早春ウオーキング [2007-03-04]

春の糸島路を歩く
3月4日(日)JR九州の「遺跡と指定文化財、自然堪能ときららの湯のんびりウオーク」に参加した。
JR一貴山駅から筑前深江駅近くの「きららの湯」までの自然豊かな約10km、およそ3時間ののんびりウオークである。

b0008825_14365141.jpg田園地帯の道端には「オオイヌノフグリ」や「ホトケノザ」が咲き、土筆がやせりがあちこちに芽吹き、その傍らではひばりがさえずる、のどかな自然に包まれたコースであった。

b0008825_14393537.jpg暖冬のせいで土筆の伸びが速く立派な土筆が伸びているので、あちこちで足を止め土筆摘みをする人達の姿を見かけた

 満開の菜の花を眺めながら山裾の道に入ると、こぶしの花がすでに満開で、甘夏と思われるみかんがたわわに稔り、歩く人々の目を楽しませてくれる.
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曲り田遺跡の前で
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仁王門 大楠の前
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普段はあまり人が通らないようなところに、オヤッと思わせるような産直の店があちこち点在していた。
コース上に案内されていたお店は、カントリーオーブン(パン屋)、いき産みちくさ市、いきさん牧場であるが、その他蕎麦どころや予約オンリー食事の店等グルメの店があちこちあるのに驚かされ、新たな発見であった。
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ブロッコリー狩り
ビニール袋一杯100円也

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# by matutaka31 | 2007-03-04 22:58 | 思いのまま | Trackback | Comments(2)

酒蔵開き  [2007-02-19]

 先日、気の会った仲間と近くの酒蔵開きに行ってみた。
今、方々で酒蔵開きがあるので、飲酒愛好家にとっては嬉しい季節である。
この時期ならではの絞りたての原酒やその酒蔵自慢のお酒を惜しみなく振舞ってくれるので、左党ならずとも満たされたような気持ちになり、和やかな雰囲気に包まれる。
 私はこの大らかな雰囲気が好きで、ついあれこれ試飲して回ることになる。
かといって何杯も試飲して回る程図々しくはないので、お気に入りのお酒と適当なつまみを買って、そこいらに雑然と置いてあるテーブルを囲むことになる。
 それにしても、この酒蔵開きで飲む酒は、本当に美味しい。数量限定のお酒を買って帰って、市販のお酒と飲み比べると月とすっぽんである。
これほど美味しいお酒が出来きるのだから、そのまま販売すればもっと日本酒の人気も上がるだろうし、売り上げも伸びるのにと、酒税法や流通上の問題を忘れて、つい余計なことを考えてしまう。
 酒蔵開きの雰囲気は何時ものとおり変わりないが、今年様相が一変していることに気がついたのは私だけではないだろう。
昨年までは、天下ご免といわぬばかり所かまわず駐車し、真っ赤な顔をしてご機嫌で運転して帰る人をよく見かけたものだ。もしかして、私もその一人だったかも?
ところが、今年は自家用車で来る人が少なく、タクシーやバス利用の人たちが増えたようだ。勿論ドライバーは飲酒お断りの張り紙も目に付く。
 そのような不便さはあっても、会場の賑わいは何時ものとおりだから、主催者側の意気込みもさることながら、集まる人々の意識も大きく変わった一面を垣間見るようだった。願わくば、一時的な心変わりでなく、日本人の飲酒運転に対する意識そのものが変って欲しいものである。
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# by matutaka31 | 2007-02-19 18:31 | 思いのまま | Trackback | Comments(0)

某県知事選挙に思う [2007-01-24]

強剪定と接木
  今年は統一地方選挙と参議院選挙の年で、年が明けて、世間はにわかに騒がしくなってきた。
 かわって園芸の世界では剪定・接木などこの時期にしか出来ない大切な作業の時を迎えている。選挙と園芸、全く関係ないこの二つの現象が、私には一脈通じるものがあるように思えてならない。
  園芸を生業としている人には、この強剪定と接木と言う二つの言葉は、自分の生活基盤をこれから先をどうするかを決める重要な意味を持つものである。
  伸びるがままにしていると、ある時期まで樹勢は勢いを増すが、管理を怠ると次第に勢いがなくなり、成る実も次第に小さくなるだけでなく肝心の味まで落ちてしまう。
それを防ぎ且つ健全に育てるため、園芸農家は余分な枝を剪定するなど日常の管理を欠かさないのであるが、時には思いっきり古い枝を切り落とし、新しい芽を伸ばして樹勢の回復を図る、いわゆる強制的な剪定(強剪定)を行うことがある。そのことによる一時的な減収も敢えて辞さない思い切った若返り策である。
  ところが、この強剪定による若返りは、あくまでも今までのDNAを受け継いだものであり、その木が本来持つっている品種特性は変らないのである。
そのため、その品種が消費者ニーズに合わなくなってしまえば、いくら作っても売れなくなり、厳しい販売競争から取り残されてしまうのである。
  一方、新しい知識や情報を吸収し消費者のーズを的確に把握した人は、新たな品種の枝を仕入れて、今まで育ててきた木の枝に接木をする。つまり同じ木に異なるDNAを植え込み、今までに育てた木を利用して新しい品種の果実を手に入れる方法を選ぶのである。
  今回行われた某県知事選挙は、この強剪定による若返りをねらった人と、異なるDNA持つ枝の接木をして新しい品種を手に入れようとした人との違いを見るようでならない。
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# by matutaka31 | 2007-01-24 22:35 | 思いのまま | Trackback | Comments(0)

初登り [2007-01-23]

十坊山へ!
  1月18日、山頂からの360度のパノラマを見たくて、背振山系の西の端にある十坊山へ登った。
 この日は局地天気予報でも晴れとなっていたので、チャンス到来とばかり心を弾ませて出かけたが、予想に反してうす曇で山頂からの眺望にやや不安が残る天候であったが、時折薄日がさす、まずまずの天気に恵まれた。

 周りの景色や道端の草木のことなどを話題にしながら、普通の登山であれば1時間30分弱程度の道のりを、約2時間かけてゆっくり登った。ウイークデイだったせいか途中出会う人影もなく、頂上で1組の夫婦に出会っただけであった。
 お陰で貸しきり状態の山頂でのんびりすること約1時間、爽やかな空気を胸いっぱい吸い込み、360度のパノラマを心行くまで満喫し、そしてこの上ない美味しい弁当に舌鼓を打ち、登りと同じ道を下ってきた。
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頂上の大石に立つ

 帰りに登山口の直ぐ側にある「まむし温泉」にゆったり浸かって疲れを癒し、爽やかな気分で岐路につくことが出来た。

 標高535mの山でありながら、頂上からの360度のパノラマは絶景である。しかも登り道も緩やかで気軽に登れるので、のんびり山歩きをしたい人にはお勧めの山である。マイホームページ「十坊山」をご笑覧ください
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# by matutaka31 | 2007-01-23 11:04 | Trackback(9) | Comments(0)

日野原先生に元気をいただきました [2007-01-04 ]

75歳からようやく老人!
  「75歳からようやく老人、60歳からそれまでは助走期間である。それから大ジャンプしよう!」 とおっしやるのは聖路加国際病院院長の日野原重明院長(今年96歳になる明治44年生まれ)である。
 今朝のNHK「生活ホットモーニング」でお話になっていた日野原先生は、とても96歳とは思えない若さが体中から滲み出る感じの風貌であった。先生の目から見ると、60台は、鼻垂れ小僧みたいなものだろう。
 定年になったら後は悠々自適なんていう発想はなく、むしろ60歳からが自分の夢を実現する準備期間であるともおっしゃる。
 その夢とは、ベンチャーであり、ビジョンであり、ビクトリーである。それが描けたら、それに向かって実行すればいいとおっしゃる。

先生はこうもおっしゃる。
「幻と勇気ある行動を!」。
75歳までに準備した幻(即ち三つのV、ビジョン、ベンチャー、ビクトリー)に向かって行動する勇気を持てと。
そして、じっとしていては何も始まらない。勇気をもって行動すればいいと。但し自分一人で出来るものではない、周りのみんなの協力あってはじめて出来ることだから、感謝の気持ちを忘れずに、とも。

先生の話はまだ続く。
先生のその力はどこから生まれるのか、との問いに、曰く、「使える時間が私の寿命」だと。
 集中する習慣を身に付け、自分の時間を有効に使うことが大切である、その時間が長ければ長いほど長生きしたのと同じである。ただ漫然と生きているようでは長生きしたとはいえない、という意味のことを強調されていた。

 実に耳の痛い話である。
長いものには巻かれ、流れに逆らわず事なきをよしとする人生は、生きている意味がない、何をボヤーとしているか・・・、残された時間はないのだぞ~と、後頭部をハンマーでが~んと殴られたような気持であった。
 が同時に、新年早々心が洗われるような話を聞くことが出来、新たな元気をいただいた瞬間でもあった。

 私の身近なところにも、似たような気持ちで人生を送っていらっしゃる明治43年生まれの元気な大先輩が居られる。その大先輩から、私はいつも元気をいただいている。
これからも、その感謝の気持ちを忘れないで、元気で過ごしたいものである。 
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# by matutaka31 | 2007-01-04 19:40 | 思いのまま | Trackback | Comments(2)

認知症の始まり? [2007-01-02]

またやってしまった!
  年の瀬も押し迫った12月31日の午後、ぽかぽかの小春日和に誘われ、孫達と一緒に近くの今津運動公園に出かけたときのことである。
 子供達の精力的な動きについてゆけない私は、何か適当な被写体はないものかと、カメラをぶら下げ、ぼんやり辺りを散策していた。

 突然「〇〇さんですよね?」と声をかけられ、私はハッとした。
見れば品のいいご夫婦で散歩を楽しまれている様子であった。
声をかけられたのは、笑顔が素敵なご婦人の方だった。
私を知っている人に違いないのに、その瞬間、誰だったか思い出せない。
声をかけられ、相手を思い出せないほど失礼なことはない、と思えば思うほどあせって思い出せない。
 「あの~(どなたでしたかねー)」と恐る恐る言いかけた私の戸惑いを察していただいて、「SNFのパソコン教室でご一緒でした・・・」そこまで言われて、ハッと思い出した。
続けて「あのときの☆☆ですよ」、といわれて全てを察した。
 
 思い出すのが遅すぎる。
また、私の悪い一面が出てしまった。
何かうまくその場を繕う作法が身についていればいいのだが、・・・。
 パソコン教室ではご婦人の洒落たメガネが印象的だったので、このたびはメガネをはずされていたのと、思いがけないところで声をかけられたのが重なって、私の萎えた脳細胞が働かなくなってしまったのであろう。
その間、1分足らずだったと思うが、恐縮のあまり、冷や汗がどっと流れる思いをした。

 実は、こんな失礼をしたことは初めてはない。
お会いしたことのある方のお顔と名前を覚えられないのが、私の最大の欠点である。
こんなことが度重なると、「あ~、ついに認知症が始まったか」と言われても仕方がないことであるが、それはそれとして、それ以前に相手に失礼をしないで済む方策を身につけるのが先決である。
何かいい方策はないものだろうか。
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公園から見る毘沙門山
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# by matutaka31 | 2007-01-02 15:53 | 思いのまま | Trackback(3) | Comments(0)

私に投与された妙薬 [2006-12-21]

私の血管年齢
  私はここ数年来、年末に総合的な健康診断をうけることにしている。血圧、血液検査、内臓エコー、胸部レントゲン、胃の透視、大腸検査等々である。その検査の過程で、今年初めて「動脈硬化検査」というものを受けた。
 最近血圧が少し高めに出ることがあるが、測定時間帯による変化が大きいこともあるので、余り気にしていなかったので(やや自信過剰?)、この動脈硬化検査検査結果を楽観していた。
 ところが、「あなたの血管年齢は87歳に相当します」という実年齢より16歳も上回る結果で、びっくりしてしまった。
 
渡された説明書「動脈硬化検査」結果の見方によると、動脈硬化には,血管のつまり(AbI)と血管の硬さ(pwv)の二通りがある。 動脈硬化の原因は、高血圧、糖尿病、高脂血症、高尿酸血症・通風、喫煙・アルコール過剰摂取、肥満、運動不足、ストレス・悩みが挙げられている。
 
 私の場合、血管のつまり(AbI)は正常範囲であるが、血管の硬さ(pwv)が標準以上であることが指摘されたのである。原因と思われる8大要素の中で、少々気になることは、血圧とアルコールの量、それに若干の肥満だけである。
 血液検査の結果もほとんど異常はないことが分かったので、この検査結果に納得がいかない私は、病院に再検査をお願いしたところ“半年先に検査しましょう”と断られてしまった。
 
 患者が納得するように応じるのが病院の使命ではないのかと一瞬不満がよぎった。でも、これまでの自分の生活習慣を思い起こせば当然の結果であり、検査結果に不満を持つのが、身の程を知らずと笑われても仕方ないことであろう。
 たかがと自分勝手に思っている若干の高血圧・アルコール・肥満の3要素が、考えるまでもなく実は大敵で、じわじわと血管年齢を押し上げる要素として十分だったのかも知れない。
健康に対する自信過剰こそが、意外な落とし穴にはまる危険をはらんでいると反省しなければならないのかも知れない。
 そう考えると、この「血管年齢87歳」は、私にタイムリーに投与された妙薬に違いない、と思えるようになった。
 これから先、この妙薬を飲み忘れないように心がけ、適正体重の維持、過度の飲酒をしない、定期的に運動する、間食をしない等々生活習慣の改善に努めるようにしよう。
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# by matutaka31 | 2006-12-21 11:49 | 思いのまま | Trackback(12) | Comments(0)

映画鑑賞 [2006-12-02]

「椿山課長の7日間」を観て
  朝日新聞に連載されていることは知っていたが、実は読んでいなかった。でも読んでいなかったことが、この映画を驚きと感動をもって観ることが出来たと思う。

 突然死した働き盛りの中年男が、初七日までの3日間だけ、「あの世」から「この世」によみがえることが許される。この世に戻ることが許されたのは、椿山課長の他にやくざの親分、やくざの金で育てたくないと思う親が施設に預けた子供の3人だけ。
 この世に戻ってみると、そこには思いもよらぬ事実が、・・・家族の秘密が、親子の愛情が、やくざ社会の仁義が、次々にコミカルに展開していく。
 とりわけ、施設に預けられた子供が両親と対面したとき、母親が実の子供を抱きしめる場面は、一言のせりふもなく母の愛情が見事に演出されていて、実に見ごたえがある。

 「これを観ると、きっと死ぬのが怖くなります」と予告編でいっているとおり、現代の深層を見せ付けられているようで複雑な気持ちになる一面もあるが、むしろ私には、死というものに対する恐怖感・不安感とは違った安楽の「あの世」を想像させてくれる映画であったように思う。
 観終わってみると、悲惨・悲壮感はなく、むしろ爽快感が残る楽しい映画であった。
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# by matutaka31 | 2006-12-02 22:52 | 思いのまま | Trackback(1) | Comments(0)