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探梅から観梅へ

 “逃げ月”とはよく言ったもので、2月はアッという間に過ぎ去ってしまった。
 この月の印象と言えば、私には何と言っても梅。月初めに大宰府天満宮の飛梅の開花が話題になり、春の訪れが近いことをそれとなく知らせてくれる。その頃になると、我家の枝垂れ梅の蕾が膨らみ始める。
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我家の枝垂れ梅


 ウオーキングの時、通りの家々の庭先に見える梅の蕾が日ごとに膨らむのが目に付くようになる。何時咲き始めるかな~と、開花が待ち遠しくなる。ある日一輪の花が見える。ホッとする瞬間だ。
 あちこちから梅の開花ニュースが流れてくると、気がはやり行ってみたくなる。

 今年は大宰府天満宮梅園を初め、福岡市舞鶴公園の梅園、そして久留米市の梅林寺外苑と、タイミングよく夫々名所と云われる場所の観梅が出来、寒さを忘れるような心温まる観梅ができてよかった。
 それもこれも、心が通い合う仲間が居ればこそであり、加えて自らの健康のおかげと、心からありがたく思っている。
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大宰府天満宮の紅梅

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福岡市舞鶴公園の梅園

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久留米市梅林寺外苑の梅園

 私には、身近な場所で一度行ってみたい場所がまだたくさんあり、そうした知らない場所を同じ思いの仲間と訪ねるのが楽しみである。

 アッという間に過ぎ去った2月に代わり、明日から“去る月”とも云われる3月。所属しているボランティア団体やクラブの年度末でもあり、趣味の家庭菜園も忙しくなるなど、あれこれ忙しい思いをする月で、アッという間に過ぎ去ってしまうだろう。

 でも月末から4月上旬にかけ、楽しみな桜の花見の季節がやってくる。野に山に新緑が甦り、身も心も躍動する楽しい季節がやってくる。
 思っただけで心が弾む季節。 大切に過ごそう!

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by matutaka31 | 2013-02-28 10:26 | Trackback | Comments(8)

春じゃが芋の畝作り

 春の足音が近づくと共に、冬の間収穫以外作業をすることが少なかった我が家庭菜園では、春・夏野菜作り準備で活気を取り戻す。
 まず手始めに、先日、じゃが芋の畝作りを済ませた。 植える品種はメークイン・男爵・キタアカリの3品種で植え付けは今月末を予定。
 この畝の側には、昨年秋に植えたじゃが芋が、まだ土の中に眠っている。そのじゃが芋も2月で終わるので春じゃが芋が収穫できる6月までの約4ヶ月は、端境期で購入じゃが芋に頼ることになる。
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作った畝の奥の方に見えるのは玉ねぎ

 作業の合間に手を休めていると、二羽の百舌がやってきて、鍬の柄にとまってミミズを探している。
 物怖じをしないと言うか、餌に目がくらんだと言うか、兎に角2~mの近くまで近寄って、カメラを向けても驚かない様子。
 野鳥には関心がない私だが、近づいてくるとなんとなく親近感が湧いて写真を撮る気になった。
そっとポケットからデジカメを出してシャッターを押す。 驚かさないように撮ったため、ややピンボケになったが、思いも寄らぬ来客にしばし心が和む。
 どうやら番のようだ。
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 昨年秋アサツキの根(小ネギ)を収穫しないまま放置していたところ新芽が出始めたので、あわてて株ごとそっと掘り出し、別の場所に移植した。真っ青な新芽が目に沁みる。
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 これから5月上旬にかけ、春夏野菜の種蒔き、育苗、移植とあわただしい時が続く。そのうえ雑草は我が世の春とばかり一斉に伸び始める。
 雑草は小さいうちに取っておけば後が楽なことは分かりきっているが、まだ当分大丈夫・・・とたかをくくっていると、アッと言う間に手に負えなくなるほど大きくなってしまう。
 悪い芽は小さいうちに摘み取るべし・・・分かっているけどできない・・・あ~あ!今年も相変わらず同じことを繰り返そうとしている。 
 でも、それでいい! 無理をすると、折角の趣味の楽しみが半減どころか苦痛になってしまう。今年も何時ものとおり、自分流でいこう。
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by matutaka31 | 2013-02-22 18:36 | 思いのまま | Trackback | Comments(8)

どうにも腹の虫が治まらない話

 4月からの電気料金値上げをめざす九州電力の体質を端的に表すかのような新聞記事が、2月になって頻繁に出るようになった。
 私は九州電力が供給する電機の恩恵にあずかっているだけで、九州電力の経営にはまったく縁もゆかりもない一市民に過ぎない。
 したがって九電の経営にどんな事情があるかは知る由も無いが、どうにも腹の虫が治まらない話を、最近の新聞記事から抜き出してみよう。

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※印の部分は、A新聞の引用(ただし色文字は小生がつけたもの)

福岡での値上げ公聴会での席上、
 男性「役員報酬35%減らすから、2千万円台になるんですよね」
 社長「いえ、そうではなく、35%削減して平均3200万円です」
・・・・・・・。


九電は相談役2人と顧問1人に報酬として、年間計8900万円支払うことを明らかにした。電気料金値上げの前提である原価に入れている。1人あたり約3000万円は、同じ4月の値上げをめざす関西電力や、かって東京電力が顧問に払っていた平均水準の3倍にもなる。   3人の内、相談役2人は元社長、顧問は2011年におきた「やらせメール問題の責任をとって12年に社長を辞任した云々。
  

電気料金値上げを申請している九州電力が、元社長や元役員らが勤める「顧問」や「相談役」の報酬、社用車、秘書などの費用を電気料金をはじくための「原価」に含めていた。

九州電力は、一般社員の基本給を4月から平均5%減らす案を労働組合に示した。
 今夏の賞与については全額カットを含め検討している。管理職の給与は10%程度減らす方針。
 ただ九電は役員報酬について、来年度以降も平均3200万円を出す方針。顧問や相談役にも平均約3000万円の報酬を予定している。

 私には、今の電気料金が原価主義、公正報酬、需要家間の公平、の3原則の条件を十分満たしているのだろうかと疑問が湧いてくる。とりわけ公正報酬の面では認可料金制度の問題点を浮き彫りにしているように思えてならない。国のお墨付きをもらえれば、後はもうこちらのもの・・・。そのために大義名分を表面に押し出す我田引水的策略が・・・。
 正当な原価積み上げ方式で決まる電気料金であれば、もとより拒む理由はない。しかし最近の新聞情報を見ていると、役員報酬一つをみても、認可料金制度に寄りかかった経営者の姿勢が透けて見える。
 「どうにも腹の虫が治まらない話」と、とらえているのは私だけだろうか。

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by matutaka31 | 2013-02-18 16:43 | 思いのまま | Trackback | Comments(11)

「ボストン美術館-日本の至宝」展

 大宰府天満宮でのお参りを終え、天満宮に隣接する九州国立博物館に向かった。
 同博物館で現在開催中の「ボストン美術館-日本の至宝」展観賞。 
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展示場入り口に掲げられた「雲龍図」 龍の頭部

 明治時代、日本人は西洋かぶれと云われるほど西洋美術に現を抜かし、日本美術には目を向けず多くの貴重な絵画を売り渡してしまったため、数多くの日本画が海を渡ったという。
 今となっては取り返しの付かない、惜しいことをしてしまったものだ。
 配布されたパンフレットによると、「アメリカ・ボストン美術館の日本絵画が、かってないスケールで里帰りします」とある。
 そのような経緯のある絵画展だけに、私が生きているうち二度とないチャンスだと思うので、是非見ておきたかった。

 今回展示されている絵画70点のうちボストン美術館から里帰りしたのは、厳選された絵画46点である。
  展示の順序 
    第1章 仏のかたち神のすがた(出品21点、うちボストン美術館17点)
    第2章 海を渡った二大絵巻  (出品6点、うちボストン美術館2点)
    第3章 静寂と輝きー中世水墨画と初期狩野派(出品15点、うちボストン美術館12点)
    第4章 華ひらく近世絵画(出品17点、うちボストン美術館7点)
    第5章 奇才 曽我蕭白(出品11点、うちボストン美術館8点)

 一旦展示場内に入って1時間ほど経った頃、当日午後予定されていた講演会に参加するため一旦展示場外に出て、「大宰府天満宮特別企画講演会「海を渡った名画ーボストン美術の桃山・江戸絵画」・・・講師:河野元昭氏」の90分間の講演を聞いた。
 絵画に疎い私たちにとって最初のうちは、なんだか難しい内容だったので、つい居眠りをしそうになってしまった。
 隣の仲間はどうかとそっと様子を伺うと、真面目に資料を見ている様子。
 居眠りしてはいけない・・・と気を取り直したそのとき、仲間の上体が緩やかに前後に揺れている・・・。(^_^)
 やはり同じ・・・だな~と内心ホッとしながら眠いのを我慢して良く聞いていると、作者の画風(例えば直角・水平・45度とか大胆な描画等々)や、何を画いたものであるか等、夫々その絵画の説明があり、絵画オンチににも分かりやすい内容に話が進んで行ったので、それからは眠気が吹っ飛んでしまった。
 お陰で講演後観た絵画は、講師の説明を思い出しながら観たため、楽しく観賞する事が出来てよかった。
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松島図屏風 尾形光琳筆

 観るもの全てが印象的だったなかで圧巻だったのは、「奇才といわれる曽我蕭白の奇想天外で勇壮な「風仙図屏風」、奇抜で大胆且つ個性的な「雲竜図」、そして間抜けな千人が若い女の白いふくらはぎを好色ないやらしい目付きで見ている「龐居士霊昭女図屏風」(見立久米仙人)、それにユーモラスなタッチで画かれた吉備大臣入唐絵巻等々であった。
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風仙図屏風の一部分 曽我蕭白筆


 こんな素晴らしい大作が母国に保存されていないことは、日本の芸術界にとって大変残念なことである。
 日本から流出してしまった貴重な絵画、おそらく二度と観ることはないだろう。


 観終わって閉館までの約20分間、常設展示場の「印籠展」を観た。
 何十いや何百種類の印籠が展示されているのを観て、当時の高級武士や金持ちの商人たちの日頃の生活ぶりの一端を知るようで、ドラマ水戸黄門の印籠ぐらいしか馴染みがない私は正直驚いた。

 このような機会に恵まれたことは、想い出に残る貴重な体験で、大宰府天満宮から九州国立博物館の一日は、楽しさと同時に新たな知識を得た充実の一日になった。
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by matutaka31 | 2013-02-14 17:12 | 思いのまま | Trackback | Comments(10)

大宰府天満宮から九州国立博物館へ

 久しぶりに大宰府を訪れた。
 お目当ては、九州国立博物館の「ボストン美術館-日本美術の至宝」。連休で混み合うことは分かっていたが、展示作品にまつわる講演会に参加できるチャンスがあったので、混雑を覚悟のうえで出かけた。

 まずは大宰府天満宮へお参り!
 好天にも恵まれ、大勢の参詣客で賑わっていた。
 受験シーズンで合格・学業祈願の人や観梅目的の観光客に混じって、中国・韓国の観光客が目立つ。正に国際観光地の感がある。

 拝殿で神主の祝詞を神妙に聞き入る大勢の祈願者の姿を見ると、彼らの神頼み心境が伝わってくるようで、何時の時代も神頼みは変わらないな~と、チョッピリ同情的な気分に包まれる。

 有名な「飛梅」は満開に近い見頃だった。
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 この飛梅は、『東風吹かば 匂いおこせよ梅の花 主なしとて 春な忘れそ』と菅原道真が詠んだ梅である。
 九州の太宰府に左遷された道真が、自分がいなくなってもめぐりくる春には必ず花を咲かせ香りだけでもいいから東風(こち)にのせて自分のところへ送ってくれ・・・・・と別れの歌を残して大宰府へ旅立った。その梅の一枝が、主人を慕って一夜のうちに京から大宰府まで飛び、根を下ろしたと伝えられる・・・。

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お参りを済せた後、本殿裏側の梅園や茶屋が並ぶ境内へ進むと、絵馬ならぬ「ひょうたん」がたくさん吊るしてある。

 何だろう!・・・と思っていると、「厄払いひょうたん」 だと分かった。
 絵馬は、社殿の前に堂々と掛けられているのに、厄除けひょうたんは社殿の裏にあるの何故だろう。
 厄除け祈願を表に出すと、学業祈願のご利益が薄れるというのだろうか、・・・余計なことを勘ぐってしまった。

 ちなみに今年の厄年の最高齢は、男女とも61歳。 それ以上の厄年はない。
 「私達は、もう厄にも見放されたのかしら~(^。^)」と仲間が・・・
 「いやいや、61歳の厄を無事乗り越えたんだから、もう厄はなくなったことだし・・・この勢いで頑張ればいいのよ・・・(^^♪」

 こんな会話で笑い飛ばせるのも、お互い健康だからこそのこと!!

 ひょうたんの謂れを、帰ってから天満宮のホームページで調べてみると、「当宮には、天神さまがこよなく愛された梅の木の下で「ひょうたん酒」を飲めば、不思議と難を免れるという伝承があります。
厄除祈願をお受けになられた方々には、特別なお札・お守り、また御神酒と厄晴れひょうたんをお授けしています。」とあった。 厄除祈願  初穂料 5,000円とあった。

 境内に6000本もあるといわれる梅の木は、まだ蕾が固いのが多かったが、紅梅は満開だった。
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 かくして、梅の花をゆっくり観賞し、名物梅が枝餅を美味しくいただき、天満宮参拝も無事終え、満ち足りた気分で目的の国立博物館へ向かった。
 その模様は次回に・・・。

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by matutaka31 | 2013-02-11 21:37 | 思いのまま | Trackback | Comments(8)

ひょうたん池まつりの準備

 今日、今年で7回目を迎える「ひょうたん池まつり」をどのような内容にするかについて、関係者が集まって協議した。昨年10月から毎月1回のペースで話し合いを進め、今日で4回目。
 過去の反省を踏まえ、今までの延長ではマンネリになり、参加される皆さんの関心も薄れていくようなことになってはいけないので、どのような内容にすれば皆さんに楽しんでもらえるか・・・との視点にたって新たな発想で取り組むという基本方針で、過去のやり方に捕われず協議した結果、おおむねその目的に沿った祭りの骨組みが出来上がったと思っている。
 これから先5月中旬のまつり開催までの間、会員が協力し合い創意工夫を積み重ね、個々のイベント内容を創りあげることになる。

   昨年のひょうたん池まつりの一こま
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関係者を含め、約600名の老若男女が楽しんだ

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パンダちゃんも登場、子供達は大はしゃぎ!

 この地域は、いわゆる新興住宅地であるため、地域の老若男女が一堂に集まって楽しい一時を過ごす「お祭り」的行事がない街である。
 校区内の運動会は集まる範囲が広く且つ若年層になりがちであり、最近始まった町内の文化祭にしても出展者中心の集まりになりがちで、一堂に集まって和気藹々と談笑し合う機会がない。

 そんな街であるだけに、我々ボランティアグループが先頭に立ち、これまでの活動経験を活かし、地域住民の憩いの場であるひょうたん池を舞台にして地域の皆さんに親しまれる楽しい祭りを行うことで、今後の明るい住みやすい街作りの一助になれば幸いだと思っている。 
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by matutaka31 | 2013-02-08 15:54 | Trackback | Comments(8)

間もなく長万部に到着

 インターネット・バーチャル 日本一周歩こう会~~間もなく長万部(オシャマンベ)。
 昨年1月北海道入りしてもう13ヵ月、歩いた距離は1,824kmになるが、まだまだ道内一周歩き終えない。北海道が如何に広いかを改めて実感している。

 1月に歩いた距離は、166km、一日平均5,4km、寒い冬にしてはまずまずの実績と自己満足。そして今、室蘭から長万部を目指している。
 北海道一周も、いいよ最終章!思い出多い北海道の冬を満喫しながら歩くことにしよう。

 
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  ここ九州では、2月に入って季節はずれの温かい日が続いているが、北海道はまだ真冬。春の気配を感じるのは3月の雪解けが始まる頃だろう。
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 今月も、「健康勝る幸せはない」を肝に銘じて・・・頭の中から雑念を追い払い、精神を集中させながら寒さに負けないよう歩き続けよう。
      継続は力なり、そして健康の基なり・・・と。
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by matutaka31 | 2013-02-03 21:28 | Trackback | Comments(6)

ペットボトルお茶

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 以前、「まな板を持たない若い主婦がいる」という話を聞いて唖然としたことがあるが、またまたそれを上回る記事を朝日新聞の「天声人語」で目にして、開いた口がふさがなかった。
 その一部を引用してみよう。

 
ある講演会で、若い母親が「お茶って自分の家で作れるんですか」ときかれた。「はい」と答えると、彼女は「私のお母さんがお茶を作っているところを見たことがない。いつもペットボトルのお茶を飲んできた」云々。 「お茶を入れる」という言い方を知らないらしい・・・とも。
 福岡県立高校の家庭科教諭が生徒にアンケートしたら、冬に家で飲むお茶を「急須でいれる」と答えたのは2割しかいなかった・・・と。授業では急須を直接火にかけようとする生徒もいたという。


 おそらく50歳代以上の日本人にとって、直ぐには信じられない話であろう。
 どうやら、われわれが気が付かないうちに、ペットボトルお茶の普及と共に、家庭でお茶を入れるという習慣がなくなっているようだ。
 確かに最近、ペットボトルお茶はのみ易く美味しくなった。私も外出先では手軽に手に入るので利用することがある。
 ところがある日、知人に「ペットボトルお茶の美味しさの秘密はアミノ酸添加にあることを知っているか」と聞かれ、今まで一度も表示内容を見たことのない自分の迂闊さに気付いた。
 早速、ペットボトルお茶を買ったとき見てみた。原材料名のほかに「ビタミンc」というのが目に付いたが、知人が教えてくれた成分は表示されていなかった。
 ビタミンCには自然のものと人工のものがあるが、表示は単に「ビタミンc」とあるだけ。ましてや他の微量成分は、一定量以下は表示義務がないので表示するはずがないのだ。
 着色剤、香料、甘味料、栄養素等々ペットボトルお茶に秘められた中身は、お茶代わりに毎日飲むには、一般消費者は知ることが出来ない怖さが潜んでいるようだ。
 ペットボトルお茶の中身を知る人は、めったなことにはそれを飲まないという。

 お茶一つとってみても、食品の生産・加工・流通過程の変化、更には食生活の変化の流れの中で、日本人の習慣が大きく変っていく現代、その利用は止むを得ない一面があるが、長い目でみた健康問題とりわけ子供の将来のことを考えると、これでいいのかと言いたくなる。
 一方、日本の食文化、とりわけお茶が取り持つ日本の文化そのものが失われていくのをみるのも忍びない気もする。
 時代の流れと言ってしまえばそれまでだが、便利さをお金で買う習慣は将来に大きなつけを残すことになりそうだ。もう、そろそろ終わりにした方が賢明と思うのだが・・・。
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by matutaka31 | 2013-02-01 11:43 | 思いのまま | Trackback | Comments(6)