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柊木犀(ヒイラギモクセイ)の花

 我家の庭に咲く、柊木犀(ヒイラギモクセイ)の様子をご紹介しよう。
 この時期になると、この柊木犀の枝に純白の可憐な4弁の花がびっしり咲き揃い、近づくとそこはかとなく芳香が漂う。
 外から庭に入ると、「お帰りなさい」と、その香りが私を迎えてくれているような気がする。
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柊木犀は、柊(ヒイラギ)と 銀木犀(ギンモクセイ)との雑種


 柊木犀も金木犀・銀木犀と同じように雌雄異株で、日本には雌株は無いといわれているので、花が咲いるのは全て雄株だから結実することはない。
 (柊は雌雄異株で結実することから、 柊木犀は、銀木犀の雄株と柊の雌株の交雑種と推測できる)
 
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 花の香りは、金木犀と同じように甘酸っぱい香りがするが、金木犀の自己主張が強い印象の香りに比べ、このヒイラギモクセイの香りは、控えめで奥ゆかしさを感じさせる。

 「金モクセイの花はトイレの芳香剤を思い出し、好きになれない」と言う人もいるが、柊モクセイの花を嫌いだという人はあまりいないようだ。
 でもそのやさしい香りに誘われて不用意に、顔を近づけたり、手を差し伸べたりすると、葉の鋭い棘が牙をむいて“近寄るな!”と、言わぬばかりにガードしているので、痛い目に遭うことになる。
 最初は姿を見せず、しばらくしてさりげなく存在をアピールする金モクセイと違い、柊モクセイは存在感がある箱入り娘を想像させる花である。

 この柊モクセイは樹形も花も銀木犀に似ているが、葉が柊木犀の方は触ったら痛いぐらいのギザギザなので区別できる。
 古くからその鋭いトゲによって邪気を払う木とされ、庭に植える習慣がるという。私もその習慣にならって植えたのだが、剪定とその枝葉の処分の時、この葉の刺の鋭さには閉口する。
 でも、その鋭い葉のイメージも、今咲いている可憐な花と香りによって、うそのように和らいでしまっている。

  
 もう数年前だったろうか、小生の拙作ホームページにアップした 「金木犀」 です。
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by matutaka31 | 2013-10-29 23:17 | 思いのまま | Trackback | Comments(6)

窓越しに見るミカン

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 毎朝、居間から窓越しに庭を眺めていると、季節の移ろいをそれとなく感じる。
 狭いながらも四季折々に変化する庭、とりわけこの時期になると、目と鼻の先に生っているミカンが日々変化する様子がよくわかる。

 


 居間の窓を開けて手を伸ばすと届きそうなところに、色つき始めた早生温州ミカンが生っている。
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 聞き分けがない子供のように、完熟を待ちきれず食べてみた。
 そして思わず“ウン おいしい”と納得。少し酸っぱいが、食べているうちに、次第に甘味を感じる。

 生魚の残渣を欠かさず木の廻りに埋め込み、有機肥料の足しにしてきた効果だと、自己満足する瞬間。

 家族も美味しいと言ってくれた。そして昨日能古島のコスモス見物に一緒に行った仲間もお世辞抜きに、美味しい!と言ってくれた。
 去年辺りからだんだん旨味が増し、今年はまた一段美味しくなったように感じる。
 こうなると、孫達や日頃お世話になっている仲間にも、一個でもいいからお裾分けしたくなる心境になるからいい気なもんだ。 

 ミカン好きな私は、狭い庭に他の庭木に優先して、6本のミカンの木を植えている。
 既にカボスは収穫の最中だが、その他の柚子・ザボン・八朔・金柑・日向夏は、まだ青い実で、色付くのは年末になろう。
 その時期が近づくにつれ、楽しみが膨らむ。
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左側のやや大きいのはザボン、右側は八朔、手前の小さいのは小ミカン

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by matutaka31 | 2013-10-27 10:36 | 思いのまま | Trackback | Comments(10)

自分自身が主治医

 「自分自身が主治医である」という分りやすいが意味深な言葉、「幾つもの難しい病気を克服しながら、今も元気に暮らしている友達が何時も言う言葉」だと、仲間が教えてくれた。
 それ以来私はこの言葉を、何かにつけて自身に言い聞かせ、健康管理のキーワードにしている。

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 今年2度目になる秋の健康診断結果が届いた。
 被爆者である私は、特に被爆者に多い多重癌の早期発見に注意しなければならないので、欠かすことなく春と秋の2回、人間ドックに近い検査を受けることにしている。


 結果は、普通に生活していれば特に問題ない、平たく言えば年相応ということということであったが、自分自身でコントロールしなければならない持病(異常)が、今回も幾つか指摘されていた。

 健康診断の結果を私は、「年相応な事柄は健康に対する自信につなげる一方、自分の体の弱点はどのようにして乗り越えていくかを考える」、これから先の「健康管理のものさし」と心得ている。
 自分の体の弱点を知っていれば、つい調子に乗ってしまう暴飲暴食に自ずとブレーキが掛かるし、体のどの部分を鍛えなければならないか運動の力点も分るし、あるいはこれ以上無理をすると危険になるか想像できる・・・等々、自分にしか出来ないコントロール機能が自ずと働く。

 
 そう言うものの、残念ながら絵に書いたように、思うようにコントロールできないのが常。
 何もかも健康診断の結果ばかりを気にしながら生活するのは窮屈この上ないし、第一人生が面白くない。

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 要は自分の体の弱点を知ったうえで、それを自身の工夫で上手に乗り切りながら健康寿命を長くして、生き甲斐のある楽しい人生を追い求めることが大切だと思うし、これからも是非そうしたいと思っている。
 
 

 まさに「自分自身が主治医」にならなければならない時期だと思う。
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by matutaka31 | 2013-10-24 10:49 | 思いのまま | Trackback | Comments(8)

博多灯明ウオッチング

 10月19日、博多駅から北に向かって伸びる大博通りの両側一体の寺社境内や公園,細い路地等まちぐるみで、繰広げられた博多灯明まつり。
 灯明でかもし出される幻想的な雰囲気は、日頃馴染んでいる、あわただしい街イメージを忘れさせてくれる。
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櫛田神社境内に浮かび上がった灯明 黒田武士

 この博多灯明まつりは、観光案内に書かれている文面によると、博多部周辺で300年近くも継承され続けている地域の祭り「千灯明祭」をヒントに、地域内の名所、旧跡、寺社、仏閣、路地等を、地域住民が手づくりの灯明数万個で夜の街を照らし出し博多の魅力を演出するイベントで、本年で19年目を迎える・・・というもの。

 この灯明まつりの起源は、学問の神様として知られる「太宰府天満宮」の境内にある心字池に約1,000本のろうそくを灯し、巫女たちが神楽などを奏上する幻想的な神事、「千灯明」だといわれている。

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このような手作りの灯明が並べられている

 博多の町をみんなで元気にするイベントだというだけあって、街を歩いてみると、お寺の境内にはそれぞれ工夫を凝らしたデザイン模様が照らし出されているが、どちらかと言えば静かな幻想的な雰囲気をかもしだしている。
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 一方、最初にアップした写真のように神社や公園では、今話題のテーマを基にしたデザインが目を引き、お祭りの雰囲気を思う存分盛上げている。
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世界遺産に登録された富士山の模様

 また小さい路地裏まで灯明が並べられ、街ぐるみで行う手作りの町おこし行事の印象が強い。

 「若者も一緒に取り組んでいる姿は、博多の街の元気を感じる。素晴らしい!」と、同行の仲間もすっかり感動。
 地域住民が力を合わせて行う、手作りの町おこしイベントらしい雰囲気に満ち溢れていたのが印象的なまつりだった。
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by matutaka31 | 2013-10-20 18:37 | 思いのまま | Trackback | Comments(6)

草との闘いの後は虫との闘い

 一難去ってまた一難!少々大げさだが、自然相手の家庭菜園での出来事。

 我が菜園では、取っても取っても生えてくる雑草に、いつも押され気味だった闘いが終わってホッとする間もなく、今度は虫との闘いが始まった。
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虫に散々食い荒らされている大根。 これからの間引きで、どれを残すか迷ってしまう。

 なるべく農薬の力を借りたくない小生の弱点を見透かしたように、いろんな虫が我先にと、伸び始めた野菜の新芽に襲いかかる。

 キャベツの敵青虫は、少々面倒だが一匹一匹手で捕まえることができる。しかし他の野菜につく虫は、なかなか姿を見せないので、正体かよく分からない。
 始終見張ることも出来ない、いわば多勢に無勢。
 伸び盛りの芯まで食べられると、その株はもうおしまい。
 そうなる前に何とかしなくては・・・と、最後は農薬の力を借りなくてはならなくなる。
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白菜 これから伸びるのは結球するので、もう大丈夫?

 それでも農薬の使用は最小限に抑えるため、出来た野菜の外見はレース編みみたいな破れ野菜になり、 スーパーで売っているような立派な野菜を作ることはとても出来ない。

 台風26号の風はほとんど影響ないと思っていたところ、予想外の風に吹き荒らされ、じゃが芋が惨めな姿になってしまった。
 
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倒れてしまったじゃが芋の茎。この後、廻りに土を寄せ、回復を待つことにした。
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by matutaka31 | 2013-10-16 21:22 | Trackback | Comments(6)

元寇防塁跡

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 素晴らしい秋晴れになった先日、仲間と生の松原に在る「元寇防塁跡」を訪ねた。
 他の場所にある元寇防塁跡を見ていたこともあり、いつも車で通過する福岡市西区の202号線沿いにあるのに、この史跡にはこれまで来たことはなかった。



《案内板にある説明文》
文永11年(1274)、元(モンゴル)軍は博多湾に進入、上陸し幕府軍と激戦を繰広げました。(文永の役)
幕府は元軍の再来襲に備え、九州の御家人に命じて博多湾に約20kmにわたる石塁(元寇防塁)を築かせました。
生の松原地区の石塁は海側に石を積み上げ、陸側は版築と呼ばれる工法で土と砂を突き固めて構築されています。高さは2,5mで、陸側は一段下がって階段状になっています。
蒙古来襲絵詞には、この地区を担当した肥後(現在の熊本県)の竹崎季長一行が石塁と共に描かれています。

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復元された防塁の一部 手前が海岸で石垣の後ろに日本の武士が待ち構えて応戦した。


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蒙古来襲絵詞

 元寇の役と言えば、2度にわたり「神風」で蒙古軍が壊滅的な負け戦になったかのごとく言い伝えられているが、果たして事実はどうであったのか。
 また文永の役の後、再度の蒙古襲来に備えて作られた防塁は「弘安の役」でどのような役割を果たしたのか、知れば知るほど話題は尽きない。

 中でも「文永の役」は、自身のあやふやな知識を基に思い起こすと、蒙古に実質的に支配されていた朝鮮の高麗とのかかわりや、蒙古と高麗の連合軍に襲われた対馬・壱岐・鷹島等での日本の武士の壮絶な戦死、そして島の住民が受けた被害、更には博多でも攻め込まれて水城辺りまで後退してしまったしまった経緯等々、自身よく分らないことが多い。

 蒙古は、東ヨーロッパを制圧して軍勢を東へと進め、朝鮮半島を統治していた高麗王朝を支配下におさめ、日本征服への足がかりにしようとたくらんでいた。
 高麗での足場固めた蒙古は、日本に和平を名目に何度か使者を送り込んだが、返事によっては大軍を差し向けると日本を脅した。

 日本が蒙古の申し入れを無視したため、業を煮やした蒙古は、武力を以って日本を征圧しようと、船900隻を高麗に造らせ、高麗軍を中心に兵3万人の軍勢を編成して対馬、壱岐、平戸、鷹島、能古を次々に襲撃し、男は殺したり生け捕りにして、女は一箇所に集めて掌に穴をあけ革ひもを通して船に結いつけ日本の攻撃に対し盾の役割りにする等、皆殺しに近い残忍な行為を繰り返したと伝えられている。
 そして1274年10月19日博多湾に侵入し、上陸して幕府軍と激戦を繰広げた。蒙古軍により多くの人が殺されたり捕えられたりして、ついに日本側は大宰府近くまでまで後退させられてしまった。
 博多に進入するまでの島々での蒙古軍の残酷極まりない行動等については、かなり詳しく言い伝えられているが、博多での戦いの模様や大勢の人が殺され捕らえられたという事実については、何故かあまり言い伝えられていないようだ。

 どうやら博多での闘いの大勢は、蒙古・高麗軍に利があったようだが、一方損害も小さくなかったとのことで、蒙古・高麗軍は一定の目的を果たして引き上げたとの見方が最近持ち上がっているという。
 つまり蒙古軍は帰途、大風に出会いかなり損害をこうむったと言う説で神風説を覆すことになる。

 もしそうだとすれば、 神風が日本を救ったなどという話は誤った歴史認識につながる。今後どのような解釈に発展するのか興味津々である。
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by matutaka31 | 2013-10-14 13:17 | 思いのまま | Trackback | Comments(6)

乾杯条例について思う

 日本酒、焼酎、ワインなど各地特産の酒での乾杯を勧める、いわゆる「乾杯条例」が相次いで施行されていることを、先日テレビで初めて知った。
 今までの乾杯の習慣をビールから清酒や焼酎等に変えて、低迷が続く地場産清酒等の消費拡大と地域経済の活性化を図ることが目的で、罰則規定も拘束力もないのが一般的だという。
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 ことの始まりは、今年1月、酒どころ「伏見」を抱える京都市が「京都市清酒の普及と推進に関する条例」を施行したのがきっかけで、その後、全国に同様の動きが広まっているらしい。
 千葉県神崎(こうざき)町、埼玉県秩父市、岡山県真庭市、長崎県壱岐市などで条例が制定されたが、一方宮崎県都城市では「何で乾杯するかは個人の自由」」「酒を飲めない市民もいるので条例で勧めるのはなじまない」として、条例案が採択されなかったという。

 都城市の不採択理由はもっともだと思うし、政治主導で乾杯の姿が変るほど単純なものだろうか?

 確かに、ビールから清酒や焼酎等に変えて乾杯をするようになれば、地場産業の育成、地域経済の活性化に貢献すると思われるので、今までにない発想であり、大いに結構なことだと思う。
 地域活動の集会や自治体に関わる集まりだと、それなりの効果は期待できると思うが、果たして一般に普及するようなブームになるだろうか。

 でも実際問題として、仮に私がこのような条例が施行された地域の住民だったら、ビール以外の銘柄で乾杯するだろうか?と考えてみた。
 ビールでの乾杯は、口一杯含んで一気に飲み干す・・・その最初の一口が乾いた喉を通り越す瞬間、いわゆる喉越しの味の良さであって、焼酎党の私であっても、最初のコップ一杯のビールは文句なしに美味しい。


 
 日本古来のお酒の普及促進のきっかけ作りとしての意義は大きいと思うが、やはり酒造組合が一体となってビールに対抗できる乾杯用お酒の開発と普及対策に本気で取り組むことが、ブームの流れを変える近道のように思えてならないのだが・・・。
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by matutaka31 | 2013-10-11 13:53 | 思いのまま | Trackback | Comments(6)

68年目の被爆稲の収穫

 あの悲惨な、原子爆弾の被爆体験を風化させてはいけない!
 「自身の被爆体験を後世に語り継がなければならない」との思いを込めて、被爆後68年目になる被爆稲を作り続けて8年目になる。
 その稲を、先日刈り取った。2鉢に作ったわずか6株の稲。
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 私にとってこの被爆稲の栽培は、研究目的でもなんでもない。
 68年前長崎で被爆し生き残った無言の生き証人である被爆稲を、自身の原爆についての意識が薄れないように、大切に作り続けることが目的だから、なにかデータをとることも、現在栽培されている稲と比較対象にするようなこともしていない。
 勿論水田で栽培するようなこともできず、庭の片隅で鉢植えだから、稲の生育条件は決してよくないのは承知のうえ。

 今年は雨の少ない暑い夏であったが、庭での栽培だから水遣りも行き届いて、鉢植えにしてはよく育ったように思う。
 また毎年悩まされるスズメの被害もなく、まずまずの出来だと思っている。

 稲穂をよく見ると、実が入らない空籾の発生は依然として多い。
 これまで言われてきた、稲の遺伝子が放射能によって何らかの損傷を受けているのではないかと思われる、この現象は今までと変っていないようだ。 

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 あくまでも仮説だが、この現象が人間に当てはまるようだと、放射能の影響の恐ろしさは想像を超えるものである。
 改めて、核兵器廃絶と原発ゼロ実現への思いが募る。



  
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by matutaka31 | 2013-10-08 23:29 | 思いのまま | Trackback | Comments(6)

間もなく館林市です

 インターネットバーチャル「日本一周歩こう会」参加のウォーキング、暑い暑いと言いながら、間もなく群馬県館林市に到着する。
 9月1ヵ月間に歩いた距離は144km、1日当り4,8km。今年の目標5kmに少し足りなかった。
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  習い始めのパワーポイントで動画をYouTubeにアップしてみました(乞うご笑覧)



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 館林市と言えば、東京に住んでいたとき、家族とドライブでツツジ見物に行ったことがある県立ツツジ公園が印象に残っている。
 高さ数メートルにも及ぶつつじは世界にも類を見ないという。そのツツジの木の下で、思いおもいに弁当を食べながら花見を楽しむ姿が今でも思い出される。


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 もう一つ館林で見過ごせないのが、分福茶釜の伝説でおなじみの茂林寺。
 ついでに車を走らせ、伝説の狸の茶釜を見て、これが有名な分福茶釜かと納得して帰ったことを覚えている。

 






 これから先歩くところは、20数年間過ごした東京周辺。仕事の合間をぬって、マイカーを駆ってゴルフ・釣り・ドライブ等、アウトドアーを楽しんだ想い出の場所。さ~元気を出して歩こう!





 
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by matutaka31 | 2013-10-05 14:14 | 思いのまま | Trackback | Comments(10)

菜園らしくなってきた

 もう野菜作りを止めてしてしまったのではないかと地主さんが心配するほど、ついこの前まで荒れ放題になっていた菜園が、身びいきだが、やっと菜園らしく甦ってきた。
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奥のほうから黒大豆、大根、白菜、キャベツ、じゃが芋

 9月の異常な暑さと旱魃で種まきが出来ず、ポットで種を播いて苗をそだてる一方、移植用の畝を作りながら雨が降るのをじっと待っていた。
 先月末、凡そ20日ぶりにやっと惠の雨が降ったのでチャンス到来と思ったのも束の間、耕してみると種蒔きや移植にはまだ足りない。

 でもこれから先の天気予報では、当分まとまった雨は期待できそうにない。
 当てもない雨を待っていては、秋野菜の作付け適期を逃してしまう。 
 少しの雨でも、チャンスだと思わなくてはいけない・・・とばかり、昨日は苗の移植をしたり、種を播いたり・・・大忙しの一日になったが、こんなことは、久しぶり・・・。
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 青空の下、朝から夕方まで、麦藁帽子に長袖シャツといういでたちで、何もかも忘れ、もう夢中になってしまう。
 すっかり身についた百姓姿をお見せできないのが残念! ま~こんな感じかな・・・(^。^) 
 



 



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真ん中の畝は、ポットで育てた白菜の苗を20本移植。寒冷紗を数日かけて養生する。


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 オクラの花が綺麗!でもオクラは成長が早いので、ちょっと収穫のタイミングを逃してしまうと、ご覧のようにお化けのように大きくなり、硬くて食べられない。種採りでもしているのかと、間違えられそう。

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ゴーヤもまだ健在。 夏の間せっせと水遣りした効果だろうか・・・。


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ピーマンは、水不足の後遺症だろうか、実が大きくなりきらないまま、赤く色付いてしまう。


  畑の側では、露草が人目につかないように可憐な花を咲かせていた。
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by matutaka31 | 2013-10-02 21:29 | 思いのまま | Trackback | Comments(8)