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一年を振り返って

 “光陰矢の如し”、今年もあと一日になった。否応なしに年が代わり、そして自身もまた馬齢を重ねる。
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 何時もの年だと、庭のクロガネモチや南天の赤い実は、今頃ヒヨドリにほとんど食べ尽くされるのに、今年は無傷で残っている。
 そのヒヨドリやスズメが全然姿を見せない。いったいどこへ行ったのだろう。異常気象が気になる年の暮れである。


 この一年、私にとっては良きにつけ悪しきにつけ、変化の多い年になったが、その一年を振り返って今年最後のブログ投稿としよう。

 兄の他界! 
 この10月、仲がよく尊敬していた兄との別れは予期せぬことで、大切な宝物を失ったことに等しい悲しい出来事になってしまった。

 我が菜園は大活躍!
 わが菜園で出来た野菜を、正月用にと、何時ものとおりご近所さんやクラブの仲間そして姉宅へ届けた。今日までに一通り届けることが出来て一安心。
 今年、新たに届け先が一人増えたのも嬉しい出来事。
 
 被爆者の会活動へ一歩踏み込む!
 「被爆体験を風化させない実践活動」へとの思いが通じ、今までと違って具体的な活動へ一歩踏み込むことが出来たのは、遣り甲斐を感じさせる生涯活動の第一歩。

 未知を訪ねる!
 これまで身近にありながらその存在を知らなかった所を訪ね歩いたり、旬の味や異国の料理を食べ歩いたり、新たな発見や体験は、日々の生活を豊にしてくれることで、この上なく楽しい。

 アウトドア活動が減り、太極拳重点に!
 山登り、海釣り、ゴルフなどアウトドア活動が激減した。中でも、兄の船で一緒に船釣りが出来なくなったのは寂しい限り。
 でも、その代わり太極拳に今までより倍の時間をかけるようになったのは、体力・健康維持に重点をシフトした結果だから、生涯続ける覚悟はできている。

 バーチャル「日本一周歩こう会」に参加! 
 インターネットの世界で、昨年11月に福岡を出発し凡そ13ヶ月で2,018km踏破。毎日のウオーキングに懐かしい場所や思い出を友として楽しい目標を見出す。

 お陰さまで健康を維持でき、いろんなクラブ活動を通じた多くの方々との楽しい出会い・触れ合いは、私の人生を心豊かにしてくれた。
 家族はじめ暖かく支えていただいた方々のお陰だと、感謝の気持を一杯抱いて新たな年を迎えよう。
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by matutaka31 | 2011-12-30 16:24 | 思いのまま | Trackback | Comments(13)

バーチャル 日本一周歩こう会

 ついにと言うか、やっとと言うべきか、といかく青森県に入った。
 昨年11月26日福岡市を出発後、13ヶ月ぶり。只今県境を越え、弘前に向かっている。
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歩いた距離は、2,018km、一日平均5,1km歩いたことになる。
 このペースは、私にとっては“ついに・・・”の方が実感が湧く。恐らく日本一周の目標が無かったら、一日5kmを歩くことはなかったろう。
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 青森方面は、連日大雪情報満載。現地の人はこの大雪の中を歩いているのだろうか。除雪されていると言っても、道路は極端に狭くなっているに違いなく、危険極まりないだろう。
 そんな青森に思いを馳せながら、玄海灘から吹きつける寒風をついて、今日も元気に歩くことにしよう。

日本一周まで、あと6,937km。考えると気が遠くなりそうな距離である。今までのペース一日平均5kmで歩き続けたとしても、4年弱かかる。
でも4年はアッと言う間だ。 弱音を吐くのは止めて頑張ろう。

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by matutaka31 | 2011-12-28 10:16 | Trackback | Comments(8)

交響曲 第九演奏会

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暮れも押し迫った23日、前回何時だったか記憶にないほど久しぶりのベートーヴェン 交響曲 第9番合唱付き演奏会のチャンスに恵まれた。
 場所は福岡市「福岡サンパレス」。演奏は、秋山和慶指揮による九州交響楽団、2300余席を埋め尽くした老若男女、流石にこの交響曲の人気振りを象徴するような盛況ぶりである。


 私は音楽無知を自認してはばからないが、クラシック演奏を聴くのは好きである。特にこの第九は、力強い主旋律が心地良く響くのが好きで、毎年年末になるとテレビで聴くほどである。
 でもテレビと違って演奏会場で聴く「第九」は、迫力十分で「歓喜の歌」の合唱が始まると最高潮に達する。

 多くの日本人が第九を好む理由の一つに、  主旋律が日本人が得意とする、「ラ」と「シ」抜きの「五音音階」で出来ているため、気持ちがしっくりするのだろうと説く専門家もいる。
 そんな事はちっともシラ無かったといえば駄洒落になってしまう。
 日本の民謡や演歌の殆どは「ドレミファソラシド」をすべて使のではなく、「ラ」と「シ」抜きの「五音音階」であることを聞かされると、私の心に心地よく響くのも納得がいく。

  年末に第九が歌われるようになった理由は、いろんな説があるようだ。曰く、東京芸大が年末に演奏したことが一般化した。曰く、ドイツが大晦日の深夜に演奏していたものが日本でも同じように行われた。曰く、楽団を維持するため、多くの収入が見込まれる年末に演奏された、等々。
 また、第一次世界大戦時、徳島県鳴門市に1917年に建てられた俘虜収容所で、日本軍の捕虜となったドイツ兵によって、この交響曲第9番が日本で初めて全曲演奏されたことは良く知られている。

 
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by matutaka31 | 2011-12-24 16:38 | 思いのまま | Trackback | Comments(6)

水戸黄門

 本当に久しぶりに、黄門さまにお目にかかった。
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 1969年に始まったテレビドラマ「水戸黄門」が、42年間の幕を閉じるというので、懐かしい番組の見納めとばかりテレビの前に座った。
 現職の頃、ストレス解消に良く見たものである。勧善懲悪の筋書きで、悪代官を懲らしめる痛快さが、仕事に疲れた体を癒すのに一役かってくれたのを思い出す。
 

 追い詰められた悪代官の“え~い、やっちまえ”に始まり、助さんか角さんが“静まれっ、これが見えぬかっ!”の決まり文句は42年間もお茶の間を席巻してきたのだが、視聴率という魔物には勝てず、ついに通算1,227回でその幕を閉じてしまった。
 面白くもないバラエティー番組や殺人ドラマが目白押しの、最近のテレビ番組に一服の清涼剤であった番組がまた一つ消えるのは淋しい気もするが、最高43,7%の視聴率を誇ったのに10%台に低迷したのでは、黄門様のプライドを著しく傷つける結果になったのだから止むをえない事だろう。

 最近黄門様にお会いすることが無かった私も、視聴率を下げた一員(一因)に違いない。
 久しぶりに観た1,227回目の「水戸黄門」、やはり痛快だった。でも、何かしらいま一つ迫力に欠けるように思えたのは、時代感覚のずれだろうか。
 おまけに由美かおりの入浴シーンのサービス付きだたのは、TBSの粋な計らいか。


水戸黄門(人生楽ありや苦もあるさ~♪)
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by matutaka31 | 2011-12-22 12:08 | 思いのまま | Trackback | Comments(6)

大根の甘辛鑑定

 家庭菜園を続けてもう10年余になり、 例えば美味しい大根の作り方や美味しく食べられる収穫適期等々、少なくともそれなりに自己満足の域を会得したつもりでいた。
 ところが美味しい大根の見分け方をある人に問われて、うん~と絶句。
 それなりに美味しい大根を作っているという自負していたので、その見分け方があるなど、今まで考えてもみなかった。

 美味しい大根かどうかは、大根のヒゲ根の並び具合で見分けるそうで、大根のヒゲ根が一線に並んでいれば美味しい大根、螺旋状に並んでいるのは辛い大根と見分けるそうで、この方法はごく一般的なことらしい。
 大根の上の方はどちらかといえば甘く、細くなっている下の方は辛い、ということくらいしか知らなかった自分が恥ずかしくなり、やはり素人の域を出ていないのだな~と思い知らされた一幕である。

 今日、早速手塩にかけて作った大根を抜いてみた。
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 ヒゲ根は2筋あるのも始めて見たし、その並び具合を意識的に見るのも始めてある。
 概ね真っ直ぐに並んでいるようにも見えるが、見方によっては歪んでいるようにも見える。 
 果たして我が菜園でとれた大根の、甘辛鑑定団の判定やいかに!

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by matutaka31 | 2011-12-19 21:51 | 思いのまま | Trackback | Comments(8)

みかん大好き

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今年もたわわに実った八朔






私はみかん大好き人間。
食べるもの大好きだが、黄色に色づいたみかんを観るのがもっと好き。
 何故だか、理屈ではなく、好きなものは好きと言う他ない。
しいて言えば、の葉の緑と実の黄色の取り合わせが、自然の力強さを象徴するように私の視覚に訴えるからだろう。
 春には純白の花が咲き、小さな実が生る。緑の小さな実は、やがて大きくなり、秋には緑色が脱色し、黄色いみかんに変身する。その成長の過程を見るのも楽しい。

 我が家に、満員電車並に肩ならぬ枝ををすり合わせながら、自分の居場所を必死で守っている6本のみかんの木がある。
 みかん大好きの私に見込まれたのが運の尽きで、みかんの木は「何でこんな狭苦しいところに・・・」と、多分迷惑がっていることだろう。

 広いみかん畑であれば、美味しい空気と天然の雨水に恵まれ、そのうえ天道様の光を全身に浴びることができるのに、空気は汚れている上に塩素をたくさん含んだ水道水を飲まされる。
 おまけに、隣のお節介好きのおじさんには、毎年この時期に、「よく生っていますね。これは何ですか。」と、
もう何年もなるのに名前さえ覚えてもらえない。それだけなら良いが、側のザボンをみて、「これはザボンですね。今年はたった2個しか生っていませんね。」と、いらぬお節介が続く。
 実は3個しか生らなかったのを気にしているのに、たった2個とは・・・、嫌な言い方はやめて欲しい!のだ。


 我が家の庭で、そんな思いをしているみかん達の品種は、八朔、ザボン、ゆず、小みかん、金柑、カボス、日向夏、温州みかんの8種。
 6本に8種? 決して鯖を読んでいるわけではない。そろそろボケで計算違いしているのでは?・・・そうではなく、接木をしただけのこと。
 その健気に育っているみかんたち、外から帰ってくると、「お帰りなさい」と言ってくれるようだし、家の中から眺めると、「元気だよ」と、今日も語りかけているようである。
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by matutaka31 | 2011-12-17 11:08 | 思いのまま | Trackback | Comments(8)

癖を直す

 
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 これは、楊名時健康太極拳教室で教わった要訣である。
 この意味を、「健康太極拳稽古要諦」では次のように解説している。
 「拳」は太極拳などの技と考えればよい。入門すれば、型や技を学ぶことは難しくない。
しかし、独習などで歪んだり乱れたりした型や技を改めることは容易ではない。
師から学ぶことと自ら習い修めることのバランスの大切さがここにある。
また、思い込みや間違いを指摘されたとき、素直に受け入れることも、真摯に学ぶ条件である。

 一旦、間違った動作や自己流の動作を覚え込んでしまうと、それを修正することは多くの時間とエネルギーを必要とするもので大変難しいことである。
 「改拳」の拳を癖に置き換えると、一層身近に感じることが多い。 
 太極拳やスポーツにに限らず、日頃の生活においても云えることで、一度身についた癖はそう簡単に直せるものではないことを誰もが経験することである。
これからの生活でも、心しておきたい要訣である。
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by matutaka31 | 2011-12-15 12:04 | Trackback | Comments(6)

どれにしようかな~

 ある日の会話
Aさん: リバレイインの正面にあるイニミニマニモとかいう名前、みたことありますか。
私:  そんなの見たことないですよ。
Aさん: だって、しょっちゅうあのビルに行っているでしょう? どうゆう意味なのか気になる~・・・。
私:  確かに行っているけど、高級ブランドには興味もないし、そんなの見たことないですよ。ビルの看板な んか見ることないですからね。

 「リバレィン」といえば、世界で有名なブランド商品店が入居している、博多の有名な複合商業施設である。
今日 そのビルの中に用事があったので、言われたビルのり口にあるその施設名を見た。
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言われなければその前を何十回、何百回通ったとしても気がつかないだろうと思う英語が、ひっそり横たわっていた。



拡大写真
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それにしてもこんな表示を誰が見るだろうか。よしんば見たとしてもその意味が分かるだろうか?と、一寸首を傾げたくなった。
eeny meeny miny mo
何語だろう・・・英語のようだけれど、見たこともない。
恥を忍んで、ビルの受付嬢に訪ねた。
お嬢さんは、にっこり笑顔で教えてくれた。
 「どれにしようかな~」という意味なんですよ。元は「スーパーブランドシティー」だったんですが、2003年9月12日より、変ったんですよ。
ちなみに何語?と私。
 一寸メモを見て、英語です。 子供が良く使う造語のようです。
 
とお嬢さんは親切に教えてくれた。

 「どれにしようかな~」は、日本各地で歌われてきたし、多分、今でも子供たちの間では歌われているのではないだろうか。
福岡では、
「どれにしようかな~ 天の神様の言う通り  けっけのけーのおーまーけーつーき」と歌うらしい。

 日本の「どれにしようかな~」と幼心をくすぐるような好印象を期待したのであろうが、ネイティブならいざ知らず、一般の日本人を相手に見たこともないような横文字の名前をつけて、果たして柳の下にドジョウはいただろうか。

博多リバレィンはこちら
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by matutaka31 | 2011-12-13 20:52 | 思いのまま | Trackback | Comments(24)

被爆影響の生涯持続性

 70年前の12月8日、日本は真珠湾を攻撃し連合国に宣戦布告した。私は終戦の日はかすかにの記憶しているが、この開戦日の記憶はない。

 開戦から70年過ぎた12月8日とその翌日、私は福岡市で行われた九州地区原爆被爆者相談事業講習会に参加した。
 日本は、この戦争によって広島・長崎両市が原爆被害を受け、アメリカの原爆実験によるビキニ環礁での被爆、そして原子力の平和利用の基に作られた福島原の発事故と相次ぐ被爆と被曝で、皮肉にも世界で放射能の被害が多い被ばく大国になってしまった。
 だから私に限らず参加した人たちは、広島・長崎での被爆体験だけでなく、福島で被曝した人達の今後のことを思い複雑な気持ち参加したに違いない。
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270余名が参加した講習会の模様

 講習会では「被爆者の健康問題の現状」と題し、長崎原爆病院院長 朝長万左男先生の講演があった。
 その講演の中で、私は次の部分に衝撃を受けた。
「入院ガン患者のうち(転移ではない)多重ガンの発生が多いのが特徴的にみられる。66年過ぎた現在でもこうした多重ガンが発症することは、被爆によって人体のDNAが何らかの損傷を受けているためで、被爆の影響が生涯持続することを物語っている。」という主旨の部分である。
 先生の話によると、広島・長崎では当時放射能の測定がなされていないため未知の部分が多いが、疫学的にみて、1,5km以内で100ミリシーベルト以上の被爆者ではガンの発生率が高い傾向がみてとれるとおっしゃる。
 福島の原発事故ではかなり細かく測定されているので、今後の健康管理のあり方についていろんなことが解明されるであろうとも。また、世界も日本の今後の健康管理に注目している、とも。

 被爆当時から放射能によるDNAの損傷は言われていたが、66年経過した現在、そのことを裏付けるような多重ガンの発生が今なお続いている現実は、現在健康である私の体内でも免疫力が低下すればいつでもガンの発病につながる可能性を秘めているということにつながる。
 改めて被爆の怖さを認識させられ、今まで以上に自分の健康を保持する努力を怠ってはいけないと肝に銘じた。
 原爆者の平均年齢は既に77,6歳の高齢になってしまったが、今なお約22万人の被爆者が闘病中もしくは現在健康状態であるが発病の不安を抱えながら暮らしている現実があるうえに、新たな原発事故の被害は子供から大人まで幅広い年齢層に及ぶ多くの人たちに大きな犠牲と不安を背負わせる結果となってしまった。
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by matutaka31 | 2011-12-10 12:03 | 思いのまま | Trackback | Comments(6)

・・・大根、されど・・

 大根ほど四季を通じて日本人に馴染み深い野菜は、他にないのではなかろうか。
 今では年中店頭に並ぶし、作る気になれば品種を選びさえすれば年中栽培可能だから、家庭菜園でも自給自足ができる身近な野菜である。
 その大根、11月から翌年3月にかけて美味しさが一段と増す時期だから、当地では今まさに旬の時期である。
 
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わが菜園で今収穫中の大根、今年のは少し辛め。
品種のせいか、肥料のせいか・・・?
ご近所さんにもお配りしている。


 
 大根は日本列島くまなく栽培可能で、、中でも主要産地といわれるのは、北海道、千葉、青森、神奈川、鹿児島、宮崎の県で全国生産量の半分を占める。
 北海道では、既に漬物になったり、雪下の地中に保存されたしているだろう。一方宮崎では風物詩の干し大根が見られることだろう。

 その品種は、練馬大根、三浦大根、守口大根、亀戸大根、 聖護院大根、桜島大根等々昔懐かしい名前もあるが、今は特定の産地を除けば、青首大根が主流になっているのではなかろうか。

 その大根がどのように食べられているか興味深い。
 言うまでもないが、生で食べるもの(貝割れ大根、 大根おろし、サラダ、繊切り(刺身のつまなど)等)、加熱・煮込みするもの( 風呂吹き大根、おでん、味噌汁等)、漬物(漬け、たくあん、べったら漬け、福神漬け、さくら漬け、いぶりがっこ等)、乾物 (切り干し大根、割り干し大根、ゆで干し大根等)、香辛料 (辛味の強い辛味大根を、ざるそば、うどんなどの薬味等)様々で、ひげ根を除き捨てる部分がない優良児である。

 これほど日本人の食生活に欠かせない身近な野菜なのに、 「大根役者」、「大根足」、「大根切り」、「大根めし」など、あまりにもいいイメージとは云えない例えに引用されているのも不思議だ。全ての人にとって身近な品物だからこそ、と言えなくもない。

 ついでに、大根の茎はないのだろうか、という疑問に答えてておこう。
今の時期に見られる葉っぱと根の間に茎がある。今は目に見えにくいが、春先になるとこの部分が延びて茎が顕になるので良く分かる。
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by matutaka31 | 2011-12-06 22:02 | 思いのまま | Trackback | Comments(6)