「城島酒蔵びらき」で日本酒の味を楽しむ

 日本酒は美味しいけど、つい飲みすぎてしまうので、私は日頃焼酎を愛飲している。
 そんな私だがこの時期になると、いろんな美味しいお酒(日本酒)の味が楽しめる酒蔵開きに行くのを楽しみにしている。

 今年も福岡県久留米市の「第25回城島酒蔵びらき」に、仲間と出かけた。城島は、兵庫の灘・京都の伏見・広島の西条と並ぶ日本でも有数の酒どころといわれる。

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酒樽を積み上げて会場を盛り上げる

 西鉄天神福岡駅から特急電車で約40分、着いた三潴駅からシャトルバスに乗り継ぎ、約20分で参加8蔵元で醸造されたお酒を飲み比べできるメイン会場にたどり着く。電車もバスも酒蔵びらき目あてのお客で超満員。
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 雲り空から時折陽が差す寒い日だったが、メイン会場に一歩踏み入れると、枡やコップを片手に、もう一方にはつまみを握って、顔が緩みっぱなしの人また人でごった返し、寒さを吹き飛ばすような熱気に包まれていた。

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酒蔵まつりならではの光景

 男性が多いのかと思ったが、意外に若い女性が多い! 男性はどちらかと言えば中高年層が多い。
若いカップりあり、女性グループあり、家族あり、夫々のグループで酒を肴に盛り上がる酒蔵開きならではの光景。

 人気はやはり、城島地区8蔵元選りすぐりの39銘柄がエントリーされた「飲み比べコーナー」。
 リストアップされた説明書を見ながら、思い思いのお酒を選んで、その特徴ある味を楽しんでいた。

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 このコーナーでは、予め買い求めたチケットで好みのお酒を購入する仕組み。 チケットは12枚お猪口付きで700円。

   A 普通酒~本醸造クラス13品種の中から:チケット1枚で1杯  
   B 純米酒クラス13品種の中から:チケット2枚で1杯
   C 吟醸酒~大吟醸クラス13品種の中から:チケット3枚で1杯

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各コーナーで好みの酒を注いでもらう

 人気が高いのはやはり、吟醸酒~大吟醸クラス。
私たちもその雰囲気に誘われ、まろやかでフルーティーな味のお酒を味わい、 次いで純米酒クラスや普通種クラスも飲み比べてみた。
 飲み比べると、夫々の特徴がよく分かる。
 どれもそれなりに美味しく感じて、日本酒の美味しさを改めて思い知らされる。
 正直いってどれが美味しいのか、どれがいい酒なのか分からなくなってしまうが、その美味しさの評価は、個人の好みによっても違うだろう。
 いろんなお酒を飲み比べながら、用意したつまみで好きなお酒を好きなだけ飲んで楽しむ!これが酒蔵開きの良さでもあり醍醐味でもある。

 会場は和やかな雰囲気に包まれ、見知らぬ人とも気軽に話ができる。 同じ思いの人が集まるとこんなに楽しく過ごせるものかと、旧知の仲間かと思うほどに会話がすすむ。
 好きなだけ飲める雰囲気なのに、不思議に酔っぱらってトラブルを起こす人も見当たらないし、ごみを残す人もいない。
 よくある花見の風景とは全く異なる光景に、主催者側の周到な企画と運営の妙が活かされたお祭りだったと感心させられると同時に、参加した皆さんが本当に楽しそうに過ごしている雰囲気に好感が持てた。

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 メインステージでは、フラダンスや城島龍神太鼓が披露されていた。

 酒蔵びらきという日本ならではの伝統行事で、日本酒の味を堪能しながら楽しいひと時を過ごすことができた。機会に恵まれれば、また来年も行きたいものだと1年先を思ってしまう。

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# by matutaka31 | 2019-02-18 11:24 | 思いのまま | Trackback | Comments(5)

空豆の追肥と土寄せ

 空豆は初夏の旬の味覚として、私にはなくてはならない好物の一つ。
 昨年10月20日にポット播種、11月16日に定植した空豆が順調に生育し、30cmくらいに伸びたので第1回目の追肥と土寄せ作業を行った。

 今月末には気温も上昇し、茎葉が一気に成長して第1節目の花が咲き始める。
そのころには、倒伏を防ぐための支柱を添えたり、生育具合によっては2度目の追肥が必要になる。

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マルチをしていない空豆の畝

 今年は、マルチをしない畝(10/20播種)とマルチをした畝(11月末播種)の二通りに区分して、その生育と収穫を比較することにしている。

<追肥と土寄せ>
 空豆はマメ科の中で、多肥を好む作物である。元肥だけでは肥料不足になるので、私は例年この時期に追肥をする。肥料は、有機化成肥料とリン・カリ肥料。
 株周りに追肥した後、倒伏を防ぐため株の根元に土寄せをする。

<整枝>
 この時期になると盛んに側枝が伸びてくるので、放置していると茎が混みあって日当たりが悪くなるうえ養分が分散され莢が大きくならないので、弱い茎は根元から切り取り、威勢の良い茎を6~7本残すことにしている。

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茎が10本くらいになってきた

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# by matutaka31 | 2019-02-15 17:59 | 思いのまま | Trackback | Comments(6)

枝垂れ梅が満開

 暦の上ではもう春、北日本では最強の寒波に包まれているというのに、九州の我が家の庭ではもう、春を告げる枝垂れ梅が早くもほぼ満開になった。 暖冬のせいか昨年よりおよそ2週間早い。
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枝垂れ梅 我が家の春のシンボル樹
 
 蕾の深紅は花が開くにつれ薄いピンク色に変わり、太陽が当たると透けるような淡い妖艶さを醸し出す。
 陽がさすと、庭がパッと明るさを増し、芳香が漂う。まさに春告樹!
 どこからともなくミツバチが集まり、待ちわびたように忙しく蜜を吸っている。

 この花を見たさに私は、1年かけて整枝・剪定、そして病虫害の駆除など丹精込めた管理を続けるのだが、その甲斐あって今年も素晴らしい花を咲かせてくれた。
 樹の形も、もう20有余年もの時を経て、それなりの風格が出てきた。
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 よく見ると枝が少し混みあってきた感じがするので、花後の剪定を少し工夫してみよう。
 枝が混みあっていると、夏に徒長枝の枝抜きをしてもなお、花芽の付き具合が悪くなると思われるので、来年以降の枝ぶりと花の咲き具合をイメージしながら、少し枝を間引いてみよう。
 また、楽しい課題が生まれてきた。107.png

 狭い庭だけれど、所狭しといろんな花が咲いている。
 クリスマスローズ、ヒマラヤユキノシタ、シクラメン、椿、そして早くもハーデンベルギアの花が昨年より2週間も早く咲き始めた。
 
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 朝な夕なに花の移り変わりを見ていると、待ちわびた春がそこまで来たことを実感する。いよいよ野菜作りも忙しくなるし、歴史探訪も忙しくなる!
ぼーっとしている暇なんかない、と年甲斐もなく血が騒ぐ!。

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# by matutaka31 | 2019-02-12 18:03 | 思いのまま | Trackback | Comments(6)

私にとっての太極拳(その2)

(「始めた動機とその後」の続き)
今、思うこと

 ところが「80歳・90歳でも、幾つになっても続けられるのが太極拳の良さ」を実感するまでに、余り時間はかからなかった。
 私が通うNHK太極拳教室の先生の指導に沿って、重心移動の基本や24式に組み込まれた歩法の基本動作の練習を重ねているうち、筋力をあまり使わなくても、比較的楽に片足立ちの重心移動ができることに気がついた。
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「80歳・90歳になっても続けられる」の意味には、「基本動作をしっかり身に付けてさえいれば・・」という、何事にも通じる大切な前提があることを失念して、上手くできないのは年のせいだろうと、半ばあきらめの境地になったのがいけなかったようだ。103.png


 基本動作をしっかり身に付けてさえいれば、筋力がなくても比較的楽に動くことができる、誰にでも理解できる至極当然なこと。ただ漠然と稽古を繰り返すようでは、十年一日の如く、成果のない練習を積み重ねてしまうことになりかねない。

 太極拳を楽しみながら続ける気なら、この単純明快なことを忘れないで、1W(why:なんのために)、1H(How:どのように)を意識しながら基本動作を身に付けることが、上達の近道だと思うし、新たな目標や発見につながり、日々の練習も楽しくなると思っている。
 このような意識を持ち続ける限り、80歳・90歳になっても楽しみながら続けられるに違いない。


 私の今の目標は、この太極拳を日頃の運動に取り込むことによって、いかに自分の健康寿命を伸ばすかである。


 足腰が弱まって動けなくなったり、転んで骨折をして寝たっきりになったり、思うように動けなくなることにならないように、足腰を鍛えると同時にバランス感覚を養うこと。
 もう一つは、体の内面を鍛えて、病気に対する抵抗力(免疫力)を高めること。

そんなことを意識して基本に忠実な太極拳を続けた結果として、太極拳の型がうまくなればそれに越したことはない。

 自分の体の弱いところは自分自身が一番よく分かっていることだから、太極拳一つ一つの動作の意味を理解すればするほど、その効果を体感できるようになるはずである。それが私にとって健康太極拳の魅力そのものである。

 その日その日の練習の成果あるいは効果は、目に見えるほどのものではないが、地道に練習を重ねていくうちに、なにかしら体にいい結果をもたらしているのではないかと実感できるので、毎週通う教室での練習も、新しい発見があると同時に新たな目標が生まれ、同じところに止まらせてくれない楽しさがある。

 これからも焦らず急がず、「元気で長生き」をめざして「底なし釣瓶で水をくむ」ような練習を楽しみながら続けることにしている。
 これが私の太極拳スタイル。

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 <健康であることが最高の幸せ> 叶うことなら、なるべく他人の世話にならない状態でピンピンコロリと逝きたい!
 そう思っていても、そのとおりにならないのがこの世の常だ。だとすれば、他人の世話になるのを一日でも一刻でも短くしたい。
 そんな思いで、これからも家庭菜園・ウォーキング、そて太極拳の3本柱で健康作りに励むことにしよう。


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# by matutaka31 | 2019-02-08 18:04 | 思いのまま | Trackback | Comments(6)

私にとっての太極拳(その1)

 始めた動機とその後

 60歳の時頸椎変形症と診断され、頸部の筋力が弱ると数年後には手のしびれ等運動機能障害がおきる可能性があると宣告された。最悪の場合は脛骨の手術になると・・・。
 それだけは何としても避けたいと思い、首周りの運動を続けるだけでなく、アウトドアーが好きなこともあって65歳の定年後は、山登り、海釣り、ゴルフ、家庭菜園、ウオーキングなどいろんな運動を続けてきたが、高齢になるに従い仲間が少なくなり、一人では危険な山登りや海釣りを止めることになり、次いで慢性硬膜下血腫という思わぬ病でゴルフまでも・・・。
 気が付けば70歳代の後半には、一人でも自由にやれる家庭菜園とウオーキングだけが残った。
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 そのころ、なんとか頸椎変形症による障害は免れてきたが、一方腰痛に悩まされることとなり、整形外科や整骨院通いが絶えなくなってきた。
 加えてもう一つ、私は原爆の被爆を受けた身で、被爆者に多く発生する原爆症(癌)が何時発症するか分からない不安が、年を重ねるにつれ大きくなる。

 そんな自分の体を自分で守る方法は、体力(特に頸部と腰部の筋力を強化することと、病気に対する抵抗力(免疫)を強化するしかなかった。

 それには家庭菜園とウオーキングを続けるだけでいいのか?何か他にいい方法はないものかと考えたいた時(70歳の時)、「80歳・90歳でも幾つになっても続けられる太極拳」の謳い文句に惹かれて始めたのが楊名時健康太極拳。

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 太極拳にもいろんな流派があり、どの流派がいいのか知る由もなかったが、たまたま門をたたいた教室が楊名時太極拳だったというだけで、特別な理由があったわけではない。
 そんないきさつでで、介護を必要としないで過ごせる健康寿命を延ばしたい一念で始めた太極拳であったが、10余年経った今でも、家庭菜園・ウォーキングと並んで私の日常の運動の柱となっている。

 特別の要件がない限り休むこともなくせっせと太極拳教室に通った割には、いまだに分からないことが多く、基本動作もまだ身についていないことが多く、ただ何となく馬齢を重ねたようで今更ながら恥ずかしくなることもある。
 でも60歳の時医者に言われた頸椎変形による症状は、その後の首の運動を欠かさず行ったためだろうか今のところ出ていないし、ぎっくり腰などで頻繁に通院していた外科病院や整骨院へもここ3年余り一度も行くことがなくなったことは、太極拳の効果が私の健康管理になくてはならない存在になっている証のように思われる。

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 そんな私にとっての太極拳だが、80歳になったころを境に、だんだん下手になって行くような気がする時期があった。
 特に24式(型)の練習中、片足立ちの重心移動がスムースにできなくなり、「80歳・90歳でも幾つになっても続けられるのが太極拳の良さ」ではなかったのか?とふと疑問を抱いたことがある。(その2 今思うことは、次回へ続く)


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# by matutaka31 | 2019-02-06 11:57 | Trackback | Comments(8)

大宰府天満宮の梅園から九州国立博物館へ

 見ごろを迎えた太宰府天満宮約6000本の梅園と九州国立博物館で開催中の「京都 醍醐寺」を目指して、仲間と太宰府市へ行った。

 天満宮の参道に着くと、ウイークデーというのに人・人・人の波に、思わずウワーと声を上げてしまった。

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参道の人混み(人波の途切れを見計らって)

 飛び交う言葉は、中国語・韓国語に交じってわずかに若者言葉の日本語が・・・・。もう高齢者がのんびり歩く雰囲気はない。

 なんの知識もないままこの地に降り立った人がいたら、きっと外国に来たような錯覚を覚えてしまうかもしれない。それほどに学業の神様の天満宮は今、完全な観光地に変身している。


 本殿前の有名な飛梅は、ほぼ満開に近かった。

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飛梅

  この飛梅の伝説はご存じ、時の右大臣菅原道真が左大臣藤原時平の陰謀により大宰府に左遷された時、幼い頃より親しんできた梅に詠いかけた、「東風(こち)吹かば匂ひおこせよ梅の花 あるじなしとて春なわすれそ」は、あまりにも有名。
 主人を慕った梅は、道真が大宰府に着くと、一夜のうちに道真の元へ飛んで来たといわれるのが伝説の飛梅。

 天満宮に参拝した後、気が付いたらこの飛梅を見ている人は少ない。
 参拝を済ませた人は、この飛梅には目もくれず、踵を返してさっさと帰る人、お守りやおみくじを買い求める人ばかりで、この飛梅を眺める人が少なく、飛梅は寂しそう。
 外国人に飛梅伝説なんてわかるはずがないから・・・。

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梅園の一角(この梅の下で曲水の宴が催される)

 昼時だったので、混雑を避け本殿の奥の方へ廻り、老舗のお茶屋で暖かいうどんと熱燗一杯と名物梅をいただく。
 外は厳しい寒さだったので、体の芯からあったまる。梅が枝餅はやはりここ大宰府で食べるのが一番おいしい。( ^)o(^ )

 昼食の後私たちは、本殿の方には戻らず、山手の方にある『天開稲荷神社』と「奥の院」にお参りをした。天開稲荷神社は文字通り天に開かれたお社で、五穀豊穣・商工業の発展と人々に開運と幸福をもたらす神としてパワースポット呼ばれているらしいが、詳しい由来を知る由もない私たちは、静かな雰囲気に包まれたお稲荷様に健康と幸せを祈願した。

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天開稲荷大明神入り口

 参拝を終えた後緑に囲まれた静かな小高い稜線の遊歩道を、森林浴を楽しみながら歩き、九州国立博物館の入り口に下りてきた。

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満開の白梅 後方に紅梅も

 このコースはめったに人が通らない静かな道だったが、林を通り過ぎ一旦公道沿いの道に出ると、途切れることなく梅が植えられていて、本殿前の人込みが嘘のような静かな雰囲気で梅の花を観賞することができる絶好の遊歩道である。

   梅花耐風雪 到時放雅香 
 梅の木は風雪に耐えて立っているが、時到れば花咲き、雅香を放つ。

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枝垂れ梅

 観梅の後は、九州国立博物館で開催中の世界遺産登録、京都「醍醐寺」ー真言密教の宇宙ー展へ。

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博物館 展示室入り口

 醍醐寺の国宝32件、重要文化財49件が展示されており、豊臣秀吉による「醍醐の花見」ゆかりの品々も見ることができ、私にとってきっと最初で最後の機会になるだろうと思っている。

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# by matutaka31 | 2019-02-02 21:27 | 思いのまま | Trackback | Comments(10)

串本町の史実に学ぶ

 「インターネットバーチャル日本一周歩こう会」で今歩いているところは、本州最南端の地、和歌山県串本町。

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 私は現職のころ日本中あちこち訪ね廻ったが、ここ串本町は行ったことがない未知の町。
 昔よく聞いた歌「ここは串本 向かいは大島 仲をとりもつ 巡航船 アラヨイショ ヨイショ ヨイショ ヨイショ ヨイショ 」を思い出す。

 そんな自然豊かな風光明媚をイメージする町であるが、この地はご存じ、日本とトルコとの間で育まれた強い絆で結ばれた歴史の町でもある。
 私はこの史実を思い出すたびに、叶うことなら、日本人の心に残るこの歴史の町を一度訪ねたいと強い衝動に駆られる。

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トルコ軍艦遭難慰霊碑(写真は串本町ホームページより引用)

 ここであえて解説するまでもないことだがその歴史的出来事とは、1890年(明治23年)9月、日本への親善使節の使命を終えて帰国の途に就いたトルコの軍艦エルトゥールル号が台風に遭い、串本町樫野﨑沖に沈没し587名が殉職、生存者わずかに69名という大海難事故が生したとき、村民総出で救出活動を行った心温まる人道的な物語。
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 そしてエルトゥールル号の遭難から95年後、イラン・イラク戦争の時、イランの空港で孤立した日本人216名全員の危機をトルコから駆けつけた救援機2機により、無事脱出されたことは、日本とトルコの間で生まれた強い絆で結ばれた友情の証として今でも私たちの記憶に残る。

 串本町のホームページ https://www.town.kushimoto.wakayama.jp/

 この串本町の先人の偉大な業績は日本人の誇りとして後世に伝えられているが、その志は最近の自然災害に対するボランティア活動をにも脈々と生き続けているように思う。

 そうした日本人のやさしさ、思いやりの精神が生き続ける一方、翻って今わが身の周りを見渡すと、マクロ的なこととはいえ、なんと「自己中」なる現象が多いことか。
 天を向いて唾を吐くような行為の、なんと多いことか。

 大きな災害に対するボランティア活動は活発に行われるが、一方個々の弱者に対する支援には厳しい目が向けられる現実ではないだろうか。

 もう少し地域の絆を大切にする思いやりが育たないものかと、嘆かわしくなる日が続く。

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# by matutaka31 | 2019-01-30 11:44 | 思いのまま | Trackback | Comments(6)

藤の剪定

 ボランティアで管理しているひょうたん池の藤棚の藤は、驚くほどの元気の良さで、夏の間に伸び盛った蔓がもう小山みたいに盛り上がる。
 放置していると肝心の花芽が付く枝の日当たりが悪くなるので、夏に徒長枝の間引き剪定をしたが、それでもなお伸び続けて枝が混み合ってしまう。

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剪定前の藤棚の様子

 落葉して成長が止まっている今が剪定の適期だから、長く伸びすぎた徒長枝や棚からはみ出て伸びすぎている枝を切り取る。
 花芽のついている枝はなるべく残すように注意しながら丹念に剪定する。花芽は葉芽に比べて丸みがあり、少し慣れるとひと目で見分けることができるので、それほど難しい剪定ではない。

 剪定の後、蔓が棚の上に満遍なく広がるように誘引して、被覆針金で固定する。

 この一連の作業で、春先にきれいな花のスダレを観賞する準備が整った。

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剪定の後は、ご覧のようにすっきり!

 また、藤は春から夏の成長期に、「ヤゴ」という蔓が株元や幹の途中から勢いよく伸びるので、この蔓は適時切り落す。


 一度講習を受けただけの素人剪定だが、周りの藤棚の剪定具合を見習いながらもう何年も続けているが、年を追って花が増えているので、そんなに間違ってはいないのだろう。101.png

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昨年春の藤棚の様子

 今年もこの藤棚に、綺麗な花のスダレを見られるのが楽しみ。

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# by matutaka31 | 2019-01-28 14:51 | 思いのまま | Trackback | Comments(6)