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ホームページのアドレス(URL)変更のお知らせ

 趣味で始めた私の「ホームページ(あれこれ気ままに)」は、これまで利用していたサーバー「J:COM 」が、2017年1月31日24時をもってWebSpaceサービスを終了することになりましたので、以降は「http://mataka.my.coocan.jp/」に変更いたします。
 このアドレス変更に伴って、これまでの「http://members2.jcom.home.ne.jp/takasi3142/」は、2017年1月31日24時以降は、自動的に変更後のアドレスに飛びますので、これまで通りご覧いただけます。
 なんの変哲もないホームページですが、お暇な折にでも、お立ち寄りいただければ幸いに存じます。

 これを機会に、ホームページを閉じてブログ「心はいつも青春」一本にしようかとも思ったのですが、ブログでは伝えきれない一面があり、これまで通り続けることにいたしました。
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私の「ホームページ」(あれこれ気ままに)のトップ画面


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by matutaka31 | 2017-01-31 21:22 | Trackback | Comments(6)

目から鱗が落ちた  太極拳「立禅」で実感!

 b0008825_10125928.jpg 毎週火曜日は、NHK福岡文化センターでの「楊名時 八段錦・健康太極拳」教室。  余程のことがない限り、欠席することはない。
 でもこの日は、腰の違和感が続いていたので出かける直前まで、休もうかな~と迷った。

 実はその数日前から、忘れかけていた持病の腰痛再発か?と思わせる腰の違和感が治らず、その朝も片足立ちで靴下が履けない状態だった。(片足立ちで靴下を履くのが、私の健康のバロメータの一つ)、


 無理をすると、やっと治っている腰痛の再発に繋がるかも・・・。
でも太極拳で体の筋肉をほぐしてやると治るかもしれないという期待が頭をよぎり、無理をしないで自分の体調に合わせた練習をすればいいのだから、と思い直して出かけることにした。

 
教室での練習は、いつも「立禅」から始まる。
 「立禅」は太極拳にとって最も基本的で尚且つ大切な動作だから、先生は時々「立禅」に時間をかけて、その効果を体感させようと、念入りな指導をされる日がある。
 その日の「立禅」で私は、目から鱗が落ちる程の効果と言うより凄さを味わった。005.gif

 太極拳をされる方は「立禅」の意味をご存じだが、太極拳と縁のない人は、「立禅」とは何?」「座禅に対する立禅」と思われる節もありそうだが、その違いはさておき、健康太極拳教室では、「立禅」は自然立ちと言われる「立ち方の訓練」で、練習開始に当たって必ず行われる基本動作である。

 その日も先生が諭すように説明される、夫々立ち方のチェックポイントを聞きながら、自分が立っている状態を夫々神経を集中させながら、足・腰・丹田・腕・頭の先(百会)等に至るまで自分の立ち方を夫々の頭の中でチェックして、自分の立ち方を模索しながら「立禅」を続ける。

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立禅の時のイメージ図、S字状に曲がった背骨を延ばす姿勢
(右図は立禅で背骨と骨盤の状態が変化)健康太極拳規範教程より引用

 傍目にはじっと立っているように見える動きのない動作だが、実は体内では微妙に動いている。それが「立禅」なのだ。
 全員が己の立ち方に集中しているので、教室全体がしーんと静まり返り、物音ひとつしない、周りの人の息遣いも感じない。
 静かな雰囲気が漲る。
 5分~10分と研ぎ澄まされた緊張の時が流れる。
 みんなが同じ目的に意識を集中させている、そこには自分一人で練習するときには味わえない雰囲気がある。 そんな一時が私は好きで教室に通っている。001.gif

 続けるうちに何となく体がほぐれてくる感じがする。きついとは思わない。
 気が付くと、その直前までの腰の違和感がスーッと消えて、腰のあたりに心地よさを感じるようになっていた。腰が軽く感じる。
 「これが太極拳の「立禅」効果か!」と、まさに目から鱗が落ちた瞬間だった。
 日ごろ太極拳が健康に良いことは、折に触れ実感していたが、改めてその効果にびっくり!!005.gif

 その後の練習は、いつもと変わらない体調で練習を続けることが出来、全ての練習が終わった後も、いつもと同じように爽快な気分を味わうことが出来た。

 私にはこの「立禅」で、雲をつかむような、まだ見えない世界がある。
 「気を丹田に集中させる」ということ、その世界はどうやら、私には正直言って及びもつかぬ奥の深い所にありそうに思える。
 でも私が太極拳とかかわりを持つのは、自分の健康年齢を出来るだけ長く保ち人生を楽しく過ごせることが望みだから、それを追い求める楽しさがあっても良いのだろう。
お・わ・り
 
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by matutaka31 | 2017-01-28 10:28 | 思いのまま | Trackback | Comments(8)

菜園の陽だまりは心地よかった

 今朝の冷え込みはこの冬一番。天気は良いのだが畑仕事をする気にはならなかったが、収穫方々野菜たちのご機嫌伺に出かけた。
 秋に植えつけた野菜は今収穫の最盛期で、鍋物や漬物の材料として大活躍中。でも主に見放された一部の野菜たちは、早く何とかしてよ(収穫してよ)と言わぬばかりでちょっと可哀そう。002.gif

 一方秋に植えつけた苗が今、春の成長期を前に、この寒さにじっと耐えているのを見ると頼もしくなる。寒さに負けて家こもっていては味わえない、自然の活力を感じる。

 我が菜園は雑草天国だから、雑草だけはこの寒さもものともせず、しっかり根を下ろし我が世の春を待っている感じで、健気な野菜と違って忌々しくなる。
 春先の雑草の猛威を考えると、今のうちに退治しなければ後が怖いのは分かっていながら、この寒い日には、雑草と向き合う気にはなれない。 待っているのは自業自得と思うと、やるせない気にもなる003.gif

 
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 白菜もこの寒さに傷み始めて、もう少しすると、菜の花が咲き始めるので、白菜漬けにすることにした。4玉を八つ切りして一日天日干しにして、漬物にする。

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キヌサヤエンドウやスナップエンドウは、元気よく伸びている。キヌサヤエンドウはもう、花が咲き始めた。

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ターサイは、今が食べごろ。もう少し大きくなると、帽子になりそうな、立派な形に広がる。


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玉ねぎが心配。去年はベト病の猛威で、全滅。
全国的な玉ねぎ不足で、市場はパニック状態になったのはご存知の通り。
今年はどうなるか気をもむ局面。
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 早くも昨年の再来かとも思える様子で、葉が枯れるのが目立つ。でも新芽は異常が見られず、病斑も見えないので、雑草取りの時の根傷みによる単なる葉枯現象かもしれない。もう少し見守ることにした。

 200坪弱の我が家庭菜園、健康の源でもある野菜畑での活動開始まであと半月間の冬休み。2月になると、春野菜の植え付け準備として、耕起、石灰による土壌酸度の調整、施肥等土造りを始めなくてはならない。
 作業は大変だが、新たな命を育てるワクワクを感じる元気の源でもあり、私の心を豊かにしてくれる楽しい日々の始まりでもある。001.gif
お・わ・り

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by matutaka31 | 2017-01-25 17:21 | 思いのまま | Trackback | Comments(6)

スマホ

スマホとは言うまでもなく、スマートホン(smartphone)の略称。スマートとは、活発な、きびきびした、すばやい、機敏で、頭のよい、賢明な等々、要するに「賢い」という意味。

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 一歩外へ出ると、歩きスマホ、自転車スマホにとどまらず、電車に乗っても横並び座席全員がスマホに夢中という光景は珍しくなくなった。
 雑踏の中でも平気でスマホに夢中の若者とぶっつかりそうになり、内心‟気を付けろ‟005.gifと怒鳴りたくなることも。 
 今や歩道に限らず、人の居るところは、まさにスマホ天国の様相。

 

 数年を待たずして、「うつむきかげん症候群」や「スマホ近眼症候群」みたいなものが、国中にあふれることにならないか気になる。風吹けば桶屋が儲かるの例えのとおり、整形外科や眼科が忙しくなるなんてことにならなければいいのだが、・・・。

 昨夜天神の居酒屋のトイレに入った。
 二人の若者が、立ちションの間も片手でスマホとにらめっッこ。
 ここまでやるか!005.gif
 放水の方は大丈夫か?、その後手洗いはどうするのだろ・・・つまらぬことを連想させてしまうほど。003.gif

 スマホの便利さを見せつけられたことがある。 こんな経験が・・・
 昨年秋、宗像神社にお参りしたあと、福岡市内天神まで帰るのに仲間とバス停で2ルートのどちらかを選ぼうとしていた。
 一つは東郷駅まで行き、そこからJRで博多駅まで行き、その後市内バスで天神までのルート、もう一つは天神直行特急バスの二通りがあった。

 折しもお祭りの日で道路は渋滞中、バスは時刻通り来るかどうかわからない。バス待ちの人も多く、イライラが充満する場面。すると側にいた若い女性がスマホを手に、「まもなく東郷駅行きと、その後に天神行き特急が来ますよ」と、さりげなく教えてくれた。001.gif
 その通り、まもなく東郷駅行が来た。
 私たちはそれには乗らず、後続の天神直行の特急バスを躊躇なく選んだ。
 そのスマホの情報がなければ、待ちくたびれて東郷行きに乗っていたに違いない。

 それまで「ガラ携」で我慢していた仲間は、まもなくスマホに乗り変えた。
 ちなみに私はいまだに、「ガラケイ」と言うより・・・しか使えない派
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 (言い訳:外で必要なのは電話とメール機能。写真はデジカメ、必要な情報検索はパソコンで十分。使いこなせない機能に高い料金を払うは必要ない)

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スマートホン:日本大百科全書(ニッポニカ)の解説を引用
通常の電話としての通話機能の他に、ウェブページの閲覧、インターネット上の各種サービスやビジネスアプリケーションの使用、音楽や動画などマルチメディアの利用など、多彩な機能をもつ。


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ガラケイ:ガラパゴス・ケータイとは、世界標準とは異なる進化をした日本の携帯電話のこと。
孤立し、独自の進化を遂げることをガラパゴス化といい、独自の生態系を持つガラパゴス諸島に由来する。

お・わ・り
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by matutaka31 | 2017-01-22 11:06 | 思いのまま | Trackback | Comments(8)

被爆体験の取材に応じる

 昨日、長崎新聞社報道部記者から「原爆体験」に関する取材を受けた。 記者は、私の孫と同世代とも思われる被爆三世の若い女性記者。
 
 被爆体験者が減っていくなか、先日被爆体験の語り部の仲間が一人この世を去った。昨年夏まで一緒に小学校で被爆体験を話した一人である。記者の質問に答えながら、語る人が少なくなって行く現状に、移りゆく時代に一抹の不安を感じると同時に、世界で唯一の被爆体験が次第に風化して行く日本の社会現象を肌で感じるようで、このままでいいのかと、この国の行く先に危うさを感じてしまう。

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 被爆二世の家庭に育ったせいか、記者の質問は一般的な被爆体験にとどまらず、当時の生活環境だとか子供ながらに何を考えたか、被爆の瞬間何を思ったか等々当時の生活環境や被爆当時の心情に的を絞った鋭い感覚で質問を寄せてきた。 

 取材の締めくくりに記者が、被爆者の立場からどう思うかと質問を寄せた。
核兵器が一向に減らない現状に関連して、「今後、核兵器が使われることがあると思うか」、また「どうしたら核兵器を無くすことが出来ると思うか」、と。

 私は躊躇なく次のように答えた。(その主旨)

 核兵器が使われることは、あり得ると思う。
 核抑止力として核を保有する以上、保有国が減ると考えるのは現実的でない。
 何時どの国であるかまたその理由は別として、使われない保証はない。
 仮に1発でも使われると、広島・長崎の惨状とは比べ物にならない被害になることは明白だし、報復の連鎖を繰り返し、人類が破滅してしまう危険な状態になる可能性は否定できない。

 核兵器を無くすには、核廃絶の国際世論を盛り上げる以外に方法は無いと思う。
 核保有国がこれ以上増えない今のうちに、国際的世論を盛り上げて、核保有国を核廃絶に追い込むほかに手立てはないと思う。
 そのリーダーシップをとれるのは、日本だ。
 世界で唯一の被爆国である日本が先頭に立って核廃絶の世論を喚起すれば、その説得力は絶大だ。
 それをしようとしない今の日本政府の態度、そしてそれに甘んじている国内世論は、残念というより情けなくなる。
 今の日本は被爆国でありながら、被爆体験者や一部の平和活動推進者以外の一般国民は核兵器・原発に対し無関心すぎる。 将来を担う若年層から、もっと核に対する意見が出て来なければならないと思う。
お・わ・り

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by matutaka31 | 2017-01-19 10:20 | 思いのまま | Trackback | Comments(4)

ボランティア初め

 毎週金曜日を花壇管理日としている私たち町内のボランティア活動は、1~2月は雑草もあまり伸びないし、植えている花たちも冬眠に近い状態なので、管理作業は月2回にしている。

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ひょうたん池の今、ピンクの花は花期が長い魚竜梅


 そのボランティア初めは、この冬一番の寒波襲来もあり、参加者がいつもより少なかったが、中でも体調不良で休まれた方が3名いたのが、高齢者で支えられているグループだけに気がかりになった。002.gif

 普段は毎週金曜日になると、疲れて気が進まないときがあってもその時が来ると、それほど抵抗もなく体が動くような習慣になっている。
 ところが通常は月4~5回の作業日が2日と半分になると、わずか1時間半か2時間の作業であっても、解き放たれたような気分になって、ほっとする。003.gif
学生の頃、苦手な科目が突然休講になると、一瞬解放された気分になりパッと笑顔になった頃を思い出し、そのころとちっとも変っていない小さな自分に気が付く。026.gif

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池の畔では日本水仙が花盛り


 普段はやりたい活動内容のボランテアだから、参加することは負担になっていないつもりだけど、休みとなると、正直(´▽`) ホッとする。言いようのない解放感を感じることは、心のどこかでなにがしかの負担になっていることに気付かされる。

 同じ思いで参加していると思われるグループの人たちも、日ごろあまり不平不満を顔にも口にも出さないけれど、きっと同じ思いだろう。いやもっとその開放感の度合いが大きい人もいるかも知れない。
 ボランティアに関わる以上、特にそのリーダーは、ただただ使命感だけでグループの運営をするだけでなく、参加している人たちの心情を察知し思いやりの心を忘れてはいけないこと、そしてそのグループを包んでいる空気を読むことの大切さを、改めて思い知らされる。

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ユリオプスデージーの静かな佇まい

お・わ・り

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by matutaka31 | 2017-01-15 10:23 | 思いのまま | Trackback | Comments(6)

八朔の収穫

 庭先に植えた八朔が、収穫できるようになって早10年目になる。
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植えて十数年になる八朔の木 今年もたくさんの実をつけてくれた

 趣味で植えた八朔にしては、毎年コンスタントに実を生らせてくれるので、今年はどれくらい収穫できるか、また味はどうだろうかと、この時期になると楽しみが膨らむ。017.gif
 私が住む福岡市周辺での八朔の収穫時期は、1月10日前後が適期と言われ、それを過ぎ寒さが厳しくなると苦みが増すと教えられているので、毎年この時期に収穫することにしている。
 当たり前のことであるが、同じ木であっても生った八朔が一斉に同じように熟すことはないので、今年は一斉に収穫するのを止めて、一部を残し、木になったまま熟成させ2~3月にかけ収穫する、いわゆる「木なり八朔」を味わうことにした。
 一斉に収穫すると、中にはまだ未熟なものもあるので、熟成の為の保存をしてもなお酸味が強いものが出るので収穫時期に少し工夫が必要だと気が付いたため。

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 まず収穫時期が来たかどうかは、熟してくると「触れなば落ちん」の言葉通り自然落果することに注目した。その年によって気温の変化が異なるので、適期と言われる1月10日前後を目途にしながら自然落果が始まるのを観察した。
 すると予想通り1月になると、自然落果が始まった。、3~4日おきに1個また1個と落果して、10日現在、すでに3個落果したので、やはり言い伝え通り1月10日前後が収穫適期だということを再確認!(自然落果の八朔にはへたが取れている)


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 そして今日(1月11日)天気は晴れ、一気に収穫してしまうのではなく、3分の1位残して収穫した。
 収穫した八朔は、数日冷暗所に保存し、その後1個づつ新聞紙にくるんで段ボール箱に入れ涼しい部屋に2週間以上保存しておくと、八朔独特の味が出て食べごろになる。(専業農家は、定湿・低温倉庫で保管するという)

 ミカン大好きな私にとって、八朔の独特な味を、しばらくの間楽しめる幸せに浸っている。そして東京にいる孫たちやご近所さん、また親しい仲間にも、この自然の恵みのおすそ分けをしたいと思っている。003.gif
 猫の額みたいな狭い庭で、いろんなことを試しながら、好きなように趣味の園芸を楽しんでいる。このように自然を相手に趣味と実益を兼ねた楽しい日々を送れることに感謝!そして今の健康に感謝!001.gif
お・わ・り

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by matutaka31 | 2017-01-11 14:40 | 思いのまま | Trackback | Comments(12)

賀状を今年限りにするという挨拶に思う

今年も多くの方々から、丁重かつ心温まる年賀状をいただいた。
 1年ぶりに元気であることが分かって ホッとするもの、元気であれこれ頑張っているもの、病気と闘っているものなどそれぞれの近況が分かり合える、私には大切な文通手段。
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虚礼だとかいろいろ意見が絶えない年賀状。でも私にとっては日ごろのご無沙汰を詫び、尚且つお互いの近況を知り合う機会になるので、年一度挨拶できるありがたい風習だと思っている。

 毎年年末になると、なるべくオリジナルなデザインにしたいと思いながらもいいアイディアが浮かばないし、どんな文面にするかあれこれ考えても名文が書けるわけがない凡人だから、とどのつまり時期が迫ったら、自分の近況と今年にかける願いを込めた内容に落ち着いてしまう。
 それだけでは心が通じ合わない型通りの賀状になるので、親交があった相手が、その後どのようにお暮しだろうか、お元気だろうか、何か変わったことはないだろうか等々を思い浮かべながら、別々に一言加筆することにしている。
 これが私流の年賀状のスタイル。003.gif

 今年いただいた年賀状の中に、気になる3枚があった。
002.gif書き方は様々だが、 「年賀のご挨拶を今年限りとさせていただきます」、「本年を持ちまして賀状をご遠慮いたします」の挨拶。
 あ~みんなお互いにそんな年ごろになったのかと、改めて相手の状況を考えさせられる瞬間ではあるが、親しくしていた相手から突然絶縁状を突き付けられたような印象は否めず、一抹の寂しさに包まれてしまう。わずか1~2行の文章であるが、新たな気持ちに浸っている新年早々、寂しい現実に引き戻されるような気になってしまうので、正直お目にかかりたくない文面でもある。
 でも考えようによっては、突然賀状が届かなくなったら、相手に心配をかけることになるので失礼にならないようにとの気遣いでもあるので、これも一つの礼儀だとも考えられる。
 年を重ねると、こんなところにまで気を遣わなければならないのかと、改めて世の礼儀の在り方について考えさせられてしまった。

 人夫々の考えがあることだから、それはそれでよしとしなけばならないが、敢て来年のことを書かなくても、その時になって出すのを止めてしまっても失礼にはならないと思う。それでも敢えて書くならば、例えば、「年を重ねるにつれ、手元が覚束なくなりました。」、 「年とともに、書くことが不自由な身となりました。ご健勝を陰ながらご祈念させていただきます」などと書いて、その後は賀状を出さなければ阿吽の呼吸で分かり合えるのではないかと思うのだが・・・。
   終活も難しいですね。001.gif
 
お・わ・り

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by matutaka31 | 2017-01-08 11:55 | 思いのまま | Trackback | Comments(8)

ちょっと違う私のウォーキング

 2016年のウォーキングは、2月に患った思いがけない病で、前半かなりペースダウンしてしまったが、少しずつペースを取り戻し、年間歩いた距離:1,455km、一日平均:4.04㎞になり、年間通じておおむね一日平均4㎞の目標に到達出来た。
 今年は、「インターネットバーチャル日本一周」2回目の挑戦2年目になる。その2回目の日本一周は、12月末現在北海道の根室から厚岸に向かって歩いていることになる。

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12月に歩いた距離は126㎞、一日平均4.1km

 この2回目の日本一周の計画達成は何時になるかわからないので、まず5年後に福岡を通過することを、とりあえずの目標にしてスタートした。とは言え、4年後のことはあまり意識せず、まずはできるだけコンスタントに歩くことに心掛けたいもの。

 今年の目標は、一日平均4㎞。この4㎞の目標は、自分の歩行能力を年相応に維持するためには、これまでの経験でこれくらいは歩かなくってはいけないのではないかと思う目標であって、特に理論的な根拠があってのことではない。003.gif

 私のウォーキングの目標は、どんな形にせよ一日に歩いた全ての歩数=距離としている。だから、一般によく言われるウォーキングとはちょっと違う。つまり一般的なウォーキングの他に、家庭菜園で働くときや、方々へ出かるときの歩行も加え、とにかくその日に歩いたすべての歩数が、私の一日のウォーキングなのだ。
 出かけるときは、近場だと自転車や車を使わないで歩くように務めるし、また街中を移動するときはエスカレーターには乗らないで、階段を上り下りるする。008.gif
 だから万歩計代わりに歩行距離測定機能が付いた携帯電話は欠かさず持参する習慣になっている。
 その筋の指導者からみれば変則的で、多分異論があろう。でもそれが私流の健康法だから、それでよいのだ。

 ウォーキングも、同じコースを繰り返し歩くのは変化がなくて飽きるだけでなく疲れるので気分が乗らないこともある。そのため私は、出来るだけ知らないところを訪ねることにている。
 一度行ったことがあるところでも、季節によってその良さが改めて発見できるので、好きなところは何度でも訪ねたくなる。 そのためには好奇心と行動力を失わないことだらう。
 幸いなことに、交通費も訪問先の入場料・閲覧料なども、シルバー割引をしてくれるところもあるので、そうした社会の割引制度を大いに活用させていただこうと思っている。そうした社会の手助けのお陰で自身の活動が活発になれば健康にもいいだろうし、ひいては医療費の負担軽減につながることになるだろう。001.gif

 昨日、天気が良かったので、近くの田園地帯を歩いた。
 田んぼでは二毛作の麦が緑のレールを作り、菜園では菜花の花が咲き、春の近づきを感じさせる光景が飛び込んできた。
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お・わ・り

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by matutaka31 | 2017-01-05 17:52 | 思いのまま | Trackback | Comments(8)

孫と過ごした楽しい正月

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 あけましておめでとうございます。
 皆様にとって今年も、健康で楽しい日々になりますよう、心よりお祈り申し上げます。
 今年も、ありきたりで捉えどころのないブログを、気ままに続けたいと思っています。退屈な内容になることと思いますが、気持だけはいつも青春でいたいと思っていますので、気が向きましたらどうぞお気軽にお立ち寄りください。
 今年もどうぞよろしくお願いいたします。


 今年の正月は、東京から中1の孫娘が一人でやってきた。お姉ちゃんが大学受験勉強の真っ最中で、両親が動けないので一人でやってきた。001.gif

 これまで欠かさず夏休みと正月には来てくれていたので、今年も来てくれて本当に嬉しかった。
 中学ともなると友達との遊びも増えるころだから、もう来なくなるのではないかと思っていたところ、学校ではすごく楽しいと言いながら、ジジババと娘を相手に、楽しそうに1週間を過ごしてくれた。

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 あるときは買い物をしたり、ゲームセンターに行ったり、近くにいる従妹と遊びに出かけたり、野菜の収穫を手伝たり楽しそうに過ごし、元日には近くの氏神「五道神社」や、「伊都神社」に初詣でに行ったり、アッという間に一周間が過ぎてしまった。
(楽しそうな写真をアップしたいところだが、あれこれ考えると、つい控えてしまう)



 そんな楽しそうな孫の笑顔を見ていると、本当に嬉しい。目に入れても痛くない程可愛い。こんな日がいつまで続くだろうか。でも孫には孫の新たな人生が開けてゆくので、遠ざかってゆくのはいたしかたないことで、今のまま素直に育ってくれることを、静かに見守ってあげたい。

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福岡空港で孫娘が乗った飛行機JALを見送る


 今日二日、福岡空港で見送った。002.gif
 夏休みはまた来るからねと言い残して、笑顔でゲートの中に消えて行った。
 今の子供は慣れたもので、一人でも旅行できる習慣になっているのに驚かされる。(羽田空港まで父親が出迎えてくれるから安心して送り出せるのだが・・・)

 さ~今日から、私の2017年が始まる。健康を第一に、一日一日を大切に過ごしたいと願いつつ。003.gif
お・わ・り

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by matutaka31 | 2017-01-02 15:54 | Trackback | Comments(8)