彼岸花が咲いた

今年も彼岸花が咲き始めた。
公園の端や道路際、そして田んぼの畔や土手など、真っ赤な花が目立つようになった。最近は真っ赤な花に交じって白い彼岸花も増えてきた。

 彼岸花は他の植物と違って葉がなく、ニョキッと突き出すように蕾が出たかと思うと、燃えるような真っ赤な花が咲き、ひときわ目立つ花である。

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ひょうたん池の畔に咲く彼岸花

 彼岸花と言えば、多くの人は 山口百恵の『曼珠沙華』(マンジューシャカ)を思いだすかもしれないが私は、流行歌「長崎物語」を思いだす。
「赤い花なら曼珠沙華(まんじゅしゃげ)、阿蘭陀屋敷に雨が降る~濡れて泣いてるじゃがたらお春・・・」
古いねーと言われるが、今でもこの彼岸花を見ると、不思議なくらい口ずさみたくなる。

 ところでこの彼岸花、昔から日本人の心に強い印象を与えてきたのだろうか、各地にいろんな呼び名が残っているという。一説では約400種類以上の呼び名(方言)があるというから驚きである。
 歌詞にもあるように「曼珠沙華(まんじゅしゃげ)」のように、極楽に咲く花の呼び名があるかと思えば、「真っ赤な花は火事を連想させるので屋敷内には植えない」という等、地域によっていろんな言い伝えや呼び名が。
 
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 でもどちらかと言えば不吉な華として忌み嫌われることが多いようで、例えば、墓地などで咲くことから墓花、幽霊花、地獄花、葬式花、死人花と言う具合に。 また毒をもつことから、毒花、手腐り、痺れ花などの呼び名もあるという。

 更に、花が咲く時に葉がないことから「葉見ず花」という呼び名があったり、花が枯れてから葉が現れ、その葉は春の終わりには枯れる。花の時期に葉がないというのは葉を親に見立てて「捨て子」の発想につながり、種が出来ないのは「子孫が絶える」ということで、縁起が悪いとされているらしい。

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 今ではそんな言い伝えを信じる人はなく、家庭に庭で赤や黄色や白の彼岸花を見かけることが多くなった。
  「花は世につれ 世は花につれ」とでも言いましょうか。


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# by matutaka31 | 2018-09-16 20:02 | 思いのまま | Trackback | Comments(4)

いい一日

 昨日(日)、敬老の日より一週間早く行われた町内会の敬老会に出席した。
 かしこまった雰囲気はなく、みんなでお祝いしようという和やかな雰囲気に包まれた敬老会で、地域ぐるみの暖かい空気がみなぎっていてホットする。

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町内会主催の敬老会
 町内会の役員さんたちと町内のボランティアグループや子供たちのサークルなどによるおもてなしは、手作りの温かさが感じられ、心のこもった敬老会だった。

 あまりお金をかけなくても、町内会挙げて、高齢者から子供たちまで一緒になって、楽しい一時を過ごすことができることを示してくれたことに敬意を表したい。
 これが本来あるべき敬老会の姿だろう。

 ややもすると「しなければならない」義務的雰囲気の漂う敬老会になりがちで、お酒を飲んだ人だけが元気を出すが飲まない人はなんとなくくつろげない、私にとっては楽しい敬老会という印象は残っていなかった。
 でも最近少しづつ、町ぐるみの手作りの敬老会という雰囲気に変わってきたのが嬉しい。

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歓迎のメッセージとエコサークルのメンバー手作りのキーホルダー
そして子供たちからのお便りが込められた心づくしの贈り物

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科学教室の子供たちによる手品などの出し物

 最後まで居たかったが、1年前からの予定していた要件があった途中でで中座してしまったのが残念だったが、心から楽しめた敬老会に参加できたことを、関係の皆さんに感謝


 次は、アクロス福岡での九州市民大学の9月例会へ。
 今月は、九州交響楽団による「日本の歌、世界の歌」の演奏会。中井章徳氏の指揮と軽快なお話に耳を傾け、聞きなれた曲目の演奏や九響合唱団の合唱にしばし別世界に浸る。

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会場では撮影禁止なので、九州交響楽団のHPより

曲目はヴェルディ 歌劇「ナブッコ」序曲、「ナブッコ」より「行け我が思いよ、金色の翼に乗って」
   ヴェルディ 歌劇「リゴレット」より「女心の歌」
   ヴェルディ 歌劇「椿姫」より「乾杯の歌」
   他5曲
   
 私はクラシックにうんちくを傾ける何物も持ち合わせていなくて、ただ演奏を聴くのが好きなだけで時たまこうした会場に足を運ぶ。

 アンケートに応えた復興支援ソング「花は咲く」 の全員合唱は、感動的だった。

 こんないい日が過ごせる住環境、いろんなイベントに参加したいときに参加できる今の健康、そしていい日を共に過ごしてくれる仲間、そのいずれを欠いてもいけない存在に、改めて感謝!

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# by matutaka31 | 2018-09-10 13:48 | 思いのまま | Trackback | Comments(6)

秋の気配が

 今年の夏はいつになく、二十四節気が気になった。
 暑さに耐えかねてか、立秋(8/7)のころから「秋」が恋しくなり始め、「処暑」(暑さが少しおさまるころ)を聞くともう少しの辛抱だと、一段と秋を思う気持ちが高まった。

 そして今日9/8日は「白露」(大気が冷えて露を結ぶ)、このところ早朝家庭菜園に行くと、ひんやりした空気を肌で感じるようになり、露に濡れた雑草の上を歩くと靴はびっしょり濡れてしまう。
 あ~もう秋は近い!と、体の中からわき出るエネルギーを感じる。


 私たちが毎週金曜日ボランティアで管理するひょうたん池花壇では、秋を彩るリコリス(彼岸花の一種)の花が咲いていた。

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リコリス(彼岸花の仲間)周りの花はポーチュラカ

 そしてオオイヌタデ、玉すだれの花も。
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オオイヌタデ

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玉すだれ

 そうこうしているうち9/20の彼岸の入り、9/23秋分の日を迎えると、 「暑さ寒さも彼岸まで」の言い伝えのとおり、今年の異常な暑さも嘘のように次第に涼しさを増し、過ごしやすい秋が深まってゆくだろう。

 昔から農業にとってこのお彼岸の頃は、秋野菜の種まきやジャガイモやニンニクなどの植え付け適期とされ、大忙しの季節になる。

 幸い昨日、農作業の適期を見通したかのように、待望の雨が降ってくれた。本当に待ちに待った、まさに恵みの雨! ほっとすると同時に心まで軽やかになる。


 私は8月末からこの彼岸の頃までの一月間を目安に、家庭菜園での秋野菜の種まきや植え付けを一通り終えるよう段取りをする。
 先日、人参とビーツの種を蒔いたのに続き、大根、カブ、レタス、サラダ菜などの種を順次蒔いてゆくが、今年も野菜の美味しい時期を迎えて心が弾む。
 幸い体の調子も今のところ順調、腕によりをかけて、新鮮・安全そして美味しい野菜作りに励むことにしよう。
     楽しき哉 家庭菜園!

 玄関先のコンクリートの隙間に生えたヤナギバルイラソウ(柳葉ルイラ草)は、水やりも何にも手入れしないのにひとりでに育ち、ゆく夏を惜しむように、今朝も鮮やかな紫の花を咲かせている。

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ヤナギバルイラソウ:メキシコ原産の 半耐寒性常緑小低木

  ヤナギバルイラソウは、夏~晩秋まで長期間、紫色の一日花を咲かせる。環境に対する適応力が強く、湿り気の多い河原からブロック塀の割れ目まで、旺盛な繁殖力であらゆる所で生育する根性もの。

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# by matutaka31 | 2018-09-08 06:47 | 思いのまま | Trackback | Comments(8)

とぎれたウォーキングの習慣

 8月は7月に続き猛暑日の連続で、熱中症のことを考えると、健康のためのウォーキングが逆効果になりそうな気がして、止めてしまった日が多かった。
 歩かなかった日は、クーラーが効いた涼しい部屋で、過ごすことに。

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居間から眺めた、グリーンカーテンの朝顔


 そのため、歩いた距離も7月と全く同じ112㎞で、一日平均3.6㎞、目標の4㎞を大きく割り込んでしまった。

 早朝か夕方の時間帯を選んでウォーキングすればいいのだが、私にとってその時間帯はもっぱら菜園の水やりに費やす時間帯と重なるので、結局、ウォーキングをしない日が多くなってしまった。
 それでも体は動かしていたのだから結果オーライとしよう、とは体のいい言い訳。(-_-)

 でもそのこととは別に私自身の気持に、今まで感じなかった微妙な変化が芽生えているのに気が付いている。

 少し涼しいと感じる日に、ウォーキングに出かけようと思った時、なんとなくすんなり出かけようという気になれない、不思議な気の重さを感じることである。
 毎日歩いているとごく自然に歩き始められたのに、7・8月の暑さで途切れがちになったせいか、心のどこかで「今日はやめようかな~」と、怠け癖が目覚めたのだろう。
 安易に流されてしまう己の弱さを、垣間見たようだ。

 時間をかけて身につけた生活習慣は、日常それが当たり前のことになるが、ちょっと気を緩めるとその習慣はあっという間に失ってしまい、以前の習慣が当たり前になってしまう。
 一旦失くしてしまった生活習慣を元に戻すには、かなりのエネルギーが必要になり、多くの場合、その努力をあきらめてしまうかもしれない。
 とりわけ健康に関する習慣というものは、人夫々に異なるものであるが、作るのは難しく失うことは簡単な代物かも知れない。でもその習慣は外ならず、自分自身のためなんだけど・・・。


 「インターネットバーチャル日本一周」は今、静岡から掛川を目指している。

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 9月は少し涼しくなりそうな気配。ウォーキングの習慣を取り戻し、目標の4㎞/日を目指して頑張ることにしよう。

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# by matutaka31 | 2018-09-05 14:15 | Trackback | Comments(6)

猛暑を生き抜くつわもの

 暑い!暑い!の連呼だった8月も終わり、はや9月に入った。
そして9月2日、待ちにに待った雨が降った。こんなに雨が待ちどおしいと思ったことは、これまでに記憶がない程。
 おかげで、ポリタンク4個に満タンして車で菜園に水を運ぶ日が、やっと途切れた。文字通り恵みの雨に感謝。
 途切れた日が一日で終わるのかどうか、それはもう今後の天候次第だが、畑の土壌水分を十分満たすには足りないので、このまま天気が続けばまた水運びの再開となる。そんな中、猛暑を生き抜くつわものたちを追っかけてみる。

 毎日水やりしなければ生きてゆけないナス、キュウリ、ピーマン、ゴーヤなどをしり目に、干ばつ何するものぞと頑張っているのが、畑の片隅で元気よく育っているのがコキア。

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一度も水を催促しないで、元気に生き延びている優等生

 暑い暑いと弱音を吐く私に、これ見よがしに青々と茂ったたくましい姿を見せつけ、元気に生き延びている。
 一回も水やりはしないのに雑草も顔負けのたくましいコキアの生命力を見るたびに私は、元気をもらっている。


 庭のボンタンは熱暑と干ばつで、実が大きくならない。

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まだソフトボール程度の大きさのまま

 このままだとボンタンらしくない、小ぶりのボンタンになりそうな気配。
 でも昨日の雨で、葉の緑も濃くなったように見えるので、木そのものが元気になれば、ボンタンの実も大きくなってくれることを期待したい。
 居間から見える場所に植えているこのボンタン、毎日、実の太り具合を見るのが楽しみ!

 キンカンもこの熱暑に耐えて、懸命に生き延びようとしている。というよりなんとか子孫を残そうと頑張っているのか、9月というのにまだ花が咲き続けている。

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こんなに遅くまで花が咲くのを見るのは、今までになかったこと

 いつもは6月ごろから咲き始め7~8月にかけて、途切れ途切れに3回咲くのが普通だと思っていたが、今年は途切れることなくずーっと咲き続けているし、まだ蕾もできているので当分咲き続きそうな勢い。
 多分実が生っても太りきらないと思うが、こんな厳しい天候だからこそ、生き抜くためのキンカンの知恵だろうか、キンカンに聞いてみたい。
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最初に咲いた花の実はだいぶ大きくなっている
9月になっても咲き続ける花の行く末に興味がわいてくる。これから先どうなるか見守ることにしよう。

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# by matutaka31 | 2018-09-02 17:30 | 思いのまま | Trackback | Comments(8)

私とパソコン

 還暦の節目に、老後のパートナーにしようと思い、デスクトップ型パソコン一式(プリンターを含め)を買った。その時の価格は確か約30万円ほどだったと思うが、これから先のパートナーと思えば、さほど高い買い物をしたとは思わなかった。
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 それ以来私に付き合ってくれたパソコンは3台で、1台平均7~8年間付き合ってくれたことになる。先日まで使っていた3台目のノートパソコンは7年間使い続けて来たが、そろそろ寿命が来たのかあるいは疲れが溜まったのか、時々いつもと違う動きがみられるようになった。
 だましだまし使えばもう少し働いてくれそうだと思ったが、非情にもある日突然動かなくなり息絶えてしまうことがあるので、転ばぬ先の杖とばかり、新しく4台目になるノート型パソコンを仕入れて、やっとデータやソフトの引っ越しを終えた。

 パソコンの機能も多様化し、内蔵するアプリケーションも次々に変わっていくのに対し、私の操作技術は、一向に進歩しないどころか逆に記憶力もだんだん低下して、操作方法を忘れていることもある。
 ひどいのは、パソコンに依存するようになってから漢字を書けなくなったことと、漢字の変換ミスが増えたこと。漢字の変換候補の選択に迷い、辞書を引く有様。(^^)/ でもパソコンを楽しむメリットを考えると、この年になって漢字の変換ミスはちっぽけなことと割り切っている。

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 とは言えパソコンとのお付き合いを続ける以上、ある程度の知識は維持しなければならないので、同じ思いの仲間数人で続けている月2回の「パソコンのメダカの学校」で、日ごろパソコンを扱うときに出会う問題をみんなで解決しあうなど頭の体操をしている。教室の放課後は居酒屋で仲間とのコミュニケーションの機会もあり、パソコンが取り持つ縁で楽しさが倍加する。


 一方では、私がボランティアで関わっている団体のホームページの管理は、プロにお金を払って作業してもらうような余裕はないので、素人同然の私が頼りがいのある助っ人と一緒にその作業を引き受けているが、時には私の知識を超える問題に出くわし頭の痛い作業が続くこともある。でもそれを乗り越えた時のことを考えると、これももた楽しい思い出になるだろう。

 パソコンとの付き合いを振り返ってみると、現職のころ手を付けたワープロからパソコンの時代へと移り、簡単なワード・エクセルからメールやインターネットや画像処理の楽しみを覚え、ホームページやブログにまで手を広げてしまった。
 そして今では、ボランティアに関する文書や資料の作成、年賀状はじめハガキや手紙、インターネットによる情報検索等々で、パソコンを触らない日はないというよりむしろ、テレビを見ている時間よりパソコンに向き合っている時間のほうが長い。それほどに今では、パソコンなしの生活は考えられないようになってしまっている。  今の私にとってパソコンは、少々大げさだが、日々を豊かにしてくれるよきパートナーである。!!


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# by matutaka31 | 2018-08-27 21:34 | 思いのまま | Trackback | Comments(8)

学生アルバイト今昔

 博多の歓楽街中州から川を隔てた西側の西中洲という所に、今日話題にする、K居酒屋がある。
 居酒屋と言えば、老若男女が大声でしゃべりまくる騒々しい雰囲気が一般的。でもこのK居酒屋は、あまり騒々しくなくて、私たち高齢者も普通に会話が楽しめて気軽に過ごせる雰囲気が好きで、ボランティアやイベントの帰りに、時折仲間と飲みに行く。

 その居酒屋のカウンターの片隅に一見、キープした焼酎瓶が並んでいるかのように見えるコーナーがある。実はこの瓶、私たちが飲み干した焼酎の空瓶で、(写真ではよく見えないが)、一本一本違うイラスト風の絵が書いてある。

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 絵を描いてくれたのは、この店で働く、市内の某大学4年生のアルバイト女学生、愛称ひな子ちゃん。
 気さくに話し掛け、冗談を飛ばしてくれる明るい性格で、私たちお気に入りのお嬢さん。

 そんな彼女が私たちと交わした時々の話題にちなんだ絵を、新たにキープする度に、瓶いっぱいに描いてくれる。ある時は祇園山笠、そしてある時は朝顔といった具合に。新しいボトルに手を付けるたびに私たちが帰った後書いてくれる。

 他のお客さんにはしていないようで、彼女の特別の計らいがうれしい。

 絵が描かれた空き瓶をその場限りで廃棄するのは惜しいので、記念にしばらく置いてもらっていたところ、気が付けばもう7本も溜まっていた。
 その瓶の前の席はさながら、私たちの指定席そのものに思えて、親しみを感じてしまう。

 そんな彼女だが、どうやら就活も順調に進み、東京のある会社に就職が内定したと言って喜んでいた。
 夜のアルバイトで、昼間学校での勉強はしんどいだろうな~と余計な心配をしたくなるが、そんな心配をよそに今、卒業論文に取り組んでいるとか。
 無事卒論も仕上げて、満足できる学生生活を終えて、来年新しい人生を踏み出す彼女の幸せを祈るのみ。


 このアルバイト学生ひな子ちゃんに限らず、いろんな場所で、アルバイトの学生に出会うことがあるが、もう60余年前になる、東京で過ごした自分の学生時代のアルバイトを思い出してしまった。

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 私は学生時代の大半を、学生寮で過ごした。
 寮は大学の構内に在り、寮費は確かタダだったかタダに近いもので、生活費として最低限必要なものは安い寮の食費と学費(授業料)と少しばかりの小遣い。

 親からの仕送り6千円、奨学資金3千円合わせて月9千円が私の生活費だった。
 寮は大学構内にあったので、交通費もかからない。

                     当時の学生寮のイメージ(ネットより)


 学費と言っても、当時国立大学の授業料は年間9千円で安かったし、必要な本は図書館を利用し、時に神田神保町の古本屋で安い本を仕入れる程度のもので9千円の範囲で済ませていたように記憶している。

 仲間とのコミュニケーションの一杯は、主に寮の部屋でコップ酒で茶碗をたたいて議論したり蛮声を張り上げて歌うなど、安上がりの方法で仲間との絆を深めていた。
 こうしたささやかな遊びや小旅行を楽しむ小遣いは、さすがに親にねだることはできなかったので、土・日を利用してアルバイトで稼いでいた。

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 私がした主なアルバイトは、中央競馬が行われる府中市の東京競馬場と船橋市の中山競馬場での土・日のアルバイトだった。
 アルバイト料は一日(5時間ほどだったと思うが)240円だった。百円2枚と十円4枚という日当から当時日雇い労働者のことをニコヨンと呼んだが、まさにそのものずばりだった。
 現在の東京競馬場(ネットより)⇒

 時には町工場で電気部品の組み立ての仕事やそのほか肉体労働で日当300円の仕事も経験したが、いずれも土、日曜の昼間の仕事で、夜の仕事は一度も経験がない。    
 得た収入は、月平均千円、多い時でもせいぜい2千円程だったろうか。


 アルバイトで稼いだお金で、仲間とバーに飲みに行き、安いトリスウイスキーを飲んだつもりだったが、調子に乗りすぎて二日分のアルバイト料を上回る500円の勘定に驚いたことが、夢のように思い出される。
 それでも、自分で稼いだお金を気兼ねなく使える、ある種の満足感を味わったのも事実だし、社会人になる過程での貴重な経験だったようにも思える。

 今にして思うことは、何としてもアルバイトをしなければならないという悲壮感みたいなものはなく、ある種の人生経験をつまみ食いしながら、社会人としての地ならしをしたようなものだったのかもしれない。

 かと言って真面目に勉強ばかりしたのではなく、砂川基地闘争など当時盛んだった学生運動にも参加する一方、心行くまで先輩後輩そして同級生とのお付き合いを大切にする時間が長かったように思う。そうした楽しい思い出が詰まった学生生活を過ごすことができたことが、その後の人生の大きな糧になったと思っている。

 今の学生は、学生生活をどのように楽しんでいるのだろうか。
 時代は大きく変わったとはいえ、夜も働かねばならない学生生活とは、みんながそうでないにしても、どのような青春があるのだろうかと、ふと気になってきた。

 最近の学生は、個性的で考えが多様化していると言われ、住まいもアパートやマンション住まいが多いという。そのような生活環境や自分の立場を維持するためのアルバイトなのだろうか。
 私にはアルバイトの必然性というものが浮かんでこないのだが、そう思うのは私だけだろうか。

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# by matutaka31 | 2018-08-23 14:16 | 思いのまま | Trackback | Comments(8)

丹波の黒大豆の花が咲いた

 丹波の黒大豆の花は、大きく茂っている茎葉の陰にひっそり咲いているので、普段何気なく見ている人の目にはとまらない花で、ほとんどの人はこの花を見ることはないだろう。

 お節料理にはつきものの黒豆を知らない人はいないだろう。でも、この黒豆の花を見た人は少ないに違いない。正直私もその一人で、家庭菜園で大豆を作るまで見たことはなかった。
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 この大豆の花は、可愛いというか可憐というか、せいぜい5㎜程度の花でひっそり咲いている。
 茎の産毛の大きさと比べてると、その花の大きさがよくわかるというもの。
 大きな葉の影に咲く小さな花だだから、写真を撮るのも一苦労!
 茎の下に潜り込むような恰好をしないと写せない。 
 何枚も撮って、やっとこの程度のもの。

 さて大豆の花言葉は、「かならずくる幸せ」、いい響きの花言葉!
 いくつになっても、この「幸」の一文字は大切にしたいもの。
 このブログを訪問してくださる皆様にも、幸いあれ、と祈りましょう。
 私?
 今の私には、もう来ているようだ(^_-)-☆これ以上高望みすると罰が当たりそう。

 受粉を助ける昆虫も見つからないので、はたしてどうして受粉するのだろうかと疑問がわくが、この大豆の花は、昆虫や風の力を借りないで,花を閉じたままの状態で同じ花の中の雄しべと雌しべで受粉する自家受粉する。

 開花直前に自家受粉して自らの子孫を残す神秘的な営みが、こんもり茂った茎葉の陰で、静かに進行している姿を目にすることができる。

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 今のところ各節に2~3個の花が咲いているので、このまま順調に生育すれば今年も豊作間違いなしだろう。

 でも油断は禁物。

 これからの管理は、土壌の乾燥を防ぐことと病虫害対策だろう。
 もう一つ例外的な台風が襲ってきそうだ。19号、20号が近づいてきた。大きく茂った茎葉は、風に弱い。倒伏防止の台風対策はとるにしても暴風にさらされると、しなやかな葉は微塵にちぎれてしまう。
何とか無事に通り過ぎてほしいものだが、・・・。

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 この黒大豆の収量を左右するのが水やりと病虫害対策。今年もまた先輩菜園家の知恵を拝借しながら管理をするし、そのうえ井戸水を自由に使わせていただくので、大船に乗った気分で取り組めるのが有難い。
 大豆は根粒菌の窒素同化作用で自ら窒素を固定するので、窒素は控えめにして、花が咲くころにリンとカリの追肥をするだけだから、これからは害虫駆除と土壌を乾燥させない管理を忠実に実行すれば、きっと豊作になるだろう。

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# by matutaka31 | 2018-08-19 21:20 | 思いのまま | Trackback | Comments(6)