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少し早すぎた

 福岡の開花予想日22日をもとに、1週間後の29日の満開を予想して仲間と計画した小倉城花見は、気候のいたずらで、見事にタイミングを狂わされてしまった。104.png
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天守閣の周りが桜の花で囲まれる小倉城をイメージして行ったのだが・・・・


 映像では度々目にする小倉城だが、北九州市は度々訪れていながら何故か小倉城を訪ねる機会がなかったので、一度は行ってみたかった場所の一つ。
 桜の名所でもあるのでこの時期を選んだのだが、平年より開花が遅れて、桜の花はまだ咲き始めたばかり。

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堀端でちらほら咲き始めた桜、満開は4~5日後だろうか。


 小枝の先で咲き始めた花や木の幹から可憐な蕾を出している生命力の素晴らしさを感じながら、気持を小倉城見物に切り替え、その築城以降の歴史を改めて知ることが出来た。
 北九州市の歴史・観光への取り組みの素晴らしさを目の当たりにし、市民の誇りになっているに違いない、素晴らしい環境整備に感心させられてしまった。
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天守閣よりの眺望、勝山公園一帯から小文字山方面を望む


 この小倉城の雄姿を見ながら、今も残る立派な福岡城址に何故天守閣が復元されないのかと、日ごろからもやもやする福岡市政に対する気持ちが、怒りに似たものに膨らむのを覚えてしまった。


松本清張記念館
 ここも一度訪れたかった場所の一つ。

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 まだ若い頃私は、松本清張の小説「点と線」の舞台になった香椎の海岸や香椎駅に近いところに住んだことがあってか、松本清張には関心があり、是非一度見ておきたかったのが実現できて大満足。!!
 清張の幼少時代から82歳でこの世を去るまでの足跡が記録され、まさに見応えのある内容が盛り沢山で、松本清張の業績の偉大さに圧倒されてしまい、時間が経つのを忘れてしまっていた。

小倉城庭園
城主小笠原氏の別邸であった下屋敷跡を復元したところ。
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庭園から眺める小倉城

 花見は今一つだったが、それにも勝る小倉城、松本清張記念館、そしてこの小倉城庭園を訪れることが出来たので、十分心が満たされるひと時だった。むしろ桜の花が少なかっただけこの3つの施設見学に十分時間を割くことが出来ので、かえって良かったのだと思っている。


元気でいろんなところへ出かけることが出来る幸せを、身に染みて感じた一日に感謝!





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by matutaka31 | 2017-03-30 11:11 | 思いのまま | Trackback | Comments(4)

菜の花畑

 私の家庭菜園は今、菜の花畑になっている。

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 通り過ぎる人も菜園仲間の連中もこぞって、私の菜園の菜の花を見て、綺麗ですねと喜んでくれる。
調子に乗って私も、どうぞ春の風物詩「菜の花」をゆっくり楽しんでください・・・と愛想を振りまいている。

ターサイの花
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 畑の近くの奥さんに、菜の花をみて「種を取るんですか」と言われてしまった。
「かなり野菜に詳しい人」と思ったので、ジョークのつもりで「きれいな花を皆さんに楽しんでもらうために、こうやって花を咲かせているんですよ」と冗談で返した。

 すると奥さんは「綺麗ですね・・・ところでこの花は何の花ですか」と??。
 さりげなく、「菜の花です」と答えるとけげんそうに、「菜の花ですか」ときた。
 すると、少し離れたところにブロッコリーの花が咲いているのを見て、「あれは何の花ですか」と。

                     ブロッコリーの花

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「あれも菜の花です」と言ったものの、奥さんはけげんそうな顔をする。
 もう少し説明しないと答えにならないと思い、とっさにアブラナ科の名前を思い出さず「十字花科植物」はみんな「菜の花」と言うんですよと言ったところ、奥さんは「ジュウジカって、あの十字架?」と、一層不思議そうな顔をされる。
  相手の知識の度合いを推しはかりながら説明するのは難しい・・・。003.gif

(子供の頃、4枚の花弁が十字架のように見えることから、十字花科と教わってきたので、つい今でも十字花植物と言ってしまう。)(十字花植物の呼び名は誤りではないのだが・・・)

 さて菜の花(なのはな)はアブラナ(油菜)科アブラナ属の花の総称であるが、一般的には油を搾る菜種の花を「菜の花」と言い、主として花を食するものを「菜花」と使い分けているのが通例。

 菜花の花

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 さて3月に入ると冬野菜は一斉にトウが立ち食用にならなくなるので、どの家庭菜園も春夏作物の植え付け準備のために引き抜いてしまうので畑の眺めは殺風景になる時期だけに、この黄色い菜の花は遠くからも目立ち、畑の側を通る多くの人も多分心が和んでいるのではないかと、内心勝手に想像している。

 ところが実のところ、作った野菜が消費しきれずに残ったものを、抜き取らずそのまま放置していたため花が咲いてしまっただけのこと。003.gif

 その結果を皆さんが喜んでくれているのだが、そんなことがあっても良いのではないかと、自分に都合のいいように考えている。
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by matutaka31 | 2017-03-25 20:36 | 思いのまま | Trackback | Comments(6)

歌は心を和ませる

 九州市民大学3月講演は、作曲家青島広志氏による「日本の歌を見直しましょう!」

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青島広志氏は、作曲家であるばかりでなくピアニストや指揮者としても活躍中で、最近ではコンサートやイベントのプロデュースも数多く手掛けている、知る人ぞ知る音楽家。

 



 
 講演は「お話とピアノ青島広志」、「テノール小野つとむ」両氏のコンビで進められたが、青島広志氏のユーモアたっぷりでテンポの良い解説とピアノ演奏、そして小野つとむ氏の澄み切ったきれいな歌声でで、日本の歌を心行くまで楽しむことができた。

 受講生はほとんどシニア。
子供のころから親しんで来た「花」に始まり、「早春賦」「春が来た」「村祭り」と懐かしい歌が、青島氏の流暢な話(立て板に水)でテンポよく紹介される。

会場を埋め尽くした人たちも、つい誘われるように声を上げて一緒に歌う。ある時は手拍子で、ある時は身振り手振りで。私もついつられて歌って楽しんだ。音痴だけど周りの声に消されてしまうので、全然気にならない。
そんな和やかな雰囲気で講演が進む。


 歌とトークで紹介された歌は「村祭」「ゆき」「からたちの花」「待ちぼうけ」、時代は変わり「高原列車は行く」「いぬのおまわりさん」と続く・・・、この辺りまでは、ごく自然に口ずさみたくなる歌だが、その後の時代の作「鉄腕アトム」「手のひらを太陽に」「さんぽ」辺りになると、知らないわけではないが進んで口づさむ程の親しみはない。
まさに歌は世につれ・・・で、時の移り変わりを否が応でも実感させられてしまう。


 日頃音痴と言うより音楽無知を自認する私だが、今まで全く知らなかったと言うより気が付かなかったことを聞かされ、改めて音楽無知を思い知らされたことを一つ紹介しよう。、

それは、「早春賦」と「知床旅情」がモーツアルトの「春への憧れ」に似ているという話題。

 モーツアルトの「春への憧れ」は記憶にないが、「早春賦」と「知床旅情」はもう何回聞いたか分からないくらい耳に残っている歌。

 中田章作曲、吉丸一昌詩の「早春賦」と作詞・作曲森繁久彌の「知床旅情」がメロディーがそっくりだと言われ、はっと思った。譜面がどのように違うのかは知る由もないが、「早春賦」のメロディーに合わせて知床旅情を歌うと素人の私には、その違いが全く分からない。驚き!
 もう何十回も歌っていながら、全く気が付かなった私の迂闊さと言うより「音楽音痴」を図らずも思い知らされてしまった。
専門家には盗作云々の話題になるのだろうが、その歌詞が私たちの心に響くものであればそれで良いので私にはどうでもいい話題であるが、当事者にとっては著作権に関わるだけに深刻な問題。

 今日の講師のお二人は、料人ホーム介護施設でも歌うそうだが、大きく口を開いて一緒に歌う、施設に入所されている皆さんが元気になてくれると、心を豊かにしてくれる音楽の良さを教えていただいた。とりわけ、歌の情景を思い浮かべながら、ジェスチャーを入れて大きな声で歌うと、みんな元気になるという。

 日頃何気なく聞き流していた日本の歌を、時代背景や人々の心情を紐解いてその素晴らしさを教えていただき、心行くまで楽しませてくれた1時間30分間の講演は、最近の九州市民大学の「ヒット企画」。
 またこのような機会があったら是非参加したいものだ。
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by matutaka31 | 2017-03-22 23:02 | 思いのまま | Trackback | Comments(12)

自らの自然治癒力を実感!

 先月、自らの「慢性硬膜下血腫」による手術の体験による「健康に勝る幸せはない」の一文をアップしたが、その後の経過観察の結果を診断するCT検査(術後7回目)を先日受けた。

 それまでに至る1年間の養生生活は、病魔と言うより己との闘いだったように思える。80年余生き長らえてきた中で体験したこの1年間の生きざまを、これからも続く健康管理の糧にしたいと思い、再び投稿することにした。


 b0008825_22284955.png今回の脳のCT検査の結果は、退院後およそ1年間の治療と自らの養生の結果が示される判決みたいなもので、私にとって長い長い1年間の自己管理の集大成でもある。
 検査の結果主治医が下した判断は、今後症状に変化が出たら直ぐに診断を受けることを前置きし、「血腫の色も少し薄まり、脳のシワの状態も快方に向かっているので、定期的な検査は止めて暫く経過を見ることにしましょう」であった。


 この診断結果に私は、言いようのない喜びと体内に湧き出るようなエネルギーを感じ、心から主治医に「ありがとうございました」と、深々と頭を下げた。

 振り返れば、術後約半年間継続して服用した薬の適格な効果が見られないことから主治医は、9月以降投薬を中止し、日常の注意事項を指示したうえで、しばらく血腫の変化の推移を見ることにした。このことは、長年の治験に基づく判断だとは言え、薬に頼る治療から私の自然治癒力を頼りにする治療に変える処置であった。

 手術直後完全に除去されたはずの血腫が再び溜まり、その血腫がいつまでも脳を圧迫し続けることによる障害が不安な私は、再手術も選択肢の一つかなと内心覚悟しながらも、出来れば頭蓋骨に再び穴をあけることはしたくなかった。
 いつまでも脳を圧迫し続ける血腫を取り除く特効薬はないものかと新たな薬の処方を内心期待もしたが、場所が場所だけに治験みたいな薬漬けになるのは嫌だったので、自分の再生力(治癒力)を試す良い機会を与えられた思いで、素直に医者の診断に従うことにした。

b0008825_22334918.jpg 東洋医学では、「三分吃薬、七分養」と言う考えがあるということを、太極拳の先生に教わったことがある。
意訳すると、病気を治すには薬を飲むことが三分で、あとの七分は養生することであるという意味で、薬に頼ることよりも自分自身で治していくことが大切だと言うことに他ならない。
 このことは、全ての病に通じることではないにしても、局面によっては今でも十分通じる考えで、薬漬けの今の治療法に患者みずからが考え直さなければならないことだと思うし、日ごろからできることなら薬に依存しないでも直せるようにしたいものだと、気になっていたことでもある。

 今になって考えると、その主治医の処置は、医者がそこまで気をまわしたかどうかは別として、私自身が努力しなければならない自身の自然治癒力を引き出す動機付けになり、更にやる気を引き起こさせる大きな原動力になったのは言うまでもない。 
 日常生活の中で自己管理の治療を続けることは、まさに「自分自身が主治医」になることを意味する。
自分が主治医である以上、例え結果が悪くても、人のせいにすることはできないのだ。
 場合によっては、再手術の道へ逆戻りすることになる。
 一方結果が良ければ、自分自身の今後の健康管理に大きな財産を得ることになる。
そう考えると、なんとしてもいい結果を出してやろう・・・と、開き直りみたいな闘争心が湧いてきたのを忘れない。 

b0008825_22383870.gif少々大げさだけれど、日常の思考力・行動力すべてを司る中枢「脳」の働きに関係する部位の回復を自分自身で管理するということだから、見方によっては随分危険きわまる「賭け」に見えるかもしれない。

 でも生まれて初めて経験するこの大きな試みに、実はあまり不安を感じなかった。それには若い頃から自然に親しむ中で度々目にしてきた、植物や動物の自然治癒力・再生力の素晴らしさが脳裏に焼き付いているので、同じように人間にも、それ以上の自然治癒力があることを信じていたから。

 要は、その自然治癒力をどうやって養うか、自然治癒力を養う体力と免疫力をどうやって強化するか、私が自ら答を出さなければならない課題であった。
  投薬が中止になった9月以降はとりわけ、免疫力の強化に繋がりそうな毎日の運動(太極拳、ウォーキング、家庭菜園)を中心に、野菜を欠かさない栄養のバランスを意識した食事に最大の注意力と努力を、それまで以上に気を遣うようになった。

 b0008825_20365598.gif 中でもとりわけ私に自信を与えてくれるのが「健康太極拳」で、免疫力強化のための運動が仕組まれた一つ一つの動きは、これまで以上に、その動きの効果を追い求めるように意識が変わった。
 どうすれば、どのようなものに心掛ければ、目的に近づけるかを意識すれば、自ずから運動の内容も食事の内容にも私なりの答え(自分なりのメニュー)が出てくる。

   「意識が変われば考えも変わる。
   考えが変われば行動も変わる。
   行動が変わればその結果も自ずと変わる」というもの。
   それが私流の主治医の処方箋かもしれない。



頭に振動を与える過激な運動はご法度、好きなお酒も急ブレーキ!
後は、自分の免疫力を強化し体内に潜む自然治癒力を引き出す自分自身との闘いの一年間。

勿論このような養生生活は、自分一人だとついつい楽な生活に流されてしまうので、自分だけで成し得ないことは百も承知の上。家族の協力と私を支えてくださるクラブ活動・ボランティア活動の方々の支援があればこそである。
わがままを許していただき、やさしく見守っていただけることの有難さを、生涯忘れることはできない。

 
 今回の検査結果は、これから先の私の健康管理の一通過点に過ぎない。
 先々、どんな試練が待ち受けているのか皆目見当もつかない。
 でも、今回の体験は少なからずこれからの試練に向き合う、一つのヒントを与えてくれたように思う。
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by matutaka31 | 2017-03-17 21:30 | 思いのまま | Trackback | Comments(9)

毛嵐(けあらし)

 静かに晴れ上がった朝、窓を開けたらぴんと張り詰めたような冷気を感じる。通りを隔てた東側のブロック塀の向かい側のため池から気嵐(けあらし)と言える程のものではないが、水面からゆらゆらと湯気のようなものが立ち上がっているのが目に付いたので、シャッターを押してみた。

 動画で撮ればよかったのだが、とりあえず写るかどうか撮ってみようと思って撮ったのがこの写真。(ため池の向う側の家はプライバシーを考え、ぼかしている)

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角度を変えて二階から撮ろうと思ったら、光線の具合で全く見えなかった。
規模が小さいからだろうか?、見る角度によって見えたり見えなかったりするらしい。

 最近早朝で歩くことが少なくなったため、めったに目にしない現象だから、果たして「毛嵐」でよかったかな?と、ふと記憶が不安になり、念のため辞書を開いた。

小さな国語辞典にも広辞苑にも「毛嵐」の表現はない。
 記憶違いかな?と思いながらインターネットで検索してみた。
「穏やかに晴れた朝、海面からもうもうと風呂場の湯気のように蒸気が立ち上ることがあります。
中略  これを北海道では「けあらし」と呼んでおり、語源は留萌地方で使われていた北海道の方言でした。」とあった。

 毛嵐は今では、海に限らず川湖などで起きる現象に使われる慣用句で、気象用語では「蒸気霧」と呼ばれることを、この年になって初めて知った。
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by matutaka31 | 2017-03-11 22:49 | Trackback | Comments(10)

日本一周ウォーク、間もなく襟裳岬


インターネットバーチャル日本一周ウオーキングは、まもなく北海道襟裳岬に到着する。

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 襟裳岬と言えば私は、札幌勤務の時、一度だけ釣りに行ったことがある。 もう40数年も前のこと。
札幌からおんぼろクラウンで片道約220㎞の距離を飛ばして「アブラコ」(アイナメ)釣りに行ったことがある。当時は特別に有名だったわけでもないが、太平洋に突き出た岬の壮大な眺めは、こんな光景が日本にもあるのか、と40数年経った今でも強烈な印象として残っている。

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そんな襟裳岬だけに、森進一の「襟裳岬」が出てから、すっかりこの歌の虜になってしまった。
 曲も歌詞も良い!森進一ファンではないがこの歌だけは好きな歌である。

 カラオケで歌いたくてなんどか挑戦したが、難しくて歌えないまま。003.gif

                

  

さて2月に歩いた距離は、121km、一日当たり4,3㎞でほぼ目標通りだった。

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 私が敢えて日本一周に挑戦するのは、歩いた距離を毎日記録に残し、「何年後にはこの辺りまで行けたらいいな~、という目標」を追い求めることである。
 具体的には「5年後に博多を通過する」目標があるからだ。 敢えて5年後に地元博多を通過点にし、叶う事ならその先に目標を新たに設けるという含みを持たせている。


 その目標がなければ、多分、歩く距離はう~んと短くなってしまうだろう。
そうすれば、その日その日は何も感じないかもしれないが、1年後あるいは2年後、自分の脚力が落ちていることに気付いて、唖然とするだろう。

そこで私を待っている言葉は、これまでの通院や見舞に行ったときの経験で、だいたい想像がつく。
「もうお年ですからね。転ばないように注意してくださいね。」
それはまだ良い方で、転んで骨折して入院先で
「はい今日もリハビリに頑張りましょうね」、「もっと頑張らないといつまでも歩けませんよ」と若い理学療養士に励まされているか、最悪の場合は寝たっきりになって、
「はい、おむつ交換ですよ」・・・。
  考えただけでもぞっとする。

 どんなに頑張ってもそんなことにならない保証はないけど、出来るだけそのような状態になるのは避けたい、同じ長生きするなら健康で長生きしたいと思う。
 そう思うと、やはり毎日できるだけ歩いて、健康管理をした方がいいだろう。それには目標があると、その目標に向かって努力する気になるだろう。002.gif


もう一つ、同じ歩くならば、少しでも楽しく歩きたいもの。

 このインターネットバーチャルの面白さは、なんといっても昔訪ねた場所を思い出しながら、「あ~あんなこともあったな~」といろんな思い出を辿る楽しみがある。003.gif
 47都道府県のうち、一度も足を踏み入れたことない県は、ただの1県(高知県)のみ。

 思い出したくもないことより、どちらかと言えば楽しい思い出が多い。
 懐かしい人との出会いの思い出もある。

これが私の、「日本一周ウォーク」に挑戦する主な理由である。





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by matutaka31 | 2017-03-08 21:34 | Trackback | Comments(6)

コブシか白モクレンか

 今日、ウォーキングコースの途中、街路樹に「コブシ」を植えた通りを横切ったとき、ふとコブシの一本に早くも花が咲いているのが目に付いた。002.gif

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周りのコブシも同じかと思い見渡したけど、他の木はまだ蕾が固い。
何故1本だけ早く咲いたのだろう。
「何故あんただけ早く咲いたの?」って、コブシに聞くわけにもゆかず、自分で考えるしかない。

 よく言う狂い咲きか・・・。
 いやいや狂い咲と言う季節ではない!もう3月5日で、咲き始めてもおかしくない季節だもん。

 では突然変異か。
 そんな大袈裟なことでもないだろう。
 高度に品種改良された野菜などに良くある「早生」 「中生」 「晩生」の類だろうか。
 いやいやそんな話、聞いたことがない。

 もしかしたら同じ種属(モクレン科モクレン属)の白モクレンでは?
 白モクレンはコブシより少し早く咲くから、コブシの苗に白モクレンが混じったのかもしれない、と長年の園芸趣味で身に着けたわずかばかりの知識が余計な混乱を招く。

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そう思って家に帰って写真を拡大して花びらを確認してみると、
花弁は6枚で、花は横向きに開いている
 やはりコブシに違いない。





 きっとその木は、思うに「早熟」だということだろう。
人間にも標準より早く成長する子供もいるのだから、植物だって早熟なものがあってもおかしくない。

そんなことを考えながら歩いていると、ふと高校の頃を思い出す。
高校に入学したとき、セーラー服がはちきれんばかりのボインちゃんがいたが、早熟な娘だな~と、密かに思っていたことを思い出す。

もう60数年も前のこと。 懐かしい思い出!003.gif
人間って時には、とてつもない異次元のことを思い出すこともあるから、不思議な動物である。

どうでもいいことなのに、家に帰って我が家の庭のモクレンを見た。
まだ蕾が固いのを見て、早熟ではなかった。013.gif

ウォーキングも、ただ黙々と歩くだけでは、面白くない。
たまには横を見たり、上を向いたり、好奇心を120%掻き立てながら歩くと意外な現象に出会うこともある。
また、脳の思考回路が、いつもより早く回転することもある。003.gif

コブシと言えば北国の春を思い出す。( hibochanさんのコメントに誘われ、youtubeをリンクしました)    
           





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by matutaka31 | 2017-03-05 14:15 | Trackback | Comments(6)

サクランボの花が咲いた

 昨日開花した庭の「西洋実サクラ」の写真を撮っていたら、通りがかりのご婦人が「サクランボの花が咲きましたね」と声をかけてくれた。

 「お陰様で今年もきれいな花が咲きました」と答えると、

 「遠くにいる子供にメールで送りたいので、写真を撮っていいですか」と。

 「どうぞ、どうぞ」と、目にとめてくれた嬉しさも手伝って、愛想よく答える。

 そんな会話をしながら、ブログを訪ねてくださる皆さんに一足早い桜の花便りを贈りたくなり、早速ブログにアップすることにした。

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 『梅は咲いたか 桜はまだか』シャミの音に現をぬかす身分じゃないが、庭の枝垂れ梅が散るのを待っていたように咲き始め、もう間もなく本格的な桜の花見シーズン間近を思わせ、何となく浮いた気分になってくる。

 まだ3部咲き程度だけれど、ソメイヨシノのような華やかさや香りもないが、ミツバチが盛んに密を吸っている。

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 この桜の花は「西洋実さくら」で、サクランボが生り、美味しいサクランボが楽しめる桜でもある。



ヤマホロシ(ソラナム、ツルハナナスとも言う)も今満開!
この花は花期が長く、門扉の側で道行く人の目を楽しませてくれる。

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by matutaka31 | 2017-03-03 20:57 | Trackback | Comments(7)

春作のトップバッターはジャガイモ

 3月の声を聞くと、我が家の庭菜園も、にわかに気ぜわしくなる。

ジャガイモ・里芋、サツマイモの種イモ、ショウガ、つくね芋等、根もの野菜の植え付けが始まり、4月に入るとトマト、ナス、キュウリ,スイカなど春夏野菜の種まきや苗の植え付けシーズンになるので、これから畑の耕起・施肥といった準備作業が始まる。

 私も素人菜園とは言え、十数年のキャリアを重ねると、規模は小さいながらもあれこれ少量多品種をつくるので、作付品種を選んだり作業の段取りは、結構頭と動力を使うので、ボケている暇はない。

 さて今年の植え付けのトップバッターは、ジャガイモ。
 ここでは、春と秋2回ジャガイモの収穫(二期作)が可能である。
 その春ジャガイモを、今日植えた。

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畝の長さは約6m、25㎝~30㎝間隔で植えこんで、合わせて4畝

 植えた品種はダンシャク2㎏(2畝)、キタアカリ1㎏(1畝)、紅あかり1㎏(1畝)、合計4㎏(4畝)
ダンシャクとキタアカリは定番だけど、紅あかりは初めてのこと。
 紅あかりは、「赤い皮と真っ白い中身を持った、しっとりしたホクホクした品種」とか。
 色々試してみる楽しさがあるのが、家庭菜園の醍醐味と言うもの。002.gif

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 卵大の大きさの種イモはそのまま植えることにしている。その方が芽の勢いもよく、その後の成長も早い。
卵大より大きい種イモは半分に切って、切り口が腐らないように木灰をつけて植える。(右図)
 大きいのは3分割してもいいが、芽の成長が弱いので、私は原則として半分(なるべく勢いの良い芽が均等になるように縦に割る)に切ることにしている。



3月中旬には芽を出すだろう。その後の管理は、芽かきと土寄せくらいで、あまり手がかからないので、あまりこまめに管理できない手抜き菜園家の私には、相性の良い作物である。003.gif
 収穫するのはおおむね6月(長雨になると腐るので、梅雨入り前に収穫する)で、採れたての新ジャガイモの旬の味が楽しめる。


 ジャガイモは、(日本の農政省は馬鈴薯と呼ぶ)、英名: potato、学名:Solanum tuberosum L.)、ナス科ナス属で、他のナス科の野菜との連作を嫌うので、狭い家庭菜園では、連作にならないように気を遣う。


 さて、ジャガイモと言えば、中学か高校の頃だったと思うが、理科の入試問題を思い出す。
食用になるのは、ジャガイモは地下の茎の部分(塊茎)で、サツマイモは養分を蓄えて肥大した根の部分(塊根)だということ。003.gif






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by matutaka31 | 2017-03-01 23:06 | 思いのまま | Trackback | Comments(10)