私に投与された妙薬 [2006-12-21]

私の血管年齢
  私はここ数年来、年末に総合的な健康診断をうけることにしている。血圧、血液検査、内臓エコー、胸部レントゲン、胃の透視、大腸検査等々である。その検査の過程で、今年初めて「動脈硬化検査」というものを受けた。
 最近血圧が少し高めに出ることがあるが、測定時間帯による変化が大きいこともあるので、余り気にしていなかったので(やや自信過剰?)、この動脈硬化検査検査結果を楽観していた。
 ところが、「あなたの血管年齢は87歳に相当します」という実年齢より16歳も上回る結果で、びっくりしてしまった。
 
渡された説明書「動脈硬化検査」結果の見方によると、動脈硬化には,血管のつまり(AbI)と血管の硬さ(pwv)の二通りがある。 動脈硬化の原因は、高血圧、糖尿病、高脂血症、高尿酸血症・通風、喫煙・アルコール過剰摂取、肥満、運動不足、ストレス・悩みが挙げられている。
 
 私の場合、血管のつまり(AbI)は正常範囲であるが、血管の硬さ(pwv)が標準以上であることが指摘されたのである。原因と思われる8大要素の中で、少々気になることは、血圧とアルコールの量、それに若干の肥満だけである。
 血液検査の結果もほとんど異常はないことが分かったので、この検査結果に納得がいかない私は、病院に再検査をお願いしたところ“半年先に検査しましょう”と断られてしまった。
 
 患者が納得するように応じるのが病院の使命ではないのかと一瞬不満がよぎった。でも、これまでの自分の生活習慣を思い起こせば当然の結果であり、検査結果に不満を持つのが、身の程を知らずと笑われても仕方ないことであろう。
 たかがと自分勝手に思っている若干の高血圧・アルコール・肥満の3要素が、考えるまでもなく実は大敵で、じわじわと血管年齢を押し上げる要素として十分だったのかも知れない。
健康に対する自信過剰こそが、意外な落とし穴にはまる危険をはらんでいると反省しなければならないのかも知れない。
 そう考えると、この「血管年齢87歳」は、私にタイムリーに投与された妙薬に違いない、と思えるようになった。
 これから先、この妙薬を飲み忘れないように心がけ、適正体重の維持、過度の飲酒をしない、定期的に運動する、間食をしない等々生活習慣の改善に努めるようにしよう。
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# by matutaka31 | 2006-12-21 11:49 | 思いのまま | Trackback(12) | Comments(0)

映画鑑賞 [2006-12-02]

「椿山課長の7日間」を観て
  朝日新聞に連載されていることは知っていたが、実は読んでいなかった。でも読んでいなかったことが、この映画を驚きと感動をもって観ることが出来たと思う。

 突然死した働き盛りの中年男が、初七日までの3日間だけ、「あの世」から「この世」によみがえることが許される。この世に戻ることが許されたのは、椿山課長の他にやくざの親分、やくざの金で育てたくないと思う親が施設に預けた子供の3人だけ。
 この世に戻ってみると、そこには思いもよらぬ事実が、・・・家族の秘密が、親子の愛情が、やくざ社会の仁義が、次々にコミカルに展開していく。
 とりわけ、施設に預けられた子供が両親と対面したとき、母親が実の子供を抱きしめる場面は、一言のせりふもなく母の愛情が見事に演出されていて、実に見ごたえがある。

 「これを観ると、きっと死ぬのが怖くなります」と予告編でいっているとおり、現代の深層を見せ付けられているようで複雑な気持ちになる一面もあるが、むしろ私には、死というものに対する恐怖感・不安感とは違った安楽の「あの世」を想像させてくれる映画であったように思う。
 観終わってみると、悲惨・悲壮感はなく、むしろ爽快感が残る楽しい映画であった。
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# by matutaka31 | 2006-12-02 22:52 | 思いのまま | Trackback(1) | Comments(0)

私の菊作り [2006-11-26 ]

菊を作るわけ
 「お父さんが菊を好きな理由は何?」
と東京に住む次女からメールが届いた。そういえば、娘と花作りについてあまり話をしたことがなかったのに、最近、よく花のことを話題にするようになり、なんだかチョッピリうれしい気持になる。

 私が大輪の菊作りを続けるのは、特別の理由があるわけではなく、止められない、いや止めきれないからである。
何年経っても、“これでよし”と満足できる花が出来ないので、“もう一年やってみよう”の繰り返しをやっているだけのことである。自分なりに納得できる花を咲かせてみたい、いわば執念みたいなものであるが、その執念が稔ることは多分ないだろうと思いつつも。

 と言うものの、手間ひまがかかる面倒な菊を作り続けるのは、やはり菊の花が好きだからだ。私は、作る楽しみよりむしろ花が咲き始めてから日々変化を続ける花を見る楽しみが勝っているように思う。それはとりわけ大輪の花に夢中になるのをみてもうなずけることである。

 1本の苗を3本に仕立て、その1本にただ1個だけ残した最も優れた蕾が咲き始めてから終わるまでのおよそ1ヶ月間、それは言葉に言い表せない見事なドラマが展開する。

 初めはビー玉みたいな蕾が次第に膨らみ、やがてピンポン玉大にふくらみ、花びらが開き始める頃になると、その花特有の色と形を現し、日に日にその姿を変えていく。そして満開の頃には、ちょっとでも触ると壊れてしまいそうな絹のようなソフトな花びらがふんわり盛り上がり、奥ゆかしい優雅な姿を現す。
これほど豪華で優雅な花を私は知らない。

 その花特有の色・姿を現し始めてから終るまでのおよそ1ヶ月間、私はとり憑かれたように、暇さえあれば菊の花を眺めて楽しむ。

 展覧会に出したら?とよく言われるが、私はその気は全くない。それが目的ではなく、少しでもきれいに豪華な大輪の花を咲かせ、自分の家の周りに彩をそえることによって、家族を含めて心が和めばそれで十分だから。
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私の拙い2006年大輪菊のアルバムをご笑覧ください

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# by matutaka31 | 2006-11-26 17:19 | Trackback | Comments(0)

五百羅漢 [2006-11-23]

あまのじゃく?
 先日、深耶馬溪の紅葉を見に行ったついでに、羅漢寺と青の洞門におよそ30年ぶりに行ってみた。
    五百羅漢で、ふと気になったのがこの説明書
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説明では、「釈迦の第一の高弟であったビンツルがあまりにも明晰で、釈迦の考えていることが全てわかるため、釈迦から敬遠され、外に出されたから」とある。
 そのとおり、確かにビンツルの石像は外にさびしく座っている。
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今流に言えば、“いじめ”か“村八分”みたいなものだろう。

  お釈迦様と言えば、仏教の開祖で全てに悟りを開いた高僧、その高僧がまさか、との疑問がわいた。
自分の考えが全て分かる弟子を、何故外に出さなければならなかったのか? 本当は心の狭い方だったのか?  それとも私が説明書を曲解しているのだろうか?
しばらく考えたが、大勢の観光客の中で、静かに考えるられるほど精神修養は出来ていない。

 番台みたいなところに座っている坊さんらしき人に尋ねようと思ったが、お札代の勘定に忙しそうで、こんなつまらない話には耳を傾けてくれそうな雰囲気がなかったので、聞くのを諦めた。
 こんなつまらないことを考えるのは、やはり天の邪鬼か、それとも行き先短い者の戯言だろうか。
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# by matutaka31 | 2006-11-23 14:04 | 思いのまま | Trackback(1) | Comments(0)

楽しいゴルフ [2006-11-19]

ゴルフ考
  先週久しぶりにゴルフに出かけた。
秋晴れの絶好のコンディションであったが、玄界灘から吹きあげる風は冷たく、11月の気候を実感させるものであった。
 メンバーは90歳台、80歳台、70歳台、60歳台と世にも珍しい組み合わせ。
いつものことながら、90歳台、80歳台のご両人が飛距離を争う和やかな雰囲気の中で、年齢に関係なく心を一つにしたプレイがこともなく順調に進み、1ラウンドを終了する。

「俺ももうそろそろかなー」と90台の人が言う。
「いやいやまだまだ!、今止められたら私の目標がなくなる」と80台の人。
「100までいけますよ」と70台60台の若輩者がハッパをかける。
 こんな会話が出来る楽しいゴルフは、他にはあまり例がないことだろう。

 それにしても、ゴルフは面白いスポーツだ。
一打ごとに条件が異なる。練習場ならいざ知らず、コース上では万が一にも同じ条件はないのだ。そういう条件の中で、自分の目標を追い求める。だから、そこには自分自身との闘いと仲間との競争があり、常に一喜一憂が付きまとう。
 と言うものの、ギスギスした競争ではなく、エチケットとユーモアのある競争ができる、だからゴルフは面白いのだ。
 止まっているボールを打つのが何で面白い? そんな声も聞かれるが、それはやったことのない人の戯言だろう。

 こんな楽しいゴルフが出来る喜びを噛みしめ、健康であることの大切さと有り難さをしっかり受け止めながら楽しい一日が終わり、また明日からのエネルギーの源になるように思う。
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# by matutaka31 | 2006-11-19 13:44 | 思いのまま | Trackback(1) | Comments(0)

秋の訪れ [2006-10-17]

色付く秋
 北国では、もうナナカマドが真っ赤な実をつけている頃でしょうか。ここ九州福岡では、温州みかんや柿が色づき始めています。
成長期には真っ青だった果物が段々に色付き始め、木の葉が紅葉し始めると、あーもう秋だなーと実感します。

 この現象を、誰も疑うことなく、ずーっと「色付く」と言って来ましたが、専門家の説明によれば、この現象は「脱緑」現象なんだそうです。
つまり、成熟(老化)促進の働きをする植物ホルモン「エチレン」の作用によって葉緑素が消滅して(緑が消滅して)、代わってカロチノイド等の色素が増加する現象なんだそうです。

 このような目で色付く秋の景色を見渡すと、折角人知れず酔いしれていたロマンチックな気分から現実社会に引き戻されそうですが、時にはこのような自然の摂理を考えながら見るの面白いものです。

 我が家の温州みかんも脱緑現象が始まり、本格的な秋の訪れです。
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# by matutaka31 | 2006-10-17 10:05 | 思いのまま | Trackback | Comments(0)

被爆稲 [2006-10-04]

いよいよ収穫期を迎えた被爆稲

黄金色に輝くなんの変哲もなく稔った稲。
何事もなかったように静かに頭をたれている稲。

 しかし、61年前の悲惨な出来事の貴重な生き証人である。
その後、平和を願う人達によって61年間営々として植え継がれてきた。
縁あって今年私の手元で元気に育ち、そして見事に稔った。

 来年もそしてその次も、永遠に植え継ぎたいものである。
        平和を願う使者として!

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# by matutaka31 | 2006-10-04 22:30 | 思いのまま | Trackback | Comments(0)

原爆に被爆した稲を作り続ける [2006-09-12]

  
頭を垂れはじめた被爆稲

 5月29日播種した被爆稲が、その後大事に管理した甲斐あって、今では稲穂が頭を垂れるほどになってきた。このまま順調に育ってくれると、9月末か10月上旬には収穫できるであろう。

 果たしてどんな米が実るのだろうか。語り継がれているように、稔らない籾(シイナ)が多いのだろうか?DNAがやはり損なわれているのだろうか?
食べてみる勇気はないが、どんな味がするのだろうか?・・・自分では解けない疑問が募る。

 しかし何よりも、被爆の惨事を語り継ぐのと同じ意味合いで、生き残った被爆稲を作り続けることの意義を噛締めなければならない、と己を戒めながら収穫できる日を待っている。
私の原爆体験
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我が家の庭でポット栽培中の被爆稲

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# by matutaka31 | 2006-09-12 18:21 | Trackback(11) | Comments(0)