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まつりの準備

 我が町の憩いの場「ひょうたん池」を囲む広場で行う ひょうたん池まつり は、早いもので今年、10回目を迎える。  そのまつりを5月に控え、今日、3回目の準備会を行った。

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昨年年5月の、9回ひょうたん池まつりの一こま およそ500名がおとづれる。


 最初は素人集団で手探りしながら始めたまつりだったが、回を重ねるにつれノウハウも積み重ね、ボランティアグループによる手作りのまつりとして地元の人達から親しまれる、地域の祭りに定着した。
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昨年のまつりの一こま 子供さんが花を写生中

 毎回半年前から準備にとりかかり、今年はどんな祭りを目指すかを、メンバーで意識統一することから始める。

 昨年は来場者の増加に応じて2箇所に会場を分散したところ、ややまとまり(盛り上がり)を欠いた反省に立って、今年は、狭くて少々窮屈でもいいから、ひょうたん池を中心にしてみんなで楽しく盛り上がる祭りにしようということになった。

 「狭いながらも楽しい ひょうたん池まつり」をキャッチフレーズにしようと提案。001.gif
どこかで聞いたことがあるなーと笑いを誘う。003.gif
目新しさはないが、その気持ちは通じるに違いない!みんなが賛成。

そんな共通認識が出来上がると、次々に新しいアイディアが飛び出す。
そうなると、楽しい雰囲気に変る。
そして、楽しい雰囲気のまつりのイメージが広がってゆく。001.gif

 10回目ともなると自信もつき、ノウハウも積み重なり、笑顔で楽しく打ち合わせが出来るようになる。
 和気藹々の雰囲気で準備を進めるうちに、地域の人たちとの触れ合いの輪が広がるような気がしてくる。
 どうやらここらに、地域活動のあり方のヒントが潜んでいるように思えるのだが・・・。

 今日の準備会で、まつりの骨組が出来上がった。
 後はこの骨格にそって、みんなが力を合わせて、夫々具体的な実行計画に肉付けしてゆく。
 もう少し内容が具体的になったら、改めてご紹介することにしよう。
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by matutaka31 | 2016-01-29 17:07 | Trackback | Comments(8)

暴風雪の中、歌舞伎の心を学びに

 1月24日(日)の九州市民大学16年1月講演は、15代片岡 仁左衛門 氏による「15代片岡 仁左衛門の芸とその心」だった。
 24日と言えば、なんと全国的な暴風雪注意報が出て、テレビでは、記録的な大寒波襲来だから、なるべく不急不要な外出は控えるようにアナウンスするほどの悪条件の日。
ここ九州北部の福岡も例外ではなかった。

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15代片岡 仁左衛門 氏のプロフィール
  (当日の資料より一部だけ転記させていただいた)

44年13世片岡 仁左衛門の3男として大阪に生まれる。
49年大阪の中座で「夏祭浪花鑑で初舞台
中 省略
98年1月15代15代片岡 仁左衛門を襲名
15年には人間国宝に認定



 講座は中止かと思いきや、講師も既に来福していて、決行とのこと。
 それでは行けねばなるまいと、多少の危険は覚悟のうえで、傘の骨が折れるほどの吹雪の中を、凍った道路で滑らないよう老骨に鞭打って出かけた。
 何と真面目な受講生だこと。001.gif

 それ程の「歌舞伎通か仁左衛門の熱狂的ファン」かと思われそうだが、実は歌舞伎を観た記憶がないくらいの歌舞伎オンチとして周りの人もあきれてしまうほどの無知・無関心人間。

 では何故、それ程悪意条件の中、危険を冒してまでも出かけるの?
 答えは単純。
 この市民大学の講座は、題目から想像もできないような意外性のある話が聴けるのが魅力だから。
 それに歌舞伎を全く知らない私でも、知識ゼロではちょっと恥ずかしい。少しはその心くらいは知っておきたい・・・そんな気持に加え、歌舞伎役者がどのような話をするのだろうかという興味みも手伝って・・・・
 
 玄界灘から吹き付ける風はめっぽう強い。風に弱いJR筑肥線のこと。  案の定、普通10~15分間隔運転が、30分おきの間引き運転に変更。
 行きはよい良いとしても、帰りは大丈夫か・・・そんな思いをしながら、天神の会場「シンフオニーホール」に着いた。
 私より少し歌舞伎通の仲間も、私より早く到着していた。私より大分熱心003.gif
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普段は大勢の人で賑う天神中央公園 人一人っ子居ない


 開始まで1時間以上ある。道中あまりにも寒かったので、温まるウドンを食べようと地下の食堂へ。
 5時を廻ると、やはり欲しくなるものがある・・・・そう オ・サ・ケ003.gif
 講座前と言うのに不謹慎きわまるけど、そこは大人の世界。熱燗で一杯だけ。

 なんとも云えぬご利益!霊験新たかなり。
 講義が始まると同時、気持ち良い睡魔が襲う。ちょっとまずい!
 必死にこらえる。

 講演は、KBCテレビの徳永玲子アナウンサーとの対談形式で進められた。
 感想を書くほどの知識もないので、ここでは遠慮しておこう。
 話の仕方、物腰の柔らかさ、笑顔を絶やさない明るさ・・は並の人ではないなと直感させられる 雰囲気を持つ人との印象を受け、流石に人間国宝ともなる人は違うな~と、感心すること一入。

 参加者は、いつもの半分にも満たないように思えた。
 でも講師の終わりの挨拶は素敵だった。
 曰く、「満席のお客さんより、今日のような悪天候の中、参加してくださった皆さんの方がありがたい」

 講師には申し訳ないが、私にとっては、行き帰りのどたばたが印象に残る市民大学ではあった。
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by matutaka31 | 2016-01-25 20:32 | Trackback | Comments(6)

今日の散歩道

 太極拳教室とボランティアの後、凍てつく吹雪の中を帰った昨日の大荒れと打って変わって、今日は晴れの天気になった。でも気温は上らず日中でも、平年よりかなり低い4℃。
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2階の私の部屋の外では昨夜の雪がお昼頃まで残っていた

 寒いといっても冬至から一月も過ぎたので、日中が大分長くなったように感じるうえに陽射しも心なしか強くなったように感じる。
 寒いと思いながらも、日が照るとじっとしていられず、3時ごろウォーキングに出かけた。
 今日のウォーキングコースは、福岡市西部とお隣の糸島市の堺に近い、田園地帯が残る道を選んだ。
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緩やかに流れる周船寺川には、鴨がのんびり泳いでいる

 人が近づいても驚かない様子。

 家を出て北の方へ10分も歩くと、田園地帯が広がる。
 その向こうには、箱崎キャンパスから移転真っ最中の、九州大学の新しいキャンパスが見える。
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近くに行くと、広い道路も整備され、広大なキャンパスが目の前に広がる

 周辺は田園地帯が残って、自然と調和した環境が残されているが、いずれ開発が進み、住宅地等に変っていくのだろうか。

 目を近くに落とすと、麦畑が広がる。昨年秋に播きつけた大麦が元気よく育っている。
 多分二条大麦だろう。ビールの原料になるのか、それとも博多ラーメンの原料になるのだろうか。
 勝手に想像しながら農道を歩く。
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昔は麦踏の光景が見られたと思うが、今ではそんなのんびりした光景はない


 麦畑の中に、ぽつんと真っ青なねぎが、出荷を待っているようだ。
 何れ、近くのスーパーに並ぶことだろう。
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生産調整で休耕地になった田んぼを有効利用したのだろう


家の近くのひょうたん池では、黄水仙が花盛り。
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例年より大分早く咲いて、もう満開を過ぎている

 もう春が近いような長閑な田園地帯の今日のウオーキングは、約8000歩、距離にして、約5kmになるだろうか。
 冷たい風の吹く中であったが、ウキウキするような気分爽快のウォーキングになった。
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by matutaka31 | 2016-01-20 20:29 | 思いのまま | Trackback | Comments(8)

映画「杉原千畝」を鑑賞

 先日、どうしても観たかった映画「杉原千畝」を、仲間と観た。
 私がまだ現職の頃、ある仕事でソ連モスクワとカザフ共和国へ出かけた頃だったと思うが、ある人に薦められて杉原千畝(すぎはら ちうね)のことを本で読み、感動したのを思い出したから。

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 本を読んで凄く感動した記憶があったことも手伝ってか、杉原千畝が外務省からの訓令に反してユダヤ難民へ大量のビザを発給した事実を描いたこの映画は、最近観た映画の中で最も感動的な作品だったと思う。

 まだ観ていない人には是非、この日本人として誇れる実話を描いた大作を、ご鑑賞いただきたいと心からお勧めしたい。

 杉原千畝は、外国人にも発音しやすいように「センポ・スギハラ」]と名前を教えていたようで、映画でも「センポ・スギハラ」で描かれている。そのため映画では、助けられたユダヤ人が戦後日本の外務省を訪れ「センポ・スギハラ」を尋ね廻っても、「該当者なし」とそっけなく応えるシーンから始まる。

 彼の業績をここで書く必要はないが、ナチス・ドイツの迫害でポーランド等欧州各地から逃れてきた難民たちの窮状に同情して、外務省からの訓令に反して6,000人にのぼる避難民にビザを発給した人道的な行動は、日本人として誇らしく思うばかりでなく、世界中の人からも賞賛される行動として評価が高い。 同時に、日本と同盟国であったドイツのソ連侵攻を批判しながら諜報活動を続けてゲシタボに追われ危うく命を落としそうになる一方、日本政府が戦争に向って突き進むのを懸命に阻止しよとする戦争反対の行動にも感銘させられる。

 杉原の行動に感動して難民救済を決断した当時のウラジオストック総領事の思いの根底にあったのは、杉原の2年後輩でハルピン学院で学んだ「人のお世話にならぬよう、人のお世話をするよう、そして報いを求めぬよう」であり、この考えで貫かれた彼らの行動は、今の時代にも求められる教訓である。

 杉原は戦後外務省を退いた後ソ連との貿易業務に携わっているが、外務省時代の業績は評価されなかったようである。しかしながら外国で評価が高まる中、日本国政府による公式の名誉回復が行われたのは、2000年10月10日、当時の河野洋平外務大臣のときだったという。
 1986年(昭和61年)86歳で人生を全うした杉原千畝は、神奈川県鎌倉市の鎌倉霊園に葬られているという。
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by matutaka31 | 2016-01-16 13:26 | 思いのまま | Trackback | Comments(6)

八朔の収穫と「植福」

 毎年1月10日を過ぎると、庭の八朔の収穫のタイミングを計る。
 八朔は何時までも木に生らせておくと苦味が出るので、この時期に一斉に収穫した後しばらく保存し、熟成させてから美味しく食べることにしている。
 11日、天気は時々晴れの穏やかな日になったので、まさに絵に書いたようなタイミングとばかり、全てを収穫してしまった。
 
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数えたことはないが、毎年150個前後を収穫

 摘果は必要ない程度の生り具合と思っていたが、中には一枝に5個も生ったのがあった。
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このようなことは、枝を弱らせるばかりでなく、実も小さく味もよくないのだが・・・


 私の八朔収穫方法(人夫々いろんな方法があるようだが)
 収穫時期:1月10日前後の天気のいい日
 保存方法:収穫後、乾燥防止のため1個づつ新聞紙で包んで、ダンボールに入れて室内で保存
 1ヵ月もすれば、酸味がとれ、美味しい八朔がいただける。

 収穫の後に忘れてはいけないのが “お礼肥” 
 たくさん美味しい実を生らせてくれたお礼と、来年もまた元気でたくさんの実を生らせてくれるよう願って、有機配合肥料を施した。
 この後、病虫害の防除もしなくてはいけない。 

 八朔に限ったことではないが、播いた種はやがて芽が出、植えた木は管理を怠らなければ、毎年自然の景観を楽しませてくれると同時に、美味しい果実という自然の恵みを与えてくれる。
 幸田露伴が唱えた「幸福三説」の一つ、「植福」(植えられた福は徐々に成長して社会に貢献する) に通じるものがあるように思う。
 
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by matutaka31 | 2016-01-13 11:04 | 思いのまま | Trackback | Comments(6)

玉ネギと空豆・スナップエンドウに追肥

 今日は寒い一日だったが、家庭菜園の野菜の追肥をした。
 野菜はこの時期、寒さで成長していないように見えるが、地中では根を張り、間もなく訪れる成長の時期に備えている。
 その旺盛な成長を助けるため、即効性のN8・P8・K8の有機化成肥料を施した。

 玉ネギは2月になると一気に成長を早めるので、この時期に追肥することにしている。
 2月中・下旬に成長具合を見ながら、もう一度追肥をする予定。
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肥料が土とよく混ざるよう、除草を兼ねて土の表面を軽く掘り起す。

 草取りを兼ねた中耕作業だから、久しぶりに腰の疲れを感じる。008.gif
 マルチをすれば草取り作業はしなくて済むが、玉ねぎの成長に合わせた肥培管理が出来ないので、最近私はこの方法をとっている。001.gif

 空豆は側枝がだいぶ増えてきた。  
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この程度の伸び具合だと霜害の心配もなさそう
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主枝の芯を切り取っているので、これから側枝が威勢よく成長する。


 スナップエンドウと絹さやエンドウは、あまり伸びすぎると霜害に遭うのでこの時期肥料は控えるが、やや肥料不足が感じられるので、同じ化成肥料を施した。
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 じっとしていると寒いが、作業に熱中すると雑念が去り、寒さも忘れる。
 好きなことをやっていると、心身ともに健康になりそう。003.gif
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by matutaka31 | 2016-01-09 17:59 | 思いのまま | Trackback | Comments(8)

初詣 そこで見たもの

 2016年の幕開けは、やはり三社詣り。
 福岡では、初詣は三社詣の風習がある。
 私もやっとその三社詣に馴染んで仲間と一緒に、若八幡宮、櫛田神社、住吉神社の三社にお参りをした。
 
 若八幡宮は、厄払いの神社として有名で「厄八幡」ともいわれる神社だけに、手に手に祈願申込書を持った人の長蛇の列が出来ていた。
 世の中平和と言っても、よりよい生活、より安全を願う気持は、いつの時代も同じと云うことだろう。
 私達は一般参拝者として、自分の意思で神様にお願いすることにして、祈願者の列を横目に丁寧に参拝を済ませた。
 
 次は櫛田神社。博多の総鎮守として、「お櫛田さん」と市民に親しまれている神社だけに参詣者は多い。
 ところが厄除け若八幡宮とは対照的に、列を作っているのは一般参詣者。有料の祈願者は少なく、市民に親しまれる神社らしい光景。
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30分待ちの長蛇の列

 ここで手洗舎に掛けられた奇妙な張り紙を仲間が見つけた。
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 その張り紙には、 「ペットのみずやりに杓(ヒシャク)を使ってはいけません!」とかなりきつい文字が・・・。
 瞬間、わが目を疑った。
 いくらペットブームといえど、ここまで来たかと。
 神様に向うために手を清める柄杓を犬がぺちゃぺちゃなめるのを見て、快しとする人がいるはずもない。
 考えれば分ること。
 そして山門には、「是より先ペット(動物)出入り禁止」の貼紙が・・・。
 神社側の怒りが目に浮かぶ。
 自由な世の中といえど、日本の社会で生まれ育まれたよき風習は大切にし、節度を守りたいもの。
 異常な世相を垣間見た思いだった。

 三社目は住吉神社、筑前國一之宮とある。
 ここでも一般参詣者は長蛇の列だったが、有料の祈願者はスイスイとご機嫌顔で参拝。
 厄は還暦で終ったと思い込んでいた私は、意外にも自分が、今年「八方塞」の厄年だと知った。
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今年の厄年が一覧 右下に「八方塞」が

 
 「八方塞」の厄は詳しく知らないが、文字から凡そ察しがつく。
 “何事にも あせらず、くさらず、威張らず、注意しながら大切に日々をおくりなさい”との、神様のありがたい思召しと心得ていよう。

 今年も、健康で何事にも用心しながら挑戦を忘れない年にしよう、との思いを新たにした初詣であった。
 
  
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by matutaka31 | 2016-01-06 18:04 | 思いのまま | Trackback | Comments(8)

ウォーキング その目標と行動

 「心の持ちようは、人の行動を変える」・・・このことを、新年早々に思い知らされている。
 日々のウォーキングの目標を5kmから4kmに下げて2ヶ月、早くも結果がそのとおりになった。
 5年前「インターネットバーチャル日本一周」に挑戦、一日5kmのウォーキングで、目標どおり5年間で日本一周8,955kmを達成したのが昨年10月。
 
 2度目の日本一周は、体力を考えて一日4kmの目標で、5年後に地元博多通過を目標に昨11月に山形市をスタート。11月は、それまでの勢いに乗って157km 、一日平均5.2kmと、これまでの目標5km/日を超えた。

 ところが12月に歩いた距離は、137km、1日平均4.4kmと、いとも簡単に一日平均約0.8kmもダウンしてしまった。
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 その理由は云うまでもなく、目標を1km下げたことに他ならない。
 10月までは少々疲れても、5kmの目標に足りないと思うと、目標を意識しながら頑張って歩いていた。
 ところが4kmの目標にした後は、ほぼ4kmを超えた時点で、“もうこれで良し”という気になり、それ以上歩こうという意欲が出ない。

 目標が己の行動をこれほどまでに支配してしまうのかと、今更ながら驚かされる。
 と云うより己の行動が、怠け癖と目標とのせめぎ合いを続けていることであり、気持の持ちようでは、いとも簡単に怠け癖が勝ってしまう危さを、はしなくもさらけ出してしまったことになる。

 このことは、ウォーキングに限ったことではないことを、肝に銘じていなければならない!
 気をつけなければならないのは、何かにつけて“もう年だから”と周りの言葉につられ、つい己もその気になって行動が内向きになってしまうことだ。
 そうなったら、年相応ならまだしも、年以上に老け込んでしまう!
 自分の体調・体力を見極めながら、「いつまでも青春」していたい。
 
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by matutaka31 | 2016-01-03 15:09 | Trackback | Comments(8)