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紅葉狩り

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先日、穏やかな小春日和に誘われて、車で20分余で行ける「曲渕ダム」の紅葉見物に出かけた。
 天気がよかったせいか大勢の見物客で賑わっていたが、残念ながら期待した程の紅葉は観られなかった。
 枝によっては、燃えるような鮮やかな色をしているのもあるが、全体にはなんとなくくすんだ色に見える。
 いつもは葉の先まで紅葉するのに、今年は良く観ると葉っぱの先が色褪せて、まさに病葉そのものに見える。 
 曲渕ダムの紅葉アルバム 

 もう10年くらい前に某園芸教室に通っていた頃、紅葉について教わったことがあるが、紅葉のことを植物生理学風に説明すると次のようになる。
 紅葉は、植物の葉に含まれる緑黄色素が低温と強い紫外線により分解され、アントシアンという赤い色素に変化する現象である。
 ところがこのアントシアンは、植物自身にとって有害物質で不要なものだから、早く自分の体外に排泄しなければならない。
 そのため、自身に不要となったアントシアンを何時でも自分の体内から切り離し易い部位、つまり葉に集中させているのだと解釈すれば分かりやすい。

 その切り離し現象が落葉である。
 だから紅葉の時期は短い。 
植物にとっては、生きるための健康管理をしているのだが、人間はそれを紅葉狩りと言って楽しむ。まさに自然との共存と言えよう。
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by matutaka31 | 2011-11-28 22:55 | Trackback | Comments(13)

インフルエンザ予防接種

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 先日、インフルエンザ予防接種をすませた。
 病院では、接種の前に問診表にいろいろ書かせると同時に、高齢者用にまとめた細かい注意事項等まとめた説明書を読まされる。
 市の説明書によると、「インフルエンザ予防接種の有効性は世界的にも認められ、高齢者の発病防止や重篤化防止に有効であることが確認されている」と有効性を強調している。

 65歳以上の高齢者等はインフルエンザにおけるハイリスク(高危険)群とよばれているようで、私もその中の一人だから、接種を受ける法律上の義務はないとは言え、社会的義務を伴うものだと思っている。
 巷ではその効果が云々されている向きもあるが、私は自分の体を守るため必要だと判断しているので、その効果を云々するつもりは毛頭ない。
 ただ1回接種にするか2回接種にするかについてであるが、1回より2回の方が予防効果を持つ抗体が作られる可能性が64%から94%に増えるという説もあるくらいだから、2回の接種の方が良いと考えるのが至当だろう。
 私は昨年まで1回しか接種していない。でも発病しなかったから、その予防効果は十分とは言えないにしても、そこそこの効果があったと自分で納得しているので、今年も1回だけにするつもりだ。
 ともあれ、インフルエンザに罹ってしまったら、自分が苦しむだけでなく、周りに迷惑をかけることになる。
予防接種したからといって油断することなく、インフルエンザウイルスを寄せ付けない体つくりに励むと共に、手洗い・うがいなどの予防対策にも心がけるようにしよう。
 要は自分自身の体調管理に関することである。

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by matutaka31 | 2011-11-22 21:43 | 思いのまま | Trackback | Comments(8)

さつま芋の保存

 我が菜園のさつま芋が収穫期になっている。

b0008825_10135335.jpg 一度に収穫すると保存場所がないので少しづつ掘るようにしているが、気温が下がってくると寒さに弱いサツマイモは腐りやすくなるので、今月中には全部収穫しなければならない。
 今年の夏は高温少雨で、さつま芋の生育にはあまり条件が良くなかった。乾燥が続いた一時期は、乾燥に強いはずの芋蔓が枯れてしまうのではないかと心配した程であった。
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 枯死寸前に追い込まれた蔓は、“なんとしても子孫を残さなくっちゃ”と思ったのだろう、珍しく花を一杯つけた。年によっては1~2輪咲くことはあったが、今年ほどたくさん咲くのは異例である。
 お陰で、菜園に行く度に、異常気象の置き土産を楽しんでいる。

 
 さて、私流のさつま芋の保存方法とは。

 ①掘り上げたさつま芋は、表面が乾ききるまで風通しの良いところに仮置きする。(2~3日)
 ②乾燥した芋に付いている土は、手で軽く落とす程度にするだけで洗う必要はない。
 ③傷が付いたものは腐りやすいので、保存用から除外する。
 ④保存用の容器は、ダンボールまたは発泡スチロール箱

乾燥後、保存用に仕分けした芋を、芋と芋が直接接触しない程度に籾殻を混ぜて容器に入れる。こうして保存することにより、仮にある芋が腐った場合でも、他の芋に被害が広がるのを防ぐことが出来る。
籾殻は郊外の精米所で無料で手に入れることが出来る。
籾殻が手に入らないときは、新聞紙で一個づつくるんで容器に入れる。

容器は密封しないで、通気を確保できるように軽く蓋をする。
 (密封すると水滴が溜まり腐ってしまう)
保存場所は、概ね10℃を下回らない、比較的温かい場所を選ぶ。
(私は2階の自分の部屋の片隅に)

こうして保管したさつま芋は、来年3月頃まで保存でき、糖度が上がった美味しい焼き芋が楽しめる。
 
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by matutaka31 | 2011-11-19 11:09 | 思いのまま | Trackback | Comments(10)

皇帝ダリアが満開だが・・・

 11月は、冬の季節に入ったことをしみじみ味わう季節と言われ、何かと年の瀬が迫ってくるような感じがする。
 
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 今月上旬から咲き始めた「皇帝ダリア」は、辺りに花が少なくなった庭に彩を添えている。
 この花は青空が良く似合う花で、晴れた日の皇帝ダリアはさすが皇帝と思わせるが、雨や曇りの日は花弁の色も冴えずしょんぼりしていて皇帝の名が泣きそう。
 この皇帝ダリアの花、背丈が3m以上になるため、家の中から観賞するより少し離れた道路やお隣さんから観た方が見栄えする。
 最初植えたとき皇帝という名に惹かれて庭の真ん中に植えたものだから、猫ならぬ鼠の額ほどの我が家の庭を半年間も占拠するので、もしかすると今年限りで皇帝の座を追われるかもしれない。

そして山茶花も今、満開である。
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 一方、プランターの花の植え替えを急がなければならない季節でもある。
 我が家ではこの領域は家内のテリトリーだから、私は花の選定にはなるべく口を出さないことにしている。
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by matutaka31 | 2011-11-15 22:15 | 思いのまま | Trackback | Comments(6)

平岩弓枝 講演会

九州市民大学に初めて参加する機会を得た。b0008825_025974.jpg
  11月講座は、「御宿かわせみ」等でおなじみの作家 平岩弓枝先生による 「出会いの不思議」

 講演内容は、恩師長谷川伸のもとで学んだ時代の思い出と、長谷川伸が入院していた頃遭遇した不思議な出会いが中心であったが、私には後段の二つの出会いに関する内容が感動的であった。
 講演内容をわずかな紙面で再現すことは出来ないが、その出会いというのは概ね次のような内容だった。

 恩師長谷川伸が危篤状態で築地の聖路加病院に入院していたときのこと、翌日大阪での仕事を抱えていた平岩弓枝は師のそばを離れ難い思いをしているとき、長谷川の奥さんに「大阪で待っている人のため、是非行ってきなさい」と諭され、大阪へ行った。無事仕事を終え、帰ろうとしたときの出来事。
 新幹線もない頃のことで、大阪での用件を済ましてその日の内にどうしても東京(師のもと)へ帰りたいが、帰れる列車がない。飛行機も満席で予約が取れず万策尽きてホテルで困り果てていたいたところ、なんとなく様子を察知した一人の初老の紳士が航空券の譲り渡しを申し出てくれたという。その紳士のお陰で思いがけずその日の内に師のもとへ帰り着くことが出来たという。
 
 もう一つ、師が危篤状態を切り抜け、病状が小康状態になった時、主治医が「本人が欲しがる物は何でも食べさせてやっていいですよ」と言ってくれたので、好物と思われた「天ぷら」を新宿の天ぷら屋に作らせ、天ぷらが冷えないうちにと思いタクシーで築地の病院まで走ったときのこと。
 渋滞で走れない状況の中、天ぷらの臭いに気付いて事情を知った運転手が「走る道はお任せください」と言うなり、裏道から裏道へと猛スピードで走ってくれたお陰で、新宿から築地までなんと8分でたどり着くことができ、お陰で師は天ぷらを美味しく食べてくれたという。

 この二つの出来事を聞いていた師は甚く感動され、病床にありながら指の運動を盛んに始められたので、その理由を聞くと「これから仕事を始めなくっちゃ」とおっしゃる。
 「先生もういいでしょう。これまで大きな仕事を一杯成されたのですから、ゆっくりお休みください」と慰めると、「君はちっとも分かっちゃいないね。今まで受けた人たちのご恩に報いるような仕事をするのが私のこれからの仕事なんだよ」と言い残して、3日後に79歳の生涯を閉じられたという。

 私には先生の話をそっくり伝える才能がないので、そっけない表現になってしまうが、感情を込めた臨場感あふれる言葉のやりとりは、私の胸を熱くした。
 私はこの二つの出来事は、単に世間で知れわたった長谷川伸とその弟子の平岩弓枝だったからだけでなく、それ以外に日頃、師弟の間で育まれた強い信頼関係があればこそ、その思いが周りの人々に伝わり、共感を呼び、偶然とも思える出会いを引き寄せたに違いないと思う。

 久しぶりに聞く、感銘を受けた講演であった。受講の機会に会えたことに感謝!

  最後に、ある名文の一部を借りて、感想を一言。
   思いがあれば 行動が変わる。
   行動が変れば 習慣が変わる。
   習慣が変れば 出会いが変る。(新たな出会いがある)
   出会いが変れば 人生が変る。
  

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by matutaka31 | 2011-11-12 21:26 | Trackback | Comments(8)

有志のパソコン教室

 毎週水曜日は、我々仲間のパソコン教室の日。

b0008825_2159263.jpg パソコンを通して定年退職後の生活をより豊なものにしようと、かっての職場有志でスタートして早10年を経過した。
 10年も続くと生活のリズムに織り込まれたようになり、会場の都合等により休みになると、なんだか調子が狂うような物足りなさを感じる存在になってしまった。

 昨日のテーマは、「eメールで困ったときの解決策」
 日頃分かったつもりであっても、ふと疑問を抱くようなことがあるので、ごく日常的に出くわす問題についておさらいをした。
 最近ウイルス等チェックソフトの普及やOSのバージョンアップ・アップデイト等の対策が進んでいるとはいえ、セキュリティ対策の必要性やメールの上手い使い方を改めて確認し合った。

 最近のパソコン教室運営の悩みは、各人のパソコン技術の差とパソコンへの関心度合いの違い、更には各種ソフトの進化への対応である。
 各人のパソコン技術の差は今に始まったことではなく、ベテランと言われる人でも忘れることが多くなる年代だから、初歩的なことを繰り返し学ぶことは決して無駄ではないので、テーマはどちらかと言えば経験の浅い人に焦点を合わせて内容を選ぶことにすればいい。
 厄介なのは、OSはじめ各種ソフトの進化の早さへの対応である。
 会員が使用しているパソコンOSは、XP、ビスタ、セブン(7)の3種であり、使用ソフトも例えばオフィスは2003~2010、eメールはOutlook Express、Outlook 、Windows Live mailと様々である。
 夫々のソフトによって、表現や操作方法が異なる場合があるので、対象をどれに絞ればいいのかが問題になる。
 今後、ソフトの開発・進化は一層激しさを増すと同時に、人によって使用するソフトも多岐にわたると考えられるので、集合的なパソコン教室の運営は今までと違った知恵を出さねばならなくなりそう。
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by matutaka31 | 2011-11-10 10:22 | 思いのまま | Trackback | Comments(12)

洗濯した衣類は、たたんで着るもの

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 子供の頃、母親に「洗濯した着物は、たたんでから着なさい」と躾けられ、今でも妙に気になり、その躾けをどんなに急ぐときでも忠実に実行している。


 母はその理由を、「たたまないで着せるのは死んだ人だけ」と教えた。
 私は、母がそう言ったのは「子供は死んだ人と同じことをするのを嫌がって言い付けを守るに違いない」と考えたのだろう、と思い込んでいたので我が家流の躾けと勝手に思い込んでいた。
 だから、死んだ人に着せるのは何故たたまないのか、その訳をさして気にもしなかった。

 ところが先日ある人と食事中、偶々この話になり、その方も子供の頃同じような理由で躾られ、今でもきちんと守っているという話を伺った。更にその方は、その考えは「経帷子(きょうかたびら)に依るのではないか」ともおっしゃる。
 経帷子は、死装束だから縫い上げた後洗うこともたたむ必要は無いから・・・。

 私は我が家だけの躾けだろうと思っていたが、出身県が異なる家庭でも同じような躾がなされていたことを初めて知り、昔は同じような子供の躾がかなり広い範囲の地域で行われていたことを改めて認識させられた。
 果たしてこのような躾、九州北部だけのことだろうか、それとも全国的なのだろうか。

 最近のお母さん達の子供に対する着物をたたむ躾は、“きちんとたたんで整理しなさい”らしい。
 多分「死んだ人に着せる・・・」経帷子なんてことは知らないだろうな~。
 ただ一方的に整理整頓を押し付ける躾けより、昔流の躾の方が、今の子供たちに効き目がありそうに思えてきた・・・。
 昔話もまんざらでもない。
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by matutaka31 | 2011-11-07 22:45 | 思いのまま | Trackback | Comments(10)

「福岡市原爆被害者の会」のホームページ

 定年退職後、被爆体験を風化させてはならない、語り継がねば・・・との思いがずっと続いていた。
 まずは自分で出来ることから手がけようと考えた末、ホームページに「私の原爆体験」を記し、その後は、「長崎県原爆犠牲者慰霊平和祈念式典に2005年から毎年参加し、翌年2006年から「福岡市原爆被害者の会」会員の方から譲り受けた「被爆稲」を作り続けてきた。
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 そして今年、個人的活動の域を超えた、「福岡市原爆被害者の会」の活動の機会が訪れた。
 「福岡市原爆被害者の会」のホームページ作成のお手伝いをする傍ら、私が住む地域の幹事引き受けである。

 これまでも「福岡市原爆被害者の会」のホームページはあった。
 しかし、同会が入居している福岡市の施設「ふくふくプラザ」のホームページの中に、同会館入居団体紹介的で、しかも内容の更新もままならない、というものであった。

 日本が経験した悲惨な戦争や世界で唯一の原爆被害国であることを、ややもすると風化しかけている人達、とりわけ若年層の人達に、もっと積極的に語り継がねばならない。
 そのためにも、被爆者の会が日常行っているの被爆体験の証言活動や被爆者の体験証言記録を、もっと積極的に伝えるホームページの充実は、同会にとってどうしても急がなければならない課題になっていた。

 ホームページ作成はプロに依頼する方法も考えられたが、爪に火を灯すような活動費の中では叶うはずもなく、自前で作成せざるを得ない。  でも事務局にホームページ作成経験者はいない。
 自分のホームページ作成しか経験のない私が、身の程も考えず、敢えてお手伝いを引き受ける気になったのは、被爆経験を風化させてはならないとの気持が強く働いたことと、きっと後世に伝えるいい手段であるに違いないとの確信を抱いたためである。

 ホームページ作成に当たっては、もう10年も前の頃、シニアネット福岡に加入した直後、愛宕浜教室で教わったホームページ作成が大変役立った。
 当時は自分の趣味をホームページに現したいという気持で勉強したのだが、今、私のボランティア活動の一つである大仕事の担い手になろうとは夢にも思わなかった。
 当時、懇切にご指導いただいた諸先生の方々への感謝の念で一杯。


 作業はパソコンを一定時間占有することになるので、事務局の日常作業に影響しないよう原則として日曜日に限定される中、手馴れない作業で手間取ってホームページの仕上がりも遅れてしまった。
 更に、組織内手続き上の紆余曲折を経て、10月にやっと公表の手はずとなった。
 ともあれ、当初計画より半年遅れになったが、福岡市原爆被害者の会の活動の新しいページが開かれた。
 一人でも多くの方々に、活動内容や悲惨な被爆体験談を読んでいただけることを願って止まない。

   ホームページURL:  http://www7b.biglobe.ne.jp/~hibaku/

 作成技術は不十分の謗りを免れないことは承知しているが、内容そのものは、原爆被害の実態、被爆者の証言を忠実にお伝えすると同時に、被爆者の会の活動内容を出来るだけ細かく紹介することを目指して、これからも充実・更新のお手伝いを続けようと思っている。
 アクセス頂いた方からのご意見を糧として。

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by matutaka31 | 2011-11-05 11:56 | 思いのまま | Trackback | Comments(13)

あめ買い幽霊の話

b0008825_10483892.jpg ある日、パソコン教室の帰り道、一緒に歩いていた人が電柱に貼り付けられた「あめ買い寺通り」の真新しい看板を見つけた。
 前からこんな名前の通りがあったのだろうか?いやそれにしては看板が新しすぎる。
 それもそのはず、福岡市中央区では、歩きやすく、案内しやすいまちづくりのため、都心部の通り名称付けや名称標示に取り組む一環として、昨年から順次通の名前を表示しているとのこと。

なんとなく興味があったので調べてみると、名前の由来は、通りに面した安国寺にまつわる、「あめ買い幽霊の昔話」だということが分かった。
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 早速、安国寺を訪ねて、その由来を教えていただいた。
 説明資料をいただき、尚且つ幽霊にまつわるお墓まで案内いただき詳しい話を聞かせていただいた。


 
 資料「産女の墓の由来」に、こう記してある。
「岩松院殿禅室妙悦大姉、吉田又三郎の母、延宝七年(302年前)死亡す。其死亡直後、夜毎時刻違わず、一人の女が、安國寺門前の飴屋に来たりて、三文づつ飴を求むるあり。不思議に思いて其跡をつけると、安国寺の墓地に至りて姿消ゆ。偶々墓中に、赤子の泣き声聞ゆ。役僧に謀りて其墓を掘れば、亡母の死体の側に赤坊ありて、口の廻りに飴が付着している。蓋し慈母の精、亡霊となりて、愛児を育てしならんと。然るに其の児も久しからずして死亡せるものと見え墓碑の側らに夢参童女と刻し有るなり・・・爾来、安産祈願の参詣者多し。」
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 最近、幼児虐待の報道が目に付く。
 このような昔話を、単なる夏の夜の幽霊話ではなく、子を思う母親の話として語り継ぐ習慣があっていいのではないかと考えさせられる。
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by matutaka31 | 2011-11-03 10:52 | 思いのまま | Trackback | Comments(6)