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小さい秋

 今日は朝から10日ぶりの雨が降り続いた。
 週末に打ち合わせ予定のボランティア関係の資料作りで少々頭が疲れたので、雨上がりの午後、気晴らしに田園地帯をカメラ片手にのんびり歩いた。
 歩いた距離は約9,000歩、およそ5.6㎞。暑い夏に比べると、5~6割伸びた。

 辺りは田園地帯で、もう深まる秋の気配が立ち込める。
 童謡、「小さい秋見つけた」の歌詞を借りると、こんなふうになるのだろうか。
     matutakaさんがmatutakaさんが見つけた♪
     小さい秋 小さい秋 小さい秋みつけた♪

 道端のお寺の庭には、たわわに生った柿が、ほんのり色づいていた。
 渋柿だろうか、それとも甘柿だろうか。
 誰も手を伸ばして採った気配を感じさせないところを見ると、多分渋柿だろう。
 子供の頃、道端の柿木によじ登って、失敬した柿の美味しかったことを懐かしく思い出す。あの頃はよかった!
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枝も折れんばかリ鈴なりの柿

 萩の花がきれいに咲いていた。
 先日、平尾台で見た萩の花より、ずっと綺麗!
 秋のお彼岸に食べるのは、萩にちなんで「おはぎ」、春の彼岸はボタンにちなんで「ぼたもち」、先日おはぎを食べたばかり。おはぎが美味しく感じるのは、年のせい?それとも日本人のせい?

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満開の萩の花

道端にはススキが、風に揺れていた。
子供の頃には、この茅の根もとあたりで鈴虫が鳴いていたものだが、今ではそんな風流はなくなってしまった。
もう自然の鈴虫の音は、聞けなくなってしまったのだろうか。

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ススキの穂が風になびく

 田んぼでは、すでに早生の稲は刈り取られていた。
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刈り取った後の切り株が秋を彩る
 
 晩生種はまもなく刈り取りの時期が近い様子。
 思い出すのは、「稔るほど 頭をたれる 稲穂かな」。自分に当てはめてみる。
 頭がすでに空けているのだろう、ちっとも重さを感じない。
 頭が高い!と、叱られないように注意しよう。

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刈り取り間近の稲

 ひょうたん池では、オオイヌタデの花が、水際で咲き誇っていた。
 水辺に似合う花。来年もまたたくさん咲くことだろう。

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オオイヌタデの花
 
近くの公園にたどり着くと、そこには「福岡海軍航空隊跡記念碑」がある。碑には「福岡海軍航空隊は昭和十九年六月一日海軍甲種飛行予科練習生の教育隊として開隊され・・・」と記されている。
 ここは終戦間際、海軍航空兵の訓練飛行場があった所。
 今はこうしてのんびり秋の散策を楽しんでいるが、当時この地で訓練した若い航空兵は、どんな思いで訓練に励んだのだろうか。
 青春を無駄にし、その挙句命まで失ってしまった航空兵の気持を思うと、複雑な気持になってしまう。
 戦争をしてしまった責任は、だれが負うのか。いまだに吹っ切れない気持ちが胸に刺さる。
 心地良い秋の散策が、ここで止まってしまった。
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福岡海軍航空隊跡記念碑
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by matutaka31 | 2017-09-27 20:01 | 思いのまま | Trackback | Comments(8)

平尾台(カルスト台地)散策と千仏鍾乳洞探訪

 福岡県北東部に位置する、標高370~710mに広がる面積約12平方キロの石灰岩からなる広大な平尾台(カルスト台地)を、久しぶり(と言っても、もう10年ぶりくらいだろうか)に仲間と散策した。

 この平尾台は、日本三大カルストと呼ばれ、広大な草原に奇岩が点在する風景が素晴らしく、遠くから見ると羊が群れているように見えるところから「羊群原(ようぐんばる)」との呼び名がある北九州国定公園。

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このような光景が360℃展開する平尾台

 その日は薄曇りで時折薄日が差す、絶好のハイキング日和。
 けものみちみたいな細い道を案内板を頼りに、生い茂った萩の花やくずの花をかき分け、桔梗の花や名前を忘れた草花に目をやりながら、緩やかなアップダウウンの道をのんびり歩く。

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今ではあまり見かけなくなったサルトリイバラ(別名:ガンタチイバラ、カカラ、サンキライ、カシワともいうが、当地では「がめのは」ともいう)が群生とまでいかないが、あちこちで見かける。
 このサルトリイバラの葉でくるんだ団子をカシワ団子ともいうが、戦後の食糧難の頃よく食べたその素朴な美味しさがなつかしく想いだされ、もう一度食べてみたくなってしまった。


 ウイークデーだからだろうか、周りに人影もまばらで、広大な大地を独り占めにしたようなおおらかな気分になり、思わず大手を広げて美味しい空気を胸一杯吸い込むと、身も心も洗われるような気分に浸る。

 時折爽やかな風が頬をなでるように吹き抜ける。その言いようのない心地よさのせいか、足取りも軽やかになる。
 静かな大自然に包まれていると、不思議なほど日頃のわずらわしさが遠のいて、いつしか童心に帰ったような気分になる。
自然の有難さをしみじみ感じさせられる瞬間でもある。

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羊群原(ようぐんばる)と呼ばれる一帯

 小高い見晴らし台には東屋があり、訪れた人たちもしばし足を止め、広大な眺めを楽しんでいる。
 東屋の傍の草原で、おにぎりの弁当を食べ、その場でしばし寝そべってみる。
 何処までも青い空を白い雲がゆっくり横切るように流れる。
 時折そばの道を走るバイクや車の音も大自然に吸収され、都会のビルに反射する金属音と違い、むしろ心地よく聞こえる。
 出来ることならいつまでもこうしていたい!まさに天空の世界にいるような錯覚を覚える。

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雨水や地下水によって石灰岩がゆっくりと溶かされ、
その侵食によって生じたすり鉢状の窪地、ドリーネのある場所


 自然が創り上げた神秘の世界,鍾乳洞へも足を延ばした。
 平尾台には目白洞、千仏洞、牡鹿洞、青龍洞などの鍾乳洞が点在するが、その中の千仏鍾乳洞を訪ねた。
 この千仏鍾乳洞は、蛇行しながら北東約900メートルにわたって延び、入り口から約400メートル先には地表から染みこんだ水でできた地下川がある。
 

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千仏鍾乳洞の入り口

 「奥の細道」の先は、一枚石灰岩の上を流れる地下川。水の中を入り口の店で借りたサンダルを履いて進む。
 洞内の気温は16度、水温は14度と、ひんやりとした別世界が広がる。

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中ほどにある鍾乳石、「初音乳」

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by matutaka31 | 2017-09-24 14:16 | 思いのまま | Trackback | Comments(8)

彼岸花

 異常高温、異常豪雨と異常ずくめのこの夏も終わり、一気に秋の装いに変ったのも、異常と言えるほどの速さ。
 涼しくなるにつれ、ウォーキングの距離も少しずつ伸び、田園風景が広がる瑞梅寺川の土手を歩いた。
 自然のままの川の土手には、この季節ならではの彼岸花が、鮮やかに咲いていた。
 この川は最近、コンクリートで固められた河川工事が進んでおり、このような自然豊かな光景が見られるのも今年限りだろう。
 
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最近、白い彼岸花が増えてきた。家々の庭でもこの白い彼岸花をよく見かける

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土手の両サイドには田んぼが広がり、刈り取り間際の稲穂が重たそうに頭をたれていた

 この彼岸花は昔、モグラから畔を守るために植えられたというが、今ではその役目を終え観賞用に変わり、道行く人の眼を楽しませてくれている。
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by matutaka31 | 2017-09-22 06:40 | 思いのまま | Trackback | Comments(10)

食欲の秋

 台風18号が去って、少しひんやり肌に感じる秋晴れになった。

 秋と言えば、スポーツの秋、行楽の秋、読書の秋、収穫の秋、食欲の秋、天高く馬肥える秋など、秋を強調する表現が頭をよぎる。よその国にこのような言葉があるのかどうか知らないが、四季にちなんだ日本ならではの言葉。

 スポーツの秋も読書の秋も縁遠くなった私は今、どちらかと言えば、「行楽の秋」「収穫の秋」「食欲の秋」派。

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 なぜ秋に限って「食欲の秋」というのだろうか。なんて言ったら身も蓋もない。涼しくなって夏バテした体の調子が戻り、食欲が増すこの時期に、旬の味覚を味わう楽しみが醍醐味だということから「食欲の秋」「味覚の秋」と、ごく自然に口について出た言葉だと素直に考えればいいのだろう。この言い回しが日本語の妙というもの。(右の写真はネットから引用)


 
 秋はまさに収穫の時期、旬の食材が多く、食欲が大いにそそられる。
 周りを見渡すと、新米 、さつまいも、里芋、栗 、梨、柿、ぶどう 等々、秋の味覚が目白押しで、どれをとっても秋の味覚の代表格だ。
 我が家でこのラインナップから外れるのが「松茸」。これは高嶺の花で、店先で時々見かけるがもう何年も我家の食卓と縁がない。かといって外国産を買ってまで食べようとは思わない。
 それに今年は「サンマ」も縁遠くなってしまった。でもイワシがあるし、自然に恵まれたわが国では旬の味はいくらでも味わうことができるから、食欲の秋を損ねる心配はない。

 我が菜園でも、さつま芋、里芋が収穫の時期を迎えた。

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菜園のサツマイモを試しに掘ってみた。まずまずの出来に満足!101.png


 今年は異常旱魃で収穫が危ぶまれたが、8月末に恵みの雨が降り、なんとか平年並みの収穫が出来そうである。

 さつま芋は、なんといっても焼き芋!
 焼き芋は、今では家庭で簡単に焼けるようになったので、いつでも栗より美味しい焼き芋を楽しむことができる。

 昔の人は、面白い語呂合わせを残している。
   「栗(9里)より(4里)うまい十三里半」

秋ナスの収穫も最盛期

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水遣りに精を出したおかげで、秋ナスが鈴なり

「秋茄子は嫁に食わすな」とよく言われるが、おいしい秋ナスは、もったいないから嫁には食べさせるなという姑の嫁いびりの意味と、秋ナスは体を冷やす、あるいは種が少ないので子供ができないといけないから、嫁には食べさせるなという嫁を大切に思う意味があるという。どうとるかは、人夫々・・・こんな微妙な言い回しも日本らしさと言おうか。

 私はと言えば、秋に限らず食欲は盛んだが、秋を迎えて益々盛ん。中でも太極拳の練習の後は、旬の味覚とは関係なく、肉など濃厚な食べものが無性に食べたくなる。一方菜園の仕事の後は、無性にビールなど飲み物が欲しくなる。

 どちらも体全体を動かす運動だから腹がすくのは共通しているが、太極拳は涼しい教室だから汗の量は少ないが、菜園では猛烈に汗をかくので、のどが乾くのは至極当然。

 食欲同様これからも、いつまでも元気でいられればありがたい。

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by matutaka31 | 2017-09-18 21:21 | 思いのまま | Trackback | Comments(4)

やっと野菜畑らしくなった

 雑草が伸び放題になって気になっていたが、あまりの暑さに手も足も出なかった野菜畑が、やっとそれらしくなった。

 手作業での草取りでは手に負えなくなり、草刈り機で刈り取った後、ミニ耕運機で強引に耕して草の根を切り、何度も繰り返し耕してやっとご覧の通り野菜の種播きが出来るようになった。

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白い寒冷紗は、ニンジンの種まき後の乾燥防止策

 雑草は毎日少しづつ取っていれば、こんな苦労はしなくていいのに・・・、多分周りの人たちはそう陰口しているに違いない。逆の立場だったら私もそう言うだろう。そう言われても返す言葉もない。分かっているけど、それが出来ないのが生来の怠け癖、いや凡人の凡人たる所以。

 とにかく汗びっしょりになって、なんとか雑草との戦いを終え、土の酸度調整に苦土石灰をまき、元肥を入れて7畝でき上がった。

 これまでに、ジャガイモ、にんにく、大根、ニンジン、春菊、ほうれん草、サラダ菜、ミズナ、サニーレタスを植えた。その外、白菜はポットで苗を仕立てている。

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発芽直後の大根
         

 これから月末にかけて、玉ねぎ、かぶ、キャベツ、小松菜、ブロッコリーなど順次植える予定。秋野菜の適期は殊の外忙しい。

 畑の隅に、ウコンが今年も花を咲かせている。栽培しているのではないが、もう何年もこのように生き残っている。このウコンの生命力の強さは薬草の面目を保っているかのように見えてくる。大きな葉っぱの陰でひっそり咲いているので、注意しないと見過ごしてしまう。

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ウコンの花

 当分毎日暇を見つけて、わずかな時間でも畑に出かけて、播種適期を逃さないよう、そして病虫害の被害を防ぐための、忙しい栽培管理が続く。

 これも趣味と実益を兼ねた健康のためだから、忙しさの中に楽しさが一杯! 私の元気の源でもある。

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by matutaka31 | 2017-09-15 11:38 | 思いのまま | Trackback | Comments(13)

パソコンでラジオを聞く 無料の通話も・・・

 パソコンで通話料が無料で何時間でも話が出来ることは以前から知っていたが、無料でラジオが聞けることは、つい最近まで知らなかった。
 ウインドウズでは、ラジコ(radiko.jp)という無料のソフトを使えば、インターネットでその地域の主な放送局の番組を選んで、パソコンでラジオが聴けるサービスがある。
 スマートフォンでも利用することができるらしいが、私はスマホをやらないので、試したことはない。

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 パソコンの操作をしながらラジオが聞けるし、特に音楽番組を選んで音量を小さくしておけば、BGM としての効果もあり、便利に利用できるソフトである。
 時にはパソコン操作の手を休めて、ラジオを聞くこともできるので、思いのほか便利である。


 

 ただこのラジコは「Adobe AIR」で開発されたアプリケーションのため、ラジコをダウンロードする前に「Adobe AIR」をインストールする必要がある。


 この外にも、インターネットに接続すれば世界中どこへでも無料で通話できるスカイプ(Skype)があるが、通常の電話回線と全くそん色のない通話が無料で楽しむことが出来る。 カメラが付いているパソコンなら、お互いの顔を見ながら通話を行うことも可能。

 私はもう長い間このスカイプを利用しているが、インターネットに接続したパソコンを持っている特定の仲間と楽しい有意義な通話を楽しんでいる。
 このスカイプの良さは、受話器を持つ必要がなく両手が自由に使えるので、パソコン操作の勉強をするときなど、お互いのパソコンの画面を確認しながら話が出来るので大変便利である。

 パソコンは使いようによっては、日ごろの生活に活力を与えてくれる、よきパートナーになる。

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by matutaka31 | 2017-09-11 21:21 | 思いのまま | Trackback | Comments(6)

ホウキグサ(コキア)を今年も植えたが・・・

 ホウキグサ(コキア)を昨年試験的に植えたところ、ごく普通の管理で特に問題なく育つと思ったので、今年はひょうたん池花壇に人目を引くようなホウキグサをたくさん植えるつもりだった。
ところが花壇の空き地が思いのほか狭くて、植えたのは20本余り。
このホウキグサ(コキア)を植えようと思ったのは、昨年、ブログ仲間の hibochanさんのブログで拝見したコキアの紅葉の美しさに触発されたのがきっかけ。

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こんもりした丸みも足りず、イメージとはだいぶかけ離れた出来になった

 出来が悪いのは、移植の時期がずれたのが最大の原因のようだ。
 後で分ったことだが、このコキアは移植に弱い(適さない)ということ
 雨不足で乾燥しがちな環境の中で、しかも移植の時期が遅くなったのがいけなかったのだろう。更にやや密植したため、こんもり茂りきらなかったのだろう。来年への反省としよう。
 でも、鮮やかな緑と柔らかい葉並びは、それなりに見ごろになっている。 秋には、一斉に紅葉し、ひときわ目立つ存在になることだろう
 
 我が菜園の道路側にも、人目を引くようなコキアを植えるつもりにしていたが、今年の異常な旱魃で、移植のタイミングを逃して、こちらも計画倒れになってしまった。来年こそは、道行く人の足が止まるようなコキア畑にしようと、思いを新たにしている。102.png

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菜園の道端には、こぼれ種の実生苗が、異常旱魃にも耐えて元気に育っている

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ホウキグサは和名で一般にはコキアと呼ばれる。
私たちの世代では、乾燥した茎を「帚」として使っていたので、ホウキグサの呼び名がなじみ深い。


 我が家では昨年植えたホウキグサを乾燥させて帚を作ったが、今でも庭の掃除に一役買っている。ご近所さんでも使い勝手が良いと、評判がいい。


 今年はこのホウキグサの栽培の特性を良く調べず、簡単に育つと思い込んだのがいけなかったので、来年改めて出直すことにしよう。
 何事も基本を忘れてはいけない。奇をてらうつもりはないが、変化・進化を目指し、ひょうたん池の新しい顔になるようにしてみたいのだが、果たして・・・。

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by matutaka31 | 2017-09-08 13:36 | 思いのまま | Trackback | Comments(11)

「終戦の日」を知らない小学生

 私は小学校の平和学習に、原爆の語り部として招かれることがある。話す相手は主に、小学校5・6年生。

 私は自分の体験を話す前に、「8月15日を何の日か知っていますか」と、生徒に聞くことにしている。

 知っていると手を挙げる生徒の数は、学校や学年によっても異なるが、総じて10%程度と 少ないのに驚く。
手を挙げた生徒に「では何の日ですか」と聞くと、自信をもって「終戦の日」と答えられる生徒さんは更に少なくなる。

 私たちの世代では知っているのが当たり前の8月15日を、何の日か知らない生徒が多いことに正直、ショックを受けている。

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 語り部を始めて4年目になるが、私の感覚では、4年前と今では、そのことを知らない生徒が、年々多くなっているような気がする。

 この現象を、どう受け止めたらいいのだろうか。
 戦後72年、平和に過ぎてきた今、風化するのはやむを得ないことなのだろうか。
  仕方ないこととして済ませていい問題だろうか。 (画像はネットより引用)

 先生は当然教えているはずだから、生徒が覚えていないということだろう。もしそうだとしたら、教わったことを多くの生徒が忘れてしまうのは、どうゆうことだろうか。果たしてどのような教育がなされているのだろうか、とつい考えてしまう。

 今や両親も学校の先生も、戦争を知らない世代。まして核家族化しているため、戦争を体験したおじいちゃん、おばあちゃんから家庭内で戦争のことを聞く機会は少ないだろう。

 また8月と言えば、子供たちにとっては夏休みを楽しく過ごしたい一心。そのうえ高校野球やその他のスポーツも花盛りだから、想像できないような過去の悲惨な戦争のことなど関心がわかないのかもしれない。 でもかって日本が犯した過ち、そして多くの犠牲者を出した戦争のことは、知らないで済む問題ではないはずだ。

 NHKが全国の18歳と19歳を対象に行った世論調査で、日本が終戦を迎えた日について、14%が「知らない」と答えた、との報道がある。今の小学生が成人になる頃、この数字はさらに引き上がるかもしれない。教育の危機を感じてしまう。

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 改めてカレンダーを見た。
 8月15日の所に「終戦の日」などと書いているのは希で、月の行事に「終戦の日」、「終戦記念日」と記されているのがほとんど。

 そもそもこの日は、1982年4月、戦争を知らない世代に戦争の経験と平和の意義を伝えるため、この日を「戦没者を追悼し平和を祈念する日」とすることが閣議決定された、とある。
(画像はネットより引用)

 

 この「終戦記念日」という表現は、若者にはどんなイメージで受け止められるのだろうか。
 太平洋戦争のことを全く知らない世代の人が、「記念日」の響きから、約230万人の兵士と約80万人の一般人合わせて約310万人もの尊い命を失った悲惨な戦争を、果たしてイメージすることが出来るだろうか。
 むしろ敗戦・平和祈念日とした方がピンとくるのではないだろうか、ふとそう思うことがある。

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by matutaka31 | 2017-09-04 17:53 | 思いのまま | Trackback | Comments(8)

日本一周ウォーキング、ただ今八戸から三戸へ

インターネトバーチャル日本一周ウォーク、ただ今八戸から三戸に向かっている。三戸を過ぎると間もなく岩手県二戸に入る。
 8月に歩いた距離は、116㎞、一日平均3.74㎞。目標の4㎞には及ばなかったが、連日の猛暑日にあって、無理をしないことを優先した結果なので、結果オーライとしよう。

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 八戸には東京に勤務中、仕事でよく出かけた。 しかしほとんどとんぼ返りで、さしたる思い出はないが、一度だけ十和田湖と奥入瀬(おいらせ)に行ったことがある。


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 日本一美しい渓谷と言われる奥入瀬、十和田湖を源に国道102号線に沿って流れる約14キロメートルの渓谷は、苔むした岩を縫うように流れる悠久の大自然は聞きしに勝る景勝地で、いつまでもその場にいたくなるような、強い印象を受けた記憶がよみがえる。


 上の地図では八戸から一気に三戸、その先には二戸・一戸と続く。 この珍しい「戸(へ)」のつく地名は、確か一戸から九戸までの地名があるはずだが、地図上では四戸から七戸が抜けている。 以前から私は、この地名の由来はなんだろう、と思っていた。

 その疑問を解くいい機会だから、ネットを通じて調べてみたところ、その由来がよくわかった。


 青森県庁のホームページ等で検索してみると、「平安時代後期に、現在の青森県東部から岩手県北部にかけて糠部郡(ぬかのぶぐん)がおかれた時、郡の中を9つの地区にわけられ、一戸から九戸まで地名がつけられたのが始まり」とか。この「戸」は、「○○地区」や「○○地方」の意味。
 地区割は 「お城があった三戸を中心に、東西南北の4つにわけ、さらに南を一戸、二戸、西を四戸、五戸、北を六戸、七戸、東を八戸、九戸とした。」とある。

 四戸という地名が消えたことについては、詳しいことはわかっていないそうだ。

 地名の由来も、その地方の歴史の一端を覗くことができて面白い。インターネットバーチャルだからこその楽しみ方だろう。
 その青森県とは、まもなくお別れになる。

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by matutaka31 | 2017-09-02 09:23 | 思いのまま | Trackback | Comments(10)