被爆72周年長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典に参列

 平成29年8月9日11時2分、長崎の鐘が鳴り響く「被爆72周年長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典会場」の遺族席に私は、今年もいた。

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式典会場の様子 児童合唱


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  長崎に原爆が投下された11時2分、会場を埋め尽くした参列者は1分間の黙とうを捧げた。その1分の間に私は、爆心地から3.5キロの地点で体験したあの悲惨な72年前の出来事を、つい昨日のように思い出した。

 テレビで実況が放映されることだし、この暑い中わざわざ長崎まで出かけるまでもないのでは?との思いがかすめるが、多くの被爆者の思いが共有できる感動が忘れられなくて、行かずにはいれない気持になり、自ずと足が向いて連続12回目の参列になった。



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 被爆者の平均年齢も81歳を越え、毎年被爆者の数は減っていく。会場の参列者も、被爆者らしい年齢の人の割合が年々少なくなり、代わって若者の数が多くなった。
 核廃絶を求める平和活動の主体が、すでに被爆者から時代を継ぐ若者にバトンタッチされて行く姿が見て取れ、今後の運動の盛り上がりを予感する一面を見るようだった。


私自身も、日ごろ何かとせわしない日を送っていると、被爆したことを、つい頭の隅から抜けてしまうことがある。

  今年の長崎平和宣言は日本政府に対し、「核兵器を持つ国々と持たない国々の橋渡し役を務めると明言しているにも関わらず、核兵器禁止条約の交渉会議にさえ参加しない姿勢を、被爆地は到底理解できません」と鋭く指摘し、私たち被爆者の思いを率直に代弁してくれた。

 88歳の被爆者 深堀好敏さんの「平和への誓い」に心を打たれ、被爆者の合唱「もう二度と」、児童合唱「子らのみ魂よ」、「千羽鶴」も感動的で、参加者が追悼と平和を希求する思いを共有する瞬間でもあった。

 この感慨は、その場にいなければ実感出来ない。だから私は体力と気力を失わない限りきっと、来年もこの地に立つことだろう。いやぜひそうしたい。

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by matutaka31 | 2017-08-09 20:52 | 思いのまま | Trackback | Comments(0)
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