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中国 王朝の至宝展

 九州国立博物館で開催中の「中国 王朝の至宝」(日中国交正常化40周年特別展)を、仲間と見に行った。
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 夏休み最後の週で宿題の追い込み時期だから、親子連れも少く、ゆっくり落ちついて観ることが出きるだろうと思って出かけたが、会場内は予想以上に閑散としていて少々拍子抜けしてしまった。

 会場には、中国文化のいわば創成期にあたる夏(か)・殷(いん)から宋にいたるまでの、BC2000年から1200年にわたる凡そ3000年というとてつもなく長い時代の代表的な文物が展示され、王朝の至宝といわれるだけあって、考古学に興味が深い人にとっては目を見張るものばかりに違いない。

 ところが考古学に疎いと言うより無知な私にとっては、説明文の見慣れない用語が多い展示品全ての説明を読みながら見て廻ったものの、その価値を十分理解することが出来ず、見終わった頃には疲れてしまった。
 また、当時の皇帝が栄華を極めた権力の象徴みたいな展示品を想像していた私たちには少し当てが外れた思いであった。
 でも、遷り行く王朝の流れを思い、一方では日本の縄文時代・弥生時代を想像しながら見ていくと、中国文化のすごさを改めて認識させられた。

 博物館の外には睡蓮の鉢植えが並べてあるのは、展示中の睡蓮の花を象った埋葬品にちなんだ粋な計らいと思ったが、どうやら私たちの思い過ごしだったようだ。
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博物館のガラス壁に映しだされた周辺の山や建物は、一服の清涼感が漂う。

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可憐な睡蓮の花が来場者を和ませていた



 
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by matutaka31 | 2013-08-30 21:21 | 思いのまま | Trackback | Comments(8)

秋の旬の食材 ムカゴ

 菜園の自然薯周りの草取りをしていた時、もうムカゴが沢山落ちているのに気が付いた。
 ムカゴが採れるのは秋も深まる頃とばかり思っていたが、あまりにも暑い日が続くので夏の気分に浸かっていたら、暦の上ではもう秋。

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 植物は敏感にもう秋を感じ取っている。気が付くと回りはコオロギの大合唱 ♪~♪~
 植物も昆虫も、既に秋モードなのに、人間だけが暑い~!暑い~!と夏モードのまま。


 

 
      
    
         今年採れたムカゴ

 ムカゴが採れる時期が多少早いと感じるのは、この夏は土壌水分が異常に少なくって、親蔓が子孫だけは残しておかなければならない、と危機感を感じたからかも知れない。

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 ムカゴは、ナガイモや自然薯などのヤマノイモ属の蔓の葉の
付け根辺りにたくさん付く球形のもので、珠芽(しゅが)とも言い、
自然に土の上に落ちて新しく株を作る。地下の芋同様山の幸
として珍重される。

 
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我が家でも年に一度は、ムカゴご飯にして、旬の味を楽しむ。



 ムカゴは漢字で「零余子」と書くが、その由来は正直知らなかった。
 ネットで調べたら、それらしきものがあった。

 「漢名の由来は、ムカゴの粒は地中にあるヤマノイモと比較して余りに小さく、蔓から離れる様はまさに雫が葉に溜まって静かに落ちるのと同じように、こぼれ落ちる様を形容したもの、との説があった。
 真偽の程は別にして、言われてみればなんとなく分かるような気もする。
 このような当て字を作った人は、余程詩的感覚に優れていたのか、あるいは余程風流なひま人だったのだろう・・・と古の時代を想像するのも楽しい。
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by matutaka31 | 2013-08-26 14:52 | 思いのまま | Trackback | Comments(10)

記録的な猛暑日の連続

 一月遅れのお盆(8月15日)を過ぎると朝晩はしのぎ易くなる・・・、もうこんな気休めみたいな言い伝えは、通じない今日この頃である。
 福岡市の昨日の気温は37,9℃と気象観測史上最高を記録、とテレビが報じていた。 猛暑日がもう2週間以上続いている。
 雨も極端に少なく、私の手元の記録では、8月に雨が降ったのは3日から4日にかけて一回だけで、もう2週間以上一滴の雨も降らない日が続いている。

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 庭の花木の水遣りは欠かせない日課になっているが、それ以上に家庭菜園の水遣りが大変!
 18リットル入りポリタンク3個に水道水を満タンにし、車で菜園に運ぶ日が続いている。
 「乗用車転じて水運搬車となる」

 

                                  車のトランクに積み込んだポリタンク

 それでも、今の乾燥状態では“焼け石に水”の例えのように、少々の散水では効き目がない。
 水遣りにも限界があるので、なんとしても枯らしたくない野菜を中心に水遣りの範囲を絞り込んで、集中的に水遣りをしている。
 その対象に選ばれたのが、ナス・ピーマン・キューリ・ゴーヤ・黒大豆の5品種で、その他は、残念ながら天のお恵みを待つしかない状態に追い込まれてしまっている。
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「冬瓜」 幾つも生っているが、水分不足で太くならない。蔓も枯死寸前

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乾燥に強いさつま芋でさえ、この有様

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何時もは大きな葉で盛り上がっている筈の里芋。 こう暑くては草を取る気力も失せてしまう

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「ゴーヤ」 集中的に水遣りをしているつもりでも、この有様

それにしても、雑草は強い!この炎天下でもしっかり根を張り、野菜を覆い隠すほどに大きくなり、ちゃんと種子もできて子孫を保持している。
 子供の頃よく言われた「雑草のように強くなれ」の格言は、我々には通じるが、草取りの経験がない今の子供たちにはその意味が実感できないかもしれない。


 今日も37度を越しているに違いない。
 兎に角、一雨欲しい! 農家の願いは我々の比ではない筈。
 天気予報では今週末は降水確率50%と出ているが、果たしてどうなるかな?





 
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by matutaka31 | 2013-08-20 23:30 | 思いのまま | Trackback | Comments(14)

太宰府天満宮へ合格祈願

 東京にいる娘と孫達が夏休みにやってきた。
 孫達も年々大人に近づいたせいか、兄弟喧嘩で泣き叫ぶようなこともなくなり、ジィージ遊ぼう~の声もかからなくなり、静かでいい反面一抹の寂しさを感じる。
 まして上の孫娘が中3になり、来年高校受験を控えているため、何時もの夏休みとは雰囲気が違う。

 福岡に来たからには天神さまにお願いをしなくては・・・と、太宰府天満宮へお参りに行くと言うので、何はさて置き車で案内役を買って出た。
 お盆だから天満宮は閑古鳥が鳴いているのではないかと思って出かけたところ、予想に反して大勢の参詣者で賑わっていた。
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観光客に加えて、受験生がいる家族連れが多かったようだ。


 本殿前では、炎天下にも関わらず、真剣にお祈りをする親子連れの姿が目立つ。
私も孫達と一緒に、孫の志望高校への合格を祈願する。

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 願絵馬も鈴なりの賑わい。
 時代は変っても神頼みは何時ものとおり。
 その光景に、何故かホッとする。
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孫娘は真剣に、都立高校の合格祈願を絵馬に書き込んでいた。

 志望校を選んだ理由を聞くと、好きな英語と部活のバトミントンが楽しめそう、だそうだ。
 首尾よく志望校に合格し、楽しい高校生活を送って欲しい、と心から願っている。
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by matutaka31 | 2013-08-15 22:27 | 思いのまま | Trackback | Comments(12)

知覧特攻展

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 新聞記事の中に「北九州市制50周年記念 知覧特攻平和会館 北九州展」が目に付いた。

 もう数十年前、鹿児島県の知覧特攻平和会館に展示されている特攻隊員の手紙(遺書)を見たとき、涙なくしては見ることが出来ない強い衝撃を覚えたことを思い出した。
 
 

 

 
 そして4年前だったと思うが、大貫健一郎・渡辺考著「特攻隊振武寮」(証言 帰還兵は地獄を見た)を読み、元特攻隊員が背負った知られざる一面を知ることができた。

 特攻隊員として命令を受け、どのように考え、どのように決断し行動したのか、その心情は想像を絶する。もし自分が5~6年早く生まれていたら自分にも降りかかることになったかも知れない、そのとき自分はどうしただろうか・・・と考えると、身の毛がよだつ思いだった。

b0008825_15174797.jpg 特攻隊のことを出来るだけ知り且つ心に刻んでおきたいと思い、仲間を誘って開催中の北九州市の展示会に出かけた。
 展示品の中で特に注目を集めたのは、福岡県出身の特攻隊員のパネルと出撃を前に親・兄弟・子供宛てに残した手紙(遺書)で、その内容は死を直前にした者が書いたものとは思えないものばかりで、涙なくしては読むことは出来ない内容であった。


 しかしながら遺書に残された内容とは別に、死への恐怖、戦争に対する使命感と不信感、命令への服従、親兄弟・子供・恋人への思い、そして惜別・・・そうした心情は如何ばかりであったと思うとき、戦争の残酷さと今次大戦の不条理を改めて考えさせられてしまう。

 特攻隊員の心情を知るうえで貴重な証言である「特攻隊振武寮」の一説を引用しよう。
 知覧飛行場から特攻機で沖縄の海に向かって飛び立ちましたが、待ちかまえていた米軍のグラマン戦闘機に迎撃され命からがら徳之島に不時着しました。
  特攻の帰還者は、収容所に軟禁されてしまいました。
 収容所では
 「貴様らは逃げ帰ってくるのは修養が足りないからだ」
 「卑怯者。死んだ連中に申し訳ないと思わないのか」
 「おまえら人間のクズだ。軍人のクズ以上に人間のクズだ」
 と、怒鳴られ、竹刀でめった打ちにされ・・・・・。

 また、特攻隊員を告げられたときの心情を次のように語っている。
 
「編上靴のコツコツいう音がだんだん近づいてきます。私の扉が叩かれ、緊張した面持ちの週番下士官、いわゆる「死刑宣告人」から、「大貫大尉殿、部隊長殿がお呼びです」と告げられたのです。
 来たな、と思いましたね。・・・・・・・
 腹の底からの震えがとまらず、鼻の奥がきな臭くなって、頭の中が空っぽになりました。
 未練だぞ、しっかりしろ、と別の声が私を叱咤する。


 かくして退路を断たれた多くの有能な若者が、軍神とまつりあげられ、無念さを押し殺して特攻隊員として尊い命を落としてしまったのである。
 戦争の虚しさ惨たらしさ、命の大切さ、平和の尊さを今一度考え、後世に正しく語り継がねばならない責任を改めて痛感している。

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特攻機となった艦上零式戦闘機の模型

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by matutaka31 | 2013-08-13 12:02 | 思いのまま | Trackback | Comments(4)

被爆68周年 長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典に参加して


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 8月9日、今年も長崎市を訪れた。
 68年前のあの日と同じようにジリジリ照りつける日差しの中、被爆68周年長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典に、思いを同じくする仲間と参加した。
 そこには暑さをものともせず集まった大勢の老若男女の姿があった。



 被爆者の高齢化(平均78歳)が進み、被爆体験を伝える人が少なくなる中で、原爆被害体験が風化することへの懸念がある一方、若者とりわけ学生姿が多いのを見るにつけ、若者による被爆の実相を伝え続ける新しい運動の芽生えを実感することができ、頼もしく感じた。

 通算8回目の参加になる今年の式典では、テレビや新聞では実感することが出来ない、今までに経験したことのない感動的な雰囲気を味わった。

 それは、長崎市 田上市長が訴えた「長崎平和宣言」の内容が今までになく具体的で参加者の心に響く内容であり、宣言の後、会場内は割れんばかりの大きな拍手が長く鳴り響いた。そして続く被爆者代表の「平和への誓い」、長崎県知事「来賓挨拶」の後にも同様の拍手が長く続いたことである。

 
田上市長の「平和宣言」の中で、私が最も感動した一部を要約して引用する
「ジュネーブで開催された核不拡散条約(NPT)再検討会義準備委員会で提出された核兵器の非人道性を訴える共同声明に日本政府は署名せず、世界の期待を裏切りました。
 人類はいかなる状況においても核兵器を使うべきではない、という文言が受け入れられないとすれば、核兵器の使用を状況によっては認めるという姿勢を日本政府は示したことになります。」
 そして、「日本政府には、被爆国としての原点に返ることを求めます」と。

 私が最も心をうたれたのは、三者が異口同音に、総理大臣を目の前に置いて、堂々と政府の態度を批判し、具体的な注文をつけたことである。
 今までにない、きっぱりと態度を表明した、まさに快挙と言っても過言ではない。

 これほどまでに、長崎県・被爆地を代表する3人が相次いで、総理の面前で政府を批判したことは今までになかったことで、今回の非人道性を訴える共同声明に日本政府が署名しなかったことに対する批判と同時に、原発再稼動や原発輸出の動き、更に憲法改正への取り組み等政府の最近の動きに対する批判の表れだと私は感じた。

 それと対照的に総理の挨拶は、何時もと相変わらず抽象的で参加者の心に訴える内容の乏しいもので、終わった後儀礼的な小さな拍手が瞬間起こっただけで、その内容の違いを際立たせる結果になってしまった。
 私はとても拍手する気にはなれなかったし、同行の仲間や周りの人たちも、期せずして同じ想いだったのだろうか拍手もせず静かに見守っていた様子で、「総理は何しに来たんだろうか?」との呟きが聞えた。

 式典終了後、祭壇前に進み、両親と兄そして亡くなられた多くの御霊に、お参りを済ませた。
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 その後、如己堂、永井隆記念館、浦上天主堂、山王神社を訪れ、被爆当時を思い出しながらこれからも被爆体験を語り継ぐ役割の大きさを心に刻んで帰ってきた。


 
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by matutaka31 | 2013-08-10 13:44 | 思いのまま | Trackback | Comments(8)

車検制度

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 普通自動車免許取得とマイカー保有歴が、今年で51年になる。
 その間、中古とは言えない程のポンコツから新車まで、何台買い換えたか思い出せないくらいだから、車検を何回受けたもか全く記憶にない。
その車検を今日受けた。

                                            点検・整備を待つ愛車
 
 その費用は、〆て100,978円。
  内訳: ①法定費用 53,540円
           (重量税 24,600円、 自賠責保険料 27,840円、 印紙代等1,100円)
       ②整備費用 37,988円
       ③検査手続き代行料 9,450円 
         ※①は国に支払い、②③は民間車検業者に支払う。

 この車検制度、正式には「自動車検査登録制度」と言って、保安基準に適合しているかを確認するため一定期間ごとに国土交通省が検査を行い、また自動車の所有権を公証するために登録する制度であるが、実際の点検・整備は民間業者に委託されている。

 私が最も不満に思うのは、車を保有すればその利用状況に関わらず、新車は取得後3年目、その後は2年毎に必ず車検を受けなければならない制度そのものである。
 新車取得後3年後の車検を受けると、その後は画一的に2年毎に車検を受けなければならない仕組みになっているが、保安基準に適合しているかを確認する観点で考えると、今の日本の車の性能ははるかに良くなっているのに、何時までも同じ基準で2年毎に行う必要があるのかと言う点である。

 例えば、年間1千km走行の車と1万km走行の車とでは保安基準の面からも大きく異なるので、そのメンテナンス費用は当然、ユーザーが支払って整備する義務があるのは言うまでもない。
 それなのに、一律に2年毎に車検を義務つけている。
 しかも普通乗用車の場合、その度に、ユーザーは上納金的な「法定費用 53,540円」を払わされる。 国土交通省は、民間業者が代行した点検整備に基き、たった1枚の「車検証」を発行するだけである。
 一歩譲って自賠責保険料は保険制度維持の点から理解できないこともないが、重量税は理解できない。

 
 
 日本の車は世界のトップクラスの性能に進化しているのに加えて、車の利用形態も多様化しているのに、制度は旧態依然として一律に2年毎の車検を固持しているところに大きな矛盾を感じる。
 何故、車検制度の改善機運が盛り上がらないのか・・・不思議な国である。(私もその不思議な国民の一人ではあるが・・・)

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by matutaka31 | 2013-08-07 18:15 | 思いのまま | Trackback | Comments(2)

68年目の被爆稲

 今年も、広島・長崎にとって、68年目の熱い8月がやって来た。

 68年前、長崎の被爆地で奇跡的に生き残った被爆稲。その被爆稲が有志によって後毎年作り続けられているが、今年も我家の庭でその68代目の子孫が元気に育っている。  長崎市原爆死没者慰霊平和祈念式典会場で配布された被爆稲の種を、福岡市原爆被害者の会の方が貰い受け、その一部を分けてもらったのがきっかけで、我家の庭で作り続けて今年で8年目になる。

 被爆体験を風化させていけないとの思いと、放射線による遺伝子損傷の事実をこの目でしっかり見届けておきたいとの思いで作り続けている被爆稲。 見かけは普通の稲とちっとも変らないが、籾を収穫してみると、遺伝子に深い傷を負っている実態が浮き彫りになる。
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植える場所に制約があるので、今年は2鉢6株だけだけ。


 今年から、「福岡市原爆被害者の会」の語り部として、被爆体験を証言する活動をはじめた。そうした活動の中で、この被爆稲が未だに放射線の影響と見られる現象(籾に実が入らないシイナが多い)を引きずっている実態を、機会あるごとに話をしている。

 日本が世界で唯一の被爆体験国であること、そしてあの悲惨な被爆体験を絶対風化させてはいけない!命ある限り、被爆証人として、被爆体験を後世に語り継がなければならない。 そんな思いを込めて、被爆稲が育つのをこの目で今年も毎日見守っている。

 
 
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by matutaka31 | 2013-08-04 09:38 | 思いのまま | Trackback | Comments(4)

「郡山」から「いわき」へ

 インターネット バーチャル「日本一周歩こう会」、ただ今福島県郡山からいわきへ向かっている。
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 郡山は東京から北東北方面への通過点で、いろいろ印象に残ることもないわけではないが、福島原発事故以降、放射線汚染による地域の方々の苦悩はいかばかりかと思うと、その想い出にふけることも躊躇してしまう。
 一日も早く元の自然豊な郡山に戻って欲しいと、願って止まない。

7月の歩いた距離は137km、一日平均4,4kmで、目標の5km/日を下回ってしまった。
 原因は明白!
 暑さに負けてしまった。
  つまり、夕方の菜園への水遣りに時間を割かざるを得なかったのと、暑さで歩く気になれなかった。
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 日本一周8,955kmのうち、4,839km歩いたことになり、残り距離は4,116km。

 新聞報道によると福岡市の7月の平均気温は平年より2,8℃高い30,0℃と、全国で最も高かったという。 おまけに降雨量も極端に少ない異常気象ガ続いている。
 この天候が続けば続くほど、夕方の庭や菜園への水遣りに時間をとられてしまい、ますますウォーキングの時間がなくなってしまう。
 かと言って朝の習慣を変えて早朝ウォーキングに切り替えることも出来ないので、なんとか暑さ凌ぎを工夫しながら、出来るだけ歩く距離を落とさないよう心がけるしかない。

 それでも運動不足になりそうなので、週2回の太極拳の練習だけでなく、部屋を涼しくして太極拳に励むことにしよう。



 
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by matutaka31 | 2013-08-02 13:25 | 思いのまま | Trackback | Comments(6)