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複雑な気持ちで眺めた車内の光景

 私は、車内ではなるべく椅子に座らない主義。
 理由は単純、立っているとバラス感覚を養うことが出来るのと、もうひとつは眠って乗り越す恐れがないから。

 ある日の午後10時半過ぎ、一杯機嫌で電車に乗ったとき、かなり混雑した車内で目にした光景。
 かなり酩酊している高齢者がドアの側の手すりをつかんで、立っているのがやっとという形で必死でこらえている。電車が動く度に、時には横に座っている女性にもたれかかるような格好。
 その側に座っている若い女性は、迷惑そうに体をよじりながらも、携帯から目をはずすことはない。親子の年齢差に見える二人の微妙な雰囲気が車内に映し出される。

 最初のうちは、「いい年をして酔っ払ってしまって! シャンとせんか!」と、私は反面教師を見るようで、喝を入れたくなる思いでその男の振る舞いを見ていた。 電車は2駅・3駅と過ぎるが、その光景は変らない。
 男の足はおぼつかない。つり革にぶら下がっているが、今にも床に座り込みそう。
 それでも女性は知らぬ顔で、携帯に夢中。
 ついにそのままの状態で8駅過ぎた。

 私のその若い女性に対する気持は、微妙に動いた。
 お父さんみたいな人なのに、なんとも思わないのだろうか?


 そうこうしているうちに、件の女性は9番目の駅で何事もなかったように降りていった。
 私は、男性に椅子に座るように勧めた。
 するとその男性ははっきりした口調で、「ここはどこですか」
 「○○駅ですよ。」
 「有難うございました。乗り過ごしてしまいました」と少々照れていた。
 次の駅で、向かい側の電車に乗るよう言い伝えてその男性を見送った。
 「有難うございました」 とぎこちないが律儀な返事が返ってきた。

 件の男性は、他の乗客に迷惑をかけないよう、なるべくドアの側で我慢していたのではないか。
 仮に席を譲られた時、どうしただろうか。若い女性に席を譲られ、さっさと座っただろうか。
 一方の席をゆずらなかった女性は、代わってあげようという気持は一度も湧かなかったのだろうか。

 些細な出来事だけれど、冷たい世相を垣間見るようだった。
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by matutaka31 | 2012-01-30 18:41 | Trackback | Comments(8)

eメールのマナー

 昨日は、仲間で作っているパソコンクラブの勉強会。原則として毎週1回、2時間実施している。
 テーマは「知っているようで知らないメールのマナー」。
 メールで楽しくコミュニケーションが出来るようにするには、日常生活と同じようにメールにもマナーが求められる。
 ところが、知らず知らずのうちにマナー違反をしているかもしれない。 この点をF社提供の情報を基にして、自分のメールマナーの度合いを確かめ合うことにした。
 始める前は、「そんな事はとっくに知っているわい!今更言われなくても・・・」の空気が流れていたが、いざ実例に触れると、思いのほか疑問・質問が飛び出し、夫々に思い当たる節があるようだった。
 やはり仲間同志のクラブならではの雰囲気だ。

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マナーの幾つかを挙げると
○添付ファイルのサイズの大きさに気をつける
○宛先・CC・BCCをうまく使い分ける
○テキスト形式で送る
○機種依存文字を使わない
○顔文字ををうまく使って感情を表す
○文章を読みやすくまとめる
○返信を忘れない
○自己主張は控えめに
  等々。
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 最近、文字化けが起き易くなっている原因の一つに機種依存文字の使用が挙げられるので、注意したいところである。
 また、携帯電話やズマートフォン等が普及しているが、携帯に比べ伝えたいことがより細かく表現できるので、私はもっぱらeメールを愛用している。 古い!と言われるかもしれないが・・・。
 これからもマナーに心がけ、楽しいコミュニケーションを続けよう。 
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こんなことをイメージしながらメールを書くといいかも (^。^)

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by matutaka31 | 2012-01-26 11:44 | 思いのまま | Trackback | Comments(8)

北海道に到着(バーチャル 日本一周歩こう会)

 
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 1月23日夜、北海道松前に到着。ついに・・・と言おうか、来たぞ~と言おうか、気持ちは“早く着きたかった”に尽きる。思えば遠くに来たもんだ!
 北海道での生活は、学生時代の夏休み中約1ヵ月と、1968年2月から1972年8月までの4年6ヵ月間の転勤生活の2度である。
 仕事は苦い思い出もあるが、北海道ならではの貴重な経験も数多くある。 がしかし、今更思い出したくもないし、思い出したとしても今の私には何の意味もない。
 むしろ私生活面で味わった体験は、私の生活を心豊にしてくれた良い想い出が一杯詰まっているところである。

 札幌に着任早々、中古のクラウンを買って、休みをフルに使って道内をくまなく走り回った。
 ある時は釣竿を積み込み、釣り仲間と、
 ある時はスキー板を載せ、仲間や家族と、
 ある時はバーベキュー(ジンギスカン料理)の材料を積み込み、家族と親しい家族と。


 北海道に住んだ当時、地平線を見渡せる広大な土地と、道路の幅の広さと直線距離の長さ、カラフルな屋根・・・見るもの全てがエキゾチックな印象が強かった。
 出会った人々の考えもスケールが大きかった。(クラーク博士の教訓が活きているのか?大陸的なのか?あるいは開拓精神を引き継いだのか)
 更にもう一つ付け加えるならば、女性の言葉の荒さ、男性と同じ言葉使い。 

あれから40年!
 どのように変ったか、興味深い。
 当時の懐かしい思い出を辿りながら、今の北海道の旅をしばらく楽しむことにしよう。
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 楽しい思い出は、これからの私生活の刺激になり、新たなエネルギーにもなる。 しばらくの間、釣りの想い出が多い寿都、岩内、小樽方面に足を延ばそう。
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by matutaka31 | 2012-01-24 20:31 | Trackback | Comments(12)

菜園では、もう雑草が勢い良く伸び始めた

 昨日、思いがけなく好天に恵まれ、玉ネギの草取りと空豆の手入れをした。
 この一月余、野菜の収穫に行くだけで特別作業をすることもなかったので、本当に久しぶりの農作業だった。
 <玉ネギ>
 植えているのは、白の極早生・早生・中晩生・晩生、赤の中晩生と合わせて600本余であるが、昨日は赤の中晩生種と白の晩生種・中晩生種約400本の中耕除草と追肥の作業。
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草取りを終えた玉ネギ 先の方には取り残した雑草が・・・

 この時期、普段目にするものは枯れ草や落葉した小枝であるが、畑や花壇に目を移すと、そこにはもう雑草が勢い良く伸び始めている。
 我が菜園も同じで、この時期に除草していないとアッという間に伸びて、雑草の中に玉ネギを植えているのか、と間違われそうになる。
 腰を下ろしての草取り作業は、慣れない作業だから何度も立ち上がり腰を伸ばしてはまたしゃがみこむ・・・、この繰り返し。家庭菜園をやっていて、この草取りが一番嫌な作業だ!
 肥料は、N・P・kの比率が8:8:8の化成肥料。今日の雨で即効性が出るだろう。
今年も雑草とのシーソーゲーム、いや私にとっては雑草との闘いの始まりだ!

<空豆>
 昨年11月に植えた空豆が、今じっと寒さに耐えながら、我が世の春を待ちわびている。
 
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まだ零度以下に気温が下がっていないので、緑は勢いを保っているが、一旦零度以下に下がって強い霜や雪に当たると新芽が痛んでしまうので、これからの寒さが気になる。
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 本葉が5~6枚のところで、今年初めて主幹の摘芯を試みた。こうすることで側枝の発育を促し、大きい空豆を収穫しようと言うのが狙い。
 主幹の根元から、もう5~6本の側枝が伸び始めている。
 第一回目の追肥と軽い土寄せを先日施していたので、昨日は大きな雑草を抜く程度の作業だったが、生育は順調のようだ。
 初夏には莢が空を向く。 そしてビールの友に。その時期が来るのもアッと言う間だ。
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by matutaka31 | 2012-01-22 10:51 | 思いのまま | Trackback | Comments(8)

物忘れ

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 我々高齢者仲間の集まりで良く話題になるのは、健康、ピンコロ、そして物忘れが定番。その物忘れ、早い人は40代から自覚症状が現れると言う。
 「あれ・あれ、あの人・・・」、「あそこ、あそこよ・・・」とまるで日本語を忘れた人のような会話が続く。でも、それで会話が成り立つから不思議なもの。
 このての会話は笑って済ませるが、「コンロに火をつけたまま忘れてしまった」、「鍵を掛け忘れて寝てしまった」・・・の類になると怖いことになる。

  今月16日(月)NHKテレビ「あさいち」で「物忘れよ さようなら」とういうテーマを取り上げていた。
 それによると、物忘れは、脳の前頭前野にある「ワーキングメモリ」という記憶の働きの低下が原因だということが最近の研究でわかってきたという。
 その働きが衰えてくるのは40代から。でも、そのワーキングメモリが鍛えられると物忘れを防ぐことができるという興味ある話。  どうやってその「ワーキングメモリ」を鍛えるかであるが、イメージを働かせて記憶することで、容量が限られているワーキングメモリにうまく記憶を載せることができのだそうだ。


 私は人や物の名前を覚えてもすぐ忘れてしまうので、どうしても忘れたくないものは、 その人や物のイメージにつながるものを連想することにし、また、数字は語呂合わせで覚える等の工夫をしている。 

 ある時私は、自分のメールアドレス帳に18文字の長いアカウントのアドレスがあるのに気付き、そのアカウントにどんな意味が隠されているのか興味がわいた。メールアドレスのアカウントを覚えたところで何も役に立たないのだが、遊び心で18文字の関連性を解きながら覚える方策を見出しててみようと模索してみた。
 ところが厄介なのは、含まれている7桁の数字の並びに隠された法則を見つけることが出来ず、仕方なく、私なりに覚える方法をイメージしながら18文字の関連性を創造して覚えることにした。こうして数字を覚えるのも楽しいものだ。
 
 そして今、幾つかの携帯電話番号11桁の数字を覚えておきたいと思い、語呂合わせをあれこれ考えている。
 ある時酒を飲んだ勢いで、ある人の携帯番号を語呂合わせで諳んじていることを自慢しようとチョッピリ意気込んだところ、見事に勇み足になってしまった。メモに7桁まで書いたのはよかったが、後の4桁がどうしても出てこない。語呂が浮かばない・・・こんなはずはない・・・と思い出そうとあせっても出てこない・・・、そしてついにギブアップ! 酒を飲んだくらいでその語呂がイメージできないようでは覚えたことにならない。
 大切な人の携帯番号を、とっさに思い出せないような語呂合わせでは意味がない。 出てこなかった4桁の語呂あわせを改め「五目並べで報われた」に変えた。これだと少々酒を飲んだ後でも思い出せるだろう。(^。^)

 あれもこれも覚えようと欲張るのは、無駄な抵抗と言うものだろう。
 このイメージ・語呂合わせをゲーム感覚で楽しみながら、前頭前野のワーキングメモリを少しでも活性化させ、物忘れを少なくできればればと願っている。

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by matutaka31 | 2012-01-19 11:14 | 思いのまま | Trackback | Comments(8)

あれから17年

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 17年前の95年1月17日未明の「阪神・淡路大震災」の様子とその後の復興の姿をテレビでみていると、当時私が勤めていた会社の神戸支店の施設が大被害を被ったときのことを、つい先日の出来事のように鮮明に思い出した。

 当時東京の本社勤務だった私は、電話回線が不通になる中、かろうじて通じる公衆電話を頼りに、神戸支店の社員の安否確認と被害状況の把握を急いだ。
 現地に出向くことが急務で、やっとのことで大阪まで辿り着いたが、その先の交通手段が完全に閉ざされていたので、泊まる宿も見つからず、なりふりかまわず大阪市内のラブホテルに1泊し、翌朝、小型船をチャーターして海路神戸支店を目指したが、ガス漏れの危険のため近寄ることが出来ない。 監視船の目をかいくぐってやっと会社の専用岸壁に上陸したとき、目にした光景は想像を絶するひどいものだったのを、つい先日の出来事のように鮮明に思い出した。
 
 私はそれから約1年間、大きく損傷した穀物の輸入大型貨物船を接岸させる岸壁と穀物を荷揚げする大型アンローダの復旧、サイロ・倉庫の修復等、会社の命運をかけた、約35億円を要する施設の機能復旧工事の指揮を、社長の下でとることになった。
 神戸に滞在する期間が長くなる中、被災地の状況を見て回ったが、その被害の状況は筆舌に尽くし難い有様だったことは、今になっても生々しく甦る。

 東日本大震災の被害j状況は、津波と福島原発事故が中心に報道されているので、地震そのものの直接被害はあまり報道されていないが、津波を免れた被災地に於ける地震の被害は、神戸の例から相当なものであったに違いないだろうと推測され、その後の復旧状況が気にかかる。
  
 神戸支店での施設の復旧が予定より半月早くできたのは、目標を定めて、がむしゃらに社を挙げて取り組んだ結果であり、それに応えた行政、関連会社の方々の支援の賜物であることは言うまでもないが、同時に、緊急時であればあるほどトップの判断と決断が求められることを、身を持って経験したことが懐かしく思い出される。 
 
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by matutaka31 | 2012-01-17 23:11 | 思いのまま | Trackback | Comments(8)

収穫とその後のメンテナンス

 去る12日、好天に恵まれ庭の「八朔」を収穫した。
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 柑橘類の中には、木に生ったまま完熟させるのもあるが、八朔は木に生ったまま熟成させると苦味が増すので、この時期に収穫して約1ヶ月くらい保管・熟成させると美味しくなる。
 もう一つ、何時までも実をつけたままだと木に負担がかかるので、木の消耗を防ぐ目的もある。

 脚立に登って収穫していると、見知らぬ人が声をかけてくる。
 緑の葉に包まれるように黄色いミカンが鈴なりに生っているさまは、遠くからも目立つらしい。 みかん好きな人ほど関心があるようで、「デコポンの収穫は何時がよいか」など、私が知らないことまで質問される始末。
でも、この八朔が取持つ縁で、見知らぬ人たちとの会話が弾むのもいいものだ。
 庭にこんなミカンを育てる楽しさ、収穫する喜び、旬の味をいただく幸せ・・・感謝の一言に尽きる。
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この八朔の木、少し背が高くなりすぎた。
 木に登って収穫するには、66kgの体重を支える程枝が大きくない。仮に登っても枝先まで手が届かない。
 4段の脚立を使うが、上の方に上がるとバランスが危うくなるので、高鋏みを使う。
 今年こそ、上の方の枝を少し剪定しよう。

 収穫した後は、お礼肥を施し、病虫害の防除、整枝・剪定作業が待っている。収穫しっぱなしで、何もしなくてもそれなりに来年もある程度の収穫は出来るだろう。でも、次第に木は細り、みかんも小さい実になり、数も少なくなるばかりか味までまずくなってしまうだろう。
 そのしわ寄せがみかんの木の成長と収穫にじわじわ影響して、何年か先には枯死(早死)してしまうい違いない。
 後継者がいなくなったのか、荒れ放題になったミカン畑で、茎葉共に生気をなくして枯死寸前のミカンの木をよく見かける。
 
 八朔の収穫後の管理を、わが身の健康管理に置き換えてみよう。 
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by matutaka31 | 2012-01-15 18:20 | 思いのまま | Trackback | Comments(8)

呼吸法の大切さと難しさを実感

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 呼吸法には、上記3つの方法がある。
 人は皆活きている限り呼吸し続ける。
 生まれて死ぬまで、起きているときも寝ている間も、空気を吸っては吐き吸っては吐く呼吸を繰り返す。あるときは激しく、ある時は静かに・・・体の要求するままにリズミカルに繰り返す。
 それで多くの人は70歳、80歳あるいはそれ以上生き長らえている。
 それなのに、何故敢えて呼吸法なるものが脚光を浴びるのか。

 言うまでも無く、人はごく自然な呼吸によって身体機能を維持しているが、その呼吸法を意識的に変える事によってその人の身体機能を更に強化することが出来るからである。  例えばヨーガ、気功、太極拳等の健康運動、仏教の座禅、各種スポーツ等々にみられるように、運動機能の強化だけでなく、老後の健康維持、精神鍛錬等にこの呼吸法は重要視されている。私が今行っている太極拳は、この逆腹式呼吸を多用する。

 私は太極拳を初めて丸6年になるが、日頃の練習でこの呼吸法を取り入れることにより、バランス感覚の強化、柔軟な身体の動き、体の中から湧き出る爽快感等その効果を少しづつ実感出来るようになってきた。
 しかし一方では、この呼吸法の難しさも実感させられている。 つまり自然立ちや寝た状態でこの呼吸法を取り入れるのはさほど難しくないが、運動の最中に呼吸法を取り入れる、言い換えれば呼吸法を意識しながら運動するのは大変難しいと言うことだ。
 その難しさを克服するのは日頃の訓練に他ならないが、一朝一夕に会得できるものではないようだ。 
 これからも引き続きこの呼吸法を意識しながら生活習慣に取り入れていくことが、今後の健康維持に繋がるものだと思っている。

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by matutaka31 | 2012-01-12 11:18 | 思いのまま | Trackback | Comments(8)

日の出が早くなる喜び

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 冬至を過ぎて日が長くなると思うと、夏至を過ぎて日が短くなるのに比べ、何故か気分的に明るくなる。



 まだそれ程感じないが、これから一日一日昼が長くなり陽射しが強くなるにつれ、あらゆる植物が芽をふき、とりわけ長日植物は勢いを増し、辺りは新緑に包まれ、自然界はエネルギーに満ち溢れてくる。
 暦の上ではまだ小寒に入ったばかりでこれから寒さが本格的になるにもかかわらず、そんな日が確実に近づくかと思うと、心は早くも温かさを感じ、これからの寒さも我慢できる。
 私は、昼が長くなると言うよりも日の出が早くなるのが嬉しい。“よしっ今日も・・・”という気力が湧いてくるのを感じ、アウトドアー派にとっては何がしか得をするような気になるから。
 その日の出時刻が早くなり始めるのが、ここ福岡では1月17日から。

 国立天文台 天文情報センター 暦計算室の情報によれば、福岡の日の出時刻は冬至を過ぎてもなお12月末まで遅くなり続け、1/1~1/16間は同じ7時23分。そして1/17から徐々に早くなる。
 一方日の入りは12月初めから徐々に遅くなり始めているので、昼の時間はわずかながら長くなりつつある。

             1/ 1  日の出 7:23 日の入り17:21 
            1/16  日の出 7:23 日の入り17:33
            1/17  日の出 7:22 日の入り17:34
 
              
 このように、当福岡では1月16日を境に17日から日の出が少しづつ早くなり、既に日の入りが遅くなっているのと合わせ、昼の長さが加速する。
 来月には梅の花が咲き、わが菜園では春~夏作野菜の準備に取り掛かる。
 遠くからかすかに春の足音が聞こえてくるようで、年を重ねた肉体といえども、心がときめく。
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by matutaka31 | 2012-01-07 21:55 | 思いのまま | Trackback | Comments(8)

丸餅?それとも角餅?

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 若い頃、福岡から札幌に転勤した当時、角餅に出会ってと言うより丸餅がないのに驚いたことがある。
 最初は北海道だけと思い込んでいたところ、その後東京に転勤したときも角餅だらけだったので、 関東の人たちに聞き正したところ、餅と言えば当然「角餅」といわんばかり。
 私は、餅といえば丸いのが当たり前と思い込んでいたので、餅に対するイメージが大きく壊れてしまった記憶がある。
 その後、日本には丸餅文化圏と角餅文化圏が東西に分かれていることが分かった。日本列島雑煮文化圏 この分布図を見ると、明らかである。

 このように二つの文化圏が生まれた背景には諸説あり、どれが正しいのかよくわからない。
 その境界線は、京の公家文化と江戸の武家文化の違いによるという説だとか、丸餅はサイズを一定に揃えるのは難しいうえ、ごろごろして持ち運びや保存に不便である一方、角餅は大きさも均一にし易く、持ち運びや保存に便利だという功罪論までいろんな説があるようだ。

 私には、そんな諸説はどうでもよい、誰がなんと言おうと、餅は丸餅でなければならない。
 あの丸い形をした餅のイメージは、円満そのものである。搗き上げた餅を家族の手で揉むのがアットホームの雰囲気を醸し出し、大きさが揃わないところに手作りの良さがある。
 当然、お雑煮も丸餅で無ければならない。 正月早々、角餅の雑煮ではそんな円満な雰囲気は伝わってこない。

 
 大体日本食に限らず食べ物は、概ね丸みを帯びているものだ。自然界で収穫できる食べ物にに角ばった物のを観たことがない。食材で角があるのは豆腐くらいだろう。その豆腐にも丸いものが見受けられる。
 斯様に食文化は、和やかで円満な雰囲気の中から育まれたものだと思う。
 福岡に終の棲家を構えた今、我が家では断然丸餅だし、雑煮も当然のことながら丸餅を使う。30年ばかりの東京生活でも、雑煮の角餅は馴染めなかった。

 余談だが、丸餅文化圏の西日本で唯一沖縄県には雑煮や御節の風習がないらしい。その沖縄では正月は餅は食べない習慣だろうか、食べるとすれば角だろうか丸だろうか、ちょっと気になる。どなたか教えていただきたい。
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by matutaka31 | 2012-01-06 11:48 | 思いのまま | Trackback | Comments(6)