうか」と、どんどん期待が膨らむ。

 そして待ちに待った収穫。
 その色艶の良さと真っ青なヘタがピーンと伸びている様は、自家生産ならではの新鮮そのもの。
 一口食べたその食感はどうであれ、自分の手で造り出した独特な味であり、スーパー等で買ったトマトでは味わえない感激と満足感がある。
 たまにはもぎたてのトマトを、ヘタの部分を持って丸かじり出来るのも自家生産の特権である。


 我が菜園のトマト、間もなく食卓への出番が来る。
 また畑の作業の合間、水分補給代わりに、もぎたてトマトの丸かじりを楽しむ暑い日ももう間近である。
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by matutaka31 | 2011-06-18 17:37 | 思いのまま | Trackback | Comments(10)

携帯電話を失くした人との不思議な出会い

 日本の2人以上の世帯における携帯電話の普及率は、総務省統計局によると約93%。携帯にまつわる事故もさぞ多いことだろう。
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 今日の午後、「原爆被害者の会」のホームページ更新作業を終えての帰り道、地下鉄のホームで電車を待つ間、携帯の受信メールを読み直していると「時間があたっらちょっとお願いがあるのですが・・・」と声をかけられた。
 振り返ると後ろのベンチに大きな荷物を置いて、小さい子供をベビーカーに乗せたお母さんが、なにやら困った様子。
 事情を聞くと、携帯が見あたらないので、(何処か荷物の中に紛れ込んでいるかも知れないので)、私の携帯で呼び出してみて欲しい、とのこと。 
 言われた番号で呼び出すが、反応が無い。
 家に置き忘れたか、途中で何処かに置き忘れたのか、落ち着いて思い出してみてくださいと言葉を続けた。

 駅までタクシーで来たので、多分その車の中に置き忘れたのでは・・・と心当たりありげで、 タクシーのレシートを頼りに私の携帯でタクシー会社に問い合わせられたが、見当たらないと返事。
 今から博多駅で待ち合わせ予定だけど、相手と連絡が取れなくなって困ったと言いながら、それより個人情報が心配と切羽詰った様子。
 私も似たような経験があるので何とかしてあげたいが、とっさに妙案が浮かばない。
 そうこうするうち、私が乗る電車が来たが放置することも出来ず、やり過ごしてもう一度その方の携帯に電話する。
 やはり反応が無い・・・そうこうしているうち、私の携帯に反応が・・・。
 早速その方に電話を渡して聞いてもらう。
 拾った人からである。
 どうやらタクシーを降りたとき落としたらしい、とのこと。
 その場所も分った瞬間、その安堵した表情が印象的であった。
 私は、その親子が無事来福の目的が果たせるよう、祈りつつ見送った。

 もし私が携帯を使っていなかったら、多分その方は私に声をかけなかったであろう。
 また、私がその親子をそのままにして電車に乗ってしまったら、拾った人からの電話をそのお母さんに受け継ぐことが出来なかったに違いない。 先の電車を見送ったのが幸いした。

 電車が来るまでの間の会話で分かったことだが、その方は福島原発による放射能被曝から子供を守るため、東京から福岡に移住しようかと思って下調べに来たとのこと。
 被爆体験を語り継ぐボランティアの帰り道、被曝を逃れようと来福した人を助けることになった、不思議な出会いであった。

 
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by matutaka31 | 2011-06-16 17:43 | 思いのまま | Trackback | Comments(17)

長崎の被爆稲を作り続ける

 当地では今、方々で普通作稲の田植え風景が見られる。
 そして我が家の庭には、今年で被爆66年目を迎える被爆稲のミニ苗代が。
 我が家で育つのは6年目。もうすぐ田植え(ポットに移植)する。
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被爆稲の苗
 
 先日、山口県上関町 瀬戸内海の離島「祝島」に住む方から、突然メールをいただいた。私のホームページ「被爆体験を風化させてはいけない」をご覧いただいたのだろう。 
 千葉県の方から長崎の被爆イネの伝承仲間になるように誘われて、現在は苗立て中とのこと。
 メールには「核の平和利用が詭弁であることは、原発事故で住民が被曝しても「平和な被爆」として被曝者が何世代も遺伝子病などを強いられることは容認できない。
 原水爆禁止と原発反対は同義だと私は思って、本当に遅ればせながらではありますが被爆イネの栽培に参加させてもたいます。」
と熱っぽく綴ってあった。

 これまで多くの方から励ましや支援の便りをいただいたが、6年目にして初めて、被爆稲を作り続ける仲間に出会った。
 日本が世界で唯一の被爆国であることすら忘れ去られようとしているこの時期、長崎の被爆稲を作り始めた人との出会いは、私のこれからの「被爆体験を風化させない」活動に大きな勇気とパワーをさずけていただくことになるだろう。

 私が作る66年目の被爆稲、祝島の方にいただいたパワーで、今年も順調に育つだろう。そう願いつつ目前に迫った田植え(ポットへの移植)を待つ。
 そして「戦争・被爆体験を語り継ごう」に一人でも多くの意見が寄せられ、一人でも多くの人に語り継がれることを願いつつ。

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by matutaka31 | 2011-06-14 10:10 | 思いのまま | Trackback | Comments(9)

お寺の境内を散策

 先週、ある団体のボランティア活動のあと、福岡市御供所町界隈、東長寺、聖福寺境内を散策。
 この界隈は、博多駅近くの市の中心街でありながら、一歩境内に踏み入れると緑に覆われた静かな空間があり、時代をタイムスリップしたような雰囲気が漂う。
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 いずれのお寺もこれまで何回か訪れていたが、ただぼんやりと見物していたので、その由緒はほとんど無知に等しかった。
 その日は梅雨の晴れ間の午後ということもあって、何人かの人が思い思いに建物や説明書を確かめながら、熱心に見学していた。

 同行者が多いと通り一遍の見学に終わってしまうが、探究心旺盛な人と時間を気にしないで観てまわると、今まで見えなかったものが見え、知らなかったことが明らかになる等、意外な発見が多く楽しい散策になる。

側にいた人が、建造されたばかり五重塔を見て、「何故五重塔なんだろう」、「密教とは?密教と真言宗の関係は?」、「黒田家の墓がこの東長寺と同じ市内の宗福寺に分されているのは何故」・・・等々日頃余り考えたことのない疑問がとびだす。
 何気ない疑問を出されると、今までの漠然とした知識では、恥ずかしくなるくらい全然答えられない。
 でも、ボヤーっと見てまわるよりず~っと楽しい。


 お寺の人や、修行中の若い女性に色々尋ねる。
 「密教は真言宗そのものです」と端的な答えが返ってきた。納得!
 その後、大仏様のこと等いろんなことを丁寧に教えていただいた。
 聞きそびれた疑問は、後でネットで調べることにしてその場をお暇する。
 締めくくりは、地獄の世界覗き。圧巻!

 聖福寺では、5時過ぎになって「拝観謝絶」の立て札にさえぎられ、残念ながら境内散策に終わってしまった。
 同じような疑問や共通する話題を話しながらの散策は、時間が経つのも忘れてしまい、そのうえ不思議に疲れも感じない。
 答えを出せなかった疑問について、ネットで答えを探すのもまた楽しい。


 
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by matutaka31 | 2011-06-12 10:46 | Trackback | Comments(8)

絶好のゴルフシーズン

 本当に久しぶりのゴルフプレイ。
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 フェアウエイは、緑の絨毯を敷き詰めたように刈り込まれ、周りの木々は新緑に衣替えしている。
 入梅したとは言え、本格的な雨にはならず、心地よい風が谷間を吹きぬけ、快適なコンデイションでプレイできた。
 
 久しぶりだから大叩きをしないよう、せめて100をきるようにしようと思ったがどっこいそうはいかなかった。
 飛距離はほとんど変らないと思うが、アプローチとパットの距離感が合わないのに閉口した。
 アプローチがグリーンオーバーしてバンカーへ。 返しのバンカーショットがグリーンをオーバー・・・。
 やっとのことでグリーンへ上がったと思うと、その後2~3パット・・・。とまあこんな調子で、鳥(トリ)を3つもとってしまった。
 スコアーがまとまるわけが無い。

   「簡単と 思えどグリーンを 右ひだり」
   「かっこつけ ライン読んでも 大ショート」

 それでもグリーン上をのびのび歩けるゴルフは、やはり素晴らしい。
 カート利用にもかかわらず約12千歩歩いたので、如何にあちこち道草を喰ったかが分かるというもの。でも通常のウォーキングではこんなに歩けない、と言えば負け惜しみそのものに聞こえるが・・・。
 高いプレイ代を払って、単なるウォーキングと比較では割りに会わないので、・・・。

   「年老いて まだまだ飛ぶは 夢の中」
     (ゴルフ川柳は、インターネットより引用)
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by matutaka31 | 2011-06-10 16:42 | 思いのまま | Trackback | Comments(8)