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ひょうたん池花壇の花の植え替え

 毎週金曜日は、町内の憩いの場「ひょうたん池」の花壇管理ボランティアの日。
 今日11月10日(金)は花壇の花の植え替えで、9時から約1時間半の作業。好天に恵まれ、息の合った仲間同士で作業も順調に進んだ。

 植え替えた花は、パンジー、ビオラ、ストック、ノースポール
 パンジー、ビオラ、ストックの苗は、前日担当の方があちこち園芸店を回り、安い苗を探して購入してくれていた。ノースポールの苗は担当の方の友人から譲り受けたもので、クラブ経費の節減になり大変ありがたい。植える数が多いだけに苗代の費用の節減は、目に見えない苦労の種。

 ボランティア活動にはいろんな苦労がつきものだが、訪れる人々の「いつもきれいですね。ご苦労さま」の言葉に励まされ、地域の方々の憩いの場としていつもきれいにしておきたい、という気持ちが活動を支えてくれている。
 

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装いを新たにした、北側の花壇

今日はこの花壇だけの作業。来週はもう一つの花壇を植え替える。
エントランスのプランターも植え替えた。ここを訪れる人が、この花の出迎えに心を癒されるという。
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公園の入り口で、このかわいい花が出迎える。

 池の畔では、皇帝ダリアが咲いた。
 この花は青い空が良く似合う。 栴檀の木の傍に植えているので、栴檀の木陰に隠れがちだが、そのおかげで台風21号の被害も免れ。皇帝の名に恥じない立派な花を咲かせてくれている。

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青空を背景にひときわ目立つ皇帝ダリア。後ろの木の枝はせんだん


ギョリュウバイ(檉柳梅)も元気よく、一斉に花を咲かせている。

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 花が少なくなるこの季節、このような花たちはひときわ目立ち、ひょうたん池を訪れる人たちの眼を楽しませてくれている。

 ボランティアのこと⇒⇒⇒私のホームページ「あれこれ気ままに」

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by matutaka31 | 2017-11-11 07:03 | 思いのまま | Trackback | Comments(6)

超大型21号台風の余波

 11月21日から22日にかけて日本の南を北上した超大型・強い勢力の台風21号は、各地に被害の爪痕を残した。
 当地はこの21号が通過したコースからかなり離れていたので、超大型とは言え、そんなに影響はないだろうとたかをくくっていた。ところが通過した後をみると気象予報通り超大型で想像をはるかに超える暴風が吹き荒れ、庭や菜園では予想外の被害に遭った。その余波が今になってじわじわ現れ、その影響の大きさに改めて驚かされている。

その一例
 庭の八朔(ミカン)は、風をまともに受けた枝の葉が縮れて見るも無残な姿に変わり果ててしまった。でも生命力の強い木だから、間もなく元に戻るだろうと思っていたが、予想に反し日に日に葉が落ち、台風から2週間過ぎた今、すっかり葉が無くなった枝に八朔の実がぶら下がるという、見るも無残な寒々しい姿に変わり果ててしまった。

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葉が全部落ちてしまった八朔の枝

 八朔の実は辛うじて残っているが、いつもより早く黄色く色づき始め、果たして美味しい八朔に成熟してくれるだろうか。また葉が無くなった枝に来年花芽が育つだろうか。自然現象の威力を目の当たりにして、その予測できない後遺症に気をもんでいる。

 たった一本のミカンの木でさえこの有様だから、専業ミカン農家の被害はいかほどのものかと思うと、その心痛が思いやられる。

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 さつま芋は葉が縮れてしまったが、幸いにして収穫直前だっただけに、ほとんど被害はない様だ。
 昨日一部を掘り起こしてみたが、まずまずの出来で一安心。





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葉が溶けてしまったようになったジャガイモの茎葉

 でもじゃがいもは完全に葉がちぎれてしまった。今まさに光合成によってジャガイモが地中で大きくなる時期だから、その光合成ができなくなってしまったので、多分太りきれない小さなジャガイモにばかりで、まともな収穫は望めないだろう。

葉が痛んでしまったじゃがいもの後遺症は、今後どのように表れるのだろうか、このまま放置して、残っている茎とわずかな葉による光合成の結果を見守るしかない。

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なぎ倒された「つくね芋」の蔓棚

 つくね芋もジャガイモ同様大切な時期だっただけに、どんな芋が出来るか気がかり。でも手のつけようもないので、そのまま成り行きを見守ることに。
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白菜:一見無事のように見えるが、葉の傷みはかなりひどい

 白菜やその外の葉物野菜は、まずまずの回復ぶりに一安心。でも出来栄えは例年より悪くなりそう。

 それにしても、自然の力の大きさを改めて思い知らされるこの頃である。

  

家庭菜園のこと⇒⇒⇒私のホームページ「あれこれ気ままに」


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by matutaka31 | 2017-11-07 21:24 | 思いのまま | Trackback | Comments(8)

インターネットバーチャル日本一周ウォーク,間もなく仙台

 インターネットバーチャル日本一周ウォーク、ただ今古川から仙台に向かっている。

 10月歩いた距離は、130㎞、一日平均4.2㎞(目標4㎞)。
 10月は秋野菜作り作業が忙しくて歩く時間が少なくなったが、思いの外涼しい日が続いたお陰で気持よく歩くことができ、なんとか目標の4㎞を越えることができた。

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 ただ今日本一周2回目の挑戦中。
 10月末で、日本1周8,955㎞の内3,052㎞(約34%)の地点まで歩いた。

 残り5903㎞、一日平均4㎞歩いたとしても、後4年かかってしまう。先はまだ長~いな~
 でも先をあまり急がないで、ペースを保ちながら毎日歩き続けよう。継続は力なり!

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 仙台市は宮城県の中部に位置する県庁所在地でかつ政令指定都市。また人口約108万人の東北地方最大の都市でもある。仙台市と言えば私には、七夕祭りと青葉城そして杜の都のイメージが強いが、残念ながら私はこの両方ともその良さを味わった経験がない。 


(2枚の写真は、仙台市のホームページより引用)


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 現職の頃私は、仕事で何度か仙台市を訪ねているのだが、仕事が終わったらとんぼ返りするかあるいは次の訪問先へと向かうため、観光する余裕がなかった。そのため、残念ながら七夕祭りも青葉城を観る機会がなかったし、杜の都の雰囲気もゆっくり味わうこともできなかった。 今にして思えば、もう少し遊び心を持つ余裕があればよかったのに、と思うが後の祭り。

 当時よく流行った「青葉城恋歌」を時々想いだす。私はこの歌が好きで、当時カラオケで歌ってみようと挑戦してみたが難しくてとても歌えなかったことを思いだす。
 今も時々この歌「青葉城恋歌」を思い出して、Youtubeで聞いて楽しんでいる。


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by matutaka31 | 2017-11-04 14:39 | 思いのまま | Trackback | Comments(8)

インフルエンザワクチンを接種

 今年は夏以降気象の変化が激しく、急に冬が近づいたような気がする。
 この異常気象の影響だろうか、今年は早くも9月の段階でインフルエンザウイルスへの感染者が確認され、その流行が例年より早くなりそうな気配があるという。そのような背景があってか、別件でかかりつけの内科医に行ったところ、インフルエンザワクチン接種希望者が多くなっているという話だった。
 その一方では、インフルエンザワクチンの供給が追い付かず、ワクチンの接種開始を11月中旬としている病院もあるという情報も耳にしていた。b0008825_09273358.jpg



 うっかりすると希望する時期にワクチンを接種できなくなることもありそうな気がしたので、その場で接種を申し込んで接種を済ませた。

 インフルエンザワクチンの効果については、私の手元にある福岡市の高齢者用説明書きによると、インフルエンザ予防接種の有効性を次のように説明している。



「インフルエンザ予防接種の有効性は世界的にも認められ、高齢者の発病防止や特に重症化防止に有効であると確認されています。
 予防接種を受けてからインフルエンザに対する抵抗力がつくまでに2週間程度かかり、その効果が十分に持続する期間は約5か月とされています。」


 これでインフルエンザに「かからない」というわけではないが「かかりにくくなる」こと、そして「かかっても軽くすむ」という効果が期待できるので、11月中旬から来年4月中旬ごろまでの対策ができて、まずは一安心。
 でも油断は禁物! 
 ウガイと手洗いの励行、そして風邪をひかないよう体調管理に気をつけよう!


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by matutaka31 | 2017-11-01 09:32 | 思いのまま | Trackback | Comments(5)

稲わらの温もりを感じる

 当地では稲刈りもほぼ終わり、田んぼに稲の切り株の列がきれいな平行線を描いている。切り株の間には、コンバインで短く切り刻まれた稲わらが雨にぬれ、やがて朽ち果てて土に帰っていく様子が伺える。

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 私たちが子供の頃、刈り取った稲は掛け干しされ、脱穀の後その稲わらはいろんな用途に利用されていたが、今ではコンバインで短く切り刻まれるため、長い稲わらを利用することはほとんどなくなってしまった。



そんな事情があって、私たち家庭菜園を楽しむ者にとってもこの稲わらが手に入らなくなったことは悩みの種になっている。特に夏作野菜(スイカ、ウリ、かぼちゃ、ナス、キュウリ等々)を栽培するとき、株間に敷き詰め、土壌の乾燥を防ぎ、雑草が生えないようにすると同時に、スイカ、ウリ、かぼちゃの果実が直接土に触れないよう保護する役割を果たすので、なんとかして手に入れたいものだと常に考えていたが叶わず、周りの雑草を刈り取って干し草にして急場をしのいでいた。

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乾燥した稲わらを束ねる作業

 そんなところへ、ご近所の先輩菜園家から、稲わらを分けてやるとの嬉しい知らせが届いた。
その方は稲作農家との話し合いで、稲わらを一定量確保されているとのこと。藁をもつかむ思いで、来年使う量としては十分の稲わらを分けてもらった。
 日ごろ何かと面倒を見てもらっている先輩菜園家のお気持は、本当にありがたいことで感謝・感激!!。

 来年の夏野菜作りへの夢が膨らむ。

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束ね終わった稲わら。 この稲わらを大切に保管して、来年春敷き藁として利用する

 私が知る稲わらは、軽くて弾力があり保湿性、吸水性、通気性に優れているため生活の中でいろんなところで利用されていた。しめ縄、雨除けの箕や笠、草鞋(わらじ)や草履(ぞうり)、縄、むしろ、畳、藁ぶき屋根、土壁、米俵、納豆等食品の入れ物、畜産農家の牛の餌、畜舎の敷き藁、野菜畑の敷き藁等々。
 時代の変化とは言え、ぬくもりのある稲わらに支えられた生活、それをうまく利用した先人の知恵が何故か懐かしく感じられてならない。

 私は今、その稲藁の恩恵にあずかろうとしている。人の温もりと稲わらの温もりが私の生活に伝わるようで、何か心が温まる思いがこみ上げてくる。不思議なえにしを感じてしまう。

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by matutaka31 | 2017-10-29 11:30 | 思いのまま | Trackback | Comments(8)

まな板の削り直し

 我家のまな板は木製「かや」。
 余程のことがないかぎり毎日、朝・昼・晩繰り返し、もう何年使っているか記憶にないほど働いてくれている。
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 使用の前後は必ずきれいに洗い、常に乾燥させるようケアーに心がけてきたつもりだけど、寄る年波には勝てないようで、白かった肌も大分黄ばんで、よく見ると細いしわができ、よく使う面に黒いシミが目立つなど、大分疲れが見えてきた。(プライバシー保護を考え、削る前の写真を出すのは控えた105.png 右の写真は新品のまな板)

 黒いシミのようなものは漂泊しても落ちない。多分、細い傷跡を通って中の方へカビが生えてきたのだろう。

 このまま使い続けるのは、なんだか衛生上良くないのではないかと気にかかる。だからと言って長い間働いてくれたこのまな板を放りだし、買い替える気にもなれず、若返りさせようと考えた。

 手持ちの中荒の紙やすりで削ってみたが、黒いシミは思ったより中までしみ込んでいて、効果がないことがわかった。 やはりカンナで削るしかない!
 そう思ったが、悲しいかな我が家にはカンナがない。
 専門業者に送る手もあるが、なんとか自分の手で若返りさせようと考えた。(どうせ暇だから)

 そこで知り合いに頼んで、主に黒いシミがひどい部分を、グラインダーで表面を慎重に粗削りしてもらった。
そのおかげで多少凸凹が出来たが、気になる黒いシミを削り取ることが出来、黄ばんだ表面も白い地肌が見えるようになった。

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紙やすりをセットした削り道具と削った後のまな板

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 荒削りが終わった後、紙やすりで削って凸凹を滑らかにするのが私の役目。

 一番粗い紙やすりと、それをセットして使う小道具を買ってきた。

 少し力が要るが、気長に削ると、気になる凸凹もほぼ削れ、面目を新たにして新品同様とまでいかないが、それに近いまな板に戻すことが出来た。(右の写真は削り取った屑)

 台所の仕事に、もう一つ宿題がある。
 それは包丁研ぎ! (^◇^)

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by matutaka31 | 2017-10-25 10:43 | 思いのまま | Trackback | Comments(7)

アサギマダラに出合う

 昨日はひょうたん池花壇の管理ボランティアの日で、朝9時にひょうたん池にでかけた。 水辺の花壇にフジバカマが咲いていたので、もしかしたら・・・と淡い期待で傍に行ってみると、なんとアサギマダラが2匹懸命に密を吸っているではないか。 よく見ると間違いなくアサギマダラ! やったー!やっと出会えた。
 前日、ブログ仲間 taminamikawa1さんのアサギマダラの写真を見たばかりで、私も一度見てみたいと思っていた矢先の出来事!
 踊るような気持を抑えて、カメラを構える。 近づくと次の花に移動する。風もあって枝が揺れて、なかなかシャッターチャンスが捉えれれない。 フェンスからはみ出している花は、風にあまり揺れない。そこにとまった瞬間をやっとのことで撮ることが出来たのがこの写真。
 
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ひょうたん池畔のフジバカマの花の蜜を吸うアサギマダラ


2時間後、ボランティア活動が終わって、再びフジバカマの所へ行ってみたが、すでにその姿はなかった。

 アサギマダラは渡り鳥のように季節によって長距離を移動する習性を持つ「旅する蝶」として有名で、春から夏にかけて南から北へ移動し、秋になると南下するという。
 その移動距離は驚異的で、信州松本でマーキングされた個体が、海を渡り1300キロ近く離れた沖縄で確認されたり、大阪府生駒山でマークされたアサギマダラが、沖縄の与那国島まで1680キロを飛んだ記録があるなど、その実態はまさに神秘的だとも思われる。
 昨日出会ったアサギマダラは、いったいどこから飛んできて、何処へ飛んで行ったのだろうか。 今朝(21日)同じ場所に行ってみたが、アサギマダラの姿はなかった。

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フジバカマの花

 昨日偶然出会ったアサギマダラは今頃、何処を飛んでいるのだろうか。どこを目指しているのだろうか。
 その行く先には超大型台風が迫っている。そのことに気付いていいるだろうか。
 安全な場所に避難して、無事に目的地についてくれればいいのだが・・・。

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by matutaka31 | 2017-10-21 11:08 | 思いのまま | Trackback | Comments(12)

72年前長崎で被爆した稲の子孫は今

 私は12年前、長崎で被爆した稲の種を譲り受け、その後毎年欠かさず庭先で栽培し続けている。

 被爆後72世代目になる「物言わぬ生き証人」被爆稲の子孫は、今年もいつもと同じように成長し、稲穂が頭を垂れた。しかしその稲穂は軽そうで、よく見かける田んぼの稲がずっしり重みに耐えている姿と比べると、垂れ方が少ない。

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稲の穂先の垂れ方に重みが感じられない

 それもそのはず、稲穂をよく見ると黒色の籾や空籾が目立つ。去年までとちっとも変わることがない。
 今年も「やはりそうか」と、改めて遺伝子の損傷を裏付ける現実を目の当たりに見せつけられる。

 72世代経っても元に戻れないことは、被爆よって稲の遺伝子が損傷(変化)し、もう元の遺伝子には戻れない、収穫が少ない劣悪な別の代物(品種)になってしまったと見るべきだろう。

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よく見ると空籾(しいな)や黒ずんだ籾が目立つ

今、私は被爆稲の遺伝子損傷を目の当たりに体験しているが、稲だけに限定されているという保証はない・・・。
もし人の遺伝子に損傷があるとなると、どうなるだろう。人は被爆後まだ3世代目になったばかり。今後世代交代が続く中で、全く影響が出ないと言い切れるのだろうか。また外の植物や動物はどうだろう?もしかしたら我々が気がついていないところで、ほかの植物、昆虫、野鳥などの生態系が変わっていないのだろうか。そう考えると、恐ろしくなる。

 この被爆稲が示す放射能がもたらす恐ろしい現象を、この稲に限ったことだとして見過ごして良いものだろうか。
私の疑問は解けない。

福島の原発事故から6年半経過した今、国内では原発の再稼働が始まっている。
福島では、長崎の被爆稲に見られるような現象は起きてはいないだろうか、胸騒ぎがする。
単なる杞憂に過ぎないことであれば良いのだが・・・。

原発廃止を訴える人たちが多いにも関わらず、原発再稼働の動きは止まりそうにない。新聞・テレビでは、福島原発事故の悲惨な現地の状況はあまり報道されなくなった。しかしインターネットの上では、今でもびっくりするような悲惨な現実があふれている。その一例を挙げると放置された豚が、建物の中に侵入して食べ物を漁って居たり集団で道路を徘徊する光景など、被害地が置き去りにされている姿が生々しく映し出されている。

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福島第一原子力発電所事故の模様(インターネットより引用)

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福島第一原子力発電所事故による放射能除染廃棄物の山(インターネットより引用)

風評被害を恐れて、異常現象に目をつぶっているのではなかろうか。
真実を覆い隠してしまうようでは、後世に大きな禍根を残してしまう。

私たちが今最も恐れなくてはならないのは、「隠ぺい」「風化」である。

           私の原爆体験

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by matutaka31 | 2017-10-18 10:34 | 思いのまま | Trackback | Comments(6)

秋ナスで学んだ野菜作り

 ー育つものではなく、育てるものー
 今年は、私が菜園を始めて以来経験したことがない、高温かつ雨が少ない夏を経験した。
 そんな厳しい環境にもかかわらず、10月半ばになった今でも、美味しい秋ナスが収穫できる。この秋ナス作りを通じて私は、私なりの野菜作りのコツを確信するようになった。そのコツとは、冒頭の「育つものではなく、育てるもの」。

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身の丈以上に伸びたナス 毎日秋ナスを収穫中(10月中旬)

 家庭菜園を始めた頃、夏野菜作りと言えばナス、トマト、キュウリが定番だった。そのナスを作るとき、「ナスにあだ花はない」(花が咲けば必ずナスが生る)ということをよく耳にしていたので、簡単に作れるものだと思っていた。
 ところがそのナスが、どうしても上手くできない。 確かに花は咲き実は生るが、形が小さい、硬い.市販品と比べると、明らかに見劣りした。
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収穫最盛期7~8月ごろのナス この後順次枝を剪定する

 野菜作りの講習会にも参加し、専門書物にも目をとおしたので、それなりの知識を備えたつもりだったから、 当然「育つものだ」と思い込みがあり、出来ない方がおかしい、との思いが先走っていた。トマトもキュウリはそこそこに収穫できる。ナスだって出来ないはずがない。そう思いながらも、現実そうならない・・・。
 終いには、畑の環境が悪いのではないか、気候のせいではないのか・・・と自分の下手さを棚に上げ、他に原因があるのではないかと考える始末。今思うと恥ずかしいことだけど、そこにあるのは「おごり」以外の何物でもなく、何故?と基本に立ち返る謙虚さを失っていた。
 表面ずらの知識や経験だけでも駄目で、時には何故?と振り返る努力をしなければ成し遂げられないのだ。

 野菜は雑草と違い、美味しくて多収穫そして作り易さを求めた、究極の改良品種である。雑草は放っといても育つが、野菜はその品種に最も適した栽培条件を与えなければその能力を発揮出来ないのは言うまでもないこと。分かっていたことだけど、実際行動に結びついていなかったのだろう。
 よく野菜作りも子育てと同じで愛情をもって育てなければ・・・と言われるが、愛情が必要なことは共通しているが、野菜は100%終始手を加えなければうまく育たない。この点が子育てと大きく違う。

 つまり野菜は「育つもの」ではなく、「育てるもの」だと言うこのシンプルなことを忘れずに、その育つ条件を最後まで100%満たしてやる。これが私の失敗から生まれた、私流の野菜作りのシンプルな秘訣だと思っている。

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枝を選定した後、新たに伸びてきた枝(8月中旬)

 その経験から生まれた秋ナス作りのシンプルなコツば、①7~8月ごろナスを収穫する傍ら、ナスの生り具合を見ながら順次古い枝を腋芽の強そうな部位を残して思いっきり剪定(切り戻し)する。②乾燥を防ぐため水遣りを怠らない。③追肥、畝上げ・土寄せ(根切り効果も図る)をおこなう。④倒伏防止の支柱を補強する等々。いずれもナスが必要と思われる条件を、すべて満たしてあげれば良いことだ。きわめてシンプルなこと。

 収穫した秋ナスは、ご近所さんへおすそ分け。「秋ナスは嫁に食わすな」の言い伝えがあるほど、昔から美味しい旬の味として珍重されてきたが、今でもご近所さんに喜んでいただいている。

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 私の次なる挑戦は、せっかくできた秋ナスの美味しい食べ方だ。
 毎日同じような料理では、折角の旬の味とは言え飽きてしまうので、インターネットで紹介されているレシピを見ながら2種類の秋ナス料理を作ってみた。まだレシピを公表するほどのものではないが、少しずつ腕を磨いてみようと思っている。
 ☞写真は秋ナスの浅つけ 試作品

 

 ちなみに「秋なすは嫁に食わすな」のことわざの意味には「美味しいので嫁に食べさせるのはもったいない」や「秋なすには種が少ないので子宝に恵まれないから嫁には食べさせないという縁起」、「なすは体を冷やすのでお嫁さんの体に良くないという思いやり」エトセトラ諸説あるが、ことわざが残るほど、秋ナスは美味しい野菜だということだろう。

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by matutaka31 | 2017-10-14 06:58 | 思いのまま | Trackback | Comments(6)

福岡市に野村望東尼の墓が

 野村望東尼の墓が福岡市にもある、と聞けば多くの人がえっ?と思うかもしれない。
 福岡市の幕末史に触れたことのある人なら、望東尼と言えば「勤王歌人」「平尾山荘」「姫島」「高杉晋作」そしてその墓は山口県防府市と思うだろう。

 先日縁あって、福岡市東区吉塚にある大宝山明光寺(みょうこうじ)「明光禅寺・曹洞宗九州管区教化センター」を訪ねたとき、境内に勤王歌人「野村望東尼」のお墓があることを知り、和尚さんにお話を聴くことが出来た。

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明光寺本堂(この左手に望東尼の墓がある)

(野村望東尼は、高杉晋作の死を看取った後、山口県三田尻でこの世を去った。お墓は山口県防府市にある。)
 5年前このブログで私は、野村望東尼についてのあらましを投稿したが、このことには気がつかなかったので、境内の案内板に書かれていたのを基に、望東尼の生涯に改めて触れてみよう。
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望東尼は40歳の時、夫貞實と共に、花鳥風月を友に自適の生活を送るため、今の福岡市平尾に山荘を作り(平尾山荘として現存 右写真)隠居したが、そこでの平穏な日も長く続かず、54歳の時夫と死別する。





 夫の初七日が済むと、博多の明光寺で得度剃髪し、修行をして「招月望東禅尼」という法名を授かった。この時の遺髪を葬ったのがこの明光寺にあるお墓である。 (得度剃髪とは、出家して仏門に入る者が髪や髭を剃ること)

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望東尼の墓(円筒形) 墓碑に「望東禅尼墓」と刻まれている


 その後上京した望東尼は愛国精神の自覚を強め、福岡に帰った望東尼の山荘には平野國臣初め筑前の勤王の志士たちが集まるようになり幕末の志士たちの隠れ家となった。長州の高杉晋作も一時難を逃れてこの山荘に潜伏したという。

 1865年6月幕府の圧力により、藩主黒田長溥(くろだながひろ)の命で筑前勤皇党の藩士は捕縛拘束され,家老加藤司書以下7名切腹、月形洗蔵以下14名斬首、その他流刑、謹慎は100名以上という処罰者を出した。(乙丑の獄)

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 その時望東尼は、糸島沖の玄界灘に浮かぶ孤島「姫島」へ流刑となるが、10か月後、高杉晋作が救出の手配をして望東尼を脱獄させた。

(写真は姫島に現存する望東尼の牢屋)





その後望東尼は下関で病床の高杉晋作と再会を果たすが、翌年、晋作の死を看取ることになる。

病床で新作が「面白き こともなき世も おもしろく」と詠むと、望東尼が、「住みなすものは 心なりけり」と下の句を詠むと、新作は「おもしろいのう」と笑って29歳の生涯を閉じたと言われている。

 勤王の道を歩んだ望東尼が残した歌の中に、若い女性に贈る歌がある。
 「ひとすじの 道を守らば たおやめも ますらおのこに おとりやはする」
    (一途に信念を貫けば 女性も男性に劣りはしない)

 今の時代にあっても、女性を勇気づける歌に違いない。

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by matutaka31 | 2017-10-09 22:17 | 思いのまま | Trackback | Comments(8)