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日本一周の旅

今月は、少々ペースダウンしてしまった。
そのため、先月まで維持していた一日平均5kmが、4,9kmになった。
なんとか月末には秋田県に入りたいと思っていたのだが、今日現在、やっと酒田の手前16kmの地点まで到達した。
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酒田といえば、最上川を思い出す。
「五月雨をあつめて早し最上川 」と松尾芭蕉が詠んだ、あの有名な最上川。
山形を訪れるたびに一度「最上川下り」をしたいと思ったが、ついに果たせなかった。

でも、私は民謡「最上川舟唄」のいい想い出がある。
庄内の人たちは、宴席では必ずと言っていいほどこの歌を歌う。
多くの人達がこの歌を歌いこなすのは、最上川がこの地方のひとたちと如何に結びつきが強いかが伺われる。
私も、この民謡に聞きほれているうち、ついいい気分になってしまった思い出がある。
何時の日か酒田を訪れる機会があったら、川下りをした後、美味しいお酒を飲みながら生の最上川舟唄を聞きたいと思う。
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by matutaka31 | 2011-10-31 21:52 | 思いのまま | Trackback | Comments(8)

食べごろが近づく秋野菜

 種蒔き時期に雨が降らず気温も乱高下を繰り返した今年、秋野菜のの出来具合がどうなることかと気をもんだが、そんな杞憂も我関せずとばかり、わが菜園の秋野菜は元気良く育っている。
 でも春菊と小松菜は、雨の少ない時期と重なり発芽不良にななって蒔き直したが、生育の遅れを取り戻せるかどうか気になる。
 お陰さまで、緑黄野菜がなくてはならない我が家の食材を賄うには十分すぎるほどの出来具合だから、ご近所さんにも喜んでいただけると思っている。

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ワサビ菜
生のまま噛むと、ピリッとワサビに似た味が・・・
サシミのつまに、サラダの彩りにによく似合う




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水菜
サラダに良し、汁物・鍋物に良し
癖ががなくさっぱりした味





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白菜
なんと言ってもこの時期の菜っ葉ものの王者の貫禄十分
鍋物に良し、漬物にに良し、この時期無くてはならない野菜
でも、胡椒に弱い私のこと、キムチを作ることはない


b0008825_222287.jpg大根
生でも、干物でも、漬物でも、どんな方法でも美味しくいただける
こんなに利用範囲が広い野菜は少ない
わが菜園では、時期をずらし、3回種を蒔く。そろそろ3回目の種蒔きをしよう



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サニーレタス
サラダにも良いが、これで焼肉を巻いて食べると最高!





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カブ
薄く輪切りにして三杯酢でいただくのが最高!
煮ると、とろけるような柔らかさになる




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ほうれん草
酸性土壌を極端に嫌うので、これを作るのは意外と難しい。
寒がしまると、一気に味が美味しくなる
霜を受けた後の、根っこの部分は絶品



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ターサイ
形が崩れにくいので、煮物、油炒めに最適
チンゲンサイより食べ易いとの評判(我が家だけ?)



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ブロッコリー
キャベツと同様、これから青虫との戦場と化す
葉っぱがレース編み状態になるのは、時間の問題か!
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by matutaka31 | 2011-10-28 22:50 | 思いのまま | Trackback | Comments(10)

末期癌の治療を見つめて

 7月初めからすい臓癌で入院加療中の実兄の病状が急変したとの知らせで、病室に駆けつけたのが21日午前7時30分、翌日22日午前4時35分息を引き取るまでの21時間、78年間の人生終焉ドラマを見守ることになった。
 癌は早期発見・早期治療で多くの人の命が救われる時代とはいえ、すい臓癌は見つけるのが困難な場所にあるせいか発見が遅くなるうえ手術するのも難しい病気で、見つかったときは手遅れというケースが多いことを、入院当初知らされた。
 そのため抗がん剤治療となったが、副作用との闘いが待っていた。抗がん剤投与1クールを無難に過ぎたて一安心したのも束の間、副作用が肺炎を引き起こす結果となり、抗がん剤治療の道も絶たれ、とどのつまり緩和ケアーの道しか残されなかった。
 癌の治療として良く耳にする、手術・抗癌剤投与・放射線治療等々で可能な限り治療を続け、癌を克服する道が残されているものと期待したのだが、2ヶ月ほどの間に全ての道が閉ざされてしまうとは思いもよらぬことで、家族にとっては絶望のどん底に突き落とされたような失望感と同時に、現代医学の現実を改めて認識させられた。
 緩和ケアー施設がある病院へ転院して1ヶ月間の緩和ケアーを受けることになったが、この緩和ケアーの実態は私の想像以上で、痛みを一切感じさせない処置で、死の不安を極力感じないよう全ての面で気配りが為されていた。
 お陰で本人も苦痛を感じることもなく、体力が消耗して会話がうまく出来なくなった1週間を除いては、冗談を言い合えるほどで、笑顔も失わなかったのは救いであった。
 癌細胞が休むことなく体を蝕む中、治る見込みの無い、栄養剤と鎮痛剤投与を受けざるを得ない医療の現実を垣間見るようであったが、多くの癌患者が苦しみながらこの世を去る現実を考えると、癌患者の緩和ケアーが如何に必要かつ大事なことであるかを、身をもって体験した4ヶ月間であった。
 
 子供の頃から一緒に良く遊び、記憶に残るような喧嘩もなく、仲の良かった兄を失ったことは、私の大切な宝物を失ったに等しい。 でも、我が家の近くの病院に入院したこともあって、足しげく見舞い、最後の最後までいろんな話ができたのはせめてもの慰みである。 
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by matutaka31 | 2011-10-25 22:46 | 思いのまま | Trackback | Comments(9)

動脈硬化検査

 全死因の3割を占める狭心症・心筋梗塞などの心疾患や脳出血・脳梗塞などの脳血管疾患などの臓器障害の主な原因は血管の障害といわれる。
 動脈硬化は加齢によって誰にでも起こりうることであるが、個人差が大きく、その進展には食生活や運動不足などの生活習慣が大きく関連しているといわれる。
私は最近血圧がやや高めに(140台)なってきたので、降圧剤を春から服用し始めたが、当時計った血管年齢が気になったので、先日、定期健診の一環として「動脈硬化検査」を受けた。
  検査は、baPWV血管のしなやかさ(血管年齢)とABI血管のつまり具合を診る内容である。
 特別の細かい検査があるわけでなく、測定器で両手・両足の血圧を同時に測りながら、その結果を数値とそれを元に血管内面状態を図示するやり方である。
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 検査結果は、血管年齢は「年相応」、血管のつまり具合は「正常」と出た。
 血管年齢は、前回までは「90歳相当」だったのが、今回「年相応」に改善された。その主な要因は、3ヶ月前から降圧剤を服用始めたことが最大の要因だと考えられるが、太極拳やウォーキング等日頃の運動量を増やすなど生活習慣を意識して変えてきた効果ではないかと思っている。

 、血管を若く保つためにと題して医者から渡された資料を要約すると運動療法と食事療法の二つである。
これらを参考にして、これからも血管を正常な状態に維持するよう心がけよう。

ー以下引用ー
 運動療法としては、ゴルフ・ジョギング・水泳・バレーボール等自発的に行う運動と歩行・自転車・階段昇降・等日常生活の中で出来る運動がある。
 食事療法としては、主食・主菜・副菜・の揃ったバランスのよい食事を。また、油分はひかえ、緑黄色野菜を積極的に摂るよう心がける。
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by matutaka31 | 2011-10-19 22:35 | Trackback | Comments(11)

津波で水没した自衛隊戦闘機

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 14日朝日新聞「天声人語」の一文、『「羽があるのになぜ」と思わせたのが、宮城の航空自衛隊松島基地で津波を浴びた戦闘機である。1機110億円で買った18機が水没した。うち12機は処分、6機は修理されるが800億円かかる・・・被災機が修理可能かどうかを見る分解調査だけで136億円かかった。・・・』と。そして「離陸には時間がかかり、間に合わないとの判断だったという」と続く。

 私は、当時この報道を見損なっていたが、改めてこの事実とその理由を読んで唖然とした。
 松島基地が近い「石巻」での津波到着時刻は、当時の記録によると、地震発生後35分とある。35分間に離陸できない自衛隊機が、もし国の存亡がかかる有事に直面したときどう対応するのか、スクランブル発進というのはにそんな悠長なものなのかと、ショックを隠せない。
 大地震発生直後、滑走路に異常は無いか間髪を入れず緊急点検するのは当然だと思うし、18機全ては無理だったとしても、スクランブル発進同様の対応をすれば何機かは飛びたてたのではないかとの疑問が残る。
 方や避難誘導の任務遂行中、尊い命を落とされた警察官・消防署員そして夫々の指導的立場の方々も多いというのに、人命尊重は当然としても、自衛隊幹部が緊張感を欠いているように思えてならない。
 自衛隊基地の危機管理体制に不安を抱いたのは私だけだろうか。
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by matutaka31 | 2011-10-15 10:02 | 思いのまま | Trackback | Comments(14)

大刀洗平和祈念館を訪ねる

 地元仲間の「歩こう会」10月例会で、かって「東洋一」と謳われた日本陸軍航空拠点だった、大刀洗飛行場跡地に整備された、「筑前町立大刀洗平和祈念館」と近くの「キリンビールコスモス園」を訪れた。
 大刀洗平和祈念館の説明書には「そこでは多くの若者たちが「大空への夢」を目指して青春の熱き血をたぎらせながら汗を流し、・・・」とある。
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(館内で唯一撮影が許可された展示物)

 館内に入ると、世界で唯一現存する零戦32型の雄姿が、日の丸も鮮やかに目に飛び込んでくる。
 「零戦」といえば、「零式艦上戦闘機」の略で、航続距離・重武装・戦闘性能に優れ、当時の連合国軍パイロットから「ゼロファイター」として恐れられた戦闘機であるが、この事実を知る年代層は、昭和一桁生まれの人たちまでだろう。

 鹿児島県の知覧特攻平和会館でもそうであったが、私が釘付けになったのは「遺された言葉と思い」の展示だった。
「死を覚悟した若い兵士達が、愛する家族へ残した手紙や遺書」は、一様に凛々しく写った写真と達筆で、涙なしには読めない。
 この手紙や遺書に書かれた内容とは別に、本心は生き延びたい!、死にたくない!無念さを必死でこらえて書いた気持を慮ると、さぞや無念だったに違いないと思うと言葉を失ってしまう。
 教育が与える影響の恐ろしさを、改めて考えさせられる。

 団体で見学に来ていた中学生に「君達はこの内容を実感できるかね?」と聞いてみた。
 答えは「出来ません」の一言。正直な気持ちだろう。

 同行仲間の一人が、方々で目につく看板の「大刀洗」と「太刀洗」の、「太」と「大」の違いに気がついた。
誰も分からなかったので、後刻町役場に問いわせたところ、町村合併前の町名は「大刀洗」で、その中の小字名に「太刀洗」があったことから、小字に由来するところの名称は「太刀洗」を踏襲しているとのこと。
従って駅名は「太刀洗駅。

 キリンビール福岡工場内のコスモス園」は、1千万本ともいわれるコスモスが満開で、大勢の見物客で賑わっていた。b0008825_1150382.jpgb0008825_11502090.jpg
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by matutaka31 | 2011-10-13 12:04 | 思いのまま | Trackback | Comments(8)

そばの芽の蕎麦屋

 三連休の中日、絶好の秋晴れに誘われ“蕎麦畑を観て美味しい蕎麦を食べよう”と、蕎麦街道で有名になった福岡・佐賀県境の三瀬へ車を走らせた。
 自宅を出て糸島峠を越え、国道263号線を佐賀方面に走る。ループ橋をわたり三瀬トンネルを抜け、走ることおよそ40分、もうそこは三瀬村だ。
 国道の両サイドに10軒ほどのこだわりの蕎麦屋が点々と、・・・連休の中日で案の定、どの店も駐車場は一杯で混雑している様子。
 予めネットで調べていた店、幹線道路から外れた山間の「木漏れ陽」を目指す。
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 こだわりの蕎麦屋だとの評判の店だが、道路からかなり外れた場所だからそんな混雑はないだろうと思ったが、見事に当てが外れた。
 昼時でもあって順番待ちで約20組の先客が、・・・。
 
 
 引き返そうかと思ったが、こんな山奥の一軒家にこれ程の客が来るのはただ事ではない、と腹を決めて待つことにしたのは良かったが、結果的に1時間以上も待つことになった。
 こんな長時間待つことは、通常私には考えられないこと。

b0008825_2241409.jpg この店の売りは、「そばの芽」だ。(料理の写真はネットより借用しました)
 
そばのもやしに陽を当てて、芽が緑豊な若葉になったところで刈り取り、ジュースやサラダにしてお客をもてなす。
 
 この「そばの芽サラダ」は、この店のオリジナル商品で、歯ざわりもしゃきしゃきして、蕎麦の味とマッチしてとても美味しかった。
 店プライベートブランド「直火焙煎 そば茶」を買って帰り、焼酎のお湯割りを飲んだが、なかなかいける飲み心地で、癖になりそう!
 蕎麦で有名になった所だが、今は蕎麦栽培している農家は少ないらしい。
 自然豊な山間地で、蕎麦が似合う場所だから、そのイメージ作戦に消費者が旨く乗せられた感じがしてきた。
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探し当てた蕎麦畑では、白い花が満開だった。そして一部には赤い実が覗いていた。

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by matutaka31 | 2011-10-10 22:59 | 思いのまま | Trackback | Comments(6)

花壇管理ボランティアに思う

昨日は、毎週金曜日に行う「ひょうたん池」の管理作業だった。
作業内容は、花壇の花手入れ、祈念植樹の煉瓦による縁取り、花菖蒲の補植、草取り等々。
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記念植樹は、我々ボランティアグループの活動成果が認められ、第21回「みどりの愛護」功労者 国交大臣表彰受賞を祈念して植えた「山桜」である。
経費節減のため、材料を買い集め、会員による手作りである。


 最近我々が抱える問題は、会員の高齢化によって実際に活動できる人員が減少する中、新しい会員が増えないことである。 (会員16名中、3名が体調不良で常時欠席中)
 毎週1回平均1時間30分程度の活動だから、通常はそれ程支障はないが、花の植え替えや花木の剪定・管理等特殊な作業で忙しいときは2時間以上の活動になってしまう。
 それでも皆で力を合わせて作業をするので当面は問題ないとしても、この種の地域活動は継続性がなければならないので、次々に若い人が入って欲しいのが偽らざる心境だ。
 会員同士で対策を話し合うのだが、出来れば参加したいという気持を持つ人でも、他にボランティア活動や趣味の活動をしている人もいれば、女性は共働き家庭が多いことも背景にあるようだが、振興住宅地のせいか人との交流を好まない人が増えているのも否めない現実のようだ。
 もう一つの理由に、活動をコンスタントに継続する必要から毎週金曜日午前中を活動の日と決めているため、その日は他の計画があるため参加できないという人もいるようだ。
 いづれにしても、定年後の男性が増え続ける現実もあるので、工夫をこらし地域活動のボランティア参加を呼びかけていかなくてはならない。

現在のひょうたん池の様子
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by matutaka31 | 2011-10-08 12:03 | 思いのまま | Trackback | Comments(10)

66年前長崎で被爆した稲の収穫

66年前の8月9日、長崎で被爆した稲が、今年も我が家の庭先で、わずかながら稔りの秋を迎えた。
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「あの悲惨な被爆体験を絶対風化させてはいけない!命ある限り、被爆証人として、被爆体験を後世に語り継がなければならない」との思いを込めた被爆稲が、無言の生き証人として作り継がれてもう66年目、わが家で6年目の秋を迎えた。

 ブログをよんでいただいた方から、これまでに 「食べられますか」、「被爆稲はどんな味がしますか」、「試食してみては・・・」の意見が寄せられた。
 現在問題になっている福島原発事故による放射線量の類ではなく、66年経った今では残留放射線の問題は無いと思うので、食べられるか否かの問題ではなく、65年前に日本人が食べていた米とはどんな味がするのかに興味がある。
 この被爆稲、品種改良されることなく65年前の品質をそのまま受け継いだ稲だから、年々品種改良を加えられた今のお米に比べて美味しいはずはがないと思うのだが・・・。
 でも、実際には栽培する広い場所の確保や栽培方法など自信がなかったので、実現することはできなかった。

 今年から、福岡市原爆被害者の会のホームページの作成とその維持・管理という役割を通じて、これまで以上に被爆体験を語り継ぐ活動に参画することになったが、私にとって被爆稲を作り継ぐことは、物言わぬ生き証人をそのままの姿で生き永らえさせると同時に、私自身の被爆体験を風化させないためでもあるので、これからも作り続けなければならないと思っている。
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by matutaka31 | 2011-10-06 10:29 | 思いのまま | Trackback | Comments(8)

自家栽培椎茸の初収穫

 昨年2月友人からわけてもらった椎茸のホダ木に、椎茸が出始めた。
 昨日、庭の花木に水遣りをしていて、生垣に立てかけている椎茸のホダ木に何気なく目をやると、白っぽいものが目に付いた。
 近づいてみると、なんと椎茸が3個大きくなっている。 
 そろそろかな~と内心期待していたが、もう少し先だろうと思っていただけに、思わずやった~ヽ(^o^)丿と声を出したくなった。
 期待が現実になって目の前に現れている。感激の瞬間だ!
 早速手でもぎ取り、実物を目の当たりにすると、手が震えるような感動を覚える。
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 まだ3個だが、幸先良い先駆けで、何れこれから先食べきれないほどの椎茸が生えてくるかと思うとワクワクしてくる。
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 ホダ木が乾燥しないよう水槽に浸したり、木口を木槌で叩いて刺激を与えたり・・・それなりの管理をしてきたので、多分立派な椎茸が沢山採れるに違いない。

 
椎茸は、生で良し、干して良し、いろんな料理を楽しめる。
 今秋は、食欲の秋を盛り立てるに相応しい、強力な援軍が加わることになりそう。

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by matutaka31 | 2011-10-03 22:38 | 思いのまま | Trackback | Comments(8)